特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来急速に進むグリーン水素サプライチェーン構築(スペイン、ポルトガル)

2023年7月20日

スペインとポルトガルは、低コストで豊富な太陽・風力エネルギーや、地中海と大西洋に挟まれた戦略的立地を強みに、再生可能エネルギー(再エネ)由来のグリーン水素の欧州向け輸出ハブとなるべく、大型製造プロジェクトや、輸送・供給・貯蔵も含めたバリューチェーン構築を急速に進めている。すでに、官が後押しする海底パイプライン、民が急ぐ海上輸送ルートなどの回廊ネットワークが実現に向けて動き出しており、イベリア半島が新たなエネルギー地政学の一角を占める絵姿が浮かび上がりつつある。地産地消型のグリーン水素を介したセクターカップリング(電気、熱、モビリティ間のエネルギー融通)の個別取り組みも広く行われているが、本稿では将来の輸出ハブとしての側面を中心に、スペインとポルトガルにおけるグリーン水素の全体像を紹介する。

総額約16億ユーロの水素プロジェクトが進展

スペイン政府は、2020年10月に発表した「水素ロードマップ」で、太陽光や風力などの再エネ由来電力を利用して、水を電気分解して生成されるグリーン水素(注1)を脱炭素化の鍵と位置付け、2030年までに89億ユーロの投資を動員し、4ギガワット(GW)の水素製造能力を導入する目標を定めた(2021年8月30日付地域・分析レポート参照)。これは、2020年7月に公表された「欧州の気候中立に向けた水素戦略」における、EU全体の2030年までの水素製造能力導入目標(40GW)の10%に相当する。政府は、EU復興基金を利用した「再生可能エネルギー・グリーン水素・エネルギー貯蔵分野の戦略的復興・変革プロジェクト(PERTE-ERHA)」から総額15億5,500万ユーロをグリーン水素推進の助成に充てている。助成対象は、(1)グリーン水素バリューチェーン構築(製造・開発設備能力の強化、水素自動車の実証・検証、大型電解槽の設置、技術研究)と、(2)グリーン水素による地域内セクターカップリング(地産地消を前提とした水素製造・供給プラント、産業用途、大型モビリティ、貯蔵など、商業化を目指す先駆的プロジェクト)に大別される。2022年のプロジェクト公募第1弾では、4億ユーロの助成公募が行われ、これまでに44件のプロジェクトが採択された。2023年6月には、(2)の地域内セクターカップリングに関するプロジェクトの第2弾公募が始まっている。

なお、ポルトガルでも2023年6月、総額1億200万ユーロ、24件のグリーン水素プロジェクトへの助成が正式決定した。同国政府はエネルギー移行や対内投資の促進のための行政手続きの迅速化、簡素化の一環として、3月からグリーン水素製造プロジェクトの環境影響評価の義務を撤廃している。

2030年目標の5倍のグリーン水素プロジェクト

スペインは、安価で豊富な再エネ電力が利用可能で、欧州4位の水素消費国でもあることから、当初からグリーン水素の早期導入が期待され、水素ロードマップ公表後、多くの企業が関心を示した。その後、2022年5月に発表されたロシア産化石燃料依存脱却計画「リパワーEU」で導入加速化の方向性が示され、2023年3月に発表されたネットゼロ産業法案では、2030年までに水素製造能力を従来目標の2倍以上の最低100GW相当とした。2022年第4四半期のエネルギー危機を乗り越えた後は、再び投資発表や決定の動きが活発となった。2023年6月時点のスペインで発表済みのグリーン水素製造プロジェクトの水素製造能力は、エネルギー大手が関与するものだけで合計20GWを超えており、すべてが再エネ電力由来の水素だ。これは国家目標の5倍にのぼる規模で、一部プロジェクト間の提携などで統合されていくものもあるとみられるが、スペインが持つポテンシャルの高さを反映したものといえる。

こうした主要グリーン水素製造プロジェクトの立地・特徴を図に示した。スペインの現在の年間水素消費量は50万トンで、大半はアンモニア原料や石油精製処理用として使われている。短中期的なオフテイカー(引き取り手)となるのは石油大手や肥料メーカーをはじめとする化学企業であるほか、旧石炭火力発電所のエネルギー移行の起爆剤としてのプロジェクト需要もある。これらの多くについて、欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)や政府の水素プログラムの助成が決定済みだ。アンダルシアやバスク、カタルーニャ州、バレンシア州などの需要地を中心に地域クラスター形成が進むほか、クラスター間をつなげる回廊構築のプロジェクトもある。

図:スペイン・ポルトガルの主なグリーン水素製造プロジェクトと基幹輸送ルート計画
図は、スペイン、ポルトガルの主なグリーン水素製造プロジェクトと基幹輸送ルートを示したイベリア半島の地図。基幹ルートは、エナガスの2本のバックボーンと国際パイプラインのH2Medがあり、相互に接続されている。バックボーン第1ルートは、スペイン北部沿岸に位置するアストゥリアス州ヒホンから、南部アンダルシア州のウエルバ港まで延びる。途中、カスティーリャ・イ・レオン州中部で北西に分岐し、ガルシア州のラ・コルーニャに至る。カスティーリャ・イ・レオン州の分岐点のさらに南方のエストレマドゥーラ州南東部で東に分岐し、カスティーリャ=ラ・マンチャ州南部のプエルトリャノに至る。本ルートには、4つの旧石炭火力地域を中心するプロジェクトが立地。ヒホン、カスティーリャ・イ・レオン州北部に1か所ずつ、ラ・コルーニャ沿岸部に2ヵ所。ヒホンのプロジェクトはIPCEIに採択されている。プエルトリャノとウエルバ港の両地域にはそれぞれ製油所を中心としたプロジェクトと肥料工場を中心としたプロジェクトが1つずつ立地している。なお、ウエルバ港の肥料工場のプロジェクトはIPCEIに採択されている。加えて、カスティーリャ・イ・レオン州の分岐点には南西に延びるH2Medも接続しており、ポルトガル中部のセロリコ・ダ・ベイラに至る。バックボーン第2ルートは、第1ルートとヒホンで接続されており、そこを起点に東に進みバスク州ビルバオ港に至り、そこから南下し、ナバラ州西部で、南東に進路を変え、カタルーニャ州南部で、北東と南東に分岐する。北東ルートは、カタルーニャ州の中部で南東に進路を変え、バルセロナに至る。バルセロナからは、2030年以降稼働予定のエネガスなどの3カ国のガスTSOが計画するH2Medの海底パイプラインと接続する。海底パイプラインは地中海を通り、フランスのマルセイユに至り、ドイツなどの需要国への水素を輸出に利用される。南東ルートは、地中海沿岸を南下し、ムルシア州のカルタヘナに至る。第2ルート上には、製油所を中心とするプロジェクトが4つ立地する。ビルバオ港、カタルーニャ南部タラゴナ、バレンシア州北部のカステリョン、ムルシア州東岸のカルタヘナにそれぞれ立地し、ビルバオ港とカルタヘナのプロジェクトはIPCEIに採択されている。また、ヒホン東部には鉄鋼、アラゴン州中心部にはその他化学、バレンシア州中部には肥料のそれぞれの需要を中心としたプロジェクトが立地。サラゴサ東部には、旧石炭火力を利用したプロジェクトが立地。さらに、カンタブリア州中部とバスク州中部には貯蔵施設も立地。地図上には大企業による海上輸送ルートも示されている。ビルバオ港からは、北西にアムステルダム港までの海上輸送ルートが伸びる。ウエルバ港からは、大西洋を北上しロッテルダム港に至るイベルドーラの海上輸送ルートが伸びる。さらにアンダルシア州南部カディスのアルへシラス港からはジブラルタル海峡経由で大西洋を北上しロッテルダム港に至るセプサの海上輸送ルートがあり、同ルート上には、アルへシラス港の製油所を中心としたプロジェクトとその南西部にIPCEIに採択された旧石炭火力のプロジェクトが立地する。さらに地図上には、水素クラスターおよびクラスター間を接続する回廊が示されている。ヒホンから南東に延びる一帯、ビルバオ港から南東にタラゴナに至る一帯、タラゴナから南西にバックボーン第2ルートの終着点のカルタヘナをさらに超えたアンダルシア州南東部に位置する旧石炭火力プロジェクトまでの一帯、プエルトリャノ一帯、さらに、ポルトガル東岸の製油所中心のプロジェクトが立地するシネス港一帯がある。

出所:欧州委員会、各社発表、報道に基づきジェトロ作成

輸出向けの水素ギガファクトリーと海上輸送ルート構築を急ぐエネルギー大手

最も取り組みが進んでいるのは、肥料最大手フェルティベリアと提携し、2022年からプエルトリャノでアンモニア用水素製造プラントの試運転を始めた電力大手イベルドローラ。そして、自社製油所の水素需要をてこに、合成燃料への移行も見据えた水素ハブの構築を目指すセプサなどの石油大手だ。2023年6月時点で、両社を含む3社が海上輸送ルート構築についてオランダ側と正式調印し、大西洋回りの輸出サプライチェーン構築が一気に現実化した。

セプサは、計30億ユーロを投じるスペイン最大規模のグリーン水素プロジェクト「アンダルシア・グリーン水素バレー」を推進している(2022年12月発表)。アンダルシアは国内の水素消費の40%を占め、水電解に必要な太陽光発電コストも低い最適な立地だ。同社製油所のあるウエルバとカディスで、それぞれ電解容量1GW(計2GW)の水素製造プラント(および電力供給用の3GWの風力・太陽光発電プラント)を建設し、年間最大30万トンのグリーン水素を生産する(稼働予定はそれぞれ2026年、2027年)。また2023年6月には、カディスで2027年から生産能力年間75万トンの欧州最大のグリーン・アンモニア製造プラントを稼働させると発表した。アルヘシラス港(カディス)と欧州最大港湾であるオランダ・ロッテルダム港(ACEターミナル)との間で、大西洋を通じた海上輸送により欧州の北と南を結ぶグリーン水素回廊を同年から開通させる。ノルウェー系の化学肥料大手ヤラ・インターナショナルやオランダのガスTSO(注2)ガスニー、ドイツのエネルギーサービス大手GETECなどの国際オフテイカーと供給合意に至っており、すでに今後2年分のグリーン水素は販売先が決まっている。

イベルドローラも2023年6月、アンモニア商社大手の米国トラモと年間最大10万トンのグリーン・アンモニアの大型供給契約を締結し、ウエルバでオランダ、ドイツ、フランス向けに年間10万トンを生産する計画を発表した。そして、2026年からウエルバ港とロッテルダム港との海上輸送ルートを開通させるべく、ガスニー傘下の水素供給会社とも契約を交わした。

レプソルと傘下の石油企業ペトロノールがグリーン水素などを通じた脱炭素化を進めるビルバオ港も、2023年6月にアムステルダム港との回廊構築に向けて協力することで合意した。ビルバオ港を中心とするバスク水素回廊(BH2C)は、エネルギー、産業や住宅、モビリティなど幅広い分野でのセクターカップリングを視野に入れ、合計113メガワット(MW)の電解槽を導入するほか、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコとの合成燃料製造プロジェクトなど、水素関連の技術やノウハウ蓄積のための多様な取り組みを行っている。

なお、2030年までに水素製造能力2GWの導入目標を掲げるポルトガルでも2022年12月、1GWの水素製造プロジェクトが進む最重要拠点シネス港が、ロッテルダム港との間で2028年をめどにグリーン水素海上回廊の構築を目指すことで合意しており、イベリア半島のグリーン水素の多くが海上輸送ルートで輸出されることとなる。

水素パイプライン計画も具体化

一方、地中海側では、2022年10月にスペイン、フランス、ポルトガル政府が合意したイベリア半島とフランスのマルセイユを結ぶ海底パイプラインプロジェクト「H2Med」がある。リパワーEU計画で構想される汎(はん)欧州の5つの水素供給・輸入回廊の1つで(2022年10月24日付ビジネス短信参照)、2023年1月にはドイツ政府も参画した。同パイプラインは、総延長約700キロメートル(ポルトガル側とフランス側ルートの合計)で、2030年の開通が予定されている。政府は、同パイプラインはEUの2030年グリーン水素導入目標である2,000万トンの1割に相当する200万トンを供給することが可能としている。

スペイン唯一のTSOエナガスは、「H2Med」に加え、国内に2本の基幹パイプライン(水素バックボーン)を計画し、競争力の高い水素市場構築を後押しする(図参照)。第1ラインは最大の生産地アンダルシア州から北西部へと走るルート、第2ラインは北部からバスク、バルセロナへと向かい、「H2Med」に接続し、東部の工業地域へと伸びるルート。ルートの8割は既存の天然ガスパイプラインに沿っており、大部分は既存インフラを適合させて使うことになる。同社アルトゥーロ・ゴンサロ最高経営責任者(CEO)は、スペインが欧州第一のグリーン水素ハブとなるには「H2Med」とバックボーン(地下貯蔵施設2カ所を含む)の整備が不可欠だと述べた。両インフラの投資総額は、最大72億ユーロにのぼるとみられる。計画実現には、設備投資費の最大50%を支援する「コネクティング・ヨーロッパ・ファシリティ(CEF)」の支援を得ることが不可欠だ。これらのプロジェクトは現在、支援対象の条件である「共通利益プロジェクト(PCI)」の審査手続きを受けている。

ブルームバーグNEFのコスト予測によると、2030年のドイツのグリーン水素調達先のうち、最も安価なのはスペインからのパイプライン経由の輸入(1キログラム当たり2.03ユーロ)とされる。オーストラリアや中東、中南米などからの海上輸送は、アンモニア変換コストの影響で同3ユーロ前後となっている。パイプライン輸送は中欧向け供給では強い競争力が見込めるが、稼働は早くても2030年であり、現時点では実現が確定したわけではない。

エネルギー大手が大西洋側からの海上輸送ルートの構築を急ぐ背景には、こうした時間的要因もある。グリーン水素のサプライチェーン構築競争が進む中、海上輸送の方がコストは高いが、現時点ではより迅速かつ現実的な選択肢となっている。セプサのマーテン・ヴェツェラーCEOは、パイプラインと海上輸送は競合ではなく補完し合うものであるとしつつも、「海上輸送は日本など欧州外にもアクセスできる輸出手段だ」と述べている(2023年6月14日付ヨーロッパ・プレス通信)。

イベリア半島での日本企業の参画事例

スペインで欧州向けグリーン水素サプライチェーン構築に参画する日本企業もある。双日は2022年10月、出資先のLNG(液化天然ガス)受け入れ基地事業会社レガノサのグループ企業の事業投資会社と、フランス、スペイン、ベルギー、オランダで 15 基の貯蔵タンクを保有するフランスのルビスターミナルとともに、グリーン水素サプライチェーン構築を共同で調査することで合意した。レガノサは、レプソルなどのエネルギー大手と北部ガリシア州でグリーン水素製造を計画しており(2025年に30MW稼働、将来的に200MW、年間3万トンまで拡張予定)、すでにPERTE-ERHA(復興基金)の助成も決定している。

ポルトガルでは、東芝エネルギーシステムが2022年5月、PEM型(固体高分子型)電解装置の開発・製造・販売を行うフュージョンフュエル(本社:アイルランド)と、欧州やオーストラリア市場での電解装置拡販に向けた協業を検討することで合意したと発表した。また、同国でエネルギー・水インフラ事業を幅広く展開する丸紅は2023年3月、出資先のガス配送会社フロエンが新設した水素配送パイプラインを用いた、ポルトガル初のグリーン水素注入実証事業を開始した。丸紅リスボン支店の藤平信昌支店長は、同社のポルトガルでの水素事業投資について、「日本市場向けでは将来のグリーン水素・アンモニア調達を想定したオーストラリアでの事業も検討しているが、日本から離れた欧州での水素事業投資となると、日本市場向けではなく欧州での意義付けが問われる。まずは既存の発電およびガスインフラ事業の脱炭素化に資する案件を優先してグリーン水素事業を進めていく方針だが、今後様々な支援制度が整っていくことも期待し、日本企業として意義のあるビジネスがあれば参画を検討していきたい」と述べた。

政権交代で水素戦略は変わるか?

過熱気味ともいえるグリーン水素への投資の機運は、ウクライナ情勢を経て確かな形を取りつつある。他方で、海底パイプライン「H2Med」計画で示された年間200万トンの輸出を実現するには、少なくとも現在のスペインの目標の3倍の12GWの電解容量を積み上げる必要がある。さらに、電気分解に必要な電力供給用の再エネ発電設備の追加設置が必須となる。スペインは現在、EUの2030年のエネルギー・気候目標達成に向けた国別の国家エネルギー・気候計画(PNIEC、英語ではNECP)の改定を進めているが、グリーン水素輸出ハブ構想や海上回廊計画は今後の再エネ電力や蓄電池導入目標を大きく左右するだろう。

また、スペインでは2023年7月下旬に総選挙が予定されており、グリーン水素や再エネの急拡大を推進する中道左派政権から、より現実路線の中道右派政権に交代する可能性が高まっている。グリーン水素加速化はEU域内のコンセンサスとはいえ、政権交代が水素・再エネ戦略にどの程度の軌道修正をもたらすかは未知数であり、エネルギー企業は政局の推移を注視している。日本企業は足元の不確実要因を考慮しつつ、より長い目でチャンスを見いだす必要があるのかもしれない。


注1:
スペイン政府は「水素ロードマップ」で、グリーン水素について、再エネ電力を用いて水を電気分解することで生成される水素と定義している。同様に、バイオマスやバイオガスの改質などで生成される水素も一定の持続可能性の要件を満たすことで、グリーン水素と定義している。
注2:
TSO (Transmission System Operators)とは、エネルギー(送電・送ガス)系統運用者のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・マドリード事務所
伊藤 裕規子(いとう ゆきこ)
2007年よりジェトロ・マドリード事務所勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所(在リスボン)
小野 恵美(おの えみ)
2007年よりジェトロ・パリ事務所コレスポンデント(在リスボン)

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