特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来現実味を帯びる水素サプライチェーンの構築(総論)

2023年6月9日

エネルギー危機もあり、化石燃料依存からの脱却の機運が高まり、水素エネルギーの利用にこれまで以上に注目が集まっている。水素は地球上に豊富に存在し、熱エネルギーとしても利用することができる。また、その際に二酸化炭素(CO2)を排出しないという利点がある。世界がカーボンニュートラルに向けた取り組みを進める中、エネルギー、製造業、モビリティなど、いずれの分野においても、燃料や素材のクリーン化の観点から水素利用の可能性に期待がかかる。本特集では、主要国の水素戦略や主要プロジェクトを概観し、水素サプライチェーンにおけるビジネス機会を探る。また、中でも製造時にCO2を排出しないグリーン水素の各国動向に着目する。

グリーン水素とブルー水素が中心

本特集では、各国の水素戦略や水素プロジェクトを紹介しているが、温室効果ガス(GHG)排出量などに応じた「水素」の分類の定義は各国によって異なる点を指摘しておきたい。そもそも水素は、単体では自然界にほとんど存在せず、化合物として地球上に大量に存在している。そのため、水素をエネルギーとして利用するためには、様々な原料から水素を取り出す形で製造する必要がある。カーボンニュートラルの文脈においては、その製造方法や製造過程のGHG排出量で水素の種類を色分けすることが一般的だ。主要なものでは「グレー」「ブルー」「グリーン」水素があり、国によっては「ホワイト」「イエロー」「ピンク」「ターコイズ」などの分類がある。「虹色水素」と表現されるゆえんだ(表1参照)。

表1:水素の主な色と定義
色の種類 内容
グリーン 再エネなどを使って、製造工程においてもCO2を排出せずにつくられた水素
ターコイズ 天然ガスの主成分であるメタンの熱分解によって生成される水素。製造工程でCO2を排出しないが、副生物として生成される固定炭素が、廃棄物や燃料として活用される可能性があるためグリーンとブルーの中間に位置付けられる
ブルー 水素の製造工程で排出されたCO2を、「回収・貯留/有効利用」(CCS/CCUS)技術で回収し貯留・利用するなど製造工程のCO2排出を抑えた水素
グレー/ブラウン/ブラック いずれも化石燃料をベースとしてつくられた水素。グレーは天然ガス、ブラウンは褐炭、ブラックは石炭から生成される場合を指す。まとめてグレー水素と呼ばれる場合もある
イエロー/ピンク/パープル/レッド 原子力発電による電力を用いて製造される水素を指すことが多い
ホワイト 他製品の副産物として生成された水素
ゴールド 枯渇した油井内の微生物を発酵させることによって生成される水素
クリーン 低炭素水素と訳されるが、各国によって定義が異なる

出所:資源エネルギー庁ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます などを基にジェトロ作成

各国とも、国家水素戦略では基本的に、カーボンニュートラル達成のためにはグリーン水素が最も望ましく、その他の水素は移行期に用いられる水素として認識されている。しかしながら、「グリーン」水素の定義は、国際的には定まっていない。例えばEUでは、グリーン水素の定義を巡って、加盟国間や欧州議会の政党グループ間で1年以上にわたり対立が続いていたが、2023年2月、欧州委員会はようやく「再生可能エネルギー(再エネ)由来の水素の定義に関する委任規則案」を発表(2023年2月15日付ビジネス短信参照)、間もなく施行される見通しだ。

同様に、グレー水素、そしてクリーン(低炭素)水素についても議論のさなかにある。国際エネルギー機関(IEA)は、化石燃料由来の場合でも、1キログラムの水素製造で排出されるCO2が7キロを下回れば、CO2排出量削減に貢献するとしているが、これは「クリーン=低炭素」であるとIEAが定義したわけではない。米国のエネルギー省は、水素1キログラム製造当たりCO2排出量2キロ以下の水素をクリーンとみなしている。こうした水素の分類の定義・要件の差を念頭に置きつつ、各国の水素戦略を読み解く必要がある。

次々と定められる水素戦略

世界各国・地域は水素を2050年のカーボンニュートラル実現の切り札として捉えており、2017年に日本が世界で初めて国家レベルで水素戦略を定めてから、先進国や水素生産ポテンシャルを有する国々が次々と水素戦略を策定している(表2参照)。水素戦略のポイントは、(1)対象とする水素の種類(グリーン、ブルーなど)と製造方法、(2)水素の生産規模および輸出入規模、(3)水素の国内外への輸送・貯蔵方法、(4)水素の用途だ。例えば、オーストラリアは水素産業を資源輸出産業の新たな柱とする狙いがあり、水素の製造、消費、さらには輸出拠点を1カ所に集約しコストを削減する。かつ、送電線やパイプライン、貯蔵タンク、補給ステーション、港湾、道路、鉄道などの水素供給に必要なサプライチェーンを整備することで、需要と供給を同時に作り上げる。EUの水素戦略では、域内での生産では不十分な点を、輸入を積極的に行うことで補う方針を示しており、反対にナミビアでは、EUや日本への輸出を想定した水素戦略が立案されている。ドイツは、国内の水素需要が2030年までに90~110テラワット時(TWh)まで増加すると予想し、そのうち14TWhを国産のグリーン水素で賄う。大半は輸入に頼る構想のため、水素調達のためのプロジェクト「H2グローバル」のもと、アフリカなどでの水素生産プロジェクト向けの投資を促進している。

また、シンガポールは、水素を国内で製造する計画はなく、100%輸入に依存する。利用先として発電所や産業の燃料が計画されており、2026年には水素を燃料とする国内初の発電所が完成する見通しだ。これは、日本の水素発電導入見通しより4年早い。米国は、ドラフト段階にある水素戦略とロードマップにおいて、クリーン水素の年間生産目標を2030年までに1,000万トン、2050年までに5,000万トンへの拡大を掲げている。また、すでに「インフラ投資雇用法(IIJA)」で、クリーン水素の生産者と消費者を接続する輸送や貯蔵などのインフラ網を整備する地域クリーン水素ハブ(H2Hub)の拠点整備に総額80億ドルを充てている。カナダは、2030年までに水素の国内供給量を年間2,000万トンに拡大し、世界のクリーン水素製造国のトップ3以内に入ることを目指す。想定する用途は、輸送用燃料、発電用燃料、産業用原料など多岐にわたる。英国は、エネルギー安全保障戦略の一環として水素製造を位置付け、水素生産設備投資に約400億円を拠出する。用途としては、化学や石油精製における工業用原料をはじめとし、将来的には産業用熱源、運輸などでの利用を見込む。

表2:主要国の水素戦略と水素の用途
国・地域 水素戦略等の名称 水素の主な用途
日本 水素基本戦略(2017年12月)
水素・燃料電池政策ロードマップ(2019年3月)
2050年カーボンニュートラルに伴う グリーン成長戦略(2021年6月)
輸送用燃料、発電用燃料
フランス エネルギー移行に向けた水素拡大計画(2018年6月)
国家水素戦略(2020年9月)
フランス2030(2021年10月)
輸送用燃料、産業用(鉄鋼など)原料
オーストラリア 国家水素ロードマップ(2018年10月)
国家水素戦略(2019年11月)
輸送用燃料、工業用原料
オランダ 国家気候協定(2019年6月)
国家水素戦略(2020年4月)
水素インフラ整備計画(2022年6月)
輸送用燃料、産業用原料
ドイツ 国家水素戦略 (2020年6月) 輸送用燃料、産業用原料(鉄鋼など)
EU 水素戦略(2020年7月)
リパワーEU(2022年5月)
輸送用燃料、産業用原料(鉄鋼など)
スペイン 水素ロードマップ(2020年10月) 輸送用燃料、発電用燃料、産業用原料
チリ グリーン水素国家戦略(2020年11月) 輸送用燃料、輸出
カナダ カナダ水素戦略(2020年12月) 輸送用燃料、発電用燃料、産業用原料
米国 水素ショット(2021年6月)
国家クリーン水素戦略とロードマップ(2022年9月)※ドラフト。
輸送用燃料、発電用燃料、産業用原料
英国 水素戦略(2021年8月)
※水素生産能力の目標引き上げは「エネルギー安全保障戦略」(2022年4月)にて設定
工業用原料(化学・石油精製)
中国 水素エネルギー産業発展中長期計画(2021~2035年)(2022年3月) 輸送用燃料
シンガポール 2050年までのシンガポール海運脱炭素化ブループリント(2022年3月)
シンガポールの国家水素戦略(2022年10月)
発電用燃料
ウルグアイ ウルグアイにおけるグリーン水素開発ロードマップ(2022年6月) 輸出
インド Harnessing Green Hydrogen (2022年6月)
National Green Hydrogen Mission (2023年1月)
輸送用燃料、工業用原料(化学・石油精製)
オマーン グリーン水素戦略(2022年10月) 輸出
ナミビア グリーン水素・誘導体戦略(2022年11月) 輸送用燃料、輸出

出所:各種公開資料を基にジェトロ作成

水素の主な用途は、輸出を念頭に置く場合を除き、CO2排出量の多い部門でのエネルギー向けに優先的に振り分けられている。各国ともに、産業セクターではエネルギー集約型の鉄鋼、化学工業の還元剤や添加剤として、運輸セクターでいえば乗用車・商用車、船舶、航空機の燃料としての活用が想定されている。他方で、チリやオマーンなど、再エネのポテンシャルが高い一方、国内産業の燃料として水素を活用するインフラが整っていない国々は、価格競争力を持ったグリーン水素を欧州各国、米国、日本といったエネルギー消費の多い国々に向けて輸出する計画だ。

動き出すグリーン・ブルー水素製造

各国での水素関連主要プロジェクトは、「再エネ」+「水電解槽」の電解法のグリーン水素製造プロジェクトか、「化石燃料」+「CCS/CCUS」の改質法(注1)のブルー水素プロジェクトがメインとなる。グリーン水素、ブルー水素の製造プロジェクトは実証実験段階が多いものの、すでに稼働している案件も出始めている(表3参照)。

表3:世界の水素プロジェクト(-は値なし)
国名 プロジェクト名 生産・貯蔵・輸送・利用 水素の色(生産技術) 規模(生産量、設備容量) 稼働(予定)時期 総投資額
フランス ヴァレ・イドロジェーヌ・グラン・ウエスト(VHyGO) グリーン水素、貯蔵、輸送、利用 グリーン
風力発電+水電解槽
製造:1日当たり5トン
供給:2024年までに15都市に設置する20カ所の水素ステーションを通じて大型トラック500台に低炭素水素を供給
稼働済み 3,800万ユーロ
(約57億円)以上
カナダ エンブリッジによる北米初の水素ブレンドガスの地域供給パイロット事業 輸送、利用 グリーン 輸送量は不明ながら3,600の顧客/需要家に水素ブレンドガスを供給、との情報あり 稼働済み 520万カナダ・ドル
(約5.3億円)
ドイツ H2 グローバル 製造・利用 グリーン グリーン水素の欧州域外での生産と輸入を推し進めるためのプロジェクト 始動済み 9億ユーロ(約1,350億円)
2023-2036:35億ユーロ予定
チリ ハル・オニ 生産 グリーン(風力発電) 生産量:合成燃料13万リットル/年(2023)、5,500万リットル/年(2024)、5億5,000万リットル/年(2026)
設備容量:2023:風力発電タービン3.4メガワット(MW)、電解槽容量1.2MW
2023年内稼働予定 7,400万ドル
(約104億円)
ナミビア PV2Fuelプロジェクト 生産 グリーン 2023年末 1,800万ドル
(約25億円)
インド 140MWのアルカリ型電解装置を用いた水素製造 あり 再エネ+電解槽 140MW(5MW×28台) 2024年6月
中国 風力・太陽光発電でグリーン水素からグリーンアンモニアを製造する一体化プロジェクト 生産 グリーン
  • 700メガボルト(MV)の風力発電装置と100MWの太陽光発電装置、220キロボルト(kV)昇圧変電所、40メガワット時(MWh)/80MWhの蓄電システムを建設する
  • 46,000Nm³(ノーマルリューベ)/h製造可能の水素製造装置、60,000Nm³の水素貯蔵設備を新規導入、18万トン級の合成アンモニアプラントを新設
2024年12月完工予定 63億3,200万元
(約1,300億円)
シンガポール ケッペル・サクラ・コーゲン発電所 利用 60万キロワット(kW) 2026年上半期完成予定 約7億5,000万シンガポール・ドル(約772億円)
英国 H2Hソルトエンド 生産→産業
貯蔵
ブルー(CCUS) 600メガワットMW 2026年
スペイン アンダルシア・グリーン水素バレー(Andalusian Green Hydrogen Valley) 生産・利用 グリーン 年間計30万トン、電解能力:計2ギガワット(GW) 2026年 30億ユーロ
(約4,500億円)
オーストラリア Hydrogen Energy Supply Chain(HESC) 輸出(液化)、生産 ブルー 第1段階(実証):1~3トンの水素生産
第2段階(商業化に向けたフェーズ):初期は年間3万~4万トン
将来的には年間22.5万トンの液化水素
第1段階:完了
第2段階:2030年代
(第1段階)約5億オーストラリア・ドル
(約459億円)
(第2段階)不明
カザフスタン カザフスタンにおける「グリーン」水素製造プロジェクト 生産 グリーン 年間200万トン 2030年 400億~500億ユーロ
(約6兆~7.5兆円)
米国 未定(ベイタウンの石油精製・石油化学サイト) 生産 ブルー 日量最大10億立方フィート 2030年 2027年までに合計150億ドル(当該プロジェクト以外も含む、約2兆1,000億円)
オマーン 未定 生産 グリーン 175万トン/年 2032年
2038年までにフルキャパシティ
300億ドル
(約4兆2,000億円)
オランダ NorthH2 生産・貯蔵・輸送・利用 グリーン
(洋上風力)
4GW(2030年)
10GW(2040年)
未発表 未発表

出所:各種報道を基にジェトロ作成

本特集で紹介している各国のプロジェクトをみることで、各国の水素戦略の下で描かれる水素サプライチェーンの現在地を確認することができる。水素社会、水素サプライチェーンを捉えるためには「作る」「ためる」「運ぶ」「使う」の4つの視点が重要で、これらの要素が確実に、そして経済的に機能する設計が求められる。例えば、英国のH2Hソルトエンドプロジェクトは、水素の製造拠点と貯留拠点、および利用拠点が物理的近接性を有しているため、輸送コストを下げることで水素利用の経済性を確保している。大規模な水素生産、大規模な水素需要が創出されていない段階では、水素のコストメリットは生まれにくい。H2Hソルトエンドプロジェクトは、小さい地理的単位で水素サプライチェーンを構築し、比較的経済性にも配慮している好例だ。

また、国境を越えた水素サプライチェーンの大枠も垣間見えてくる。EU諸国は、アフリカでグリーン水素を製造するプロジェクトに投資し、グリーン水素を輸入する。例えば、ドイツは、前述の通り「H2グローバル」プロジェクトで国外からの水素調達を確保する。同時に、一定の水素需要を担保するため、グリーン水素の製造・利用などを推進する団体「H2グローバル財団」の子会社「HINT.CO」が、10年の長期契約で水素派生製品を購入する。需要家へ再販する際の購入価格との差額を、ドイツ経済・気候保護省が補填(ほてん)することになっており、そのために政府は9億ユーロを確保する予定だ。

日本はさしあたって、オーストラリアで生産された水素の輸入を目指す。住友商事は、2024年から現地で水素生産を始め、2030年には年20万トン規模まで拡大する計画だ(注2)。グリーンないしブルー水素の製造ができる地理的条件を有している国かどうか、その国からの供給に適し、かつ水素やその他エネルギー資源の輸入依存度が高い国はどこか、そして製造ポテンシャルを有する国へのプロジェクト投資の動きはどうか。本特集の各論記事では、この3つの視点からグローバルな水素サプライチェーンを考察する。


注1:
「改質法」とは、化石燃料を燃焼させてガスにし、そのガスの中から水素をとりだす製造方法。すでに工業分野で用いられている。「電解法」とは、水を電気で分解して水素をとりだす製造方法。この時、電気に再エネを用いれば一切の温室効果ガスを出さずに水素を製造できるが、大量の電気を必要とするため、用いられる再エネ電力の生産コストによるものの、改質法で製造する水素と比べて現状では経済的に不利とされる。
注2:
2023年4月10日付「日本経済新聞」記事外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
渡邉 敬士(わたなべ たかし)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課にて東南アジア・南西アジアの調査業務に従事したのち、ジェトロ岐阜にて中小企業の海外展開を支援。2022年11月から現職。

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