特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来カザフスタンのグリーン戦略、外資企業による水素開発の投資計画進む
2023年6月9日
地球温暖化への対応として、脱炭素化、クリーンエネルギー転換などカーボンニュートラルを目指す動きが世界的に加速している。その中で新たなエネルギー源として、水素の活用に注目が集まっている。水素は、エネルギーとして使用する際に二酸化炭素(CO2)を排出しないという特徴があり、水素の生成方法によって名称が異なる。グリーン水素は、再生可能エネルギー由来の電力を利用して水を電気分解して生成され、製造過程でCO2を排出しない。ブルー水素は、化石燃料を原料とするが、製造過程で発生するCO2を、炭素回収・貯留(CCS)または炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)を行うなど、CO2排出抑制に有効な対応をとるものだ。
近年、中央アジアは経済成長を続けており、ビジネス環境の改善と同時に脱炭素への取り組みも進む。一般的に、中央アジアはカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンで構成されている。特にカザフスタンは、名目GDPでみた経済規模が中央アジアで最も大きい(2023年2月8日付地域・分析レポート参照)。カザフスタン経済は、化石燃料の国内消費および輸出が支えており、脱炭素に向けた課題は多い。しかし、同国は天然ガスの生産量が多いためブルー水素製造の潜在能力が高いことや、外資企業を中心に同国のグリーン水素生産設備への投資が検討されており、国内外から同国の水素の利用に期待が寄せられている。本稿では、経済規模の大きいカザフスタンのグリーン戦略および水素プロジェクトについて概説する。
2060年までのカーボンニュートラル達成が目標
1940年以降、カザフスタンの年間平均気温は10年ごとに0.28度上昇するなど気候変動の影響を受けており、カザフスタンでは野心的な脱炭素戦略が打ち出されている。2012年12月、カザフスタン政府は2050年までの長期的な経済発展計画として「カザフスタン2050戦略」を策定し、2013年5月に、同戦略を支える計画として「カザフスタンのグリーン経済への移行に関するコンセプト」を発表した。
2023年2月2日に、カシムジョマルト・トカエフ大統領は、大統領令第121号「2060年までのカザフスタン共和国のカーボンニュートラル達成のための戦略」に署名、同大統領令は即日発効した。気候変動対策としてネットゼロ・カーボン目標を設定し、国の脱炭素化に必要な主要技術の変革を国全体で進める(表1参照)。同戦略では、主に再生可能エネルギーの利用が盛り込まれており、交通機関および産業界で水素エネルギーの活用を図るとされているが、具体的な内容に言及はない。アリベク・クアンティロフ国民経済相によると、同戦略はCO2排出量の削減、持続可能な経済成長、公衆衛生の向上、気候リスクの低減を目指しており、低炭素技術への純投資額は6,100億ドルになる(世界銀行2023年2月28日)。政府は、2030年までに100億ドル、残りの6,000億ドルは2060年末までに投資されると見込んでいる。
セクター |
主に利用しているエネルギー (2022年) |
カーボンニュートラルの目標(2060年) |
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電力 | 石炭 | 再生可能エネルギーの利用およびCO2の回収と貯留 |
交通機関 | 石油製品 | 電気、水素、バイオ燃料の利用 |
建物 | 暖房システムで石炭とガス | 電化、エネルギー効率改善、再生可能エネルギーの利用 |
産業 | 化石燃料 | 電化、エネルギー効率改善、水素の利用およびCO2の回収と貯留 |
出所:「2060年までのカザフスタン共和国のカーボンニュートラル達成のための戦略」を基にジェトロ作成
カザフスタン政府は、自国の温室効果ガス(GHG)排出量について、エネルギー部門が最大の排出源であると分析している。エネルギー部門は、石油、石炭、天然ガスなどの一次エネルギー抽出および輸送、電気やガソリンなどの二次エネルギーへの変換などが含まれる。2020年時点で、カザフスタンの年間GHG排出量の77.6%、2億7,250万トンCO2換算量(CO2e)がエネルギー部門から排出されている(表2参照)。また、GHG排出量から森林などの吸収量を引いた純排出量のうち、石炭の占める割合は55.7%に達する。したがって、同国のエネルギー部門が石炭から脱却することは、2060 年までのカーボンニュートラル達成に重要な課題となる。
GHG発生源・吸収源別の分野 | 1990年 | 2020年 |
1990~2020年 GHG排出量 伸び率(%) |
||
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排出量 | シェア | 排出量 | シェア | ||
エネルギー | 316.9 | 83.0 | 272.5 | 77.6 | △ 14.0 |
工業プロセスと製品の利用(IPPU) | 19.3 | 5.1 | 22.3 | 6.3 | 15.6 |
農業 | 44.7 | 11.7 | 40.7 | 11.6 | △ 9.0 |
土地利用、土地利用変化および林業(LULUCF) | △ 3.9 | △ 1.0 | 8.4 | 2.4 | (注) |
廃棄物 | 4.7 | 1.2 | 7.4 | 2.1 | 58.1 |
合計 | 381.7 | 100.0 | 351.2 | 100.0 | △ 8.0 |
注:本表の出所によれば、314.3%。
出所:「2060年までのカザフスタン共和国のカーボンニュートラル達成のための戦略」を基にジェトロ作成
カザフスタンの「国が決定する貢献」(NDC)の中期目標は、対策を実施しなかった場合と比べて(BAU比、基準年:1990年)で、2030年までに無条件目標(自助努力)で15%、条件付き目標(国際支援あり)で25%削減する方針だ(表3参照)。対策として、カザフスタンは化石燃料関連から排出されるGHG排出量について(1)化石燃料に関連する産業の脱炭素化、(2)非化石燃料産業の脱炭素化、(3)自然の排出吸収源を増やし、回収、使用、長期貯蔵、炭素隔離のための工業的解決策を導入し、削減を目指している。具体的な手段として、化石燃料から代替・再生可能エネルギー源への移行、エネルギー効率の向上、電化の推進を挙げている。
GHG の排出、回収、吸収の目標指標 | 実際の排出量 |
条件付 NDC 目標(注1) |
指標とする排出量 (注2) |
戦略目標 | ||
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1990年 | 2020年 | 2030年 | 2040年 | 2050年 | 2060年 | |
国内のGHG純排出量 | 381.7 | 351.2 | 324.4 | 209.9 | 95.4 | 0.0 |
GHG削減目標、1990年比、% | — | △ 8.0 | △ 15.0 | △ 45.0 | △ 75.0 | △ 100.0 |
LULUCF 部門における GHG 純吸収量 (-) / GHG 純排出量 (+) | △ 3.9 | 8.4 | △ 20.3 | △ 28.3 | △ 40.3 | △ 45.2 |
GHG 排出量、 LULUCF部門を除く | 385.6 | 342.9 | 344.7 | 238.3 | 135.8 | 45.2 |
注1:Nationally Determined Contribution。気候変動対策を実施しなかった場合のBAU(Business As Usual)シナリオと比べてのGHG削減目標。カザフスタンは国際支援の条件付で1990 年比マイナス 25% (2 億 8,630 万トンCO2e)を設定。
注2:指標は戦略の変更により更新される予定。
出所:「2060年までのカザフスタン共和国のカーボンニュートラル達成のための戦略」を基にジェトロ作成
企業は欧州向け輸出を視野に投資を計画
アジア開発銀行研究所(ADBI)が2022年10月に発表した「カザフスタンにおける水素経済へ向けて」によると、カザフスタンにはグリーンおよびブルーの低炭素水素を生産する潜在力がある。しかし、ブルー水素は原料となる天然ガスの需要が国内外で高まっていることや、水素に変換すると天然ガスを供給するコストより高くなること、石炭を原料とする場合もCO2回収・貯留の資金および技術面の課題があり、現時点では増産を見込むのが難しい。他方で、グリーン水素も短期的には増産が難しい。背景としては、足元で国内の電力供給が不足している地域があること、再生可能エネルギー供給量が天候などの環境要因に左右されやすいこと、設備投資コストや製造コストが高いためだ。
カザフスタンは、ブルー水素の生産に課題がある一方で、グリーン水素生産設備への投資計画が進んでいる。同国は、水素の利用に向けて欧州委員会と水素戦略のパートナーシップを締結した。企業ベースでもグリーン水素生産設備への投資計画の検討を開始しており、国内、外国企業とカザフスタン政府間の協力も見られる。2022年6月には、カザフスタンの投資誘致機関「カザフインベスト」が主催したフォーラムで、ドイツ、イタリア、スペイン、カザフスタンのテクノロジー企業がカザフスタンのグリーン水素プロジェクトを推進させるアライアンスを設立した。欧州がカザフスタンと協力を進める背景と、国内企業や外資系企業による水素生産施設への投資事例をみていく。
2022年11月7日にエジプトで開催された国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)で、カザフスタンのアリハン・スマイロフ首相と、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長がグリーンエネルギー分野での戦略パートナーシップに関する覚書に署名した。協力分野には、グリーン水素のバリューチェーンおよびサプライチェーンの構築が含まれている。欧州委員会は、2022年5月18日に詳細を発表した、天然ガスを中心としたロシア産化石燃料依存からの早期脱却計画「リパワーEU」でエネルギー供給の多角化を目指しており、グリーン水素を中心とした水素生産の拡大に向けて取り組んでいる。
国内企業の水素生産への取り組みでは、カザフスタンの石油公社カズムナイガス(KMG)が2021年11月、「2022年から2031年までのKMGの低炭素開発プログラム」を発表した。これは、水素生産や再生可能エネルギー源の開発などの経済の脱炭素化対策を通じて、GHG 排出量を、2031年までに新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受ける前の2019年比で15%まで削減する、低炭素開発プログラムを採用している。同プログラムでは、「水素モビリティパイロットプロジェクト」を発表しており、短期的には、同社が所有するアティラウ製油所内に水素充填(じゅうてん)ステーションの設置や工場敷地内での燃料電池車を導入する。次に、公共用水素燃料電池路線バスの購入、アティラウ市内での路線運行を計画している。中期的には、ビル、オフィス、住宅で使用する自立型水素エネルギー供給システムを導入し、長期的には、水素の製造、貯蔵、輸送、利用に関する研究を進め、国と企業の生産能力、技術、人材育成への投資を促進させるとして、検討を進めている。
外資企業は、欧州向けの水素輸出を視野に入れた投資計画を進めている。2022年10月27日に、カザフスタン政府とハイラシア・ワンが、カザフスタン西部のマンギスタウ州にグリーン水素生産流通基地を建設する投資文書に調印している。ハイラシア・ワンは、スウェーデンやドイツ、カザフスタンで再生可能エネルギー開発を手掛けている、ドイツに本社を置くスベビンドの子会社。マンギスタウ州に40ギガワット(GW)の風力・太陽光発電所を建設し、この電力を使ってカスピ海沿岸で年間200万トンのグリーン水素を生産する。欧州委員会は「リパワーEU」で、2030年までに1,000 万トンの水素を輸入する体制を構築すると発表しており、ハイラシア・ワンの供給量はその約2割に相当する。水素の生産は、2030年に開始し、2032年のフル稼働を目指すとしている。総投資額は400億~500億ドルが予定されており、 最終的な投資の決定は2026年に行われる。スベビンドのカザフスタン現地法人であるハイラシア・エナジーの投資ディレクターを務めるアイヌール・トゥミシェバ氏は、同プロジェクトについて(1)カザフスタン政府およびカザフスタンの企業は同プロジェクトに対するファイナンスを想定していないが、プロジェクトの総シェアの25%までは資金提供および運営に参加する権利を有する、(2)ドイツの大学がカザフスタンの電力技術者、地質学者、測量士、技術者の育成に参画することが決まっている、(3)プロジェクトの労働者は9割がカザフスタンの居住者で構成される、(4)スケジュールは2026 年末までにプロジェクトに必要な許可の取得、株主資本構成の決定、資金や資材の調達を完了させ、2027年から工事に着手する予定だ、と述べている(2023年3月31日付「フォーブス・カザフスタン」)。
2022年11月8日にはCOP27の場で、カザフスタン政府とオーストラリアの鉄鋼大手フォーテスキュー・メタルズ・グループ傘下のグリーンエネルギーおよびグリーン技術企業であるフォーテスキュー・フューチャー・インダストリーズ(本社:西オーストラリア州パース)は、アティラウ州やマンギスタウ州など同国の複数の地域で、グリーン水素プロジェクトを実施するための枠組協定を締結した。前日の11月7日に締結された欧州委員会との覚書に基づいて、欧州市場にも同プロジェクトから水素を輸出する予定だとしている。
ロシア経由の輸送、技術者、法未整備などの課題
ドイツ経済・気候保護省が2022年7月8日に発表した「カザフスタンの水素:開発の潜在的な方向性」によると、カザフスタンでの水素事業にはいくつかの課題がある。
カザフスタンから欧州に水素を輸出するには、ロシア国有ガス会社ガスプロムが所有するパイプラインを使い、圧縮機などの機械を全面的に改修すれば、技術的にはパイプラインでの輸送が可能だ。しかし、パイプラインはロシアとウクライナを経由するため、今後のウクライナ情勢を考慮しなければならない。
また、ロシア国内で、再生可能エネルギー分野のエンジニア数が不足していることも課題だ。ただし、ドイツの大学がカザフスタンの大学にエンジニアの養成プログラムの提供する準備を進めており、水素技術にも重点を置いて人材開発を促進する。
カザフスタンにはまだ水素に対する国家戦略がない。そのため、水素に係る規制および基準が設けられておらず、公正な競争が確保されない可能性がある。そのため、法整備を進めることが必要だ、とドイツ経済・気候保護省は同報告書の中で指摘している。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部欧州課ロシアCIS班
小野塚 信(おのづか まこと) - 2021年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。