欧州各国の脱炭素・循環型ビジネス最新動向CCUS技術の導入・普及が今後の課題(ハンガリー)
2024年4月17日
ハンガリー政府は、2050年気候中立達成の目標を掲げる。温室効果ガス(GHG)の排出量削減は進んでいるが、今後、さらに再生可能エネルギー(再エネ)と原子力エネルギーの利用を拡大させ、目標達成を目指す。加えて、二酸化炭素(CO2)の回収・有効利用・貯留(CCUS)技術導入も進める予定だ。
改定された「国家エネルギー・気候計画」の数値目標は野心的
ハンガリーはここ数十年で、GHG排出量を大幅に削減してきた。ハンガリー国立気象局の暫定データによると、ハンガリーのGHG排出量は、1990年を基準とした場合、2022年にCO2換算で37.1%減少した(図1参照)。これは既に、2020年に採択された「国家エネルギー・気候計画(National Energy and Climate Plan、NECP)」において、2030年のGHG排出量削減目標として設定された40%に近づいている。
2020年のNECP採択後、外部環境要因(EUのグリーンディール、Fit for 55、リパワーEU、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー供給懸念、エネルギー価格変動など)は大きく変化した。これを踏まえ、2023年にハンガリー政府は NECPを改定した。改定されたNECP〔NECP改定版(ハンガリー語)(2.15MB)(注1)〕では、2050年までの気候中立達成という法定目標(注2)をベースとして維持しつつ、気候保護政策と持続可能性に関して、改定前のNECPよりもはるかに野心的な目標を設定した。
具体的には、2030年までにGHG排出量を1990年比で少なくとも50%削減するというものだ。改定前のNECPでは40%削減だった。その達成方法としては、主にエネルギー効率の改善に加えて、再エネと原子力エネルギーの利用拡大を計画している。再エネと原子力エネルギーの利用拡大については、2030年までに以下の目標を達成することを定めた。
- 最終エネルギー消費量に占める再エネの割合:NECP改定版では、改定前の21%から29%に引き上げた。
- 太陽光発電:再エネの拡大に最も大きく貢献すると見込まれるため、2030年の総設備容量の目標を従来の6,454メガワット(MW)から1万2,000MWにほぼ倍増(2022年末現在は2,524.8MW)。
- 風力発電:設備容量は小さいものの、同様に329MWから1,000MWとほぼ3倍増の目標を設定(2022年末現在は323.2MW)。
- 地熱発電:ハンガリーの恵まれた地理的条件を生かし、天候に左右されない再エネ、特に地熱エネルギーの利用を増やすことを目指し、2030年までに2倍増の目標を設定(2022年末現在は2.7 MW)。
- 原子力発電所に関する政策:2022年は発電量の44.3%を原子力発電が占めており(図2参照)、今後も長期的にエネルギーミックスの一翼を担っていく予定。原子力がエネルギーミックスの一定割合を確保していくために、パクシュ原子力発電所の既存ユニットの寿命が当初の30年を超えてさらに20年延長されたとともに、同発電所に2つの新たなユニットを追加で建設(パクシュ2)している。
気候中立達成には CCUS技術の利用が不可欠
再エネの利用拡大によって、現在の化石エネルギー源はある程度まで代替できるものの、それだけでは目標達成には不十分である。この課題の解決策として、ここからは、セゲド大学(SZTE)再生可能エネルギー国立研究所が2023年9月に発表した「白書-ハンガリーにおける二酸化炭素回収・貯留・利用(CCS/CCU)オプション-(27.71MB)」と題する白書をみていく。
白書は「重工業や長距離輸送など、多くの産業プロセスにとっては、化石燃料に代替する電気エネルギーは高価すぎるか、実用的でないため、電力への転換が困難あるいは不可能である」と、ハンガリーにおけるCCUS技術導入の必要性を主張している。
なお、欧州委員会の資金援助を受けて、2022年10月にハンガリーのCCUS産業発展の礎を築くプロジェクトが開始されている。参加組織は、セゲド大学グリーンイノベーション・センター、国立再生可能エネルギー研究所、IFUA Horvath & Partners。企業の脱炭素戦略策定にも役立つことが研究目的の1つとされている。
白書は、ハンガリーで最大のCO2排出事業者を特定し、国内でどのような排出活動が行われ、排出についてどのように考えているかを検証している。また、CCUSの経済モデル、法律の整備状況や、製品としてのCO2の市場性についてまとめている。
調査結果によると、ハンガリーにおいてCO2を排出している主な産業は、エネルギー(発電所)、鉄鋼、セメント、化学、石油精製、水素製造の各産業である。うち、産業排出総量の半分近くを占めているのは、発電に加えて、化学、鉱物、金属、石油精製の4つの産業である。以下は、ハンガリーにおいてCO2排出量が上位の生産施設(表1参照)および排出量上位の発電所(表2参照)。
業種 | 企業・工場名 | 排出量 |
---|---|---|
石油精製 | モル・ドゥナイ・フィノミートー(製油所) | 1,509 |
鉄鋼業 | イエスタデー・ドゥナフェル(高炉・製鉄所) | 1,224 |
イエスタデー・ドゥナフェル(焼結工場) | 191 | |
イエスタデー・コクソロー(コークス工場) | 284 | |
イエスタデー・ドゥナフェル(熱延工場) | 88 | |
セメント生産 | ラファージュ | 539 |
デーデーツェー・バーチ | 514 | |
デーデーツェー・ ベレメンド | 469 | |
製紙業 | ハンブルガー・フンガリア | 249 |
化学工業 | モル・ペトロケーミア | 1,069 |
ボルショッドケム(注) | 516 | |
パンノーニア・ビオ(バイオエタノール工場) | 121 | |
アンモニア製造 | ニトロゲーンムーベック | 891 |
工業用ブラックカーボン製造 | ビルラ・カーボン | 227 |
石灰生産 | カルミット・フンガーリア石灰工場 | 95 |
カルミューゼ石灰プラント | 66 | |
その他の生産者 | ハンコックタイヤ工場 | 44 |
レイヤー・デベチェル煉瓦工場 | 36 | |
マジャール・ツコル(砂糖) | 23 | |
クレアトン(屋根瓦) | 22 | |
ザラケラーミア(陶器) | 19 | |
レイヤー・バラトン(レンガ工場) | 17 | |
リンデガス | 153 | |
ハングラナ・デンプンとイソグルコース | 139 | |
ウィーナーベルガー | 107 |
注:ボルソドケム+ボルソドケム発電所+ボルソドケムボイラー工場。
出所:SZTE再生可能エネルギー国立研究所「白書 -ハンガリーにおける二酸化炭素回収・貯留・利用(CCS/CCU)オプション-」を基にジェトロ作成
業種 | 発電所名(企業名) | 排出量 |
---|---|---|
ガス火力発電所、複合火力発電所、または火力発電所 | ギョニュー(ユニパー) | 831 |
ドゥナメンティ発電所(MET) | 645 | |
アルピク | 517 | |
ベルト・ウーイペシュト(ベオリア) | 288 | |
ベルト・ ケレンフルト(ベオリア) | 276 | |
ベルト・キッシュペシュト(ベオリア) | 246 | |
TVK発電所(MOL) | 225 | |
デブレツェン発電所(ベオリア) | 216 | |
北ブダ(MVM B) | 138 | |
ニーレジハーザ発電所(ベオリア) | 71 | |
ジェール・ソル地域暖房 | 63 | |
バコニ・ガスタービン(MVM B) | 48 | |
熱電併給(CHP)発電所(ベオリア) | 43 | |
アルテオ・ブダペスト | 42 | |
アルテオ・カジンツバルツィカ | 32 | |
アルテオ・ショプロン | 26 | |
バコニ火力発電所(ベオリア) | 26 | |
アルテオ・ティサウーイバーロシュ | 21 | |
パンノン火力発電所(ベオリア) | 16 | |
石炭火力 | マートライ発電所(MVM) | 3,472 |
混合火力 | ISDパワー | 866 |
出所:SZTE再生可能エネルギー国立研究所「白書 -ハンガリーにおける二酸化炭素回収・貯留・利用(CCS/CCU)オプション-」を基にジェトロ作成
白書は、CCUS技術が既存の発電所や産業施設の早期閉鎖を回避したり、低稼働率や代替燃料での運転を可能にしたりする唯一の選択肢になりうる、と結論付けている。ハンガリーの年間CO2排出量は4,700万トンと推定され、うち約半分の約2,200万トンのCO2回収に CCUS技術が活用できるとしている。
また、白書では、CCUS分野におけるビジネスモデルも提示されている。炭素のバリューチェーン(排出、回収、輸送、貯留、利用までの流れ)は長く、全体を自社のみでカバーできる事業者はほとんど存在しないため、ハンガリーでは、複数の排出事業者がクラスターを形成すれば、回収したCO2を貯留場所まで輸送できる可能性が高いとしている。また、ハンガリーのCCUSバリューチェーンにおける潜在的なプレーヤーとして、特に回収・利用分野においては日本企業〔三菱重工業、ゾルテック(東レの子会社)、ドレハー(アサヒグループホールディングスの子会社)〕の参加が期待されるとしている(図3参照)。
白書プロジェクトリーダーのヤナーキ・チャバ氏によると、同調査の主な結論の1つとして、ハンガリーでは、比較的少数の事業者の関与で、大幅な排出削減が達成できるということだ。つまり、国内で回収可能なCO2の排出のうち約70%は、わずか20社の大企業からの排出であるため、多くの解決策は必要ないという(2023年9月にセゲド大学で行われた白書の発表・説明会での発言)。
また、白書では、ハンガリーにおけるCO2貯留の可能性について、地下貯留が有効であるとして、以下の2つの方法を提案している(図4参照)。
- 枯渇した炭化水素フィールドの利用。短期的には2,500万トンのCO2貯留容量が提供可能で、公的支援とインセンティブによってさらに増やすことが可能。
- 塩水帯水層(注3)の貯水池を利用。さらなる研究が必要であるため長期的にしか検討されない可能性が高いが、同研究ではその容量を21億~27億トンと見積もっており、これは国内で必要な総貯蔵量の80%に相当する。
ハンガリー政府もCCUS技術の重要性を認識し支援の予定
前述のNECP改定版では、EUの規則変更などによる排出量取引制度(EU ETS)における有償割当価格の急激な上昇により、ハンガリーにおけるCO2回収技術の必要性が確認された、と述べている。ハンガリーにおけるCCUS技術の導入と普及も、政府の計画の一部である。
前述の2023年9月の白書の発表・説明会では、ヤナーキ氏が、白書の主な目的は、ハンガリーのCCUS産業に専門的な視点でベースとなる提案を行うことであり、政策サイドと産業界の協議が始まり、CCUS技術をハンガリーのエネルギー・気候戦略に組み込むための良いベースとなる、とも述べた。ヤナーキ氏は、CCUS技術の導入に関して、個々の企業がCCUS全体を開発、資金調達するような事態を避け、あくまでも政府の役割として輸送や貯蔵のインフラの開発が進められるべきである、と考えているという。
また、NECP改定版は、ハンガリー政府はエネルギー集約型産業へのCCUS技術の導入を拡大し、そのために必要な法整備と財政支援を行う予定だとしている。ラントッシュ・チャバ・エネルギー相は、白書の発表・説明会で「CCUSは今後10年間の大きな課題であり、現在検討中のハンガリーのエネルギー戦略の一部となる」と述べた。
- 注1:
- 改定版NECPの英語版は欧州委員会のウェブサイトに掲載されている。
- 注2:
- 2020年に公布、施行された「気候保護法(ハンガリー語)」で規定されている目標。
- 注3:
- CO2の貯留に適した地下深部の塩水を含む層。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・ブダペスト事務所
バラジ・ラウラ - 2000年よりジェトロ・ブダペスト事務所に勤務、ハンガリー国内の市場調査を担当。英語、数学の修士号のほか、日本語検定1級、経済貿易大学の学士を有する。