スタートアップを生んで育てる。最前線の取り組み(欧州編)カタルーニャ州、世界有数のデジタル産業拠点を目指す(スペイン)

2024年1月29日

スペイン経済の推進力、カタルーニャ州

カタルーニャ州政府貿易投資事務所(ACCIÓ)によれば、同州のGDPはスペイン全体の約2割を占め、フィンランド一国にも匹敵する。化学・プラスチックや食品・飲料、自動車、生命科学などを中心に、幅広い産業が集積している。陸海空ともに充実した交通網により、欧州市場への物流拠点として重要であるほか、文化や言語、歴史的な近接性により欧州から中南米市場への窓口ともなっている。こうした産業の集積や地理的な強みを背景に、カタルーニャ州では海外からの直接投資が盛んである。2023年の世界のグリーンフィールド投資件数を州・省別に見ると、同州は発表ベースで世界10位、欧州で3位にランクインしている(注1)。

海外企業からの関心も高いカタルーニャ州は、スタートアップ・ハブとしても著しい成長を見せている。ACCIÓによると、2022年時点で2,022のスタートアップが確認されており、6割近くが過去5年以内に設立されたという。産業分野を見ると、最大の16.3%がヘルステック、続く12.4%がビジネスサービス・ソフトウエア、6.6%がICT(情報通信技術)・通信事業と、デジタル関連が主力である(図参照)。

図:カタルーニャ州のスタートアップの産業分野
第3位のICT・通信事業以降は次の通り。食品(5.4%)、金融(5.0%)、トラベルテック・レジャー(4.9%)、グリーン・エネルギーテック(4.5%)、EC・マーケットプレイス(4.4%)、デジタルコンテンツ・メディア(3.9%)、エドテック(3.8%)。

注:カタルーニャ州のスタートアップ2,022社について、各社の主力産業を集計したもの。上位10分野を掲載。
出所:ACCIÓ「Barcelona & Catalonia Startup Hub 2022 Analysis」

州都バルセロナを中心に、デジタル産業拠点として注目を集めるカタルーニャ州。デジタル産業の推進は、行政機関も深く関わりながら展開している。

ビデオゲーム産業をカタルーニャ州の強みに

まずは、カタルーニャ州政府が主導するビデオゲーム産業の振興策に注目したい。同州文化省の関連機関であるカタルーニャ州文化企業協会(ICEC)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます担当ディレクターによると、同州政府が特にポテンシャルのある分野として戦略的に重視しているのが、ビデオゲームを中心とするデジタルカルチャーであるという(注2)。

ACCIÓが2022年に発表したレポート「The video game sector in Catalonia」によると、カタルーニャ州はスペインのビデオゲーム・エコシステムの原動力であり、売り上げの半数を占めるという。さらに同レポートでは、ビデオゲーム分野における同州への投資件数・金額はEU域内で最大で、雇用創出に関しても第2位だとしている。 そうした中、ICECが主体となり、関連するカタルーニャ企業や起業家を支援している。なお、同協会が支援対象とする重点分野は、デジタルカルチャーのほかに、舞台芸術、音楽、映画、本、ビジュアルアートにも及ぶ。支援スキームは以下の通りで、大きく分けてコーチングと資金援助という2つの側面からの提供(前出のICEC担当ディレクターによる、注3)。

  • Servei de Desenvolupament Empresariel(SDE)(スペイン語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます:ICEC独自のコーチングプログラム。
    コンテンツの制作方法など技術的な内容ではなく、経営やマーケティングなどビジネスに関するテーマを取り扱う。毎年100以上の無料セッションに、約3,500人が参加する。
    対象はスタートアップに限らないが、基本的にはビジネス初心者や小規模の企業をターゲットにしたセッションが多い。他国で創業した企業であってもいいが、現在、カタルーニャ州でビジネスを行っていることが条件である。
  • ファイナンス支援:ローンと助成金を組み合わせた支援制度をはじめ、複数のプログラムを提供している(表参照)。
    特に業績連動型ローンは、非常にリスクの高いスタートアップの初期段階に資金提供を行うもので、担当ディレクターによると、プロジェクトの30~40%が失敗に終わり、返済率はわずか2割というリスクの高い融資だ。民間の投資家が忌避しがちな、経験の浅い企業への資金供給を一手に担っているかたちだ。
    また、他の公的資金ソースを利用することに対し、規制や制限なども特になく、中央政府の支援を同時に受けることも可能である。
表:ICECが提供している主なファイナンス支援スキーム
項目 内容
文化的プロジェクト向け
返済可能な出資金
(Aportacions reintegrables a projectes culturals)
プロジェクトにかかる総コストの最大75%まで支援。助成金と無利子ローンの二重方式で提供され、ローンの返済に加え、助成金もプロジェクト収入に応じて返還が求められる(最大全額)。対象はカタルーニャ州在住で、創業後2年以上が経っている企業。
助成金の金額(割合)は様々な要件によって決まる。例えば、カタルーニャ語を使用する、サプライヤーが地場企業である、ジェンダー平等が考慮されている、などは加算の対象。
文化的企業向け
業績連動型ローン
(Préstecs participatius Cultura)
2015年以降、820万ユーロの融資実績。
融資額は40万~200万ユーロ。最長2年の支払い猶予期間を含む3~5年間の融資を行う。金利は2.5%が最低で、業績に応じて上乗せする。保証は不要。
対象はEU/EFTA加盟国で創業4年以内(創業前でも可)のデジタルカルチャー製品・サービスの開発企業。カタルーニャ州に事業所を持つことが条件。
ICFとの連携による
文化的企業向け
投資・運転資金ローン
カタルーニャ州金融公庫(ICF)と連携し、企業や文化団体の投資・運転資金を融資。州文化省が保証を付け、担保要件を緩和することで企業の資金アクセスを容易にしている。

出所:ICECホームページ、筆者による現地インタビュー結果(実施日:2023年10月25日)

さらに、州政府は、ビデオゲームに関するインキュベーション・プログラムも主催している。バルセロナで毎年2月中旬から9月ごろまで実施している「ゲーム・バルセロナ(GameBCN)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」だ。カタルーニャ州文化省のほかに、バルセロナ市、オープンイノベーションに関するコンサルティング会社ペニンスラも主催者として加わる。2024年で9回目の開催となるが、元はカタルーニャ州をIP(知的財産)取得やコンテンツ制作において欧州で有数の地域にしたいというビジョンの下、同州政府が始めたものだ(注4)。参加費は無料であり、プログラムは全行程がオンライン。参加にあたり国籍などの条件はないが、バルセロナにチームを移転する場合は補助金を受けられる(注5)。

応募企業のうち、約15チームが選ばれてプログラムに参加する。制作とビジネスという2つのモジュールに分かれており、期間は各3カ月間。最初の制作モジュールでは、プロジェクト管理や計画、アジャイル開発(注6)の重要性を学ぶ。続くビジネスモジュールは、マーケティングとビジネスに焦点を当て、ビジネスにおけるメンタリティやゲームの売り込み方、ピッチの仕方等がテーマとなる。プログラムの最初に、各チームと制作のマイルストーンが合意され、達成したチームだけがビジネスモジュールに参加できる。6カ月のインキュベーション・プログラムを終えたチームは、パブリッシャーや投資家ネットワークの前でゲームのピッチを行う。

このように、ビデオゲーム産業では、カタルーニャ州政府を中心に、バルセロナ市や民間企業などとも連携しつつ、ビジネスの拡大や市場アクセスの支援が行われている。

官民一体でバルセロナをデジタル産業における世界的なベンチマークへ

デジタル産業全体の振興を主導するのは、官民による財団モバイル・ワールド・キャピタル・バルセロナである。同財団は、より包括的で公平かつ持続可能な未来を築くため、社会のデジタル発展を促進するための活動を行っている。理事会には、バルセロナ市、カタルーニャ州政府に加え、スペイン政府の経済・デジタル変革省も参画。さらに、見本市の主催団体フィラ・デ・バルセロナや移動体通信業界団体GSMA、スペインの大手通信事業者テレフォニカをはじめ複数の民間企業・団体も加わっている。バルセロナをデジタル産業における世界的なベンチマークにすることを目標に掲げ、研究所から市場への技術移転やデジタル人材の育成、社会的インパクトのある技術プロジェクトの開発などを推進している。

モバイル・ワールド・キャピタル・バルセロナの取り組みの中で、メインに据えられているのは、世界最大級の移動体通信展示会「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)・バルセロナ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」の開催である。MWCでは、世界的な大企業から創業間もないスタートアップまで、移動体通信業者や端末メーカー、コンテンツ事業者などが自社技術・製品について出展を行うほか、最新モバイル動向に関する展示や業界関係者による講演、ビジネスマッチングなどが行われる。2023年は2月27日から3月2日にかけてバルセロナで開催され、202カ国・地域から2,400社を超える企業が出展。来場者数は約8万8,500人に上り、その約半数が企業や政府の幹部級であった(2023年4月5日付ビジネス短信参照)。MWC 2024は、2024年2月26~29日にバルセロナで開催される。

また、モバイル・ワールド・キャピタル・バルセロナは、MWCと併催される「4 Years From Now(4YFN)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」の創設者でもある。4YFNは欧州最大級のスタートアップイベントであり、世界中のスタートアップ、投資家、通信事業者やテック企業などが毎年参加する。スペイン貿易投資庁(ICEX Spain Trade & Investment)や前出のACCIÓ、バルセロナ市経済開発公社(Barcelona Activa)もスポンサーにつき、それぞれがパビリオンを設置。ジェトロもジャパンパビリオンを設置しており、2023年は16社の日系企業の出展を支援した(2023年2月24日付プレス発表参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。期間中、企業や団体によるブースとは別に、スタートアップや投資家のためのネットワーキングの場所と時間が別途、設定される。会場ステージでは、最新技術に関する動向やビジネスを進展させるための視点などを主なテーマに講演が行われるほか、優れたデジタル関連スタートアップを発掘するためのコンペティションが行われ、壇上でスタートアップによるピッチが繰り広げられる。10回目の節目となる2024年も、MWCと同日程で開催の予定。


4YFN会場の様子(ジェトロ撮影)

このように、バルセロナには世界中からイノベーションの担い手や最先端のデジタル技術・サービスを有するプレーヤーが集まる機会があり、これを官民一体の枠組みで下支えしている。MWCと4YFNは世界規模の展示会であるが、モバイル・ワールド・キャピタル・バルセロナは、バルセロナのデジタル人材のためのイベント「Jump2Digital」や一般向けに広く開かれた新技術の見本市「Tech&Play」を通じて、市民を最新のデジタル・トレンドにつなげる役割も果たしている。


注1:
英国フィナンシャル・タイムズ社のデータベース「fDi Markets」による。投資受け入れ先を「States」と設定した際の、2023年に発表された投資件数に基づくランキング(全737の州・省中)であり、実際の実行件数に基づくランキングとは異なる。
注2:
筆者による現地インタビュー結果に基づく(実施日:2023年10月25日)。
注3:
注2に同じ。
注4:
ペニンスラのマネージング・パートナー、シモン・リー氏による。筆者による現地インタビュー結果に基づく(実施日:2023年10月26日)。
注5:
補助金は、開始時に合意したマイルストーンを達成したチームのみが、プログラムの最後に受け取ることができる。
注6:
システムやソフトウエアの開発手法の1つ。実装する機能ごとに工程を小さな単位に分割し、細かいサイクルで開発を進める。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
宮島 菫(みやじま すみれ)
2022年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2023年6月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・マドリード事務所
田中 佳恵(たなか かえ)
2021年、ジェトロ入構。デジタルマーケティング部デジタルマーケティング課を経て、2023年9月から現職。