今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネス環境事業に商機を見いだす日系企業(インドネシア)

2024年4月22日

インドネシア政府は、2021年7月に「低炭素および気候レジリエンスに向けたインドネシア長期戦略2050PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(22.89MB)」を発表した。2060年までにカーボンニュートラル(炭素中立)を達成すると表明し、脱炭素化に向けてインドネシアの国営・民間企業も様々な取り組みを進めている(2022年7月15日付地域・分析レポート参照)。

日本政府もアジアの実情に即したかたちで、アジアのエネルギートランジション、脱炭素化・カーボンニュートラル(CN)実現を目指すアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)構想を推進する中、インドネシア進出日系企業による脱炭素化に向けた取り組みも進展している。

ジェトロが実施した2023年度海外進出日系企業実態調査の結果を見ると、インドネシアで脱炭素化に向けた何らかの「取り組みを行っている」、もしくは「今後取り組む予定がある」と回答した日系企業の割合は78.1%に上った。このうち、すでに取り組んでいると回答した企業の割合は44.3%と、2022年度調査の35.7%から着実に増加している。

一方、同国のジャカルタジャパンクラブ(JJC)法人部会(日本人商工会議所)とジェトロが2024年1月に公表したレポート「インドネシアの脱炭素化に向けた貢献PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.23MB)」によると、インドネシア進出日系企業258社が脱炭素化への取り組みを「実施中」もしくは「実施検討中」で、実施中・実施検討中のプロジェクト合計は623件に上り、これらプロジェクトによる2024年1月時点の温室効果ガス(GHG)排出削減効果は約3,000万トン/年と試算されている(表参照)。

表:インドネシアにおける日系企業による脱炭素化プロジェクト数(分野別)(―は値なし)
No 分野 プロジェクト数 
1 太陽光発電 108 
2 水力発電 23 
3 地熱発電 25 
4 アンモニア・水素 30 
5 CCUS/カーボンリサイクル 29 
6 自動車の電動化(四輪・二輪)・蓄電池 51 
7 化石燃料の脱炭素化 26 
8 森林セクター 30 
9 バイオマス・廃棄物発電など 52 
10 その他
再生可能エネルギー(証書など) 29 
省エネルギー 113 
船舶・航空セクターの脱炭素化 13 
資源の有効利用 47 
その他 47 

出所:ジャカルタジャパンクラブ、ジェトロ・ジャカルタ事務所「インドネシアの脱炭素化に向けた貢献-カーボンニュートラル実現に向けた、インドネシアと日系企業との連携と共創-」(第4版)(2024年1月)

また、ジェトロは、これらの日系企業の脱炭素関連ビジネスを紹介する「インドネシアでの脱炭素化実現のための日系企業によるビジネスカタログ」を2022年9月以降9回にわたって公表しており、その製品やサービスは再生可能エネルギー(太陽光、水力、地熱など)、バイオマスの活用、化石燃料の脱炭素化、CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)、カーボンリサイクル、省エネルギーやデジタル技術の活用など多岐にわたる。

本稿では、インドネシアで20年以上事業を進めるアズビルに同国での事業環境や事業実施上の留意点を聞いたほか、既に東南アジアやカナダで事業を実施、現在インドネシアへの進出を検討しているZenmovに他国と比較したインドネシア市場の見方などを聞いた結果について報告する。

ビル管理の省エネソリューションを提案、インドネシアで事業を拡大:アズビル

アズビル(本社:東京都千代田区)は、計測と制御の技術を基にオートメーション事業を展開するグローバル企業だ。東南アジアで事業展開を進める同社インドネシア拠点(PT.Azbil Berca Indonesia)のシニアジェネラルマネージャーであり、主にビルディングオートメーション事業を担当している森川和己氏に、同社の事業概要やビジネス環境について聞いた(取材日:2023年12月11日)。


PT.Azbil Berca Indonesiaのシニアジェネラルマネージャー、森川 和己氏(ジェトロ撮影)
質問:
会社概要は。
答え:
日本本社は1906年創業。創業者の山口武彦は、「苦役からの解放」をうたって会社を興した。苦役からの解放とは、劣悪な労働環境ではなく、人間はより適切な労働環境の下で働くことができるようにするべきだ、という理念である。
事業としては、商業建物の空調を主とした設備の自動制御機器や省エネソリューションを扱う「ビルディングオートメーション(以下BA)」、工場関連の計測機器、装置を扱う「アドバンスオートメーション」、消費者に近い領域でガスメーターなど各種計測機器を扱う「ライフオートメーション」の3本の事業を柱としている。
海外は、アジアを中心に展開している。中国とタイに生産拠点を構え、インドネシアには1997年に現地法人を設立した。現在はジャカルタ、スラバヤ、チレゴン、メダンの4拠点を有し、駐在員7人、現地スタッフ200人弱の体制だ。
質問:
BA事業の概要は。
答え:
オフィスビルやショッピングモール、病院など多種多様な商業建物や、精度の高い室内環境が求められる工場建物に対し、建物全体を監視するビルディングマネジメントシステム、温湿度、圧力、二酸化炭素(CO2)などの計測・制御機器を販売、エンジニアリングサービスを提供することを生業としている。建物の計画から竣工(しゅんこう)、運用、改修までのライフサイクルに寄り添った営業を展開し、お客様のニーズに合わせて全体最適となるソリューションを提案する。ジャカルタ近郊における商業建物の空調や省エネにかかるビル管理事業のシェアの40%程度を当社が占めている。最近では特に製薬業界が活況だが、製薬関連のビル管理において、当社のシェアは60%程度ある。
質問:
競合他社と比較した際の貴社の強みは。
答え:
単なるモノ売りでなく、エンジニアリング、現場調整までを一貫して実施し、お客様に納入することができる、という点が当社の大きな強みと認識している。個別製品の性能だけでなく、製品間の特性などを踏まえたうえで、お客様に最適なソリューションを提供できるようにシステムの全体最適化に注力している。
また、納入後のメンテナンス体制も整えている。トラブルシューティングだけでなく、トラブルを未然に防ぐ「予防保全」の考え方に立って、中長期営繕計画を提案している。
質問:
インドネシアでメンテナンスや予防保全の概念は浸透しているか。
答え:
インドネシアでのBA事業のお客様の9割近くが地場企業だ。インドネシアではまだメンテナンスの重要性について理解が広がっておらず、壊れたら直す、または特段の支障がなければメンテナンスは不要、との考えを持つ企業、担当者もいる。こちらからメンテナンスや予防保全の重要性を説明しても、その点に価値を見いだしてもらえないことが多い。一方、大手の外資系企業(日系企業を含む)が多く入居するような建物のビル管理会社はメンテナンスの重要性を理解しており、当社の製品・サービスを採用していただけるケースも多い。
質問:
インドネシアでビジネスを行う際の留意点は。
答え:
日本との気候の違いだ。日本は四季があり、それぞれの季節によって求められる空調の技術が異なる。複雑な技術を求められるので、日本では技術力が評価されやすい。一方、インドネシアは乾季と雨季の差はあるが気候が安定していて、一日の中で寒暖の差もなく、シンプルな技術で事足りるケースが多いため、技術力による差別化が難しいと感じる。また、日本の常識はインドネシアの非常識、であることを日々忘れないことが重要だと思う。特に商習慣や文化については、根幹となる考え方から日本と全く異なると感じる。インドネシアでは、この点を強く意識して相手とやり取りするようにしている。
質問:
インドネシア政府のカーボンニュートラル(CN)実現に向けた政策は、貴社のビジネスにどのような影響を及ぼしているか。
答え:
追い風であると考えている。政府が2060年までのCN達成を掲げていることもあり、CNは強い力をもつキーワードだ。各企業も対応が必要だとの意識が少しずつ浸透していると認識している。
質問:
今後の取り組みは。
答え:
省エネのソリューション提案というのは、間違いなく脱炭素に貢献する取り組みだと認識している。省エネ効率の悪い既設の建物に対して、より効率的な運用、改修の提案をすることで、自社のプレゼンスを高めていきたい。省エネ、「脱炭素といえばアズビル」といわれるような会社を目指していきたい。また、脱炭素と並んで「スマートシティ」もキーワードの1つだ。人工知能(AI)による設備機器のファインチューニングやビッグデータからの運転パターン予測など、先進技術の提案にも力を入れていきたい。

世界各地でスマートモビリティ事業展開を検討:Zenmov

Zenmov(本社:東京都目黒区)は、独自の運行管理システムにより交通事業者へ業務効率の向上などを提案しつつ、日本や東南アジア、カナダなどでスマートモビリティ事業を展開している。巨大市場であるインドネシアへの参入を検討する、同社代表取締役の田中清生氏とビジネス開発スペシャリスト の 渕由香里氏に、同社の事業概要やASEAN市場およびインドネシア市場をどのように捉えているかを聞いた(取材日:2023年11月24日)。


Zenmov代表取締役の田中清生氏(同社提供)
質問:
会社概要は。
答え:
当社は、交通に特化したITサービスの企画開発および製品の製造販売を行っている。社名には「禅のように無駄のないモビリティ」、「無駄を省いて最適化。極力シンプルにする」、そしてゼンという響きがもつ「前」や「全(力)」といったポジティブなイメージを込めている。人員体制は、役員を含めて14人で、フリーランスや副業の方も含めると全体で30人弱だ。
質問:
事業概要は。
答え:
主に交通事業者などに対してサービスを提供している。特に、慢性化する交通渋滞など無秩序な交通に悩む地域に対し、規律ある交通を実現するため、移動需要に合わせた最適配車、車間距離の均一な制御などのためのITサービスを提供している。海外では、カナダやフィリピンで各種実証実験を実施している。
質問:
地域ごとに事業環境が異なると思われるが、ASEAN地域をどのように見ているか。
答え:
ASEANでは、地場企業と連携し事業を実施する際に、地場企業の意思決定に時間がかかり、少し歩みが遅いような印象を受けることもある。アフリカは、当社同様に交通事業者向けのサービスを展開する企業が注目する大きな市場。アラブ首長国連邦(UAE)や中東は資金力があり、都市開発が進んでいる地域であり、事業のスピードが速い印象だ。カナダについても、パートナーとの関係構築が良好で、一定程度のスピード感をもった事業展開が見込めると考えている。
質問:
インドネシア市場をどのように捉えているか。
答え:
インドネシアは、非常に大きな市場であり、どのように参入していくべきか検討中の段階だ。地域および経済圏として、ブルネイやインドネシア、マレーシア、フィリピンといった東ASEAN成長地域(BIMP-EAGA)に注目している。BIMP-EAGAは1994年に発足し、域内のインフラ(交通、電力)整備を通じて、貿易、投資、農業や観光産業の成長を目指している(注)。インドネシアの首都の、ジャカルタからBIMP-EAGAに含まれるカリマンタン東部への移転が同経済圏に与える影響にも注目している。
ただし、事業実施地は必ずしも限定せず、現地パートナーとなり得る企業の状況次第では、スラバヤなどでの展開もあり得ると考えている。事業を実施しているフィリピン、ブルネイ、UAEなどでは、現地のパートナーと共同で事業を実施しており、インドネシアでも信頼できる地場企業を見つけ、事業を実施したいと考えている。
質問:
海外事業を進めるうえでの課題は。
答え:
海外展開における一番の課題はパートナー企業との関係だ。例えば、新たな地域で事業を実施しようとすると、そもそもどの程度のマーケットがありそうか、具体的な事業案を検討するため、地場企業との関係構築が非常に重要となる。地場企業とのマッチング機会などがあれば事業を始めやすい。
質問:
今後の事業予定は。
答え:
海外各国で交通システムを導入するにあたっては、全体を制御する運用システムやノウハウが必要になる。インドネシアの交通モビリティ産業で、当社がその点を担っていきたいと考えている。今後も段階的に実証を実施し、ハードおよびシステムをパッケージとして広げていきたい。

注:
BIMP-EAGAには、インドネシアではカリマンタン、スラウェシ、マルク、パプアが含まれる。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
八木沼 洋文(やぎぬま ひろふみ)
2014年、ジェトロ入構。海外事務所運営課、ジェトロ・北九州、企画部企画課を経て現職。