欧州各国の脱炭素・循環型ビジネス最新動向地域における「再生可能なガスと水素」の取り組み(オーストリア)

2023年12月7日

2040年までのカーボンニュートラル(炭素中立)達成を目標とするオーストリアにおいて気候変動対策は、エネルギー、経済、雇用の持続可能な成長のための重要な機会と認識されている。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻に伴うエネルギー供給危機をきっかけに、エネルギーの国内安定供給にこれまで以上に重点が置かれるようになった。

オーストリアで2番目に面積が大きいシュタイアーマルク州では、地域のエネルギー事業会社「エネルギー・シュタイアーマルク」が、「再生可能ガス(再生可能な資源由来のガス、注)」の取り組みを進めている。太陽光発電などによるグリーン水素製造に加えて、バイオガスに含まれる二酸化炭素(CO2)とグリーン水素を反応させるメタネーション技術により、合成メタン・合成天然ガス(SNG)を生産する統合的施設「ガベルスドロフ・リニューアブル・ガスフィールド」(以下「ガベルスドロフ・プロジェクト」)を2023年5月に稼働させた。SNGは既存パイプラインに注入され、グリーン水素は高圧ガス容器で地域内、あるいは国内の需要家へ供給される。ガベルスドロフ・プロジェクトは、先進的な地域循環型エネルギーシステム構築の取り組みを国が支援する「エネルギー・モデル地区」の一環で、「気候エネルギー基金」支援対象の実証プラントとして始まった。本稿では、国と地域の一体的協業による持続可能な事業の取り組みを紹介する。

オーストリアのエネルギー事情:ネットゼロと自給率向上へ向けて

オーストリアは、水力発電やバイオマスエネルギー資源を有するが、過去10年間のエネルギー自給率平均値36%が物語るように、エネルギーの相当量をいまだに輸入に頼る。2018年の1次エネルギー供給量(TPES)は3,280万石油換算トンで、そのうち、約3分の2は化石燃料、残り約3分の1が再生可能エネルギー(再エネ)という構造であった。特に天然ガスは、2020年の総エネルギー消費量の22%、発電量の15%を占め、エネルギーの重要な割合を占めている(2022年11月14日付地域・分析レポート参照)。オーストリアはこれまでロシアからの天然ガス供給に大きく依存してきたが、ロシア産天然ガスを代替するために液化天然ガス(LNG)の輸入に切り替えることは高価な上、脱炭素には不適合でもある。

このような中、政府は、脱炭素エネルギーへの転換に向けた取り組みを加速させている。2020年に発足した現連立政権は、2040年までのカーボンニュートラル達成、2050年までのカーボンフリーな経済・社会の達成という目標を発表した。また、2018年に公表した「2030年気候変動・エネルギー国家戦略(Austrian Climate and Energy Strategy)」では、2030年までに国内の電力需要を100%再エネで賄い、輸入電力への依存を解消させるとした。モビリティの電動化、建物などのエネルギーの高効率化、グリーンファイナンスの促進に加え、「再生可能な水素(すなわちグリーン水素)およびバイオメタン」などを含む計12のフラッグシップ(旗艦)プロジェクトを特定した。さらに、2022年初策定の「水素国家戦略(Wasserstoffstrategie für Österreich)」において、2030年までに達成する目標として以下を定めた。

  • 鉄鋼や化学などエネルギー集約型産業で利用する化石燃料由来水素の80%をカーボンニュートラルな水素に置き換える。
  • 国内のグリーン水素自給率を高め、産業の需要に応えるため1ギガワット(GW)規模の水電解装置の容量を国内で整備。
  • グリーン水素製造技術コストの大幅な削減および水素自給率向上のための研究開発に取り組む。ただし、需要過多の見込みにより、中長期的にEUあるいは第三国からの輸入を継続。

しかしながら、各分野で持続可能かつ安定的な再エネへの移行を可及的速やかに進めるにあたって、再エネやグリーン水素の製造コストを下げ、サプライチェーンや需給エコシステムを構築するのは難しく、目標達成は容易ではない。このため、水素国家戦略では、水素を利用することが効率的かつ優先すべき用途と、非効率的(非優先)な用途を明記した。石油精製、アンモニア、直接還元製鉄など化学・製鉄産業向けは前者、乗用車・商用トラック向けや家庭用熱暖房用などは後者に位置付けられた。特に、水電解装置のコストを下げるため、高効率化とプラチナなどの重要鉱物の使用量削減がカギを担うとしている。

シュタイアーマルク州が取り組む、地産地消の再エネ事業

シュタイアーマルク州では、州内の最終エネルギー消費量に占める再エネの割合が2020年に32%に達した。1次エネルギー供給量とともにバイオマスエネルギーの割合が高く、従来の石炭を含む化石燃料への依存から、クリーンエネルギーシステムへの転換を進めている。しかしながら、2021年のシュタイアーマルク州のエネルギー供給の約4分の3は、いまだに石油、天然ガス、石炭などの輸入化石燃料が占めており、転換は道半ばである。

同州のガベルスドロフ・ プロジェクトは、このようなバイオマスエネルギーやインフラなど既存のリソースを生かす工夫に特徴がある。例えば、既存ガスパイプラインをそのまま活用するため、再エネの流通効率化に加え、ガスタンク貯留により太陽光や風力など間欠的な再エネ電源が持つ不安定性を補完できる。

また、ガベルスドロフ・プロジェクトのグリーン水素は、固体高分子(PEM)型の水電解装置により生成され、電力は敷地内の太陽光発電から供給されている。合成メタンについては、地域のメタン発酵プラントで製造したバイオガスを原料としている。電気分解で得たグリーン水素と、農業廃棄物や有機廃棄物などを原料とするバイオガスに含まれるCO2は、設置されたメタネーション装置内にある触媒で反応し、「再生可能(資源由来)」で、実質排出量がゼロに近いメタンが合成される。プラントに設置されている、メタネーション装置と触媒からなる技術システムは日立造船グループの日立造船イノバ(HZI、本社:スイス)が開発し、据え付け・提供したものだ。このメタネーション装置は、同じ設計思想でさらに大型の反応器を採用することにより、将来の規模拡張にも対応できる。また、触媒の劣化を防ぐため、バイオガス中の硫化水素(H2S)を吸着させ除去する脱硫工程が事前に設けられている。

施設は最大で年間300トンのグリーン水素生産能力を有し、スウェーデンのサンドビックグループのオーストリア子会社向けに年間70トン規模を供給している。また、州都のグラーツ市営バスの燃料転換計画もあり、現在の水素生産量を考慮すると50台程度を水素バスへ転換させることが可能という。

バイオガスのCO2を利用する工程により合成された「バイオメタン」は成分が100%メタンにより構成され、天然ガスとほとんど同質である。このため産業や交通運輸部門などのユーザーが利用可能な「エネルギーキャリア」としての利便性が高く、成長が期待されている。

再生可能エネルギーの拡大を後押しする枠組み

ガベルスドロフ・プロジェクトは、「水素イニシアチブ・モデル地区オーストリア・パワー・アンド・ガス(以下WIVA P&G)」と呼ばれる、グリーン水素などによるエネルギーシステムの構造転換を促す研究開発プロジェクトの1つだ。WIVA P&Gは、政府が制度優遇や資金援助を行う「産業構造転換のためのイニシアチブ」のエネルギー・モデル地区に選定されている(図1参照)。

図1:再生可能資源由来のガスとグリーン水素を基にした
未来のエネルギーシステムにおけるインフラのイメージ
(1)スマートシティ、(2)産業でのエネルギー利用、(3)風力発電所、(4)エネルギー自立型農業、(5)グリーンな公共交通機関、(6)地域の貯蔵施設、(7)複数階層の居住用ビル、(8)ガスグリッド、(9)電力グリッド、(10)グリーン物流、(11)バイオガスプラント、(12)下水処理場、(13)ガス火力発電、(14)パワーツーガス(P2G)プラント、(15)水力発電所、 (16)水素・ガス充填ステーション、(17)エネルギー自立型単一家庭用家屋、(18)エネルギー自立型遠隔ステーション、(19)太陽光発電所、(20)ガス貯蔵施設

出所:WIVA P&G

WIVA P&Gでは、シュタイアーマルク州を含む国内全土において、モビリティ、工業、エネルギーの3大分野で約30のプロジェクトを展開している(図2参照)。これらが連携し、技術革新の促進や、分野間の融通による水素のサプライチェーンと経済・雇用の拡大を目指す。

図2:各セクター間のエネルギー融通のイメージ
一次原材料は、再エネ電力、メタン、バイオマス。二次原材料は、グリーン水素、脱炭素化した水素、バイオメタン。流通および貯蔵は、道路、船舶、ガスネットワーク、パイプライン、貯蔵。用途は、モビリティ、産業、エネルギー。

出所:WIVA P&G

気候行動・環境・エネルギー・モビリティ・イノベーション・技術省(BMK)によると、1GW規模の水電解装置の整備により2030年までに、5,000人規模の雇用創出や、投資による新たな付加価値(3億6,800万ユーロ相当)などの経済効果が見込まれる(図3参照)。

このため、再エネ拡大法(Erneuerbaren-Ausbau-Gesetz、EAG)などに基づき、水電解装置に対する投資補助金や、水電解装置の稼働に再エネ電力を使用する場合の優遇措置などの形で、国による支援策が拡充されている。

図3:水電解装置の投資による経済効果の試算
1GWの水電解装置による経済効果。2020年~2030年に3億6,790万ユーロの粗付加価値。2020年~2030年に9億3,740万ユーロの投資コスト。2020年~2030年に最大5,000のフルタイムに等しい職。1.93価値創造乗数。0.39支出乗数(参考:太陽光発電0.37、風力発電0.28)。

出所:気候行動・環境・エネルギー・モビリティ・イノベーション・技術省(BMK)

ガベルスドロフ・プロジェクトによると、オーストリアにおける「再生可能ガス」の生産目標を供給業者に課す「再生可能ガス生産法 (Erneuerbare Gase Gesetz, EGG)」や、バイオガス発電プラントからバイオメタンプラントに設備転換を行い、国内ガスパイプライン供給網への接続を促す措置を定めたEAG法などの関連規則が、バイオガス・バイオメタンの生産促進に果たす役割は大きい。

現在、施行に向け最終検討段階にあるEGG法では、国内の事業者に対し2030年までに毎年少なくとも7.5テラワット時(TWh、2022年の世界中のデータセンターの推定電力消費量240~340TWhの約45分の1~32分の1の規模)のバイオガスの生産義務量の割り当てを課し、需要家へ供給するガスのうち、少なくとも7.7%は再生可能なガスであることを保証する必要がある。加えて、国内のバイオメタン生産については、今後8年間で現在の0.14TWhから7.5TWhまで増量させなければならない。

EAG法の施行により、バイオガスプラントからバイオメタンプラントへの生産設備転換のための投資に、政府の補助金が支給されることとなり、BMKの委託を受けた再生可能ガスサービスセンターが再生可能な資源由来のガス市場の拡大を取り持つこととなった。

再エネ中心の産業構造への転換は道半ばであるが、国と地域が密接に取り組むモデルの1つをオーストリアが示しているといえるだろう。


注:
農業廃棄物や有機廃棄物から生成されるバイオメタンやグリーン水素など、再生可能資源由来のガス。
執筆者紹介
ジェトロ・ウィーン事務所
佐藤 龍彦(さとう たつひこ)
2013年、日立造船入社。2022年4月からジェトロ(および日本産業機械工業会)に出向し、ジェトロ・ウィーン/日本産業機械工業会共同事務所に勤務。