中国経済が直面する持続的発展に不可欠な課題解決とは-有識者に聞く意思疎通は続くも、米中は中長期的に競争関係が主軸に

2023年9月14日

米中対立が激化している。米国は半導体・AI(人工知能)分野を中心に、中国に対する輸出や投資の規制を実施しており、中国も戦略物資の輸出管理を強化するなど、一部の貿易・投資分野での対立が鮮明になっている。米中対立の現状や今後の見通し、中国経済や日本企業への影響などについて、米中関係に明るい国際経済研究所の伊藤信悟主席研究員に聞いた(取材日:2023年8月29日)。


伊藤信悟氏(同氏提供)

エスカレーション回避の対話が継続も、中長期的には競争関係が主軸に

質問:
昨今、米国高官の訪中が相次いているが、足元の米中関係をどうみているか。
答え:
短期的には、米中ともに対立のエスカレーションを避けるため、対話を続けるだろう。バイデン政権は、軍事的な衝突のリスクを回避したく、経済関係の決定的な悪化も防ぎたい。一方、中国も対米関係の決定的な悪化は望んでいない。内需の縮小、輸出の不振など中国経済が力強さを欠く中で、対米関係改善は中国経済の先行きに対する自信を取り戻すためにも重要だ。
8月にはレモンド商務長官が訪中し、貿易・投資の問題解決のための商業問題ワーキンググループを2024年から年2回の頻度で開催することで合意したほか、半導体などの輸出管理の執行状況についても次官補級の情報交換を行う、商務担当大臣が年1回以上、直接会談を行うことでも合意した(2023年8月30日付ビジネス短信参照)。また、米国側は、王毅外相に訪米を呼び掛けている。衝突回避の「ガードレール」を作るための対話を模索している。11月には米国でのAPEC首脳会合が控えており、これらの外交スケジュールを念頭に、米中ともに衝突回避で一定の成果を得たいと考えているのだろう。
こうした対話模索の背景には、米中対立の激しさがあり、信頼関係の構築にかなりの努力を要していることの表れともいえる。米国は、中国と平和共存できると主張し、マクロ経済、金融、気候変動、新興国や開発途上国の債務問題など協力できる分野で協力したいとしながらも、中国は国際秩序改変の意図のみならず、それを行うための経済的、外交的、軍事的、技術的能力を持ちうる唯一の競争相手だとみている。バイデン政権は、科学技術の優位性を含め国力を維持するため、デュアルユース製品の輸出管理強化や、サプライチェーンの強靭(きょうじん)化、同志国・地域との関係強化などを進めてきた。一方、中国はこれらの措置に対して、中国の発展を不当に損なうものと強く反発し、ハイテク製品の国産化を念頭においた産業・科学技術政策の一段の強化や、制裁措置に対する報復体制の整備、グローバルサウスの国々との関係強化などに乗り出している。中長期的に見て、米中は競争関係が主軸となるだろう。今行われている米中の対話は、対立のエスカレーション防止、衝突を防ぐことに主眼が置かれている。
質問:
米国は中国と「デカップリング」はしない、「デリスキング」であると発言をしている。米国にとっての中国の位置付けが少し変わったかのようにも見えるが、どのように見ているか。
答え:
「デカップリング」という言葉には、程度の面でも引き離す力という面でも、かなり強い分断というニュアンスがある。米国は対中依存度が高く、長期的かつ大規模な経済関係の分断は、米国経済への大きな影響が懸念される。一方、「デリスキング」という言葉には、経済安全保障上のリスクによって付き合い方を変える、つまり中国の対応や産業領域などによって付き合い方が変化しうるというニュアンスが込められている。中国への関与の余地を残すという姿勢が出やすく、日欧との足並みをそろえやすい。
しかし、中国は、「デリスキング」との表現に対しても強い不快感を抱いている。外交部報道官は、そもそもリスクとは何かはっきりさせるべきだとした上で、現在の世界では、協力しないことが最大のリスクで、発展しないことが最大の安全上のリスクと指摘し、サプライチェーンの切断や、小グループで「障壁」を築くことなどがリスクだとしている。その上で、中国はリスクの源ではなく、こうしたリスクを防止・解消する立場であるとも主張している。「デカップリング」や「デリスキング」といった言葉遣いよりも、対中政策の具体的な中身を変更することこそが重要というのが中国側のスタンスである。

ハイテク分野の輸出規制は中国経済の生産性向上に痛手

質問:
米国は、先端半導体などハイテク分野の輸出規制を強めているが、イノベーションを含め、中国経済の発展にどのような影響を及ぼすと考えるか。
答え:
米国の輸出規制が中国経済に与える影響はやはり無視できない。中国は人口減少時代の到来、不動産に頼った経済成長の難度の高まり、過剰投資・債務問題などの構造問題を抱える。このため、中国経済の運営が難しくなっている。持続的成長を図り、指導部の念頭にあるとみられる2021~2035年のGDP倍増を実現するには、これまで以上の生産性向上が重要になる。中国にとって、先進国からの先端的な技術・設備の導入はその向上に大きな役割を果たしてきた。米国などから、これらの導入が難しくなることの痛手は大きい。
特に、2022年10月に発表された米国の輸出規制の影響は大きく、先端半導体の製造が難しくなった。先端コンピューティングやスーパーコンピュータ用直接製品規制(FDP、注1)の実施により、中国のデジタルトランスフォーメーション(DX)にも悪影響を及ぼしている。
他方で、長期的にみて、中国政府は先端半導体の製造技術獲得のための投資を積極的に行うだろう。これまで、地方政府によるハイテク産業向けの補助金や政府引導基金(注2)などが半導体関連企業に投入されたが、不動産不況により、地方政府の財政状況が厳しくなってきている。しかし、中国は市場が大きく、人材の力も軽視できない。中国政府が構築しようとしている「新型挙国体制」(注3)の態様やパフォーマンスが注目ポイントだ。
質問:
WTOなどの国際的な貿易ルールに鑑みて、米国の輸出規制は妥当なものと考えるか。
答え:
WTOの安全保障例外条項との整合性は、国際商務法の専門家の議論に委ねたいが、軍民両用技術の広がりが国際貿易秩序に与える影響を看過できなくなっていることは間違いない。
米国政府は、2022年10月に発表した一連の輸出管理を行う理由を、安全保障や人権問題に求めている。高度なIC(集積回路)に支えられた先端コンピューティングやスーパーコンピュータはAIの発展にとって重要であり、これらが一体となって運用されることで、自律型軍事システムやミサイル開発などの速度・精度が大幅に上がることを懸念し、これを避ける上で対中輸出規制は必要だという立場である。
一方、中国政府は、米国の対中輸出管理を不当として、WTOに提訴している。そして、米国は自国の科学技術分野での優位性保持のために輸出管理を行っており、その範囲は軍事分野や軍民両用分野をはるかに超えすべての先端技術を輸出管理の対象としており、WTOの安全保障例外条項では正当化できない、と主張している。
質問:
日本政府は7月23日、米国の要請もある中、先端半導体製造装置23品目の輸出規制を強化した。米国や日本による輸出規制の強化は、日本企業の対中ビジネスにどのような影響を及ぼすか。
答え:
米国による先端半導体の輸出管理は、再輸出規制や直接製品規制もあるため、米国企業以外も影響を受ける内容となっている。先端半導体、スーパーコンピュータについては純正民生用途でも輸出規制の対象となっているため、特に半導体装置メーカーを中心に、一部の日本企業から中国向けの出荷に悪影響が出ているとのコメントが出ている。輸出許可申請の運用面で、対象範囲があいまいな点や、エンドユースの特定が困難である点などの問題も日本企業から指摘がある。
中国にある外資系半導体工場向けの輸出については、米国の輸出管理の対象となっているものの、一時的適用除外の再延長が認められた。これらは、日本企業への悪影響を一定程度抑えている。ただ、米国政府の運用が厳しくなれば、直接的、あるいは間接的に中国向けの輸出が厳しくなる恐れがあり、引き続き注意が必要だ。
7月の日本の半導体製造装置の輸出規制強化は、基本的には高性能な製造装置のみが対象となるため、日系企業への影響は限定的とみられる。実際に、輸出規制により、関連する企業の株価が大きく落ちるといった現象は見られていない。しかし、取扱商品が高性能などで、日本企業が米国の規制に従って対中取引を控えた場合、中国の法律に基づいて様々な報復の対象となったり、現地企業から損害賠償を請求されたりする恐れは否定できない。

ハイテク分野の投資規制は「スモールヤード・ハイフェンス」が主軸

質問:
米国によるハイテク分野の対中投資規制の見通しについて聞きたい。
答え:
投資規制の背景には、米国からの対中投資が、中国への技術流出や中国の軍事力強化につながっている、との議会の懸念がある。また、5月のG7広島サミットでも、対中投資規制の重要性を認識するとの文言が共同声明に盛り込まれた。
しかし、産業界からの過剰な投資規制に対する懸念も強く、米国の多くの年金基金への悪影響(注4)を懸念する声も出た。こうした状況もあり、ハイテク分野は、「スモールヤード・ハイフェンス(限定された技術を厳しく管理する)」の方針で、妥協点を探る構えを示してきた。8月9日の大統領令では、規制対象を半導体・マイクロエレクトロニクス、量子情報技術、AIの3分野に限定している(2023年8月14日付ビジネス短信参照)。重要鉱物や大容量バッテリー、自動車、医薬品有効成分、バイオテクノロジーなども範囲に含むべきだという議論もあったが、対象外となった。
米国の議員からは、対中投資規制について、対象範囲が狭く安全保障上の懸念が残るという意見が出ている。一方、産業界からは、ビジネス拡大が難化し、米国の技術力や競争力が損なわれるとの意見が出ている。他国も同じ規制を敷かない限り、米国が技術開発で取り残されるとの懸念もある。また、規制対象が広がれば、他国との調整が難しくなるだろう。中国商務部も必要な対抗措置を講じることを示唆するなど、米中対立の激化も懸念される。
産業界の意見なども勘案すると、対象分野が大きく広がる可能性は低いと考えられるが、2024年11月の米国大統領選挙が近づく中、対中強硬路線を強める議会との関係もあり、対中投資規制が強まる可能性も完全には排除できないため、今後の動向が注目される。

米国民や議会は対中追加関税を根強く支持

質問:
米国による対中追加関税の調整見通しについて聞きたい。見直しの可能性はあるか。
答え:
中国製品を輸入する米国企業は、追加関税によるコストをほぼ負担していることが米国の国際貿易委員会(ITC)の報告書によって明らかになっている。輸入業者の不満は強く、米国の国際貿易裁判所に提訴したケースもある。
しかし、対中追加関税は、産業保護や中国の非市場的慣行から米国の労働者を守るために必要だという声がある。議会の対中強硬姿勢も強く、対中追加関税を見直す代わりに、中国の非市場的慣行などの見直しを求めるべきだという声も強い。また、バイデン政権は製造業の基盤強化を急いでいる。さらに、2023年8月のロイターとイプソスが米国民に対して行った共同調査では、2024年の大統領選において、中国からの輸入品への追加関税を支持する候補者を応援する可能性が高いと答えた割合が約66%に達した。こうした状況に鑑みると、大規模な対中追加関税見直しは期待しにくいのが現状ではないか。

経済発展や対外関係の安定と、国家安全で揺れ動く中国

質問:
今後の中国の対米政策展開見通しを伺いたい。昨今、追加関税賦課に加え、ガリウム・ゲルマニウムの輸出管理強化なども実施し、欧米や日本を意識したとみられる対抗措置を講じている。
答え:
中国政府は、経済・対外関係の安定と発展を必要とする一方、国家安全の重要性も強調しており、政策は両者の中で揺れ動くことになるだろう。政策の方向性がみえづらいという声が今後も出てくるかもしれない。
ただ、中国経済を著しく悪化させるような政策を自らのイニシアティブで発動する可能性は低いと考えられる。一方で、自国経済への影響が少ない分野や、自国産業の発展に有利に働く分野には、対抗措置、ないしは対抗措置と受け止められるような政策をとる可能性が排除できない。
大きな方向性としては、国内大循環を主軸として、国内・国際循環が互いに促しあう状態の形成という「双循環」(注5)に従い、国産化率引き上げと、他国の対中経済依存度の引き上げに資する形で、硬軟取り混ぜた通商政策を展開していくのではないか。

注1:
直接製品規制とは、米国外で生産されていても、米国の技術や機械、ソフトウェアを使って製造した場合、輸出について事前の許可申請を求める規制である。
注2:
政府引導基金とは、企業の発展を支援するため、政府の資金によって設立されたファンドである。関連する投資機関や社会資本の参入を呼び込んで運営され、出資や融資などを通じて企業を支援する。中央政府に限らず、地方政府も政府引導基金を設立させており、イノベーションや構造調整を促そうとしている。
注3:
新型挙国体制とは、市場の役割を重視しつつ、政府の役割も発揮し、国の科学技術力や社会資源を総動員させ、科学技術の重大な課題の解決に取り組む国家体制である。
注4:
米国の年金基金が投資している投資信託の一部は、中国企業の株式を買っている。こうした対中投資に関しては、8月の大統領令では規制対象外となった。
注5:
「双循環」とは、2020年4月の中国共産党中央経済委員会第7回会議で習近平総書記(国家主席)が「国内大循環を主体とし、国内と国際の2つの循環が相互に促進する新たな発展局面」として提起したとされる概念。同年10月採択の「第14次5カ年(2021~2025年)規画と2035年までの長期目標」では、「双循環」は「内需と外需、輸入と輸出、対内投資と対外投資の協調的発展により、国際協力・競争の新たな優位性を育成する」としている。
略歴
伊藤信悟(いとう・しんご)
1993年4月富士総合研究所入社、2001年12月~2003年11月台湾経済研究院副研究員兼任(駐台北)、2002年10月みずほ総合研究所に転籍、中国室長などを経て、2018年1月より現職。2021年4月より明治大学経営学部兼任講師。主要著書に『WTO加盟で中国経済が変わる』(共著)、主要論文に「半導体産業に対する中国政府の資金面での支援策~ジレンマを抱えつつも一段と強まる支援」などがある。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
廣田 瑞生(ひろた みずき)
2023年、ジェトロ入構。中国北アジア課で中国関係の調査を担当。