中南米におけるエネルギー転換ビジネスの行方脱炭素化へのアプローチとエネルギー転換ビジネスの行方(ブラジル)
バイオエタノール活用で脱炭素化を図る
2023年11月13日
ブラジル自動車業界は、2020年に新型コロナウイルス感染症の拡大によって大きな影響を受けたが、その後生産は徐々に回復している(2023年8月8日付地域・分析レポート参照)。ブラジル全国自動車製造業者協会(Anfavea)は2023年2月の年次報告で将来の発展戦略において脱炭素化を中心的な焦点とするべきであると強調している。しかし、ブラジルにおいては、二酸化炭素(CO2)排出量を削減するために電気自動車(EV)の普及を推進するよりも、サトウキビ由来バイオエタノール燃料の活用を優先すべき選択肢としている。
連邦政府はEVの生産及び販売拡大に向けた具体的な政策は設けていないものの、バイオ燃料の利用促進を目指すヘノバビオ(RenovaBio、注1)制度は2019年から施行している。
また、鉱山エネルギー省は2023年9月4日、持続可能なモビリティを目指す一環として、ガソリンへのバイオエタノール混合比率を27%から30%に引き上げる意向を表明した。この施策が実現すれば、バイオエタノール産業へのさらなる支援策となるだろう(注2)。
バイオエタノールの活用でモビリティの脱炭素化を図るブラジルの事例は特徴的で、その背景および今後の動向について報告する。
EVよりバイオエタノールに期待を寄せる自動車業界
ブラジルでは、現時点で乗用車としてのEV製造がなく(注3)、脱炭素化の戦略としてEVに対する疑問も業界内で指摘されている。Anfaveaが2021年8月に発表した「ブラジル自動車産業における脱炭素化への道」と題する報告書によると、EV向けインフラの導入コストと車両の高価格が市場拡大の障壁となっており、短中期的なCO2の排出低減効果にも限界があるとしている。一方、同報告書で、EV主体、バイオエタノール燃料主体のシナリオを用意し、それぞれに関連する設備を整え2035年を迎えた際のCO2排出量を試算したところ、バイオエタノール主体のシナリオの方がCO2排出量の削減効果が大きいとする結果が出ている(2021年8月27日付ビジネス短信参照)。また、Anfaveaは2023年2月に発表した年次報告で、「20年近く前に導入された(ガソリンもバイオエタノールも利用可能な)フレックス車(注4)は現在ブラジルで走行している車の約9割を占めており、脱炭素化を加速するためにバイオエタノールの利用を拡大する必要がある」と述べている。
ブラジルに進出している多くの自動車メーカーでは、BEV(バッテリー式電気自動車)導入よりも、電動機とフレックス内燃機関の動力を組み合わせるフレックス燃料ハイブリッド車の導入・普及に注力している。トヨタは2019年から既にブラジルで製造しており、2023年4月19日に新たな生産投資を発表した(2023年4月27日付ビジネス短信参照)。同様に、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)(2021年7月21日付ビジネス短信参照)や、ステランティス(2023年8月10日付ビジネス短信参照)もフレックス燃料ハイブリッド車の開発を行っている。ステランティスは2023年8月1日付公式サイトで「EVは、ブラジルと同水準の所得の新興国の多くの消費者にとって比較的高価で購入が難しい。脱炭素化へ移行する取り組みとしてバイオエタノールのハイブリッドでの活用は競争力のある選択肢となる」と説明している。
一方、米国ゼネラルモーターズ(GM)のサンティアゴ・チャモロ南米最高経営責任者(CEO)は、7月5日付現地紙「バロール」のインタビューで、ハイブリッド車よりもEV製造の優先を支持しているが、これは国内で少数派の意見である。
連邦政府は、Anfaveaと同様に、フレックス燃料ハイブリッド車の重要性を強調する。アレシャンドレ・シルヴェイラ鉱山エネルギー相は、6月14日にAnfaveaが開催したセミナーで「我々にとって最も現実的な選択肢であるフレックス燃料ハイブリッド車を中心に未来に向け進んでいきたい。電動化とバイオエネルギーやバイオ燃料の生産を同時に生かす道を歩む必要がある」と述べた。鉱山エネルギー省は2019年からバイオ燃料事業者を支援するヘノバビオ制度を実施しており、今後、ガソリンへのバイオエタノール混合率を現行の27%から30%に引き上げる意向を表明している。
輸入税免税措置を受けてEVの輸入が近年、増加傾向に
連邦政府はEVの製造や購入を直接的に促進するプログラムは実施していないが、輸入税の免税措置を通じてEVの普及を支援している(注5)。ブラジルは、南米南部共同市場(メルコスール)に関税同盟に属しており、原則として共同市場の対外共通関税率表に縛られる(上げることも下げることもできない)。しかし例外的に、国ごとに特別関税を設けることができる。その1つ「例外品目リスト(LETEC)」に、ブラジルは2015年以降EVを含めており、輸入税をゼロにしている(注6)。
ブラジルのEV輸入は、近年、伸びが大きい。ブラジル開発商工サービス省が公開しているデータベースCOMEXSTATによると、EV〔NCMコード(注7):8703.80.00〕の輸入金額は、2017年時点で148万ドル。それが、2022年には2億5,085万ドルに増加した。GMのチャモロ氏は、2023年2月5日付現地紙「バロール」で輸入税の免税を評価した。「インセンティブがあるからこそEV市場は伸びている。このインセンティブを維持すべき」とチャモロ氏は述べる。一方、Anfaveaのマルシオ・レイテ会長は、9月5日の記者会見でEVの輸入増への懸念を示し、EVがLETECに含まれることに対して反対の意見を述べた。「国外の生産コストが低いので、輸入税がゼロだと、ブラジルに進出したメーカーはEVの現地生産ではなく、輸入のみを行うことになってしまう。しかし、我々はブラジルでの生産を望んでいる」とレイテ会長は説明した。
中国自動車メーカーの奇瑞汽車(チェリー)と、韓国の現代自動車の販売権などを有するCAOAの合弁会社カオア・チェリーは、ブラジルでEVを生産する計画を発表している(2022年6月9日付ビジネス短信参照)。また、Anfaveaの会員企業ではない、中国大手自動車メーカーの長城汽車(2021年10月8日付ビジネス短信参照)および比亜迪(BYD)(2023年7月6日付ビジネス短信参照)もブラジルで生産拠点を建設し、EVを生産する計画を発表している。しかし、現地生産を開始していない現時点では輸入を行っている。
リチウムへの注目の高まり
EVおよびフレックス燃料ハイブリッド車の製造にとって、バッテリーの生産は極めて重要であり、これにはリチウムが必要不可欠である。ブラジルでは、BYDが電気バス用のバッテリーを生産しているが、乗用車用バッテリーの国内生産を求める声が多く、その実現に欠かせないリチウムが注目を集めている。例えば、Anfaveaのルイス・モラエス副会長は、5月10日に行われた下院議会のパブリックヒアリングで「バッテリーは非常に高価格なものなので、現地サプライヤーがあれば大変ありがたい。そのため、リチウムの国内生産を検討することはとても大切だ」と述べた。シルヴェイラ鉱山エネルギー相も6月14日にAnfaveaによって開催されたセミナーで「自動車の電動化のために不可欠なリチウム生産チェーンを開発し、バッテリー生産のハブを作っていきたい」と述べた。
米国地質調査所(USGS)によると、2022年には、世界のリチウム生産量に占めるブラジルの割合は約1.7%(2,200トン)にとどまったものの、5位となった。ブラジルのリチウム生産はミナスジェライス州に集中している。ブラジルリチウム(CBL)、オランダのAMG、カナダのシグマ・リチウムは既に採掘を行っており、米国のアトラスリチウム、オーストラリアのLatin Resources、同ゴールドマウンテン、カナダのリチウムアイオニックなどは開発計画を立てている最中だ。鉱山エネルギー省によると、最大の埋蔵量はミナスジェライス州北部・北東部のバレ・ド・ジェキチニョニャ地域にある。同州政府の発表によると、同地域では50憶レアル(1,500億円、1レアル=約30円)の投資が既に発表されており、2030年までその金額が200億~300憶レアルに増加する見込み。
また、ミナスジェライス州政府は2023年9月5日に、同地域でのリチウム開発に向けて「リチウム・バレー・ブラジル」というプログラムを導入、税制インセンティブや資金提供などの支援策が検討されている。この動きはブラジルのEV産業の基盤を強化し、将来の自動車製造において重要な役割を果たすことが期待されている。
国家水素戦略の導入
自動車業界の脱炭素化の取り組みとして、EVとフレックス燃料ハイブリッド車のほかに、水素自動車への期待も高い。ブラジルでは、自動車産業のみならず、冶金(やきん)産業、科学産業なども、水素や、特に風力や太陽光などの再生可能エネルギーから製造されたグリーン水素に注目している。連邦政府は、2022年6月23日に国家水素戦略(PNH2)を立ち上げ、詳細な目標や政策は検討中である。
経済省(当時)傘下の応用経済研究所(IPEA)が2022年8月に発表した報告書によると、ブラジル北東部は風力発電と太陽光発電双方の運用に適した条件がそろっている。さらに、グリーン水素の活用を積極的に推進する欧州向けの港湾も存在するため、ブラジルの中でグリーン水素の重要な拠点になり得るとしている。北東部ではいまだグリーン水素の大量生産は開始されていないが、国内累計270億ドル以上の投資案件が既に発表されている。また、同報告書によると、ブラジル全体でグリーン水素関連の36の投資プロジェクトが確認され、そのうち23のプロジェクトがブラジル北東部で、うち14プロジェクトがセアラ州ペセン港に集中している(2022年11月24日付ビジネス短信参照)。
ブラジルで開発されている水素自動車関連プロジェクトを見ると、風力や太陽光のみならず、バイオエタノール由来の水素を燃料とする自動車開発の試みも見られる。例えば、トヨタは2023年3月31日付公式サイトで、英国のシェル、世界最大級の砂糖メーカーであるブラジルのハイゼン、サンパウロ大学などと連携した、バイオエタノールから水素を生産するための研究開始を発表し、同研究のために水素自動車ミライを提供することとなった。また、サンパウロ州政府は4月25日付公式サイトにおいて、バイオエタノールから得られた水素で走行する自動車の開発についての長城汽車との共同プロジェクトを発表した。
今後の課題
ブラジル国内の自動車業界および連邦政府では、欧州や中国などの国々のように自動車産業の脱炭素化をEVの普及によって実現しようとする地域とは異なり、ブラジルが優位性を持つバイオエタノールを優先すべきとの声が多い。一方、バイオエタノール技術が国内向け製品に限定され、ブラジルが電動化に遅れて世界から孤立してしまうことへの恐れもある。
それに対して、VWのパブロ・ディ・スィ・ラテンアメリカ社長(当時)は、2021年6月12日付現地紙「エスタード」のインタビューで「南アフリカ共和国、インド、ロシア、東南アジアなど電動化に時間がかかりそうな国にはフレックス内燃機関や技術を輸出できる」と述べた。また、トヨタはインドで2022年10月にブラジル産のフレックス燃料ハイブリッド車を紹介し、インドにおける脱炭素化にも貢献し得ると説明し、輸出の可能性を示した。
しかし、フレックス燃料ハイブリッド車にはもう1つの課題がある。バイオエタノールを利用すると、フレックス燃料ハイブリッド車は脱炭素化に貢献するが、いまだにガソリンを購入する消費者も多い。サトウキビ工業会連盟(UNICA)によると、2022年に購入された乗用車・軽商用車用燃料に関しては、エタノールが21.58%にとどまった。消費者の行動をどうやって変えられるかも検討する必要があるだろう。
- 注1:
- ヘノバビオとは、化石燃料を供給する企業に対し、バイオ燃料を生産・輸入・販売する企業が発行したカーボンクレジットを購入する義務を与えるプログラム。当該制度は2017年に制定、2019年から実施されている。鉱山エネルギー省傘下の国家石油・天然ガス・バイオ燃料監督庁(ANP)によると、2020年1月から2023年8月まで発行されたクレジットの約85%はバイオエタノール事業によって得られたもの。
- 注2:
- 27%の混合率は2015年3月5日付農業・畜産・供給省令第75号によって定められた。2014年9月24日付法律第13,033号によると、同混合率は27.5%を超えてはならないとされるが、連邦政府は2023年9月14日にその限度自体を30%にする法案を国会に提出した。
- 注3:
- 中国の比亜迪(BYD)やブラジルのエレトラは電気バスをブラジルで製造している。比亜迪(BYD)は2023年7月4日、公式サイトで、北東部バイーア州カマサリ市に30億レアル(約900億円、1レアル=約30円)を投資する旨を発表した。3工場を新設。それぞれ、(1)中型・大型電気バスとトラックのシャーシを生産、(2)新エネルギー車(EVとPHEV)を生産、(3)リン酸鉄リチウムイオンバッテリーの材料を加工する予定。生産は、2024年下半期に開始し、合わせて5,000人を超える現地の雇用創出を見込んでいる。また、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)やブラジルのハイテックエレクトリックは電気トラックをブラジルで製造している。
- 注4:
- フレックス車とは、ガソリンとバイオエタノールとの組み合わせで走行できる車で、Anfaveaによると、2003年にVWによってブラジルに導入された。
- 注5:
- ただし、州政府や自治体が導入したインセンティブはある。たとえば、州税である自動車保有税(IPVA)に関しては、リオデジャネイロ州政府は一般の自動車に対して4%の税率を設定しているが、EVの場合税率が0.5%である。
- 注6:
- 2015年10月26日付CAMEX決議97号。
- 注7:
- NCMコードは、メルコスール加盟国(ブラジルを含む)で利用される関税分類。上6桁は、HSに一致している。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・サンパウロ事務所
エルナニ・オダ - 2020年、ジェトロ入構。現在に至る。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・サンパウロ事務所
中山 貴弘(なかやま たかひろ) - 2013年、ジェトロ入構。機械・環境産業部、ジェトロ三重、ジェトロ・サンティアゴ事務所、企画部海外地域戦略班(中南米)、内閣府などを経て、2023年7月からジェトロ・サンパウロ事務所勤務。