スタートアップを生んで育てる。最前線の取り組み(欧州編)欧州で最も活気あるスタートアップ拠点、ベルリン(ドイツ)
2023年12月27日
ドイツ最大のスタートアップ・ハブのベルリン。欧州屈指のコスモポタン都市として、多様な人材・文化が集結・融合し、そこで生じるエネルギーが新たなビジネスを次々に誕生させている。2022年から2023年にかけては、ドイツのスタートアップの資金調達額全体の約5割、Eコマースやフィンテックの分野では同8割前後がベルリンで調達されている。ベルリン州政府はエコシステムの触媒として、起業家と投資家、研究機関を結び付ける役割を果たす。また、州政府が出資する投資銀行や開発公社などを通じてエコシステムの発展を下支えする。
国内スタートアップ向け投資の約5割がベルリン向け
ベルリンは、ドイツで最も数多くの起業家が拠点を設置し、最も多額の資金を調達する国内最大、欧州屈指のスタートアップ・ハブだ。アーンスト・アンド・ヤング(Ernst & Young)が年2回、ドイツ国内のスタートアップ向けの投資動向を集計し、発表している「Startup Barometer Germany」によると、2022年のドイツのスタートアップ向けベンチャーキャピタル(VC)投資額は98億5,300ユーロ(前年比43%減)、うちベルリンを拠点とするスタートアップがその約2分の1に当たる48億9,800万ユーロを受け入れている。2023年上半期(1~6月)の実績でも、ドイツ全体の30億5,000万ユーロ(前年同期比49%減)のうち47%に当たる14億3,800万ユーロがベルリン向けだった。同期の資金調達ラウンドの件数ベースでも、ドイツ全体の447件のうち、ベルリンのスタートアップの調達件数は170件に上り、38%を占める(2022年は同40%)。
2023年上半期のベルリンのスタートアップ向け投資を主要セクター別に見ると、(1)Eコマース:3億2,500万ドル、(2)ソフトウエアおよびアナリティクス:3億1,400万ユーロ、(3)フィンテック・インシュアテック:2億1,900万ユーロなどが上位を占める。中でも(1)Eコマースと(3)フィンテック・インシュアテックセクターでは、それぞれドイツ全体の資金調達額の82%、76%がベルリンで調達されており、当該セクターでのスタートアップ資金調達でベルリンの優位性を示している(注1)。
ベルリン・パートナーが誇る強固なネットワーキング
ベルリンのスタートアップエコシステムで、ワンストップ支援機関として強い存在感を放つのが、ベルリン州政府が70%を出資し、官民パートナーシップに基づいて設立・運営するベルリン・パートナー(Berlin Partner für Wirtschaft und Technologie)だ。ベルリンでの起業、イノベーション、拡張や将来の成長機会の確保を支援する目的の下、(1)イノベーション、(2)拠点立地、(3)タレント(人材)、(4)ファイナンス、(5)国際化、(6)持続可能性のサービス領域で、域内企業や研究機関に対する無料の支援サービスを提供する。ベルリン・パートナーの発表によると、2022年には州内で239件のプロジェクトを管理し、8,389件の新規雇用を創出。その過程で約11億ユーロが投資され、1億4,010万ユーロの研究開発資金が調達された(注2)。
ベルリン・パートナーで、インターナショナルユニットのヘッドを務めるマーカス・ファクラム氏はジェトロのインタビューに対し、「公表している雇用創出や投資の成果実績は、ベルリン・パートナーが明確に管理・把握しているプロジェクトのみを含むもので、情報提供や投資家の紹介などの間接的な支援なども含めれば、実際の成果は数倍になるだろう」と話す(注3)。
同氏はベルリンのスタートアップエコシステムの強みとして、(1)就労者の90%が英語を話す国際人材のプールと多様性、(2)ビジネスコスト、生活コストの安さ、(3)インキュベーターやテクノロジーセンターなどの起業インフラの充実、(4)起業家、大学や研究機関、投資家などの活発な交流と、それを促す多種多様で豊富なイベントなどの機会、(5)VCやビジネスエンジェル、公的資金などの多様な資金調達ソースへのアクセスの良さを挙げる。
このうち、(5)の資金調達面では、「ベルリン・パートナーの中に、7人が専属する資金調達支援の専門チームを設け、起業家のニーズに応じた資金提供の手段の提示、投資家への仲介を行っている。また、民間のVCや戦略投資家に加え、ベルリン州政府傘下のベルリン投資銀行(IBB)とも密に連携し、ファンドや融資、助成金など豊富な選択肢を提供することが可能」という。(1)の人材に関しては、「ベルリンの最大の魅力は、就労者の90%以上が英語を話す国際的な雇用環境にある。また、多様な人種、文化が結節・融合することで、新たなイノベーションを生む風土が整備されている」ことを強調する。ベルリン・パートナーでは、ベルリンへの国内外からの人材流入の拡大と、在ベルリン企業の人材確保推進の双方を目的とする総合情報提供サイト「Talent Berlin(ドイツ語)」を設け、求人検索やマッチングを支援するほか、新たにベルリン在住者となる個人(New Berliner)向けに企業の紹介、ビザや滞在許可証の取得支援、生活立ち上げの各種情報提供や支援機関の紹介などを行う。企業側に対しても、他のサポート機関との協力の下、人材の募集や採用、定着に至る一連の活動を支援する。
(2)のコスト面での優位性については、「ベルリンは、ロンドンやパリ、アムステルダムなど欧州域内の主要なエコシステムとの比較で、賃料や生活費が低く、世界中から起業家やエンジニアを集めやすい」という。
ベルリン州政府傘下の金融機関が提供する多様な資金調達オプション
ベルリン・パートナーの言及したベルリン投資銀行(IBB)は、州内の起業家やスタートアップの成長ステージに応じた州独自の資金調達支援スキームを幅広く有する。IBBが主導する州内企業向けの融資や助成金、VCファンドなどの一覧をまとめた「ビジネスデベロップメント・プログラム」のリストは30件前後に上り、同社のウェブサイト上でそれぞれのプログラムの詳細や対象、申請方法や条件などの詳細を記載している。以下の表1は、そのうちの主なプログラムの概要を示したものだ。
IBB傘下のVC投資部門のIBBベンチャーズでは、ベルリンを拠点とする新興テクノロジー企業やクリエーティブなビジネスアイデアを持つ起業家を対象に、VCファンドを有する。情報通信技術(ICT)、ライフサイエンス、産業技術、クリエーティブ産業の4つの注力セクター向けに、複数のファンドを通じ、1億ユーロ規模の投資資金を運用している(注4)
シードやシリーズAなどアーリーステージの資金調達に対しては、IBBベンチャーズの投資専門チームが投資先企業の経営陣や共同投資家とともに、起業後の成長や持続的な価値向上を達成するために取り組むほか、投資家への対応や他の資金調達ラウンドの準備・実施など、必要に応じて戦略的事項にも積極的に関与している(注5)。
プログラム名 | 支援概要 |
---|---|
Pro FIT-Frühphasenfinanzierung |
|
Pro FIT - Projektfinanzierung |
|
Berlin Start |
|
Berlin Mittelstand 4.0 |
|
VC Fonds |
|
出所:ベルリン投資銀行ウェブサイト(一部のプログラムのみ抜粋)
州政府のテクノロジー・ハブが産学連携のベースに
ベルリンのエコシステムの発展を支える最大の特徴の1つが、大学などの学術機関と在ベルリン企業との密なネットワークで、先進研究開発分野の盛んな産学連携プロジェクトの推進にある(本特集「ドイツのスタートアップシーン(2)産学官で人、金、技術が循環」参照)。
その中で、学術研究とビジネスの連携をインフラ面で支え、活性化させる機能を果たすのが、ベルリン州内に点在する科学技術パークや起業家センターなどのテクノロジー・ハブである。州内には、ルフトハンザやシーメンス、製薬大手のバイエルやファイザーなどの大企業が自ら設立する科学技術センターなどが数多く存在するが、同時に、州政府が運営するテクノロジー・ハブも大きな存在感を示している。
例えば、ベルリン州傘下の公的企業WISTA Management GmbH(以下、WISTA)が運営するベルリン・アドラーズホーフテクノロジー・スタートアップセンターは、ドイツ最大のハイテクパークとして知られ、約460ヘクタールの敷地内に、約1,270の企業や科学機関が拠点を有し、約2万8,000人の従業員を雇用する。また、同パーク内では、約6,600人の学生と約900人の研修生が研究を行っている。WISTAは、テクノロジーセンターの建設、運営、賃貸を行うだけでなく、パークの運営を通じた産学連携によるイノベーション創出やスタートアップ振興を重視。科学とビジネスを結び付け、国内外のさまざまなプレーヤーによる連携・協業を促進することをパーク運営の目的に掲げる。
州政府が主導する参入時のワンストップ支援サービス、豊富な資金調達支援オプションの提供に加え、先進的な研究開発を促すハードインフラの充実もベルリンを欧州屈指のエコシステム拠点へ発展させた重要な構成要素といえる(表2参照)。
センター名 | 支援概要 |
---|---|
Berlin Adlershof Science and Technology Park |
|
IGZ Business Incubator Berlin Adlershof |
|
Charlottenburg Innovation Centre (CHIC) |
|
FUBIC-Business and Innovation Center |
|
Campus Berlin Buch |
|
出所:州政府や各センターのウェブサイトから作成
- 注1:
- 「The EY Startup Barometer Germany」2023年7月版は2023年7月17日リリース。報告書記載データは、スタートアップ、投資家による発表、プレス情報、クランチベースなどの情報に基づく。報告書は2014年に発行開始。2015年以降は原則年2回発行。
- 注2:
- ベルリン・パートナーウェブサイト記載情報に基づく(2023年12月18日時点)。
- 注3:
- 筆者による現地でのインタビュー(2023年11月30日)に基づく。
- 注4:
- IBB Venturesウェブサイト(ドイツ語)記載情報に基づく(2023年12月18日時点)。
- 注5:
- IBB Venturesウェブサイト(ドイツ語)記載情報に基づく(2023年12月18日時点)。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし) - 1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・ベルリン事務所
中村 容子(なかむら ようこ) - 2015年、ジェトロ入構。対日投資部外国企業支援課を経て現職。