中東・アフリカのグリーンビジネスの今インデックス保険で、農業分野の気候変動リスク低減(モザンビーク)

2023年10月4日

モザンビークでは、総就業人口約1,400万人のうち、7割に当たる約980万人が農業セクターに従事している(World Bank Open Data、2021年時点)。また、農業農村開発省によると、農業セクターのおよそ99%が1~2ヘクタールほどの小さな耕地で家族農業を営む小規模農家だ。他方、ドイツのNGO、ジャーマンウォッチによると、モザンビークは2000年から2019年にかけての20年間で、世界で5番目に気候リスクの影響を受けやすい国となっている。

南アフリカ共和国(以下、南ア)資本の保険会社ホラード・モザンビークは、気候リスクに対して特に脆弱(ぜいじゃく)なモザンビークの小規模農家向けに「インデックス保険」を提供している。インデックス保険は、天候や災害による被保険者の損失をカバーするため、降雨量など所定の観測指標に「閾値(しきいち)」を設定し、それに応じて保険金を支払う比較的新しい保険商品だ。ホラード・モザンビークの生命・農業保険担当マネージング・ディレクター、イスラエル・ムチェナ氏に聞いた(取材日:2023年8月7日)。


ホラード・モザンビーク、イスラエル・ムチェナ氏(本人提供)
質問:
ホラード・モザンビークの事業とインデックス保険の事業化の経緯は。
答え:
ホラードグループは1980年に南アで創業し、現在はモザンビーク、ザンビアなど南部アフリカの6カ国で事業を展開している。モザンビークには2001年にホラード・モザンビークが設立され、個人向け自動車保険や法人向け雇用保険、生命保険など幅広い保険商品を展開している。モザンビークでの生命保険と非生命保険を合わせた年間保険金支払総額は、同国で最も多い5,000万ドルに達している。
インデックス保険の事業化に向けては、2012年に世界銀行との共同調査を開始し、2017年の農業シーズン(注)に、米国カリフォルニア大学デービス校の協力のもと、種苗会社と組んでパイロットプロジェクトを実施した。2018年以降は、種苗会社など農業関連の民間企業のほか、国連世界食糧計画(WFP)の農村支援プロジェクトや、モザンビーク政府が進める農業開発プロジェクト「SUSTENTA」などとも連携している。
質問:
インデックス保険のビジネスモデルは。
答え:
種苗会社が農家に販売する、あるいは政府や国際協力機関などの農村開発・支援プロジェクトのドナーが農家に配布する農作物種子に、インデックス保険を付保の上、セットにして提供している。商業的観点では、事業パートナーである種苗会社にとって、インデックス保険というオプションは自社製種子と他社製品との差別化につながる。購入する農家にとっては、天候不順などによる不作の損失をカバーできる付加価値となる。マネタイズについては、種子の販売利益を当社と提携種苗会社とで分け合うプロフィットシェアを実施している。
パイロットプロジェクト以来の事業パートナーであるモザンビークの種苗会社、フェニックス・シーズは、同国中部のマニカ州、ザンベジア州、ソファラ州での販売が強く、その地域が主要なサービス提供地域だ。当該地域の気候的特性を踏まえ、当社のインデックス保険は干ばつ発生時の損失補填(ほてん)を主眼としている。2021年の農業シーズンにおける保険対象農家は約6万3,000人となった。
質問:
ホラードグループが提供するインデックス保険は、保険金支払いの基礎となる天候、気象データをどのように測定しているか。
答え:
観測、測定するデータの種類は最適なものを見つけるための試行錯誤を続けている。過去のプロジェクトでは、降水量や地表水分の蒸発散量を観測した。直近3年間では、対象地域の土壌分析データと人工衛星による土壌水分量測定による方法を採用している。地表から宇宙に放出される放射線(電磁波や赤外線など、広義の放射線)は土壌水分量によって変化するため、その変動を観測している。観測結果は、独立した外部コンサルタントが評価する。モザンビークでは、大規模農家や農業企業向けにビジネス保険を提供する保険会社は既に存在するが、科学的手法によるデータを基に小規模農家に適用可能なインデックス保険を提供しているのは当社だけだ。
質問:
「気候リスクをカバーする保険商品」を理解してもらう上で、どのような工夫を行っているか。
答え:
保険の考え方をそのまま伝えても、農家の理解を得ることは難しい。保険の有用性を説明するために、「ンガノ」と呼ばれる、東アフリカから南部アフリカにかけて分布するバントゥー語族の民間伝承の寓話(ぐうわ)を使っている。この寓話は、「アリとキリギリス」のような、将来へ備えることの大切さを教訓として伝えるもので、広く民衆に知られている。「ンガノ」が伝える教訓を引き合いに、保険が同じ性質を持つものだ、と説明することで、農家の理解と、種子購入時の保険加入を促進している。
制度面にも課題がある。当社が提供するインデックス保険は農家が対象となる一方、農村部住民の公的身分証保有率は低いため、現行の金融取引関連法が定める本人確認要件(KYC要件:Know Your Customer Requirement)を満たすことができない。そのため、保険加入契約を本来、被保険者となるべき農家と結ぶことができず、種苗会社などの提携企業と結ばざるを得ない状況だ。
質問:
ビジネスにおける課題と今後の展望は。
答え:
現状の種苗会社提携モデルは、パートナーのポリシーや経営状態に依存するという点で、事業の維持、拡大において課題がある。2021年シーズンの保険対象農家は約6万3,000人だったが、2022年シーズンは約1万5,700人と大きく減少した。2021年は、葉たばこ生産会社が契約栽培農家への支援策として野菜種子を提供するキャンペーンを行い、当社は野菜種子に保険を提供した。2022年は葉たばこ生産会社の財務的問題から同じキャンペーンを実施することができず、保険サービスの継続的な提供ができなかったことが、大幅な人数の減少の要因となった。パートナーシップに頼らない、自社努力による顧客獲得施策を検討している。農村部の農業資機材販売店(アグロディーラー)に保険エージェントになってもらい、アグロディーラーによる資機材販売時に農家へ保険加入を勧めるというものだ。
商品力の向上にも取り組みたい。個別の農家を対象とし、特定の地域の気象や農業生産に関連するデータを経年で取得・蓄積して損失を補填する現在のインデックス保険から、地域一帯の天候リスクをカバーする保険へと、事業自体を進化させることができる。地域の農業生産リスクをカバーするこの保険は「エリア・イールド・インデックス保険(Area Yield Index Insurance)」と呼ばれている。今後は、インデックス保険のスケールアップに向けて取り組んでいきたい。

注:
モザンビークでの農業シーズンは例年、雨期開始直前の10月、11月ごろから雨期が終了する翌3月ごろまでがピークとなる。本レポート内では便宜上2017年シーズンと記載しているが、期間としては2017年11月~2018年3月を指す。
執筆者紹介
ジェトロ・マプト事務所
松永 篤(まつなが あつし)
2015年からモザンビークで農業、BOPビジネスなどの事業に携わる。2019年からジェトロ・マプト事務所業務に従事。

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