特集:分断リスクに向き合う国際ビジネス 世界の直接投資、落ち込みが鮮明に
成長分野はグリーン・半導体・デジタル
2023年11月29日
ウクライナ紛争、食品やエネルギー価格の高止まり、金利上昇などを背景に、世界の対内直接投資の減速は2022年半ばから顕著になり、2023年に入って以降、その落ち込みはより鮮明に表れている。本稿の前半では、この1~2年で世界のクロスボーダーM&Aとグリーンフィールド投資のトレンドはどう変化したのか、業種別・国別の投資動向や主要な大型投資案件を基に明らかにする。後半では、日本の対外グリーンフィールド投資が2022年までの世界の回復傾向に反して、低迷が続いてきた要因について考察する。
2023年1~9月のクロスボーダーM&Aは半減
国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、2022年の世界の対内直接投資(国際収支ベース、ネット、フロー)は前年比12.4%減の1兆2,947億ドルとなり、2021年の回復局面から一転、再び下降局面にシフトした(図1参照)。金融引き締めによる資金調達環境の悪化がとりわけクロスボーダーM&Aに負の影響を及ぼしている。金融情報を扱う調査会社のリフィニティブのデータによると、世界のクロスボーダーM&A(実行ベース)は2022年第2四半期(4~6月)から早くも減少に転じ、2022年通年では前年比15.5%減(1兆3,904億ドル)、2023年1~9月には前年同期比48.8%減(5,721億ドル)と半減した。
世界のクロスボーダーM&Aを件数ベースで見ても、2023年1~9月は前年同期比で16.4%減(9,080件)に落ち込み、四半期ベースでは、2023年第3四半期(7~9月)に12期ぶりに3,000件を下回った(図2参照)。M&A受け入れ先上位のEU、米国でも、M&A件数は新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた2020年半ばの水準まで後退している。経済回復の勢いが弱含む中国では、2023年第2四半期に2010年以降で最低の水準まで後退した(図3参照)。
一方、英国フィナンシャル・タイムズのデータベース「fDi Markets」によると、2022年に発表された世界のグリーンフィールド投資については、通年でも前年比17.8%増(1万6,547件)とプラスを維持した(注1)。各種のデジタル技術を活用したソフトウエア・ITサービスやビジネス関連サービスなどを中心に、上半期に投資案件の発表が活発に行われ、全体の案件数を伸ばした。しかし、世界のグリーンフィールド投資も2023年1~9月に発表された投資件数は前年同期比14.2%減(1万970件)と減少に転じた。
ベトナムEVメーカー上場に向けた大型M&Aも
2023年1~9月の世界のM&A実行額(出所:リフィニティブ)について、被買収企業の業種別にみると、サービス業、製造業、第1次産業は前年同期と比べ、それぞれ51.0%減、30.0%減、77.1%減と大幅に落ち込んだ。主要業種を見ても、ビジネスサービスを含むその他サービス(52.5%減)、金融・保険(60.7%減)、機械機器(37.4%減)、ソフトウエア(48.9%減)と軒並み減少した。
世界のM&A総額が落ち込んだ要因の1つに、大型案件の少なさが挙げられる。10億ドルを超えるメガディールが2022年1~9月には206件だったのに対し、2023年1~9月は115件にとどまった。
2023年9月末時点で最大のM&A案件(表1参照)は、ベトナムの電気自動車(EV)メーカー、ビンファストの米国ニューヨーク市場上場に向けて8月に行われた、特別買収目的会社(SPAC)のブラック・スペード・アクイジションとの合併(230億ドル)だ(2023年5月23日付ビジネス短信参照)。EVメーカーとしては、2022年にも中国の浙江吉利控股集団傘下で、スウェーデンのポールスターが米ナスダック上場に向けた、米SPAC、ゴアズ・グッゲンハイムとの合併(197億ドル)を行うなど、急成長するEV産業で昨今、事業拡大に向けて米国での上場を通じ資金調達を目指す事例が目立った(注2)。
続く2023年の大型案件は、オランダ化学大手DSMが5月、スイスの香料メーカーのフィルメニッヒを207億ドルで買収し、栄養・健康・美容分野の研究開発・生産を強化した案件があった(注3)。DSMは1900年代初頭に前身となる石炭採掘会社からスタートしたが、近年は石油化学事業を売却し、ライフサイエンス事業を強化するなど、事業ポートフォリオの脱炭素化を着実に進めている。
表1:世界のクロスボーダーM&A上位10件(2022年~2023年9月) (512KB)
投資受け入れ上位国は、米国・UAE・インド
他方、2022年に発表された世界のグリーンフィールド投資に目を向けると、厳しさを増す資金調達環境下でも、再生可能エネルギーやEVなど気候変動対応に関わるプロジェクトや、戦略物資として各国・地域で誘致が進む半導体製造プロジェクト、生成AI(人工知能)など新興技術の開発・実用化が加速するデジタル産業などの分野で、大規模な投資案件が相次いだ。
2022年に発表された世界のグリーンフィールド投資は、件数ベースで前年比17.8%増(1万6,547件)と、過去最高を記録した2018~2019年に近い水準まで回復した(図4参照)。再生可能エネルギーや半導体などの大型投資案件が増えたことで、1件当たりの平均投資額が引き上げられ、金額ベースでも67.1%増の1兆2,431億ドルへと増加した。
投資受け入れ地域別にみると、グリーンフィールド投資件数が2割近く増加したのは、アジア大洋州(34.4%増)、アフリカ(67.4%増)、北米(18.9%増)の増加によるところが大きい。投資受け入れ上位3カ国・地域は、米国、英国、インドだった(図5参照)。中でも件数全体への寄与度が最も高かったのは、インド(前年の2.3倍、997件)だ。同国ではソフトウエア・ITサービス(前年の3.2倍)、ビジネスサービス(前年の2.2倍)への投資件数が急増したほか、半導体や再生可能エネルギーの大型投資案件も発表された。加えて、第1位の米国(22.4%増、1,976件)、第5位のアラブ首長国連邦(UAE、81.4%増、936件)も投資件数が大きく伸ばした。
2023年1~9月の受け入れ先上位は、米国、UAE、インドだった。主要国で軒並み前年同期比減となったが、UAEだけは28.8%増(871件)と増加し、米国に次ぐ世界第2位に順位を繰り上げた。UAEではソフトウエア・ITサービス、ビジネスサービスの分野で、インドや米国、英国からの投資件数が急速に伸びている。例えば、住居などのシェアリングサービスを手掛ける英国のホリデイ・スワップやインド経営大学院ロータック校の進出など、案件数の8割以上がドバイに集中している。
グリーン・半導体・デジタルに投資が集中
2022年の世界のグリーンフィールド投資を業種別にみると、金額ベースでは、水素や風力発電をはじめとする再生可能エネルギーが全体の3割を占めて最大となったほか、石油・石炭・天然ガスや半導体、電子部品(蓄電池を含む)も合わせた上位4業種に全体の5割超の投資が集中した(図6参照)。
その背景にあるのは、主要国・地域で(1)ウクライナ紛争がもたらしたエネルギー供給危機への対応、(2)脱炭素社会への移行に向けて需要が高まる再生可能エネルギーやEVの導入、(3)地政学リスク上、重要物資とされる半導体や蓄電池の供給強化を巡る国・地域を挙げた産業誘致の動きだ。(3)については、米国で2022年8月に成立したインフレ削減法(IRA)、欧州委員会から2023年2月に発表されたEUの「グリーン・ディール産業計画」に代表されるように、主要国・政府が投資補助金や税控除などの優遇措置を相次いで導入し、多国籍企業によるプロジェクトの実施決定を後押ししている(2023年8月29日付地域・分析レポート参照)。
しかし、回復基調にあった世界のグリーンフィールド投資も、2022年後半から陰りが見え始め、2023年に入ると、件数の落ち込みが鮮明となった。1~9月の投資件数は世界全体で前年同期比14.2%減、このうち欧州(31.7%減)と北米(15.8%減)で落ち込みが大きい。ただし、金額ベースでは、2023年1~9月時点で9,441億ドルと、再生可能エネルギーや電子部品などの大型案件が多く含まれることから、前年同期の9,213億ドル(通年で1兆2,431億ドル)と比べても、ほぼ横ばいを維持している。新型コロナ禍前の2019年(8,709億ドル)を上回り、相対的に高い水準といえる。
1~9月のグリーンフィールド投資の発表額を業種別でみると、上位4業種のうち、前年に続いて再生可能エネルギーは1位だが、電子部品(2位)と金属(3位)が順位を繰り上げた。これは、中国のリチウムイオン電池製造大手の国軒高科(Gotion High-Tech)によるモロッコでの電池工場建設(2023年6月12日付ビジネス短信参照)や、中国の大手素材メーカーの浙江華友集団と韓国のLG化学の合弁によるモロッコへのEV用バッテリー材料工場の建設(注4)など、バッテリーに関連する大型プロジェクトの発表によって金額が膨らんだためだ。バッテリーやそれに含まれる重要鉱物を巡る投資が引き続き旺盛なことがうかがえる。
図6:世界のグリーンフィールド投資額(業種別構成比)
日本の対外投資は低水準も、グリーン分野で大型プロジェクト
翻って、日本の投資に目を向けると、2022年の日本の対外直接投資は1,720億ドル(国際収支ベース、ネット、フロー、注5)で、前年から18.1%減となった。2023年1~9月の対外直接投資は、前年同期比8.5%増の1,337億ドルとやや上向いている。
投資形態別にみると、2022年の対外M&Aは 241億ドルで、前年の3割程度の水準にとどまった。日本の対外グリーンフィールド投資は件数ベースで427件と、「fDi Markets」のデータベース上でデータを入手できる2003年以降、3年連続で過去最少件数を更新した。
ただし、2023年は9月末までに既に407件の投資計画が確認されている。
2022年のグリーンフィールド投資では、世界のトレンドと同様、EVや再生可能エネルギーなどの成長するグリーン分野で大型案件が相次いで発表されたことで、投資額が押し上げられた。2022年の金額ベースでは436億ドルとなり、データベース上で過去最低額だった2021年(305億ドル)、新型コロナ禍で投資意欲が落ち込んだ2020年(312億ドル)を上回った。
EV関連事業では、パナソニックエナジー、トヨタ自動車、本田技研工業がEV向けの車載用電池工場の新設や追加投資を公表しているほか、スズキもインドでEVと車載用電池の新工場を建設すると発表した。1,500億円を投じ、EVは2025年に、車載用電池は2026年に生産を開始する予定だ(注6)。
また、2023年1~9月の大型案件を見ると、2022年に引き続き、グリーン分野のプロジェクトが多いほか、インド向けの投資案件が目立った。例えば、スズキによるバイオガス生産プラントの設置や、JFEスチールによる電磁鋼板工場の建設などの計画が相次いで発表された(表2参照)。
発表年 | 月 | 投資企業 | 投資先 | プロジェクト概要 |
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2022年 | 8月 | 丸紅 | 英国 | 英国大手電力会社SSE傘下企業などとコンソーシアムを組み、スコットランドの浮体式洋上風力発電事業の開発に関する海域リース権益を落札。 |
7月 | パナソニック エナジー | 米国 | カンザス州に⾞載⽤リチウムイオン電池の新工場を建設する。2024 年度中の生産開始を見込む。 | |
8月 | 本田技研工業 | 米国 | オハイオ州内の3工場に計7億ドルを投じて生産設備を更新し、EV生産のハブ拠点とする。EVは2026年に北米向けに販売予定。 | |
4月 | 関西電力 | ドイツ、英国 | 英国・ドイツ間での電力融通を直接行う国際連系送電線プロジェクト「ノイコネクト英独連系線」に参画。2028年の運転開始を見込む。 | |
6月 | 富士フイルム | デンマーク、米国 | デンマーク拠点とテキサス拠点に総額約2,000億円を投じ、バイオ医薬品の抗体医薬品の生産能力を増強する。増強設備の稼動は2026年を予定。 | |
8月 | 三菱重工業 | シンガポール | ジュロン島での水素だき発電所に水素対応のガスタービンを供給する。アンモニア専焼ガスタービン発電所開発の事業化調査も実施。 | |
6月 | ダブル・スコープ | ハンガリー | 韓国の連結子会社がニーレジハーザ市にリチウムイオン二次電池用分離膜(セパレーター)の製造工場を建設するため、約7億ユーロの設備投資を行う。 | |
5月 | 日産自動車 | メキシコ | メキシコのアグアスカリエンテス工場に今後3年間で7億ドルを追加投資し、設備強化や自動化を行う。 | |
8月 | ブリヂストン | 米国 | テネシー州ウォーレン郡にあるトラック・バス用タイヤ工場の生産能力を増強し、現在の年間350万本弱から、450万本弱とする。総投資額は約700億円。 | |
7月 | JSR | スイス | グループ会社のKBIビオファーマとセレクシスがジュネーブのバイオ医薬品製造設備を拡張し、オペレーションを開始。 | |
2023年 | 8月 | スズキ | インド | 現地乳業メーカーのバナスデイリーなどと共同でグジャラート州に2025年から、バイオガスの生産プラントを設置、自動車用燃料を販売する。総投資額は約40億円。 |
5月 | JFEスチール | インド | 現地JSWスチールとカルナータカ州に合弁会社を設立し、方向性電磁鋼板を生産する。2027年度にフル稼動予定。合弁会社の総投資額は6億7,000万ドル。 | |
7月 | 東レ | 米国、韓国 | 米国子会社のスパルタンバーグ工場と韓国子会社の亀尾工場で、レギュラートウ炭素繊維の生産能力を増強する。2025年から生産開始。 | |
3月 | 日立エナジー | スウェーデン | エネルギーインフラ事業者の英・ペトロファックと共同で、北海の6つの洋上風力発電所をオランダおよびドイツの送電網と連系するシステムを受注する。 | |
9月 | アステラス製薬 | アイルランド | アイルランドのトラリーに、無菌製剤製造ラインを備えた工場を新設する。2024年に建設を開始する。総工費は約3億3,000万ユーロ。 |
出所:fDi Markets(Financial Times)、各社プレスリリース、各種報道を基に作成
2021~2022年、世界的には増加傾向にあったグリーンフィールド投資で、日本からの投資の回復が遅れているのはなぜだろうか。
1つの要因として、日本と世界のグリーンフィールド投資の業種別構成比の違いが挙げられる。2022年の世界のグリーンフィールド投資は、デジタル技術を活用したソフトウエア・ITサービスやビジネス関連サービスの構成比が4割なのに対し、日本の同構成比は2割にとどまった(図7参照)。海外の企業がこれらの成長領域へ投資の軸足を移している一方、日本企業の投資分野のシフトは進んでいないとみられる。
加えて、日本の主力産業の産業機器や自動車の分野の投資伸び悩みも投資件数低迷の一因と考えられる。ジェトロが毎年、国内企業に対して実施している「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(最新調査は2022年11~12月実施) によると、今後3年程度の海外進出方針について、既に海外に拠点を持つ企業の半数近く(49.1%)が「現状を維持する」と回答、追加投資や新規拠点の設立などを示す「さらに拡大を図る」(43.5%)との回答を上回った。現状維持との回答比率は、新型コロナ禍前の2019年度の約3割から2022年度には5割弱へと増加するなど、今後の海外ビジネスに対して様子見の姿勢を強める企業の割合が高まった。この背景にあるのは、海外ビジネスを巡る急激な環境変化だ。2020年以降の新型コロナ感染拡大に続いて、世界的なサプライチェーン混乱や半導体などの供給不足などが生じて、事業活動に打撃を受けた日本企業は少なくない。それらに加えて、2022年以降のウクライナ紛争、インフレの高進や金利の上昇、急激な円安進行などの悪条件が重なり、日本企業の投資意欲が十分に回復しきれていない状況が推察される。
図7:世界と日本の対外グリーンフィールド投資件数
- 注1:
- クロスボーダー案件のみを指す。同データは各種報道資料などによって構成され、中には同社が独自に投資金額を推計した案件も含まれる。よって、企業による投資活動の水準をより実態に近く反映すると考えられる投資件数をベースとしながら、投資金額は参考値として分析した。
- 注2:
- 2022年6月23日付ポールスターの発表に基づく。
- 注3:
- 2023年5月9日付のDSMとフィルメニッヒの発表に基づく。
- 注4:
- 2023年9月25日付のLG化学の発表に基づく。リン酸鉄リチウム(LFP)正極材事業へ進出するとしている。
- 注5:
- 「国際収支統計」(財務省、日本銀行)から算出。
- 注6:
- 2022年3月20日、2022年8月22日付のスズキの発表に基づく。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
森 詩織(もり しおり) - 2006年、ジェトロ入構。ジェトロ広島、ジェトロ・大連事務所、海外調査部中国北アジア課などを経て現職。