中南米におけるエネルギー転換ビジネスの行方脱炭素化を巡るチリ政府の野心的な取り組み

2023年9月26日

チリ・エネルギー省は2023年8月1日に、プレゼンテーション資料「脱炭素化計画(Plan de Descarbonización)」を公表した。同日付で、サンティアゴに所在する国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)の本部内で記念式典が開催され、ディエゴ・パルドウ・エネルギー相、マイサ・ロハス環境相らの出席の下、その内容が披露された。「脱炭素化計画」は、過去から継続して行われてきたチリの脱炭素化実現に向けた行動指針の策定を現政権が主体となってアップデートしたもので、その実行に至った背景や動機についてあらためて紹介しつつ、その主たる目的としては、米州開発銀行(IDB)などの外部機関の協力も得ながら、2030年に向けたチリのロードマップを作成することと定めている。

本稿ではまず、「脱炭素化計画」の内容に沿うかたちで、これまでのチリ国内での脱炭素化に関連した議論や政策について整理する。

国家エネルギー政策の策定

チリでは2015年、当時のミチェル・バチェレ大統領が国家エネルギー政策(PEN:Política Energética Nacional)を発表した。同政策は、その後のチリの脱炭素化に関する議論の骨子となっており、これまで何度か内容にアップデートが加えられている。最新版については、政権交代を目前に控えたセバスティアン・ピニェラ前政権の末期に作成された。政府関係者や専門家のみならず、チリ全土の一般市民を含む総勢1,300人が作成に携わり、国の主要目標としては主に以下の内容を盛り込んだ。

  • 2030年までに国内電力の80%を再生可能エネルギーへ転換
  • 2050年までに国内電力の100%をゼロエミッション化
  • 2050年までにエネルギー分野の温室効果ガス(GHG)の年間排出量を60%削減(2018年比)
  • 蓄電池などの導入により、2030年までに2ギガワット(GW)、2050年までに6GWの電力貯蔵技術を確立

石炭火力発電所の閉鎖

チリでは、2019年6月から2023年7月までの期間に、国内の8つの石炭火力発電所が閉鎖された。これは、2019年6月にセバスティアン・ピニェラ大統領(当時)が発表した計画に基づくものだが、「2040年までにチリ国内の石炭火力発電所を全て閉鎖する」という長期目標に対する中期目標に相当する「この発表から5年後の2024年までに国内で稼働している中で最も古い8つの石炭火力発電所を閉鎖する」という宣言が1年ほど前倒しで達成されたことを意味する。残る国内20の石炭火力発電所のうち、2025年までの閉鎖のめどが既に立っている7基と、別目的の施設としての再利用が計画されている5基を除き、今後の対応について現時点で具体的に定まっていないのは8基となった。いずれにせよ、政府は継続して2040年までの閉鎖措置の完遂を声高に主張している。国内の業界団体Generadoras de Chileの公表データによると、国内の石炭火力発電は2018年から2022年にかけて設備容量〔5,547メガワット(MW)→4,332MW〕、発電量〔2万9,453ギガワット時(GWh)→1万9,291GWh〕ともに大きく減少した。併せて、石炭火力以外の発電方式についても、ここ数年で発電量に大きな変化が見られており、特に太陽光や風力といった再生可能エネルギーの増加が著しい状況がうかがえる(表1参照)。

表1:電源別発電量(GWh)の推移(-は値なし)
項目 2014年 2018年 2022年
GWh 比率 GWh 比率 GWh 比率
水力 23,511 33.70% 23,218 30.43% 20,290 24.37%
太陽光・太陽熱 459 0.66% 5,083 6.66% 14,463 17.37%
風力 1,411 2.02% 3,918 5.14% 8,872 10.66%
バイオマス 2,715 3.89% 1,669 2.19% 1,895 2.28%
地熱 214 0.28% 465 0.56%
コジェネ 122 0.17% 864 1.13% 281 0.34%
階層レベル2の項目再エネ計 28,096 40.27% 34,966 45.83% 46,266 55.58%
石炭 28,893 41.41% 29,453 38.61% 19,291 23.17%
天然ガス 10,027 14.37% 10,664 13.98% 15,895 19.09%
石油 2,759 3.95% 1,209 1.58% 1,793 2.15%
階層レベル2の項目非再エネ計 41,679 59.73% 41,326 54.17% 36,979 44.42%
総計 69,775 100.00% 76,292 100.00% 83,245 100.00%

出所:Generadoras de Chile

2050年までのカーボンニュートラル達成が政府目標に

チリでは2022年6月に気候変動枠組みの関連法が施行された(2022年6月20日付ビジネス短信参照)。同法によって、チリで初めて2050年までのカーボンニュートラルの達成という政府目標が法律の中で規定されたことに加え、目標達成に向けた中間評価プロセスの実施や、「国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution)」についても規定された。日本でも地球温暖化対策推進法改正(2022年4月1日施行)というかたちで同様の取り組みが実施されているが、両国は以前から地震や津波といった自然災害への脆弱(ぜいじゃく)性という共通の課題を抱えている。さらに、チリでは、過去から問題となっている干ばつによる水不足や都市部での大気汚染に加え、ここ1年の間に大規模な森林火災や、豪雨による洪水なども発生していることから、今後も政府にとって国内のインフラ整備と気候変動問題への対策は優先課題の1つとして位置付けられるだろう。

2024年上半期のロードマップ完成目指す

前述の内容に鑑みつつ、今後、チリでは2030年に向けた脱炭素化計画のロードマップの作成が行われる。論議すべきテーマとしては、

  1. システムとインフラの近代化
  2. 安定供給の維持や、過渡期の運用を踏まえたエネルギーミックスの再編
  3. 公正なエネルギー転換の実現

の3つが設定されている。これらについて順次議論を行った後、2024年上半期中にロードマップの完成を予定している。

先進的な取り組みの発信の場としてCOP活用

最後に、過去3カ年の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)でのチリ政府の主な発表内容について紹介する(表2参照)。大規模な反政府デモの発生により、2019年には自国での同会議開催を断念せざるを得なかった(2019年10月31日付ビジネス短信参照)という苦い経験を味わったチリだが、脱炭素化を巡る政府の積極的な姿勢や取り組みを諸外国へ向けてアピールする場として、COPの舞台を有効に活用していると言えるだろう。政府はここ数年で「グリーン水素の低コスト製造」や「エレクトロモビリティーの普及」などのテーマにも積極的に着手しており、次回ドバイで開催されるCOP28の場でどのような野心的な発表がなされるのか、期待される。

表2:過去3カ年の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)におけるチリ政府の発表内容
項目 COP25 COP26 COP27
会期 2019年12月2日~13日 2021年10月31日~11月13日 2022年11月6日~20日
開催地 マドリード(スペイン) グラスゴー(英国スコットランド) シャルム・エル・シェイク(エジプト)
チリ政府の主な発表内容
  • 国内の一部の石炭火力発電所の閉鎖スケジュールの繰り上げを発表
  • 2050年までのカーボンニュートラルの達成を国内法に規定すると宣言
  • 2050年までのカーボンニュートラルの達成に関連して、長期気候戦略(ECLP)を設定
  • 省庁別の炭素排出量上限を設定
  • 脱石炭連盟(PPCA)への加盟
  • 国内のグリーン水素産業の発展に寄与する、世界銀行との協定の締結について発表
  • 前政権の「グリーン水素国家戦略」を維持すると発表
  • 2030年までに現行の国内の生態系保護区の面積を100万ヘクタール拡大
  • 2025年までに国内のメタン排出量を削減
関連記事へのリンク 2019年12月12日付ビジネス短信参照 2021年11月16日付ビジネス短信参照 2022年11月21日付ビジネス短信参照

出所:政府発表などからジェトロ作成


変更履歴
文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2023年10月3日)
表1
(誤)水素
(正)水力
執筆者紹介
ジェトロ・サンティアゴ事務所長
佐藤 竣平(さとう しゅんぺい)
2013年、ジェトロ入構。経理課、ものづくり産業課、海外展開支援課を経て、2019年7月から現職。