スタートアップを生んで育てる。最前線の取り組み(欧州編)オーストリア政府による国外スタートアップ支援プログラム

2024年5月21日

音楽やカフェ文化、アルプスの自然などの印象が強いオーストリアだが、イノベーション分野にも力を入れており、昨今急速にスタートアップエコシステムが成長している。特に研究、テクノロジー、イノベーション分野に力を入れた政策を打ち出しており、充実した支援策が政府により用意されている。国内外スタートアップに対し、複数の現地視察プログラムを用意しているほか、オーストリアでの拠点設立後に申請可能な助成金などもある。

オーストリアは、成長市場の中・東欧や西バルカン地域と近接しており、ウィーン国際空港もハブ空港として、65カ国187の就航都市を持ち、欧州域内の各主要都市まで飛行機で約2時間の距離だ(2024年3月時点)。英国の政治経済誌「エコノミスト」の調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」による「最も住みやすい都市」ランキングで、ウィーンは2022年、2023年ともに首位となった。安定性と優れたインフラ、充実した教育・医療サービス、豊富な文化や娯楽機会が評価された。オーストリアの人口約900万人のうち約2割がウィーンに住んでおり、そのうち4割強は外国籍だ。ルーツを国外に持つ市民も多く、言葉や文化面で豊かな人材を確保しやすい。また、国際原子力機関(IAEA)や国連工業開発機関(UNIDO)などの国際機関を有し、名実ともに国際都市である。

手厚い政府支援策

オーストリア政府は、スタートアップ支援を行う政府機関を複数抱える。連邦政府からの支援としては、労働・経済省(BMAW: Bundesministeriums für Arbeit und Wirtschaft)と気候保護・環境・エネルギー・モビリティー・イノベーション・技術省(BMK:Bundesministerium für Klimaschutz, Umwelt, Energie, Mobilität, Innovation und Technologie)傘下のオーストリア研究推進機構(FFG:Österreichische Forschungs- Förderungsgesellschaft)や、オーストリア経済サービス(AWS:Austria Wirtschaftsservice)などが資金提供機関として活動している。また、投資誘致機関のオーストリア経済振興会社(ABA:Austrian Business Agency)や、ウィーン州政府傘下のウィーン経済振興公社(VBA:Vienna Business Agency)は資金面での支援に加え、コンサル機関としてノウハウや情報提供などのサービスも提供している(表1参照)。

表1:スタートアップへの公的支援機関
プラットフォーム名 ロゴ 概要
オーストリア研究推進機構(FFG:Forschungs-
Förderungsgesellschaft)
ロゴ
労働・経済省と気候保護・環境・エネルギー・モビリティー・イノベーション・技術省傘下のアプリケーション研究、テクノロジー、イノベーションにまつわる補助金や資金提供に携わる中心的な機関。
オーストリア経済サービス(AWS:Austria Wirtschaftsservice)
ロゴ
投資振興銀行として、研究やテクノロジーに従事する企業の設立を、低金利融資、補助金、保証の提供といった面から支援している。
オーストリア経済振興会社(ABA:Austrian Business Agency)
ロゴ
労働・経済省傘下の投資誘致機関。オーストリアでのビジネスを始める外国企業のためコンサルティングを行う。海外投資家や起業家へ、税務や法務に係る情報提供や拠点設立支援を無償で提供する。
ウィーン経済振興公社(VBA:Vienna Business Agency)
ロゴ
ウィーン市傘下の投資誘致機関。起業家やスタートアップ企業の成長支援を担う。コンサルテーションや個別コーチング、ワークショップを無償で提供する。
オーストリア連邦産業院(WKÖ:Die Wirtschaftskammer
Österreich)
ロゴ
経済団体として商工会議所の役割を担う。全オーストリア企業の加入が義務化されており、イベントの主催など、イノベーション機会の提供も行う。
大使館商務部
(Advantage Austria)
ロゴ
オーストリア連邦産業院の貿易局が世界に擁する約100カ所の在外事務所。日本には東京に事務所があり、大使館内商務部として活動を行っている。

出所:各機関資料を基にジェトロ作成

2016年には、国内外スタートアップ支援のためのイニシアチブ「GIN(Global Incubator Network)」がスタートした。スタートアップの国際化を目的として、AWS、FFGの2つの機関が共同で運営している。

オーストリア技術研究所(AIT:Austrian Institute of Technology)、オーストリア・スタートアップ(Austrian Startups)、ウィーン経済大学起業センター(Entrepreneurship Center Vienna University of Economics and Business)が共同作成する調査レポート「オーストリア・スタートアップモニター2023」によると、オーストリア・スタートアップの資金源は、約52%が公的機関から提供されるもので、中でもGINはスタートアップ企業の国際化のため、ファンド以外にも、ネットワーク構築機会、ノウハウ提供、国際的な関係プレーヤーとのコネクション形成なども提供している。

図1:オーストリア・スタートアップの資金源
割合が大きい順に、個人貯蓄66%、公的資金52%、社内キャッシュフロー29%、ビジネス・エンジェル28%、インキュベーター/アクセラレーター22%、家族や友人20%、銀行ローン18%、EU好適ファンド18%、ベンチャーキャピタル13%。

出所:ASM Research 2023(オーストリア・スタートアップモニター調査2023年)を基にジェトロ作成

GINが提供するプログラムは、オーストリアのスタートアップ向けの「GO ASIA」、海外スタートアップ向けの「GO AUSTRIA」の2種類がある。ターゲット地域は現在、日本のほかに、イスラエル、香港、シンガポール、中国、韓国だ。後述するグループプログラムは毎年対象トピックを定め、その領域を専門とするスタートアップのみが当該プログラムに応募することが可能だ。

オーストリア・スタートアップ向け支援策

「GO ASIA」はアクセラレータープログラムとなっており、(1)対象国別に派遣される1~2週間のグループプログラム、(2)1社ずつの個別プログラム、の2種類が用意されている。GINによると、2016年以降で200社以上が参加した。

グループプログラムでは、1つのプログラムについて最大8社のスタートアップが選出される。年に1回、全ての対象地域に派遣しており、参加者への補助は原則、各社1人分のみが対象となる。同一年度に2つ以上の対象地域プログラムに参加することは可能だが、同一地域のプログラムに2回参加することはできない。

個別プログラムは、選考を通過した有望企業に対して、テイラーメードされたプログラムで、年間最大10社を限定に選抜が行われる。ターゲット地域内であれば自由に国や派遣時期を決めることができ、最大6カ月間の滞在費用が支援される。

いずれのプログラムも、応募資格として、(1)過去7年以内に設立されたミドルからレートステージのスタートアップ企業であること、(2)少なくともシードでの資金調達は終えていることなどがある。プログラムで提供されるサービスは、当該国の法律や税務などのアドバイス、人材獲得における文化面でのアドバイスなど、幅広い。また、有望顧客や投資家、その他のステークホルダーとのミーティング設定、専門家やキープレーヤーとのネットワーキングイベントなどの機会が提供される。費用は、参加にかかる旅費・滞在費の80%(最大1万5,000ユーロ)までがGINからプログラム終了後に払い戻される。

外資スタートアップ向け支援策

「GO AUSTRIA」では、1回目の渡航(Go Austria Explore)として、(1)年に2回開催される1~3週間のグループプログラム(Go Austria Batch)、(2)1社ずつの個別プログラム(Go Austria Individual)が用意されている。2回目の渡航(Go Austria Follow up)は、1回目にグループプログラムで渡航した企業が関係者との関係性をさらに深めるための個別プログラムで、個別プログラムで渡航した企業はグループプログラムで、または個別プログラムで再度参加することが可能だ。2回の渡航を終え、本格的にオーストリアへの拠点設立を決めた企業に向けてはGo Austria Plusが用意されており、最大計3回の渡航に係る支援が提供される。

Go Austria Batchは春と秋の年2回開催されており、各回最大15社の参加が可能だ。対象分野が毎回設定され、2024年春はディープテックが対象だ。1スタートアップについて1人のみが補助の対象となり、応募資格はGINが定めているターゲット地域に所在することだ。プログラム中にはワークショップやセミナーが開催され、投資家やベンチャーキャピタル(VC)など、潜在パートナーとのネットワーキング機会も提供される。個別のメンタリング支援も受けられるほか、イベント参加や国内最大のスタートアップイベント「ViennaUP」でのピッチ機会なども得られる。航空券(1,500ユーロ上限)や宿泊費(1泊180ユーロ上限)などをGINが負担する。

Go Austria Individualは年間10社限定で行われるもので、GINが提携しているターゲット地域国のアクセラレーター(GINパートナー)などからの推薦がある企業のみ応募できる。Go Austria Follow Upプログラムにも参加し、2回の渡航を終え、オーストリアへの理解が深まった企業のうち、拠点設立に向け具体的なビジネス計画も持つ選抜企業向けには、「Go Austria Plus」プログラムを提供し、分野を問わず3回目の渡航を支援する。当該プログラムでは、最大20,000ユーロ(費用の50%を助成するもの)の補助が行われる。

GINによると、Go Austriaプログラム全体でに2016年から既に通算212人が参加をしている。

図2:Go Austriaプログラム参加の流れ
1回目の渡航(Explore)は(1)年に2回開催される1~3週間のグループプログラム(Batch)、(2)1社ずつの個別プログラム(Individual)。2回目の渡航(Follow up)は、(1)1回目にグループプログラムで渡航した企業は個別プログラムで、(2)個別プログラムで渡航した企業はグループプログラムで、または再度個別プログラムで参加することが可能。3回目の渡航(Plus)では最大50%の助成が受けられる。

出所:Global Incubator Network (GIN)提供

ウィーン市が単独で手掛ける支援プログラム

オーストリアでは、州レベルでも経済振興公社があり、スタートアップ向け支援が独自に行われている。中でもVBAでは「Vienna Startup Package」と呼ばれるスタートアップ向け支援プログラムを用意している。同プログラムは全世界のスタートアップを対象に、領域分野を定めることなく、年に1度最大15社を選出し、ウィーン市に招待するものだ。同プログラムは、GINが提供するプログラムよりも長期間となる約1カ月の招聘(しょうへい)プログラムとなっており、特徴は期間中にスタートアップイベント「ViennaUP」が開催されることだ。

同プログラムもまた、1社につき1人までが補助の対象となり、航空券(600から1,200ユーロの間でエコノミークラスに限り支給対象)、1カ月間の宿泊費用、コワーキングスペース、1対1のコーチング費用(約2,000ユーロ分)、さまざまな関係者とのネットワーキング機会が提供される。渡航前にはオンラインでの準備期間も設けられ、限られた滞在期間がより実り多くなるようサポートがされる。

公的機関によるスタートアップ向け視察プログラムの概要は表2、オーストリアへの拠点設立後に申請可能な補助金は表3のとおり。

表2:公的機関によるスタートアップ向け視察プログラム概要
プログラム名 Go Asia Go Austria Vienna Startup Package
設立年 2016年 2016年 2014年
出資機関 GIN(AWS・FFG) GIN(AWS・FFG) VBA
プログラムの種類 (1)グループ(1~2週間)
(2)個別(最大6か月)
(1)EXPLORE:
グループまたは個別プログラム
(2)FOLLOW UP:
2回目の渡航プログラム
(3)PLUS:
(1)および(2)に参加した企業の中で、オーストリア進出が確定した企業向けの追加支援プログラム
グループのみ
開催頻度 (1)年に1回、全ての対象地域に派遣
(2)各自が希望する日程
グループ:年に2回(春、秋)
個別、PLUS:各自で調整した日程
年に1回
補助対象社・人数 (1)最大8社
(2)年間最大10社
グループ:1回につき最大15社
個別:年間最大10社
最大15社
負担される費用 最大1万5,000ユーロ(費用全額の80%)
(航空券、宿泊費、ネットワーキング機会など)
航空券(1,500ユーロ上限)や宿泊費(1泊180ユーロ上限)など 1か月分のプログラム参加に係る費用
(航空券、宿泊費、コワーキングスペース費、ビジネスコーチング費、ワークショップ機会など)
対象企業 オーストリア・スタートアップ企業 ターゲット地域のスタートアップ
(イスラエル、香港、シンガポール、中国、韓国、日本)
全世界スタートアップ企業
応募資格
(投資額目安)
  • 過去7年以内に設立されたミドルからレートステージのスタートアップ
  • シード資金調達済みであること
  • ターゲット地域のスタートアップ
    ※個別プログラムに参加するためには、関係者からの推薦が必須
オーストリアエコシステムに強い関心を寄せる海外スタートアップ企業
派遣先 イスラエル、香港、シンガポール、
中国、韓国、日本
オーストリア ウィーン

出所:Global Incubator Network (GIN)、Vienna Business Association(VBA)の資料を基にジェトロ作成

表3:オーストリア進出後に申請可能な助成金
プログラム名 Impact Innovation General Programme
設立年 2017年 1968年
出資者 FFG FFG
プログラム概要 問題解決のためにイノベーティブな手段の活用を検証するプロジェクトに対する助成プログラム。 新商品やプロセス、サービスの開発のための助成プログラム。
対象企業 拠点設立中のスタートアップや中小企業 中小企業、大企業、スタートアップ企業
対象分野 特に指定なし 特に指定なし
ファンド額 返済不要の助成金を最大7万5,000ユーロ(プロジェクト費用は最大15万ユーロとしてその50%分)支給。 スタートアップは最大70%(300万ユーロ上限)を助成金と低金利ローンの組み合わせにて支給(その他の企業は最大50%)。
期間 対象プロジェクトは最長12カ月。 12カ月間支給(プロジェクトが継続する場合は継続申請可能)。
募集時期 通年募集 通年募集

出所:Österreichische Forschungs- Förderungsgesellschaft(FFG)の資料を基にジェトロ作成

スタートアップ関連イベント

前述の「ViennaUP」は、7日間にわたりウィーン市内各所でスタートアップや投資家、テック関係者などのコミュニティーが一同に集うイベントだ。1週間で約50のイベントが市内各所で行われ、約96カ国から1万4,000人が参加する。当該ウイーク中に開催される「Startup World Cup Austria」は、世界で最も大きなスタートアップコンペティションの1つで、70カ国以上から参加者が集う「Startup World Cup」のオーストリア予選だ。同予選の優勝者は米国シリコンバレーでの決勝でピッチを行い、決勝優勝者には100万ドルの投資を受ける権利が与えられる。1週間のうち最も大きなマッチメーキングイベントとなる「Connect Day」では、200社以上の投資家や企業が集まり、約1,500もの面談が行われる。期間中にはオンラインで参加できるセッションもあるため、場所を問わず自由に参加することができる。

オーストリアは、その他の産業と同様に、スタートアップに対しても「欧州への窓口」となることを目指し、欧州市場での拡張を目指す企業の最初の一歩を支援していくスタンスだ。

執筆者紹介
ジェトロ・ウィーン事務所
神谷 真由(かみや まゆ)
2021年、ジェトロ入構。企画部企画課を経て2023年7月から現職。