欧州各国の脱炭素・循環型ビジネス最新動向 循環型ビジネスへの移行を官民共同で推進(ドイツ)
国家循環型経済戦略策定やデジタル化に取り組む

2024年3月8日

これまで、ドイツにおける循環型経済に向けた取り組みは、廃棄物管理を中心とするものであった。しかし、循環型経済の基本概念は、原材料とエネルギーの需要や、廃棄物と二酸化炭素(CO2)排出量を最小限に抑制することで、資源をなるべく長く使用することであり、廃棄やリサイクルにとどまらない包括的な戦略や枠組みが必要とされる。本稿では、ドイツ政府による循環型経済への移行のための戦略、循環型経済の推進に欠かせないデジタル化の取り組み、そして循環型ビジネスへの移行に関する企業動向について紹介する。

廃棄物管理から包括的な循環型経済政策へ

ドイツの循環型経済は、循環型経済法(KrWG、2020年6月4日付地域・分析レポート参照)を基盤に推進されている。同法の正式名称は「循環型経済の促進および廃棄物の環境に適合した処分の確保に関する法律」。同法では、循環型経済を「ごみの減量やリサイクルの促進」と定義するとともに、拡大生産者責任を定めるのが特徴だ。そして、廃棄物の管理に焦点をあてている。同法は、EUの廃棄物枠組み指令をドイツ国内法化するものでもある。

現在の連立政権は、2021年12月発足時の連立協定書において、連立政権の任期が終わる2025年までに「国家循環型経済戦略」を策定すると表明していた。同戦略では、循環型経済においては廃棄物管理にとどまらず、一次原材料(バージン原料)の消費量削減と素材のクローズドループ・リサイクル(注1)の実現を目指すとした。また同戦略には、原材料に関する複数の既存の政策的戦略を統合して、循環型経済と資源効率に関する目標および対策を包括的にまとめることを構想した。すなわち、現行の循環型経済法における循環型経済の考え方を発展、強化する。

その上で、連邦政府は2023年4月に政策文書「国家循環型経済戦略」(ドイツ語版PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.17MB)英語版PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(128KB))を発表した。なお、同文書の副題は「循環型経済に向けた変革のためのプロセスの基礎」。発表と同時に、同文書を所管する環境・自然保護・原子力安全・消費者保護省は、ステークホルダーとの対話を開始して、「国家循環型経済戦略」の最終案を固めるプロセスを進めている。

政策文書「国家循環型経済戦略」の特徴

まず、同文書では、戦略策定にあたり国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」やEUの「循環型経済行動計画」(2020年3月17日付ビジネス短信参照)を参照するとした。また、以下の領域において目標と対策を講じるとした。

  • 原材料の流通と製品群の分析を行う。分析ターゲットは、建設資材、鉄鋼、プラスチックなど。その上で、循環型経済への貢献、環境・健康の保護などに役立つ枠組みをつくる。
  • 再生可能な生物資源を効率的かつ気候保護に資するよう利用する。そのために、現在策定中の「国家バイオマス戦略」に循環型経済の考え方を盛り込む。
  • 消費者が商品購入時に、持続可能なものであるか否かを識別可能にする法的枠組みをつくる。
  • 産業および中小企業おいて循環型経済の考え方に基づく事業運営ができるよう、必要な規制緩和、国際規格の開発、イノベーションのための研究開発の資金提供などの支援策を講じる。
  • 循環型経済を促進するかたちで公共調達を実施する。
  • 環境配慮型生産やシェアリングエコノミー、再生材のオンライン市場形成など新たなビジネスモデルの創出に、デジタル技術を活用する。

ステークホルダーとの対話

環境・自然保護・原子力安全・消費者保護省は、同戦略の策定プロセスで、経済団体や環境団体、消費者保護団体、学術関係者、市民団体などのステークホルダーとの対話フォーラムなどを開催し、議論を行っている(注2)。循環型経済の実現には、製品の設計からリサイクルに至るバリューチェーン全体に関与する、多くのステークホルダーによる連携が必要と認識しているためだ。シュテフィ・レムケ環境・自然保護・原子力安全・消費者保護相は、2023年4月に開催された対話フォーラムで、循環型経済を「環境保護と気候変動対策の原動力」と位置付けるとともに、「包括的な循環型経済の実現は、ドイツ企業に、より安定的な原材料の供給と、競争力の強化をもたらす」との見解を示した。

こうした関係者との協議を経て策定した国家循環型経済戦略の最終案は、2024年に閣議決定される予定だ。

循環型ビジネスとデジタル化の推進

経済システムの中で、原材料とエネルギーの消費、廃棄物とCO2排出量を最小限に抑制するには、資源は可能な限り長く使用される必要がある。これらを実現する手段の1つとして、デジタル化の果たす役割は大きい。ここでは、循環型経済の促進に役立つ代表的なデジタル化の事例を紹介する。

EUのデジタル製品パスポート

EUレベルでの取り組みとして、まず挙げられるのが「デジタル製品パスポート(DPP)」だ。DPPは、欧州委員会の循環型経済に向けた政策(注3)の柱として位置付けられ、エコデザイン規則案の中で規定されている(2023年12月11日付ビジネス短信参照)。同規則案では、対象製品に共通して求められる耐久性、再利用可能性、改良・修理可能性、エネルギー効率性に関する基本要件や、消費者向けの情報の記録と開示が義務付けられる。DPPにより、製品の環境影響に関する透明性を高め、製品寿命を延ばし、税関当局や規制当局が実施する検査などを支援し、消費者の権利が強化されると期待されている。

EUのバッテリーパスポート

DPP導入の先駆けとなるのが、「バッテリーパスポート」だ。2023年8月に施行されたEUのバッテリー規則(2023年8月21日付ビジネス短信参照)では、バッテリーパスポート導入対象のバッテリー〔電動アシスト自転車や電動スクーターなどの軽量輸送手段の牽引に使用されるバッテリー(LMT用)と容量が2kWh(キロワット時)を超える産業用、 EV(電気自動車)用のバッテリー〕については、材料調達からリサイクルまで、蓄電池のライフサイクルに関わる情報をバッテリーパスポートに記録することが求められる。

EUのバッテリーパスポートの実装に向けた取り組みの1つに、ドイツの大手企業や研究機関が中心となる欧州のコンソーシアム「バッテリーパス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(注4)による、「デジタル蓄電池パスポート」の開発がある(2022年5月9日付ビジネス短信参照)。業界関係者に向けたバッテリーパスポートの実装を支援するガイダンスを2023年4月に発表(2023年4月25日付ビジネス短信参照)、12月にはバッテリー規則に合わせた更新を行い、実装に向けた準備を進めている。同コンソーシアムには、ドイツ経済・気候保護省が総額820万ユーロを助成している。

ドイツ中心に進む「カテナ-X」

ドイツでは、主力産業である自動車のバリューチェーン全体でデータを共有するアライアンス「カテナ-X」が2021年5月に設立された(2021年5月11日付ビジネス短信参照)。自動車製造の川上から川下、さらにはリサイクルに至るまで、あらゆる段階の事業者が、安全で信頼性あるデータ交換を行い、サプライチェーンの可視化を目指すものだ。産業全体でのコラボレーションやイノベーションを実現する「データ駆動型バリューチェーン」を構築し、循環型経済、デジタル化、脱炭素化、サプライチェーンの安定化などの課題に対応しようとする取り組みだ。カテナ-Xには、ドイツ自動車大手メルセデス・ベンツ、BMW、フォルクスワーゲン(VW)をはじめ、電機大手のシーメンス、ソフトウエア大手のSAP、またドイツ国外からの参加もあり、169社・団体がメンバーになっている(2024年2月1日現在)。日本からも旭化成、デンソー、NTTコミュニケーションズ、富士通などが参画している。

ドイツ企業の循環型ビジネスモデル構築は初期段階にとどまる

ケルン経済研究所(IWケルン) が 2022年5月に発表した調査レポート「循環型ビジネスモデル 企業はどの程度、循環型か?」(同レポートの英語版ページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)では、ドイツの企業が循環型ビジネスへ転換するための戦略や施策を明確化するとともに、IWケルンが持つ企業調査のデータを基に分析を行った。同レポートでは、循環型ビジネスモデルを実現するには、次の4つの領域での戦略が必要になるというスタンスを採用した(図参照)。

図:循環型ビジネスモデルの構造
循環型ライフサイクルの実現に必要な企業の戦略を表す図です。商品は原材料、デザイン、生産と流通、使用、使用済みになり、再び原材料として使用される商品サイクルを目指します。そのためには、(1)サイクルを閉じる、(2)サイクルを可能にする、(3)新しいサイクルの創造、(4)サイクルの延長、という4つの領域で企業の戦略が必要になります。

出所:IWケルン調査レポート「循環型ビジネスモデル 企業はどの程度、循環型か?」 (英語版)を基にジェトロ作成

図にある4つの戦略の具体的な内容は次のとおり。

(1)
サイクルを閉じる:製品のライフサイクル終了(使用済み製品)と製品の生産に必要な材料の断絶を埋める。使用済み製品を再加工により再び使用できるようにする、再資源化するなど。
(2)
サイクルを可能にする:製品の企画・開発・設計に際して製品の循環性を考慮する。
(3)
新しいサイクルの創造:材料および生産の代替を確立し、循環方法について選択肢をつくる。ある企業の製品生産過程で出た廃棄物を、他の企業の生産で再利用するなど。
(4)
サイクルの延長:価値(バリュー)を可能な限り長く維持する。代表的な方法として、使用しなくなった製品は、それを必要としている人に使ってもらうなど。

IWケルンによると、企業が循環型ビジネスモデルへ転換するため、(1)から(4)について、全方位的に取り組むかべきか、あるいは部分的に特化して取り組むかは、各社の事業領域によって異なる。一方、IWケルンが持つ企業調査のデータ(注5)の分析によると、どの産業分野においても、循環型ビジネスモデルは初期段階にあるという。製造業おいては、前述の(1)から(4)に該当する循環型ビジネスに関する戦略を有していない企業は、3分の1を超えていた。(1)から(4)のうち1領域で戦略を有している企業は4分の1あった。

ドイツ産業連盟(BDI)がデロイトに委託した調査研究「循環型経済 ドイツの産業立地としての課題とチャンス(ドイツ語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.64MB)」(2021年6月発表)によると、循環型経済へのシフトにより、ドイツの産業の総付加価値は年間120億ユーロ増加、およそ 18 万人分の雇用の創出効果が見込まれるという。移行には多くの労力とコストがかかる一方で、高度で革新的な産業拠点であるドイツにとって、新たなビジネスモデルや価値が創出されるなど、将来有望なビジネス分野になるとの期待が示された。


注1:
クローズドループ・リサイクルでは、ある製品に含まれる素材を抽出し、不純物を取り除いた上で、同じ製品に再使用する。無限に循環利用でき、廃棄物が発生しにくいため、環境負荷が小さい。
注2:
ドイツでは、様々な分野で市民参加(Bürgerbeteiligung)が進んでおり、連邦レベルでも、各省庁の政策決定などのプロセスに一般市民などが参加する仕組みが構築されている。国家循環型経済戦略の策定に関する対話フォーラムも、この市民参加の一環といえる。
注3:
2020年6月4日付の地域分析レポート特集:欧州が歩む循環型経済への道「製品ライフサイクル全体で循環型経済を推進(EU)」を参照。
注4:
参画企業は、ドイツの環境系コンサルティング会社システミック、化学大手BASF、ベルギーのユミコア、自動車大手フォルクスワーゲン(VW)、BMW、フラウンホーファー研究機構生産システム・デザイン技術研究所(IPK)、ドイツ工学アカデミー(acatech)、蓄電池性能を分析するソフトウエア開発を手掛けるスタートアップ企業トゥワイスなど。
注5:
IWケルンが2020年に経済・気候保護省の委託に基づき、2020年1~3月に実施した資源効率と関連ビジネスモデルに関する企業調査「第35回未来パネル」のデータを基に、独自に分析。アンケート調査は約900社を対象に行われ、うち製造業は479社。
執筆者紹介
ジェトロ・ベルリン事務所
中村 容子(なかむら ようこ)
2015年、ジェトロ入構。対日投資部外国企業支援課を経て現職。