注目度高まる北米グリーン市場、その最前線は 民間企業のSAF生産・調達進む(米国)
米航空分野の脱炭素化(2)

2023年9月27日

米国のバイデン政権は、航空分野についても「2050年カーボンニュートラル(CN)」を目標に掲げる。その達成に向けて有力な手段とされる「持続可能な航空燃料(SAF)」について、連邦政府や州政府は、供給量増を狙ったインセンティブを設けた(本特集「米航空分野の脱炭素化(1)次世代航空燃料SAFが切り札に(米国)」参照)。SAFの供給量増・消費量増を見越して、航空会社が長期的なSAF導入目標を打ち出すほか、SAF生産企業は工場新設や設備拡張の動きをみせる。本稿では、今後の米国のSAF市場を占うこれら主要プレイヤーの動向について紹介する。

航空会社は2030年までにSAF導入10%を目指す

世界経済フォーラム(WEF)は2019年、世界の航空業界の脱炭素化に向け、航空会社や航空燃料供給会社など80以上の企業・団体による「クリーン・スカイズ・フォー・トゥモロー(CST)・コアリション」を組織した。このうち60の航空会社、空港、燃料供給会社などは2021年9月に、世界の航空燃料に使用されるSAFの割合を2030年までに10%に増加させる、とする共同声明を発表した(注1)。

この目標に合わせて、航空会社各社も、自社でのSAF利用量を2030年までに10%にする目標を掲げる(表1参照)。米国の大手航空会社では、ユナイテッド航空、アメリカン航空、デルタ航空、アラスカ航空、サウスウエスト航空がこの目標を掲げている。このうち、ユナイテッド航空、アメリカン航空、デルタ航空はCSTに参画している。中でも、デルタ航空はCSTの目標とは別に、自社でのSAFの利用割合を2035年に35%、2050年に95%以上とする目標を掲げている。

表1:米国の主要航空会社のSAF導入目標(-は値なし)
航空会社 業種 SAF導入目標 CN達成目標 備考
デルタ  旅客 2030年10% 2050年 2035年までに35%、2050年までに95%、CST参加
ユナイテッド  旅客 2030年10% 2050年 CST参加
アメリカン  旅客 2030年10% 2050年 CST参加
サウスウエスト  旅客 2030年10% 2050年
ハワイアン  旅客 2030年10% 2050年
ジェットブルー  旅客 2030年10% 2040年
アラスカ  旅客 2030年10% 2040年
フェデックス 貨物 2030年30% 2040年
UPS  貨物 2035年30% 2050年

出所:世界経済フォーラム、各社ホームページから作成

SAF生産は新興企業を中心に拡大見込み

航空会社がSAF導入目標を掲げる中、SAF生産企業に設備投資の動きが見られる。主に廃食油や植物油などの脂肪酸エステルの水素化(HEFA)によりSAFを製造するワールドエナジーは2022年4月に、SAFと再生可能ディーゼルの生産能力を年間3億4,000万ガロン(1ガロン=約3.8リットル)に拡大するため、カリフォルニア州の生産施設拡張に必要な許認可を規制当局から取得したと発表した。同社によると、このプロジェクトは2025年までに完了予定で、より幅広い原料の使用を可能にする新しい設備が導入される。同社はまた、テキサス州に2拠点目のSAF生産施設を建設し、2025年末までに試運転を開始する予定であることも発表している。

そのほか、フルクラム・バイオエナジーは2022年5月、ごみからSAFを生産する商用拠点としては世界初となる、ネバダ州でのSAF生産施設の建設完了を発表した。また2023年に入り、ジーボがサウスダコタ州で2026年からの生産開始予定、トゥエルブがワシントン州でのSAF生産施設建設を発表したほか、8月にはデルタ航空が主導する企業連合がミネソタ州でSAF生産ハブを設立したと発表した(表2参照、2023年9月5日付ビジネス短信参照)。

表2:米国の主要SAF生産企業の生産規模・計画
SAF生産企業 原料 生産方法 合計生産量
(予定を含む)
生産施設
所在州
現在の生産施設の状況
ワールドエナジー 生物系油脂 HEFA 2025までに3.4億ガロン/年、2030年までに10億ガロン/年 カリフォルニア州 稼働中
テキサス州 2025年~
フルクラム・バイオエナジー  都市ごみ FT-SPK 4億ガロン/年 ネバダ州 稼働中
インディアナ州 2023年から建設開始
フロリダ州 立地調整中
ジーボ  各種バイオマス ATJ-SPK 3億7,500万ガロン/年 コロラド州 稼働中
サウスダコタ州 2026年~
アイオワ州 2023年末完了予定
ミネソタ州 稼働中
トゥエルブ  水とCO2 産業用光合成 4万ガロン/年、目標は100万ガロン/年 ワシントン州 2024年~
ランザテック 製鉄所排ガスなど ATJ-SPK 4,500万ガロン/年 ジョージア州 2023年度中
レッドロック・バイオフューエル  木質バイオマス FT-SPK 2,000万ガロン/年 オレゴン州 稼働中
アルダー・フューエルズ  木質バイオマス FT-SPK 200万ガロン/年 ワシントン州 2024年~
アメティス 生物系油脂 HEFA 9,000万ガロン/年 カリフォルニア州に3つ 稼働中
DGフューエル バイオマス糖や
紙ごみなど
ATJ-SPK 1億2,000万ガロン/年 ルイジアナ州 2026年~
ノースウエスト・アドバンスド・バイオフューエル 木質バイオマス FT-SPK 6,400万ガロン/年 アリゾナ州 稼働中
レイヴェンSR バイオマス糖や
紙ごみなど
FT-SPK 約1億5,000万ガロン/年 カリフォルニア州 2024年~

注:HEFAは、廃食油や植物油などに含まれる脂肪酸エステルの水素化により燃料を製造する技術。FT-SPKは、都市ごみや廃木材などをガス化した際に排出される水素と一酸化炭素(合成ガス)を触媒に用いて燃料に転換する技術。ATJ-SPKは、バイオマス糖や都市ごみより得られるイソブタノールや都市ごみ・工場から排出されるエタノールを燃料に転換する技術。
出所:各社ウェブサイト

SAF新興企業への出資計画も相次ぐ

SAF生産企業の増産計画が進む中、いわゆる「スーパーメジャー」(注2)とよばれる石油・ガス大手も、新興企業への出資を通じてSAF市場への参入を図る。国際エネルギー機関(IEA)によれば、化石燃料は企業の短期的な収益の原動力であるものの、温室効果ガス(GHG)排出削減を求める声の高まりに対応できなければ、長期的な社会的受容性と収益性を脅かすことになりかねないためだ。シェブロンはジーボとの提携を2021年9月に、エクソンモービルはグローバル・クリーンエナジーへの出資を2022年8月に、コノコフィリップスは2021年7月にコロラド・バイオ精製バイオ燃料センターと500万ドルの研究契約を締結したと、それぞれ発表している。オクシデンタル・ペトロリアムも、フルクラム・バイオエナジーおよびアルダー・フューエルズへの出資を2022年5月に発表している。

SAFの引き取り契約も相次ぐ

こうした流れの中で、航空大手による、生産施設完成前からの長期的な大型引き取り(オフテイク)契約が相次いで発表されている。ドイツの調査会社スタティスタによると、2022年に発表されたSAFのオフテイク契約数は42件に達し、過去10年間で最多であった。デルタ航空は2022年3月にジーボから5億2,500万ガロンのオフテイク契約を、アメリカン航空は2022年7月に同じくジーボから5億ガロンのオフテイク契約を発表した。ジーボの生産施設は2026年に稼働予定であることから、引き渡しが始まるのはそれ以降を見込んでいる。ユナイテッド航空は2021年にアルダーフューエルから15億ガロンのオフテイク契約を発表している(表3参照)。

表3:米国の主要航空会社のオフテイク契約
航空会社 生産会社 契約量/年間 提供開始時期
デルタ ジーボ 7,500万ガロン 2026年以降7年間
アメティス 2,500万ガロン 2024年以降10年間
DGフューエル 5,500万ガロン 2027年以降7年間
ノースウエスト・アドバンスド・バイオフューエルズ 6,000万ガロン 2024年以降
ユナイテッド ワールドエナジー  500万ガロン 2016年以来、3年単位で更新中
ネステ 5,250万ガロン 2023年以降3年間
アルダーフューエル  7,500万ガロン 2023年以降20年間
フルクラム  9,000万ガロン 開始未定、最低10年
ブルーブレードエナジー  1億3,500万ガロン 2028年以降本格稼働、ユナイテッド合弁ベンチャーのため長期契約
アメリカン  ジーボ 1億ガロン 2026年以降5年間
サウスウエスト ベロシーズ 1,460万ガロン  2021年以降15年間
アラスカ ジーボ 3,700万ガロン 2026年以降5年間

出所:各社ホームページ

日本でも進むSAF生産への出資

日本企業もSAF確保に向けて、商社を中心にSAF生産企業に出資・提携する動きが相次ぐ。丸紅と日本航空(JAL)は2018年9月にフルクラムへの出資を発表、三井物産は2014年3月にランザジェットおよび、同社の生産プロセス開発を担うランザテックとの提携を発表した。伊藤忠商事は2023年1月にSAF生産企業のレイヴェンSRと、JAL、全日本空輸(ANA)向けの燃料供給で合意した。住友商事は2023年1月に、光触媒を用いたSAF生産企業のシジジーと提携した(2023年1月31日付ビジネス短信参照)。三菱重工業と航空機メーカーのボーイングは、2022年7月にSAFの生産に関して協業を発表した(2022年7月21日付ビジネス短信参照)。このほか、エネルギースタートアップのアビネールは2023年7月にDGフューエルへの出資を発表している。航空会社では、JALが2022年3月にジーボとのオフテイク契約を発表した。石油企業でも、エネオスがフランスの石油会社であるトタルエナジーズとSAFを生産する合弁会社を設立することに合意し、出光興産やコスモグループも、日本国内でのSAFの生産に注力している。

米国企業の対日投資事例もある。ボーイングは、愛知県名古屋市でSAFの研究を含むGHG削減のための開発拠点を設立すると発表した(2022年8月2日付ビジネス短信参照)。同社は経済産業省とも、同日に連携強化のMOU(覚書)を締結している。

いまだ課題は多く

SAFの生産量増に向けた取り組みが進む一方で、2023年8月時点で、米国内で商業飛行のためのSAFを提供できる空港は、カリフォルニア州のサンフランシスコ国際空港とロサンゼルス国際空港の2カ所のみに限られる。加えて、SAFは特定の航空会社が購入するが、いったん納入されると、空港の共同給油インフラに分配され、空港で給油するすべての航空会社が使用できる。そのため、SAFの導入を進めていない企業ほど、SAFの恩恵にフリーライドできてしまう。各社がより積極的にSAFを導入するためには、こうした運用面での改善も必要となろう。

また、SAFの納入も予定通り進んでいない。2016年、ジェットブルー航空とSAFの生産企業のSGプレストンは、少なくとも10年間にわたって年間3,300万ガロン以上のSAFのオフテイク契約を発表した。だが、2019年に予定されていた最初の引き渡しがまだ実現に至っていない。同様に2019年、デルタ航空はジーボと1,000万ガロンのSAFのオフテイク契約を締結し、2022年から2023年の間に提供される予定であったが、いまだ引き渡しには至っていない。予定通り進まない原因には、そもそも新型コロナ禍による工場建設の遅れにより、生産が計画通りに進んでいないこともあるが、SAFの混合施設が定まっていないことにも要因があると、米国エネルギー省国立再生可能エネルギー研究所(NREL)は指摘している。空港では、SAFと従来の燃料を混合するための施設がなく、それを実現するための設備やソフトウェアの導入に多額のコストがかかる。空港の近隣に混合用施設を新設する場合は、より一層コストがかかる。そこで製油所での混合も考えられるが、製油所では、追加燃料を貯蔵するための余地がないことなどから、第三者が製造した燃料を受け取る可能性は極めて低い、とNRELはみている。

また、米国会計検査院(GAO)の2023年3月のSAFに関する報告書では、HEFEの生産プロセスはカリフォルニア州内の空港で実際に航空会社に使用されているように比較的成熟しているものの、他の生産プロセスは現在まだ商用運転に至っていないなどの問題を指摘している。特に4点の大きな問題があるとしており、(1)プロジェクトのモデルケースがないなどの技術的リスク、(2)建設に係る時間・資金コスト、(3)原料確保、(4)生産後の輸送パイプラインなどの技術的リスクがあるとしている。

まとめ

SAFは、航空業界の脱炭素の鍵を担う切り札として期待される。しかし、大規模な商用化の実現に向けては、引き渡しの遅延、空港でのフリーライド、混合施設の設備のように課題も残る。航空脱炭素の実現のためにSAFは欠かせず、民間企業は活発に取り組んでいる。今後、航空業界のステークホルダーが、どのように課題を解決しSAFの活用を進めていくのか、引き続き注視していく必要があるだろう。


注1:
日本企業はJALとANAが参加している。
注2:
国際的石油資本であるエクソンモービル、シェル、BP、シェブロン、トタルエナジーズ、コノコフィリップスの6社。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
谷本 皓哉(たにもと ひろや)
2023年、ジェトロ入構。同年から現職。

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