特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来グリーン水素開発に取り組むウルグアイ
中南米の水素動向(1)

2023年6月9日

新たなエネルギー源として、水素への注目が高まっている。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、こうしたエネルギー転換は、昨今の地政学的リスクの高まりとともに、今後も加速していくとみられる。こうした動きは単なる燃料の置き換えではなく、経済構造そのものを変える可能性も持つという。

IRENAによると、中南米地域はグリーン水素の生産・輸出国として注目を集めている。例えば、チリは将来的には、オーストラリアやモロッコ、スペインと並んで、グリーン水素生産・輸出国となることが期待されている。本シリーズでは、中南米のグリーン水素動向を俯瞰(ふかん)した上で、同地域の中でも特に政策策定などで先進的な動きのあるウルグアイとチリの動向についても紹介する。

再生可能エネルギーのポテンシャル高い中南米

中南米地域で注目を集めるグリーン水素は、生産の過程で二酸化炭素(CO2)を排出しないため、環境に最も優しい水素と言われている。再生可能エネルギーを用いた水の電気分解によって、CO2を排出せずに作られるものをグリーン水素と呼ぶ。IRENAによると、中南米地域は再生可能エネルギーのポテンシャルがあり、かつ電力料金が安価な国が多いため、グリーン水素の生産に適している。国際エネルギー機構(IEA)が公開しているデータ(注1)によると、コスタリカ、コロンビアでは、発電比率の7 割以上を水力発電が占めている(図参照)。コスタリカでは水力に加えて、その他の再生可能エネルギー(12.9%)、風力(10.9%)、太陽光(0.6%)による発電が占めており、9割以上が再生可能エネルギーによって発電されている。ブラジルも66.1%と水力発電の依存度が高い。チリでは水力(26%)、太陽光(15.8%)、風力(10.6%)と、再生可能エネルギーによる発電のバランスが取れている。

図:中南米主要国の電源別発電割合
電源の種類は、風力、太陽光、その他の再生可能エネルギー、その他、原子力、天然ガス、水力、石炭。アルゼンチンは風力10.0%、太陽光2.1%、その他の再生エネルギー1.6%、その他11.5%、原子力5.4%、天然ガス50.5%、水力17.1%、石炭1.8%。ブラジルは風力12.6%、太陽光4.3%、その他の再生可能エネルギー8.2%、その他0.8%、原子力2.1%、天然ガス4.4%、水力66.1%、石炭1.5%。チリは風力10.6%、太陽光15.8%、その他の再生可能エネルギー5.8%、その他1.4%、原子力0.0%、天然ガス19.0%、水力26.0%、石炭21.5%。コロンビアは風力0.0%、太陽光0.6%、その他の再生可能エネルギー2.6%、その他3.2%、原子力0.0%、天然ガス16.1%、水力73.9%、石炭3.7%。コスタリカは風力10.9%、太陽光0.6%、その他の再生可能エネルギー12.9%、その他0.7%、原子力0.0%、天然ガス0.0%、水力74.8%、石炭0.0%。メキシコは風力6.0%、太陽光3.5%、その他の再生可能エネルギー2.1%、その他14.1%、原子力3.1%、天然ガス54.8%、水力10.5%、石炭5.8%。

出所:IEA(2022年のデータを基に作成)

投資先としてポテンシャル高い中南米

水素の利活用については、欧米各国などで戦略が策定されているが、中南米地域でも戦略策定が進んでいる。中南米での戦略策定に伴い、同域内でのグリーン水素開発とサプライチェーン構築に向けた欧米企業の投資が活発化している。

ブラジルでは2022年8月、国家エネルギー政策評議会(CNPE)がCNPE決議6/2022号(注2)を公示し、国家水素戦略(PNH2)と運営委員会の設立(注3)を規定した。PNH2のガイドラインは既に2021年8月に鉱山エネルギー省が公表しており公示を受け、ブラジルの水素経済の発展を目的とした6つの優先事項があらためて明らかになった。それらは「科学技術の強化」「労働者のトレーニング」「エネルギー計画」「法律と規制の枠組み確立」「市場の開発と開放」「国際協力」となる。ブラジルは国家水素戦略を推進するために、四半期に1度、運営委員会を開催している。企業の動きとしては、ドイツの電解プラントエンジニアリング会社のティッセンクルップ・ニューセラが2022年7月、ブラジルを代表する化学品メーカーのウニーゲルとともに、1億2,000万ドルを投資してブラジル北東部バイーア州内カマサリ市に、国内で初となるグリーン水素製造プラントを設置し、年間1万トンのグリーン水素と年間6万トンのグリーンアンモニアを生産する計画を明らかにした。ウニーゲルによると、同プロジェクトはブラジル初となるグリーン水素を製造するものだ。2023年末にはオペレーションを開始する予定で、その数年後には生産量を4万トンにまで増加する予定だ。

メキシコでは、水素に関する国家計画やロードマップは現時点では策定できていないが、同国は消費地である米国と国境を接している上に、太陽光や風力などの自然資源に恵まれ、グリーン水素のポテンシャルも高い(2023年4月19日付ビジネス短信参照)。2020年末にはメキシコの水素産業発展に関心を持つ企業がメキシコ水素協会(AMH)を設立し、グリーン水素開発プロジェクトを推進している。4月13日には、与党連合の一角を担うメキシコ緑の環境党(PVEM)に所属するアレハンドラ・ラグネス・ソト上院議員が、グリーン水素活用の国家プログラムを策定することなどを盛り込んだエネルギー転換法の改正案を国会に提出している。AMHのイスラエル・ウルタド会長によると、国内には2件のグリーン水素生産計画があり、これらの投資額は合計で13億5,000万ドルに及ぶ(2021年7月26日付地域・分析レポート参照)。

ウルグアイ、2040年までにグリーン水素輸出産業の確立目指す

ウルグアイ政府は2022年6月14日、「ウルグアイのグリーン水素開発ロードマップPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.17MB)(スペイン語)」を発表した。2040年までにグリーン水素製造を通じて国内のエネルギー転換を進めるとともに、グリーン水素を輸出産業として確立することを目指す。また、政府が組織横断でグリーン水素を推進する枠組み「H2Uプログラム」を設けることで、エネルギー転換を強力に推進していく考えだ。メルコスール諸国では、アルゼンチン、パラグアイもウルグアイと同様に豊富な再生可能エネルギー源を有し、グリーン水素の産業化に向けた戦略作りを行っているが、ウルグアイが先行している状況だ。

ウルグアイがグリーン水素開発を先行させている理由は、同国の豊富な再生可能エネルギーに加えて、物流や投資環境面での強みがあるからだ。同国の2017年から2020年までの電源別発電量は、平均で97%が再生可能エネルギー。最も割合が大きいのが水力で、発電量全体の44%を占める。これに風力(32%)、バイオマス熱利用(18%)、太陽光(3%)、化石燃料(3%)と続く。ウルグアイは風力、太陽光発電の適地で、導入余地が多い。日本企業では、豊田通商グループのユーラスエナジーが2015年1月にウルグアイで風力発電事業を開始している。ウルグアイのモンテビデオ港は大西洋に面していることから、欧州との距離が近く、欧州市場向けのゲートウエーとしての条件が整っている。また、ウルグアイの安定した経済やカントリーリスクの低さ、ビジネスフレンドリーな政策、プロジェクト許認可など案件組成に必要な投資環境が優れていることも、同国で戦略策定が先行する理由だ。

グリーン水素の輸出基盤づくりのロードマップ

ウルグアイのグリーン水素開発ロードマップをみると、2015年に採択されたパリ協定に基づき、120を超える国・地域が2050年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げている中、ウルグアイはグリーン水素こそが世界共通の野心的な目標に貢献できるとしている。

同ロードマップによると、2030年時点の同国の太陽光、風力発電の均等化発電原価は16~19ドル/メガワット時(MWh)、洋上風力発電は26~28ドル/MWhだが、2040年には技術改善などによってさらに安価になる。均等化発電原価は発電にかかるコストを示す指標で、発電所建設の初期費用から運転費用までを含む。その安価な再生可能エネルギー(再エネ)を利用してグリーン水素を製造し、大西洋岸のモンテビデオ港を拠点に米欧に輸出することができることが同国の強みだ。

ウルグアイの水素開発ロードマップは、2022年から2025年までの第1フェーズ、2026年から2030年までの第2フェーズ、それ以降の第3フェーズに分けて、グリーン水素開発を進める。第1フェーズでは、同国初のグリーン水素の輸出の基盤づくりを行うとともに、実証事業などを通じて水素を利用した運輸部門など国内の脱炭素を進める。第2フェーズでは、国内市場の規模拡大と初の輸出を目指す。そのためのインフラ整備、投資誘致の新たなインセンティブ導入を進める。第3フェーズでは、国内市場をさらに拡大させることで水素のバリューチェーンを確立し、グリーン水素だけでなく、グリーンアンモニアなど派生商品の生産と輸出に向けた体制の確立を目指す。2040年までに20ギガワット(GW)の再エネ発電設備、10GWの水素電解プラントを導入する。国内と輸出を合わせた、同国の水素・派生商品の市場規模は21億ドルに達するとしている。

省庁横断でグリーン水素の産業化を支援

ウルグアイ政府はロードマップを実行に移すための「H2Uプログラム」と称する取り組みの枠組みを設け、6つのサブプログラムごとに担当官庁や協力機関、関連業界のそれぞれの役割をロードマップの中で位置付けた(表1参照)。工業エネルギー鉱業省(MIEM)が全体を取りまとめ、そのほかに15の官庁と公的機関が組織横断的に協力をすることを定めた(表2参照)。

表1:H2Uプログラムの内容
サブプログラム 担当官庁など 内容
イノベーション 研究イノベーション庁など グリーン水素に関連するイノベーションと研究を「グリーン水素分野基金」などを通じて推進する。
投資 経済財務省など グリーン水素への投資を促進するために必要な税制優遇措置、許認可、優遇電力料金、国際協力に取り組む。
インフラ 運輸公共事業省など グリーン水素の生産・輸送・消費に関連する送電網、ガスパイプライン、港湾などのインフラの整備と研究を行う。
規制 水・エネルギー資源管理局など グリーン水素の製造、貯蔵、輸送に関する規制、技術基準および安全基準を確立する。
オフショア 燃料・アルコール・セメント公社など オフショア風力発電の可能性を研究する。
コミュニケーション・能力開発 アカデミア、大学など 国民のグリーン水素への理解を深めるとともに、再生可能エネルギー、水素とその派生技術に関する能力向上を図る。

出所:ウルグアイにおけるグリーン水素開発ロードマップから作成

サブプログラム「H2Uイノベーション」では2022年8月、グリーン水素・派生商品の生産のパイロットプランを対象に、「グリーン水素分野基金」を通じて1,000万ドルを助成する案件の公募が行われ、10件の応募があった。2023年2月までに5件に採択候補が絞られ、審査が続いている。

ドイツが積極的に関与

ウルグアイとの国際協力については、ドイツが積極的に関与している。2022年11月にはMIEMがドイツ教育・研究省と科学・研究・イノベーション分野での協力覚書に署名したほか、2023年3月にはMIEMとドイツ経済・気候保護省が両国間の技術協力と知識交換の枠組みを確立するためのエネルギー協定に署名した。ウルグアイ政府によると、このエネルギー協力の枠組みで、両省の閣僚をトップとする委員会や、グリーン水素、エネルギー効率、電動モビリティー、電池などに関する技術ワーキンググループが設置される予定だ。

表2:ウルグアイの水素関連政策・目標
2030年(または2050年)までの目標 製造/供給 2~4ギガワット(GW)の再エネ発電設備導入
1~2GWの水素電解プラント導入
貯蔵・輸送 大西洋岸に設置予定の水素輸出港の計画・設計
パイプラインなど輸送インフラの建設
利用 合成燃料生産の新規プロジェクト1~2件
国内輸送プロジェクト
海上輸送や肥料の生産に用いる水素派生商品の生産プロジェクト
供給コスト N.A.
水素の製造方法 再エネ+電解槽
水素の利用用途/目標 2030年までに国内消費市場の拡大、最初の輸出規模のグリーン水素生産プロジェクトの誘致を行う。
水素戦略の有無(有の場合、名称) ウルグアイにおけるグリーン水素開発ロードマップ(2022)
主な所管省庁 工業エネルギー鉱業省
公的投資額 N.A.

出所:工業エネルギー鉱業省


注1:
出所:IEA、Electricity production
注2:
CNPE決議6/2022号外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (ポルトガル語)
注3:
PNH2と運営委員会外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (ポルトガル語)
執筆者紹介
ジェトロ・ブエノスアイレス事務所
西澤 裕介(にしざわ ゆうすけ)
2000年、ジェトロ入構。ジェトロ静岡、経済分析部日本経済情報課、ジェトロ・サンホセ事務所、ジェトロ・メキシコ事務所、海外調査部米州課、ジェトロ沖縄事務所長などを経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 課長代理(中南米)
辻本 希世(つじもと きよ)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ北九州、ジェトロ・サンパウロ事務所などを経て、2019年7月から現職。

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