中国EV・車載電池企業の海外戦略調整期を迎えた中国NEV産業、政策転換は市場拡大前の2020年
2023年12月4日
2020年以降、急拡大した中国の新エネルギー自動車(以下、NEV)市場。2023年のシェアは新車販売台数全体の30%超となることが確実視され、世界最大のNEV市場は拡大を続けている。中国の自動車市場規模は2022年に2,700万台前後となったが、2017年からの6年を振り返ると、NEV販売台数は600万台以上増加したのに対し、内燃機関車は800万台ほど減少している。このような劇的な変化は、中国の自動車市場特有の現象といえる。
NEV市場の急速な発展に、政府の産業政策が大きな役割を果たしたことは間違いない。産業化・市場化、技術のキャッチアップ、サプライチェーンの構築などを強力に推進してきた。現在、中国企業は輸出や海外進出のほか、鉱物資源の獲得にも戦略的に取り組んでおり、NEV産業に関連するサプライチェーンにおいて、世界的にも高い競争力と市場シェアを持つようになった。
本稿では、中国政府のNEV産業政策が本格的に始動した2009年から現在までを振り返り、その政策目標の変化や各種支援策の効果、課題などについて2回に分けて紹介する。1回目は、中央政府によるNEV振興策が産業の発展に伴いどのように変化してきたのか、政策課題も含めて紹介する。2回目は、国内企業向けの補助金、消費者向けの奨励金、技術開発支援などの具体的措置の効果と課題について紹介する。
産業化・市場導入推進期(2009~2015年):戦略的新興産業としてのNEV育成策が始動
中国政府は、2008年9月に発生したリーマン・ショックを契機に、同年11月にインフラ関連投資などを中心とする需要拡大のための4兆元(約80兆円、1元=約20円)の大型景気刺激策を打ち出した(2009年8月14日付ビジネス短信参照)。その後、2009年1~3月には主要10大産業(鉄鋼、自動車、繊維、設備製造、造船、電子情報、軽工業、石油化学、非鉄金属、物流)を指定し、2009~2011年の3年間の調整振興計画を発表。業界支援や企業再編、技術革新といった供給面からの対策を打ち出している。
この自動車産業調整新興規画の中に、「2011年にNEV生産能力50万台、乗用車販売台数に占める割合5%前後」との目標が盛り込まれており(2013年2月14日付ビジネス短信参照)、新エネルギー車や自主ブランド車の開発に中央政府から3年間で100億元が支給されること、中央財政からの補助金で省エネルギー車や新エネルギー車の普及を推進することが挙げられた。
これと並行し、中国政府は2009年1月に「省エネルギー・新エネルギー自動車のモデル地域応用実験に関する通達」を発表した(表1参照)。この通達により、NEV政策が本格的に始動した。2009年から2012年までの4年間に、毎年10都市前後において年間1,000台の電動化したバス、タクシーを公共部門に導入する方針「十城千両」プロジェクト(注1)が打ち出された。翌2010年5月には「個人新エネルギー車購入補助モデル事業に関する通知」において、合計で25都市がNEVのモデル地域に指定され、これらを支援するために「省エネルギー・新エネルギー自動車普及モデル財政補助資金管理暫定弁法」を定め、中央政府と地方政府の財政から補助金を拠出し、公共セクターのNEV購入に対して一定金額を補助することとなった。この時期の政策は、主に産業の立ち上げと市場導入の支援に重点が置かれていた。
2010年10月、中国政府は「戦略的新興産業の育成と発展の加速に関する決定」を発表し、(1)省エネ・環境保護、(2)次世代情報技術、(3)バイオ、(4)ハイエンド設備製造、(5)新エネルギー、(6)新素材、(7)新エネルギー車、の7つの産業を戦略的新興産業とした。これらは、今もなお強力に育成・発展させる産業として位置付けられている。
地方政府がNEV発展の主体的責任を負う
2012年6月、初めてNEVの発展規画である「省エネルギー・新エネルギー自動車発展規画(2012~2020年)(中国語)」が発表され、NEV産業の発展に関するロードマップが示された。
本計画では、今後さらに自動車需要が拡大することに伴い、石油などのエネルギー需要の増大や環境汚染がさらに深刻な問題となるとの認識のもと、自動車産業の高度化と新たな経済成長の牽引役となり、国際競争で優位に立つために、省エネルギー車、新エネルギー車産業を育成する必要があると強調している。その上で、2015年までにバッテリー式電気自動車(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHEV)の累計生産、販売台数をそれぞれ50万台、2020年までに生産能力を200万台、累計生産、販売台数をそれぞれ500万台超と、5年で10倍以上にすること、平均燃料消費量の引き下げ、動力電池の国際先進レベルへの引き上げなどが打ち出された。加えて、燃料電池車(FCV)、自動車用水素エネルギー産業を国際レベルまで発展させることも主要目標に盛り込まれた。
そして核心技術の研究対象として、動力電池を構成する正極材、負極材、セパレーター、電解液といった「主要4部材」など、電池の高性能化のための素材開発を強化することが挙げられたほか、電池産業集積エリアの建設を通じて、生産規模の拡大を図り、100億ワット時を超える企業を2、3社、「主要4部材」の中核企業も2、3社育成することが示された。
2014年7月には、本計画に基づき「新エネルギー自動車の普及加速に関する指導意見(中国語)」が発表され、引き続き、効果的にエネルギーと環境に対する圧力を緩和するために、新エネルギー車の普及を推進することが目的とされた。具体的な措置として、(1)充電設備建設のための奨励金の支給、(2)要件を満たすNEVを購入した消費者に対する補助金の支給、(3)車両取得税の免除、(4)公共機関によるNEV調達の段階的拡大、(5)自動車企業の平均燃料消費量の管理制度導入などが盛り込まれた。
このほか、本意見の大きな特徴を2つ挙げる。1つは、地方政府がNEV産業を発展させるための主体的責任を負うことが明記されたことである。充電設備の整備、それにかかる土地管理や電力価格の調整、電池のリサイクルシステムの構築、コンセッションを与えるなどして投資者(企業など)の初期利益を確保できることなど、地方政府に責任と権限が与えられた。いわば、どのような体制で産業発展を推進するかが明確になった。今1つは、「情報技術と新エネルギー車の応用レベルを不断に向上させる」ことも明記されたことである。インターネット企業が新エネルギー車の技術研究開発と運営サービスに参加することを奨励した。2014年の時点でスマートグリッド、モバイルインターネット、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータなどの新技術の導入を加速し、新エネルギー車の普及と活用により多くの利便性と利益をもたらすことが方針として示されていた。
時期 | 政策 | 概要 |
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2009年1月 | 省エネルギー・新エネルギー自動車のモデル地域応用実験に関する通達 | 中国のNEV政策が本格始動。2009~2012年の4年間で、13都市において、年間1,000台の電動化したバス、タクシーを公共部門に導入する(「十城千両」プロジェクト)。 |
2012年6月 | 省エネルギー・新エネルギー自動車発展規画(2012~2020年) | 中国初のNEV発展規画。NEV産業の発展に関するロードマップ(数値目標など)を示す。省エネルギー・環境保護、国際競争での優位性確立を目指す。主要4部材を含む動力電池の技術開発方針も盛り込んだ。 |
2014年7月 | 新エネルギー自動車の普及加速に関する指導意見 | 上記の規画方針に基づき、充電設備整備や消費者向け補助金の支給、車両購入税の免除がスタート。公共機関のNEV調達の拡大、平均燃費管理規制の導入、情報通信技術とNEVの融合を奨励、地方政府が同産業発展の主体的責任を負うことなどが示される。 |
2015年5月 | 「中国製造2025」に関する通知 | 低炭素化、情報化、スマート化、動力電池、モーター、スマート制御などコア技術の掌握と産業能力の向上を通じて、主要部品から完成車までの産業サプライチェーンを構築することを強調 |
2017年4月 | 自動車産業中長期発展規画 | 2025年までの自動車産業政策。規画の最大目標は世界的な「自動車強国」になること。2020年までに世界トップ10に入るNEV企業を数多く育成、2025年までにNEVの世界シェアをさらに引き上げ、コネクテッドカーは世界先進レベルに到達させ、中国ブランド車の世界的影響力の更なる向上を目指す。 |
2017年9月 | 乗用車企業の平均燃費と新エネルギー車のクレジット並行管理弁法 | 自動車企業に対してNEV生産を促す制度。実施は2018年4月。平均燃費基準と生産・輸入台数に占めるNEV比率を設定。このダブルクレジット達成を企業に要求。 |
2020年10月 | 新エネルギー自動車産業発展規画(2021~2035年) | 現在実行されている2035年までのNEV政策。2025年までにNEVの新車販売台数のシェアを約20%。NEVコア技術を世界トップレベルにするほか、自動車をモバイルインテリジェント端末、エネルギーの貯蔵ユニット、デジタル空間との融合などと位置付け、他産業との連携強化を打ち出す。一方、車載ICや動力電池素材など技術的課題を明記。重要鉱物資源の確保を奨励する方針を示す。 |
2023年9月 | 自動車産業の着実な発展に関する作業プラン(2023~2024年) | 中国の自動車産業は国内需要の縮小、供給不足などで安定的成長が困難との認識のもと、重要産業である自動車産業の発展目標を達成するために策定。2023年の自動車販売数目標を約2,700万台、うちNEVを約900万台(シェア約30%)の目標のほか、サプライチェーンの強靭(きょうじん)化、農村部へのBEV普及などの方針を示す。 |
出所:中国政府の各発表資料を基にジェトロ作成
産業発展拡大期(2015~2020年):サプライチェーン構築、技術掌握を強く意識
2015年5月、中国政府は「『中国製造2025』に関する通知(中国語)」を発表し、10大重点分野(注2)の1つに「省エネルギー・新エネルギー自動車」を盛り込んだ。その中で、「引き続き電気自動車と燃料電池車の発展を支援し、自動車の低炭素化、情報化、知能化(スマート化)のコア技術を掌握し、動力電池、駆動モーター、高効率内燃機関、先進トランスミッション、軽量素材、スマート制御などのコア技術のエンジニアリングと産業化能力を高め、主要部品から完成車までの完全な工業・イノベーションシステムを形成し、自社ブランドの省エネルギー・新エネルギー車の国際的先進レベルとの整合を促進する」とした。ここにおいて、情報化、スマート化、スマート制御などが改めて強調され、かつ産業の川上から川下に至るまでのサプライチェーンの構築が強く意識された内容となっている。
「中国製造2025」で指定された10大重点分野には、別途それぞれに発展目標(ロードマップ)が策定されている。「省エネルギー・新エネルギー自動車」のロードマップには、インテリジェント・コネクテッドカー、自動運転に関する内容も盛り込まれるとともに、重要コア技術に関連した課題、難題の克服についても記載されている。
その後、2017年4月に、2025年までの自動車産業政策である「自動車産業中長期発展規画(中国語)」が発表された。中国の自動車産業は、国内の販売台数が世界一であり巨大ではあるものの「強くはない」との認識のもと、10年後には世界の自動車「強国」となるとの目標を打ち出した。2020 年までに世界トップ10に入るNEV企業を数多く育成すること、2025年までにNEVの世界シェアをさらに引き上げ、コネクテッドカーも世界の先進的なレベルに到達させるなどの目標が掲げられた。「自動車強国」になることを計画の最大目標としているため、中国自動車産業の国際展開や世界に通用する中国ブランド車の育成も掲げている。中国ブランド車の輸出については、2020年までに先進国への輸出を実現すること、2025年までに中国ブランド車の世界的影響力をさらに高めることが示された。
その後、スマート化、コネクテッド化に関する政策も相次いで出された。2018年1~6月に、工業情報化部が中心となりコネクテッドカー、自動運転、情報技術などの標準策定方針を定める「国家IOV産業企画体系構築ガイドライン」が発表された。IOVとは自動車のインターネット化(Internet of Vehicles)を指す言葉で、本ガイドラインではコネクテッドカーの車体や要素技術に関する標準のほか、高精度地図や車上決済など関連サービスを含めた標準体系を2025年までに構築するとした。2018年11月には、中国自動車工業協会などが「スマートコネクテッドカー推進プロジェクトプラン」を策定。2020年2月には、国家発展改革委員会など11部門が初めてスマート自動車に関する部横断の戦略である「スマート自動車イノベーション発展戦略(中国語)」を発表。コア技術の課題克服、スマート自動車の標準・認証体系の構築、自動運転の責任に関する法体系の構築など、包括的な内容となっている。
産業調整期(2020年~):生産過剰と市場の歪(ひず)みを調整、技術課題も明示
2020年10月、現在実施されているNEV政策である「新エネルギー自動車産業発展規画(2021~2035年)(中国語)」が発表された。これは2012年6月の「省エネルギー・新エネルギー自動車発展規画(2012~2020年)」を引き継ぐ政策であり、名称から「省エネルギー」が消え、「新エネルギー車」を重点的に発展させることが示された。本規画では2035年までの中長期的な方針が示され、具体的な目標として(1)2025年にはNEVの新車販売台数シェアを全体の約20%にすること、(2)2035年までにNEVのコア技術を世界トップレベルにすること、(3)品質・ブランドの国際競争力を向上させること、(4)公共エリアで使用される自動車を全面的に電動化すること、(5)燃料電池車を商用化する、などの目標が打ち出された(表2参照)。
また、自動車を単なる交通手段ではなく、モバイルインテリジェント端末、エネルギー貯蔵ユニット、デジタル空間への転換を促すものと位置付けていること、「企業が国際発展戦略を策定し、国際競争力を絶えず向上させること、国際市場開拓の強化、生産から技術開発、マーケティングなど、すべてのチェーンを拡大する産業協力を推進するよう指導する」とし、海外展開の加速と産業チェーン、産業間連携を推進することを強調していることは注目される。
項目 | 概要 |
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主な目標 |
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優遇政策 |
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技術的課題 |
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他分野との連携 |
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出所:中国国務院弁公庁「新エネルギー自動車産業発展規画(2021~2035)」、2020年11月2日付「第一財経」ウェブ版を基にジェトロ作成
具体的には、NEVや車載電池製造に不可欠な鉱物資源の確保について「企業によるリチウム、ニッケル、コバルト、白金など重要資源の確保を奨励する」とし、政府が戦略物資の確保をサポートする姿勢を明らかにしている。さらに、NEVは「コネクティビティ技術を率先して応用する媒体」と位置付け、業界を越えた連携を支援するとし、環境センシングの融合、ICVの意思決定と制御、情報物理システムアーキテクチャの設計、高精度地図と測位、車間通信・路車間通信(V2X)などのコア技術と製品を進展させるとした。
車載OSについても、ICVの応用の需要に適応し、完成車および部品、インターネット、電子情報、通信などの分野の企業が連盟を結成することを奨励している。車載OSの開発とアプリケーションを中心に、通信の世代交代・高度化を通じて、OSとアプリケーションプログラムの安全性や信頼性、利便性を高め、更なる発展・進化に好ましいエコシステムを構築することを奨励している。
企業競争力の真価が問われる段階に
その一方で、コア技術の供給不足、品質保証体系の改善、インフラ整備の遅れ、産業エコシステムの未整備、市場競争の激化など、直面する課題についても触れられている。コア技術の課題については、車載チップ、車載オペレーションシステム、高効率高密度駆動モーターシステムなど、技術と製品製造の課題克服を目指すことを明記した。車載電池については、正極材、負極材、電解液、隔膜、膜電極などのコア技術の研究を推進することや、技術力が弱いと認識している、高強度化、軽量化、安全性向上、低コスト化された長寿命の動力電池と燃料電池システムの技術開発を強化する必要性を挙げている。固体電池技術の研究開発および商業化を加速する必要性なども指摘している。
中国のNEV市場が急速に伸びたのは2021年であるが、2020年の時点で、EV産業・市場の歪みを調整する必要性にも言及している。(1)ダブルクレジット規制(本特集「経済低迷下のNEV補助金策、生産過剰と市場の歪み是正が政策課題」参照)の改善、(2)財政補助政策の効果的実施、(3)炭素取引市場との連携メカニズムの確立、(4)地方政府の責任の明確化とNEV製造プロジェクトへのやみくもな投資の抑制、(5)ゾンビ企業の撤退メカニズムの確立・改善などが課題として挙げられた。
いわば、これからが市場メカニズムに基づく、企業競争力の真価が問われる時期であり、有力企業をより大きく、より強くするために合併と再編を推進することが方針として示された。中国の経済状況が良くなれば、企業の優勝劣敗が加速することが予想される。
「新エネルギー自動車産業発展規画(2021~2035年)(中国語)」では、知能化(スマート化)や自動運転に関して政策的な力点が置かれているとともに、これまでの自動車の概念を大きく変えるデジタル技術とヒューマン・マシン・インターフェース(HMI、人とシステムが相互にやりとりできる仕組みのこと)の更なる融合が政策でも志向されている。中国でいま売れているNEVは、価格競争力に加え、この点において外資の競合他社に勝っているとの見方もある。しかし、NEV企業や消費者に対する財政支援は徐々に縮小されており、一部の先端技術や素材など川上を含めたサプライチェーン安定化のための戦略的分野を除き、政府主導による産業化・市場化の段階はほぼ終焉(しゅうえん)している。むしろ、これまでの財政補助により実力を伴わない企業が少なくなく、生産過剰の問題や電動自動車(BEV)に偏重しすぎている現状などから、NEV産業の持続的発展に対する危機感さえ指摘され始めている。
- 注1:
- 「十城千両」プロジェクトとは、毎年10都市で1,000台のNEVのモデル運行するプロジェクト。主にバス、タクシー、公用車、郵便など公共サービス分野で実施し、NEVの利用を促進する。2009年から開始され、第1回は北京市、上海市、重慶市など13都市、第2回は7都市、第3回では5都市が対象となり、NEVの導入促進が図られた。
- 注2:
- 10大重点分野とは、(1)次世代情報技術産業、(2)ハイエンド工作機械・ロボット、(3)航空・宇宙設備、(4)海洋工程設備・ハイテク船舶、(5)先進的軌道交通設備、(6)省エネルギー・新エネルギー自動車、(7)電力設備、(8)農業機械設備、(9)新素材、(10)バイオ医薬・高性能医療機器、を指す。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中国北アジア課長
清水 顕司(しみず けんじ) - 1996年、ジェトロ入構。日本台湾交流協会台北事務所、ジェトロ・北京事務所、企画部海外地域戦略主幹(北東アジア)、ジェトロ・広州事務所長などを経て、2022年12月から現職。