スタートアップを生んで育てる。最前線の取り組み(欧州編)法人税優遇とテクノロジーが支えるエコシステム(オランダ)

2024年3月8日

オランダの首都アムステルダムは、欧州で第3位のスタートアップエコシステムだ。5,000万ドルを超える金額でイグジットしたスタートアップの数、起業後間もないアーリーステージの取引数とユニコーンの数がその背景にあるという(注1)。イグジットの数(2018-2022年の合計)は、487で世界平均の91を大幅に上回る。2022年だけでも117の企業がイグジットしている(注2)。

また、オランダのスタートアップを牽引する都市は、アムステルダムだけではない。オランダの国土面積は4万1,864平方キロメートルで九州と同程度であるが、アムステルダムに加え、南部のロッテルダム、ハーグ、デルフト、アイントホーヘェンなどの都市がそれぞれの強みを持ったエコシステムを形成している。9つの政府系の地域開発公社(オランダ語:Regionale Ontwikkelingsmaatschappijen、英語:Regional Development Agency)が国内各州をそれぞれ管轄しており、スタートアップ企業やイノベーションの支援も行っている。また、世界トップレベルの教育機関が国内に多く点在し、これらの機関もスタートアップ企業を育成している。

英語教育会社EFによる英語能力指数(2022年)によれば、オランダは英語を母国語としない国の中で1位であり(注3)、英語の通用度の高さとEU市場へのアクセスがグローバル企業や多様な人材を引きつけている。

イノベーションを促すオランダの税制

オランダが外国企業の誘致に成功している要因の1つとして、法人税率の低さ、個人所得税の減免(外国企業などからの派遣員の所得税算定に際しては、申請があれば給与所得の30%相当額が非課税所得とみなされる)が挙げられるが、ここではオランダのイノベーションに関わる税制優遇について触れておきたい(外資に関する奨励についてはジェトロウェブサイト参照)。

研究開発税額控除(WBSO)は、研究開発(技術的・科学的研究、新技術を用いた製品または生産プロセスの開発、新技術を用いたソフトウエアの開発など)を行う企業に対して、賃金税および社会保険料の一部を控除する制度である。スタートアップ企業は通常より多くの控除を受けることができる。イノベーションボックスと呼ばれる法人税優遇は、 企業が独自に開発し特許を取得するか、前述のWBSO認定を受けた無形資産からの利益については、9%の軽減法人税率が適用される(表1参照)。

表1:オランダのイノベーションに関する税制優遇
項目 内容 申請手続き
WBSO外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
(オランダ語:Wet Bevordering Speur- en Ontwikkelingswerk)
(研究開発税額控除)
  • 研究開発(技術的・科学的研究、新技術を用いた製品または生産プロセスの開発、新技術を用いたソフトウエアの開発など)を行う企業に対して、賃金税および社会保険料の一部を控除する制度。
  • 特定の業種に限定されない。
  • WBSOを申請する際には、定額(承認された研究開発時間数に基づく研究開発費用および支出の定額)と実際の研究開発費用/支出のどちらかを選択しなければならない。
  • スタートアップ企業は、基礎となる研究開発費総額の最初の 35 万ユーロに対して、通常の 32%ではなく 40%がWBSOの対象となる。過去 5 年のうち最大 4 年間従業員を雇用し、最大 2 年間研究開発税額控除を受けている事業体は、対象スタートアップ企業として認められる。
  • 2024年のWBSO予算は、144万6,000ユーロである。
  • WBSOを申請できるかのマトリックスはオランダ企業庁資料参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(119KB)
  • WBSOは、経済・気候政策省の一部門であるオランダ企業庁に申請して、事前に取得する必要がある。この税制優遇は、オランダ税務関税局への納税申告で相殺することができる。WBSO により、研究開発源泉徴収機関は、研究開発スタッフの給与税から税額控除を差し引くことができるため、それによって支払うべき給与税を減らすことができる。この控除は、給与税(賃金税および社会保険料)のみから差し引くことができる。
イノベーションボックス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
(オランダ語:Innovatiebox)
(法人税優遇)
  • 企業が独自に開発し特許を取得するか、WBSO認定を受けた無形資産からの利益については、9%の軽減法人税率が適用される(標準法人税率は課税対象額20万ユーロ以下19%、20万ユーロ超25.8%、2023年)。
  • イノベーションボックスは、納税者が提出する法人税申告書で請求される。通常、法人税申告書でイノベーションボックスの申請を提出する前の 5 年間について、オランダの税務当局が控除可否を決定し、税務評価が確定していない限り、遡及(そきゅう)して適用することができる。

注1:両方の税制優遇を同時に適用させることは可能。
注2:一部の情報についてはオランダ語のみで公表されている場合があるので、注意が必要。
出所:ジェトロ・デュッセルドルフ事務所発行「欧州諸国におけるパテントボックスと研究開発インセンティブPDFファイル(816KB)」(2023年3月)およびオランダ政府ウェブサイト

オランダ政府のスタートアップ資金調達支援

オランダ政府は、税制以外にも、スタートアップによる資金調達を支援する政策を打ち出している。スタートアップ企業自体への資金調達支援のみならず、投資ファンドに対し、投資を促進する性質のものもある(表2参照)。

表2:オランダ政府の提供するスタートアップ資金調達支援
項目 内容 申請方法
Proof-of-concept funding (VFF)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます アイデアから製品開発開始までの段階に対して共同出資を行うもの。商業コンセプトの作成と検証、適切な市場の特定、適切なライセンス(知的財産)の開発を中心に展開される。2021年の開始以来、地域限定のものもある。 オランダ政府のリストにある州でビジネスを行っている場合は、州の機関に申請する。それ以外の地域については、オランダ企業庁に申請する。
Innovation Credit外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 新製品、プロセス、またはサービスの開発段階を対象としている。プロジェクトを立ち上げ、実行するために取り組んでいるが、まだ収益を上げ始めていない技術または臨床医療における革新的なアイデアに融資を申請することができる。イノベーション・クレジットはスケールアップにも適用される。 オランダ政府の企業庁のウェブサイトを通じて申請可否を確認できる。
Seed Business Angels外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます シード・ビジネス・エンジェル・ファンドは、ハイテク新興企業を対象としている。 ファンドの資金の半分は個人投資家(参加ファンド)から、残りの半分は経済・気候政策省(EZK)から提供される。こうすることで、経済・気候政策省は投資家に対し、若くリスクの高い企業への投資を奨励する。民間投資家がファンドを管理する。ファンドは、企業から株式を購入する、場合によっては劣後ローンや転換社債型ローンも提供することで資金を提供する。シード・ビジネス・エンジェル・ファンドは、1社につき最低5万ユーロ、最高50万ユーロを投資することができる。 ファンドに直接シード資金を申請することができます。各シードファンドは、それぞれ特定のセクターや産業に焦点を当てている。オランダ企業庁(RVO)のウェブサイトで、シードファンドの一覧を確認できる。
Seed Capital外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます シード・キャピタル制度は、主にハイテク・スタートアップとクリエイティブ・スタートアップに焦点を当てる。経済・気候政策省が投資ファンドに無利子で融資を行う。この融資の期間は最長12年である。少なくとも3人の独立株主が同額以上を拠出する。この資金は、最初の商業販売から最長7年間活動しているハイテク新興企業への投資に使用される。1社あたりの最低投資額は10万ユーロ、最高投資額は350万ユーロ。 クローズドエンド型ベンチャーキャピタルファンドが、本制度を利用することができる。

出所:オランダ商工会議所ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

自身のスタートアップ企業がどのような支援を受けられるのかについて英語で確認できるフローチャートとして、スタートアップボックス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが政府ウェブサイトで公開されている。

アムステルダムのエコシステム

アムステルダムには、4,500ものスタートアップ企業が存在する(注4)。テスラやメタ、IBMやGoogleなどのインターナショナルなテックジャイアント企業がアムステルダムにオフィスを構えている。アムステルダムの90%のVC(ベンチャーキャピタル)ファンディングは、海外投資家からの投資だ(注1のレポートに基づく)。

ディールルームのデータによると、アムステルダムへのVCの投資は2021年に45億ユーロで過去最高額であったが、2022年は21億ユーロに落ち込んだ。それでも、2022年は過去2番目の額だった(注5)。

アムステルダムにおけるスタートアップファンディングについては、アムステルダム・パートナーズのウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照できる。

次に、地域に根差した産業と教育機関に支えられたオランダのエコシステムの一例として、今回は、製造業と高いレベルの教育機関が集積する南ホラント州を紹介したい。

南ホラント州のエコシステム

南ホラント州には、オランダ第2の都市ロッテルダムおよび第3の都市デン・ハーグが位置する。ロッテルダムは、欧州最大級の港であるロッテルダム港を擁し、今後、欧州における水素ハブとしても注目される。一方のデン・ハーグは、オランダの行政の中心都市だ。南ホラント州にはオランダの12の州の1つであるが、QSの世界大学ランキングトップ200位以内の大学が複数存在する。デルフト工科大学は47位、ライデン大学126位は、エラスムス大学176位である(注6)。

イノベーションクォーター(Innovation Quarter外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)は、経済を活性化させるための核となる事業として「国際化」「投資」「イノベーション」を掲げる、ロッテルダムとハーグ一帯のエリアの地域開発公社である。このエリアに進出したい海外企業のサポートも行っている。イノベーションクウォーターは、EU、国、地方自治体から資金および民間の共同出資者とともに地域の企業に投資を行っている。イノベーションクウォーターが重点分野とするのは同地域が得意とする海事と港湾、ハイテクシステムと材料、エネルギーなどの産業である。展開する支援ファンドにも、初期段階の技術系やエネルギー移行に関する企業を支援するものが存在する。イノベーションクォーターが組成し、運営するスタートアップ向けの投資ファンドのリストを表3に示したい。

表3:イノベーションクォーターのファンド
ファンドの名前 内容
IQCapital 1億4,300万ユーロのファンドで、技術的リスクが高く、忍耐強い資本を必要とする革新的スタートアップ企業やスケールアップ企業への投資を行う。
ENERGIIQ CO2削減につながる実証済みのエネルギー革新の商業化に資金を提供するファンド。この3,500万ユーロのファンドは、南ホラント州によって運営されている。
UNIIQ 5,000万ユーロのシードファンドで、コンセプトから有望なビジネスへの最もリスクの高い段階を橋渡しするコンセプト実証の段階に焦点を当てている。UNIIQは欧州連合(EU)の支援を受けている。
Energy Transition Fund Rotterdam CO2削減、大気環境の改善、原材料の使用削減を実現する革新的企業や持続可能なプロジェクトに資金を提供する1億ユーロの投資ファンド。

出所:イノベーションクォーターウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、ジェトロによる取材により作成

イノベーションクォーターのアリフェ・カラソマノグー・アカー・セニアアカウントマネジャーは「イノベーションクォーターのファンドはVCよりリスクを取り、他の投資家が投資しないような有望なスタートアップ企業やスケールアップ企業にも投資できる可能性があるという意味で、魅力的だと考える」と説明する。この地域の得意な領域のエコシステムをさらに伸ばしていくための戦略として、イノベーションクォーターは、デルフト工科大学のナレッジと企業をつなぐネットワーク構築および研究開発のための場であるROBO HOUSE外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを運営している。

続いて、南ホラント州のエコシステムを支える非営利のインキュベーターとして、イエス!デルフト(YES!DELFT外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)を、紹介したい。イエス!デルフトは、ハーグ、ロッテルダム、デルフトに拠点を置くインキュベーターである。地方自治体や大学、企業の出資を受けて運営している。大学からのスピンアウトや創業者が卒業生であるといった観点から、イエス!デルフトの支援する半数以上のスタートアップ企業はデルフト工科大学に関係している。イエス!デルフトの事業の柱としては、人材支援、起業希望者向けプログラム、資金調達サポート、起業家コミュニティ等のエコシステム形成があり、同機関は、スタートアップ企業に表4のような幅広いサービスを提供している。

表4:YES!DELFTが提供するサービス
時期 プログラム 目的 内容
準備段階 Co-Lab 共同設立者を見つける ビジネスアイディアの発案やチームワーク創成、ネットワーキングを含む半日のワークショップ。参加時点でのビジネスアイディアの有無は問われない。
Validation Lab ビジネスアイディアの検証 10週間のパートタイムプログラムで、自身のビジネスアイディアを検証する。
ディープテック、AI、ブロックチェーン、クリーンテック、ロボティクス、航空、ヘルステック、ソーシャルテックの各分野の複雑なハードウェアおよびデジタルのスタートアップ企業が対象。
ビジネスの開始 Accelerator Program 会社の基盤の強化
マーケットでの牽引力の拡大
3か月間のプログラム。個人・チーム開発、戦略、マーケテ ィング・セールス、財務・資金調達、法務・知財、人事などのトピッ クについて、ワークショップ、講義、1対1 の専門家セッションを提供。既に試作品を作成しているステージのハードウエアおよびデジタルのスタートアップ企業対象。
プロフラム参加費は、2,750ユーロであり、事業が成功した場合、企業は年間売上高が25万ユーロに達した時点で5,000ユーロ、100万ユーロに達した時点で2万ユーロをキックバックとして支払う。
Fast track to funding 資金調達のファストトラック アーリーステージの技術系スタートアップで、少なくとも問題解決への適合性が検証されている企業(投資家準備度レベル3)。このファスト・トラックに参加するには、上記のアクセラレーター・プログラムに選ばれている必要がある。
成長段階 Strategic funding support 戦略的な資金調達 民間投資と公的資金の調達と実行に関するコンサルティングベースの支援。
HR support 人材支援 専門家による支援。採用プラットフォームの提供

出所:イエス!デルフトウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、ジェトロによる取材により作成


イノベーションクォーターのティファニー・メイヤー氏(左)と
イエス!デフルトのアシアー・セグラ・エロルザ氏(右)(ジェトロ撮影)

南ホラント州の魅力について、ロッテルダムに拠点を置くスタートアップアクセラレーターであるCICのジェネラルマネージャーのジョイス・コルネット・ヴェルウデンリ氏は、「(米国本社の当社がロッテルダムを拠点として選んだ理由として、)南ホラント州には、デフルト工科大学、エラスムス大学、YES! DELFTなどがあり、イノベーションのエコシステムを形成している。ロッテルダムは国際的な都市であり、英語を話せる人がほとんどであることも魅力的だ」と話す。当社は、250ものスタートアップ企業が入居するコニュニティ創成型のオフィス空間をロッテルダムで提供し、海外企業がオランダに進出することもサポートする。


CICジョイス・コルネット・ヴェルウデンリ氏(右)(ジェトロ撮影)

CICのコミュニティ創成型オフィス空間
(ジェトロ撮影)

英国のEU離脱(2020年1月)の後、そのビジネス環境の充実から、多くの企業がEU市場の拠点として目を向けたオランダ。現在、英語の通用度や欧州内での利便性といった魅力に加え、各地方政府が、それぞれの地域の特色や強みを生かし、スタートアップ企業を巻き込んだイノベーションを進めている。オランダでのビジネスを検討する際は、各都市の重点産業やその都市の地域開発公社の支援制度に目を向けることも重要だ。


注1:
THE GLOBAL STARTUP ECOSYSTEM REPORT 2023外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (StartupGenome、Crunchbase、dealroom)に基づく。
注2:
StartupGenome外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに基づく。
注3:
EF英語能力指数ランキング外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(EF)に基づく。
注4 :
Iamsterdam外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(amsterdam&partners)に基づく 。
注5:
startup amsterdam外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(dealroom)に基づく。
注6:
QS World University Rankings 2024外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに基づく。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
板谷 幸歩(いただに ゆきほ)
民間企業などを経て、2023年4月ジェトロ入構。