特集:半導体競争、技術覇権を制するのは2023~2024年の世界半導体市場の見通しと米国の戦略
2023年5月8日
新型コロナ禍で2年以上続いた市場の活況から一転、2022年半ばごろを境に、需要にブレーキがかかった世界の半導体市場。2023年前半も、悪化する市況に回復の兆しが見えない状況が続く。世界の主要半導体メーカー各社はグローバル市場の急激な変化に対応すべく、在庫調整・削減の取り組みを優先しており、製造装置や素材などの周辺企業も深刻な受注減に直面する。他方、業界団体や市場調査会社は、世界の半導体市場が2024年には回復に転じるとの見通しを維持している。また、半導体需要が減少する中でも、先端半導体の製造工場の新設や増設のための設備投資は、米国を中心に2023年も堅調に伸び、過去最高額を更新する見通しが示されている。
その中で、米国政府が2022年後半から2023年前半にかけて相次いで発表した半導体の輸出管理や投資に関わる規則は、世界全体で半導体関連産業の投資・輸出戦略、サプライチェーンに少なからず影響を及ぼすことが見込まれる。米国政府や有識者へのインタビューを交えつつ、2023~2024年の半導体市場と投資の動向を展望する。
半導体装置への投資額、2024年には2割増
カナダに本社を有する技術情報サービス会社TechInsightは2023年1月23日、2023年の世界の半導体売上高が前年比5%減の6,070億ドルになるとの予測値を発表した(注1)。このうち、集積回路(IC)が同6%減の4,932億ドル、一方、非ICに分類されるオプトエレクトロニクス、センサ/アクチュエータ、ディスクリート半導体(O-S-D)は同0.4%増の1,139億ドルとされた。2022年下半期からの半導体需要の減少傾向は、少なくとも2023年半ばから後半までは継続するとみられる。しかしながら、2024年以降については、メモリやロジックなどのICやO-S-Dを含む幅広い製品群での需要回復から、プラス成長に転じるとの見通しを示す。同見通しによれば、2024年の半導体売上高は同10%増、2025年は同11%増、2026年は同14%増と3年連続で2桁のプラス成長となる。
半導体国際業界団体のSEMIは2023年3月15日、世界の半導体製造施設における設備投資見通しを報告するWorld Fab Forecastレポート(2023年第1四半期版)(注2)のなかで、2023年の世界全体の半導体前工程における製造装置向けの支出額(注3)が、前年比22.3%減の763億ドルに落ち込むとの予測値を発表した。これは、2022年12月版のレポートで発表した前回予測値(同16.2%減の810億ドル)を下方修正したかたちである。PC(パソコン)やモバイルなどの世界的な需要の減少を受けた半導体の在庫調整プロセスの継続が、台湾や韓国、中国をはじめとする主要生産拠点での製造装置需要を下押しした。とりわけ、中国における製造装置向け支出は前年比35.2%減と、世界全体の減少幅を13ポイント近く上回った。また、半導体の種別では、メモリが同44.4%減の171億ドルと最大の落ち込み幅を記録する一方、アナログ部門は同13.1%増の 56 億ドルと、唯一のプラスの伸びを示した。
他方、SEMIは、主要半導体メーカーの在庫調整プロセスが2023年中にはほぼ完了することに伴い、2024年には、前工程の製造装置向けの支出額が前年比20.6%増の920億ドルへ回復すると予測する。受入れ国・地域別の2024年の支出見込み額は、台湾が同4.2%増の249億ドル、韓国が同41.5%増の210億ドル、中国は同1.6%増の166億ドル、米国は同23.9%増の112億ドルと見込まれる。また、日本については、大幅な落ち込みとなった前年(50%減)から一転し、同82.2%増の70億ドルとされている。
米国内に約560社の会員企業を有するSEMI米国本部(ワシントンD.C.)のジョン・クーニー副会長は、2023年3月15日、ジェトロのインタビューに対して、2024年以降の米国内での大規模半導体工場の稼働などを踏まえつつ、「半導体の製造装置市場の2023年の落ち込みは一時的なものになるだろう。2024年は設備投資が回復し、再びビッグイヤーになる」と強気の見通しを示す。
新規の製造工場建設、米国が牽引
前出のSEMIのレポートでは、半導体前工程における新規製造工場建設に関連する支出見通しも公表されている。同見通しによれば、2023年は半導体市況の悪化にもかかわらず、「新たなファブの建設プロジェクトが牽引し、2023年の建設投資額は過去最高額を更新」「2024年もさらに成長が続く」とされた。具体的には、世界全体で新規製造工場29件の着工を含む全97件の建設プロジェクトが進行し、関連する投資額として前年比6%増の306億ドルが支出される。また、2024年には新規製造工場6件の着工を含む計83件のプロジェクトに対して、同21%増の371億ドルの支出を見込む。
半導体市況が悪化する中で、工場建設プロジェクトへの投資が拡大する背景には、近年、米国や台湾、韓国、日本などの主要国・地域政府が、大規模補助金拠出を伴う半導体産業の奨励策を導入していることがある(2023年1月24日付地域・分析レポート参照)。特に米国においては、2022年8月に成立したCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)を通じた、米国内半導体製造能力強化のための527億ドル規模の予算措置の適用を見据え、インテル、TSMC、サムスン電子をはじめとする主要半導体メーカーが数百億ドル規模の新工場建設計画をすでに発表している(2022年12月28日付地域・分析レポート参照)。こうした事情から、2023~2024年の工場建設プロジェクト関連投資額では、米国が最大の受け入れ国となることが見込まれている(図1参照)。
インテル(写真左)およびTSMC(写真右)の新工場建設の現場(2023年3月15日、ジェトロ撮影)
半導体前工程の対中FDI、萎む
米国での新規工場建設向け投資額が増加するのとは対照的に、中国向けの同投資額は2023年第2四半期をピークに減少に転じ、2024年後半には、欧州・中東向けや日本向けの投資額を下回る水準に落ち込むとの見通しが示されている。なお、中国における工場建設プロジェクトとしては、2022~2024年の3年間で合計20件の案件が報告されているが、うち19件は中国地場企業による投資案件である。外資系企業による案件としては1件、韓国のSK Hynix(SKハイニックス)が米国インテルから買収したNAND SSD事業に含まれる大連工場の拡張プロジェクトのみが報告されている(注4)。
多国籍企業が中国で新規半導体工場建設を躊躇(ちゅうちょ)する大きな要因の1つとして考えられるのが、2022年10月に米国商務省産業安全保障局(BIS)が中国を念頭に公布・施行した半導体関連製品(物品・技術・ソフトウエア)の輸出管理規則(EAR)強化措置である。中国向けの先端半導体製品や半導体製造装置の輸出を厳格に制限する同措置の運用開始に伴い、日本企業を含む半導体製造装置関連企業は対中輸出戦略の見直しを迫られている(本特集「米国の輸出管理に新戦略、グローバル企業に配慮(世界)」参照)。すでに、中国向けに米国の半導体製造装置最大手3社であるアプライドマテリアルズ、ラムリサーチ、KLAを含む装置メーカー各社が、中国に対して、自社の製造装置の輸出のほか、装置の設置・メンテナンスなどに関する各種サービス提供を即時停止するなど、中国国内の設備投資およびサプライチェーンに一定の影響が及んでいる(注5)。
半導体を巡る米中間の攻防を描いた「CHIP WAR」(2022年)の著者でもある、タフツ大学のクリス・ミラー准教授は、2023年4月、ジェトロのオンライン形式でのインタビューに対し、「米国の対中半導体輸出規制は、中国国内工場の増設やアップグレードのための設備投資意欲をそぐ。現在、追加投資を考えている企業はいないのではないか。中国に生産拠点を有する韓国企業などが、当面1年間の適用除外措置のさらなる延長を要請しているのは理解できる。おそらく中長期的に5~10年をかけて生産拠点を中国から韓国に移す計画を実行していくのではないか」との見方を示す。
米国、日本から中国向けの半導体製造装置輸出は大きく減少
では、米国の輸出管理が強化された2022年10月以降、中国の半導体製造装置の輸入はどのように変化しているのか。以下の図2は、世界の半導体製造装置(HSコード8486項)の国別輸入額上位3カ国(2022年実績ベース)である中国、台湾、韓国について、四半期別の同品目の輸入額の推移を示したものである。中国は、2020年~2021年にかけて世界の半導体製造装置輸入の約3分の1の構成比を誇る最大の輸入国であったが、2022年第4四半期(10~12月)には前年同期比37%減、前期比28%減の67億ドルに減少している。同時期に大幅に増加した台湾(121億ドル)の半分近い水準にまで落ち込んでいることが分かる。
また図3は、中国の同品目の輸入推移(月別)に関して、主要相手国(日本、米国、オランダ)別に見たものである。米国からの輸入は、2022年10月の輸出管理規則強化以降、顕著に減少していることが分かる。また、中国にとって最大の輸入相手国である日本からの輸入についても、米国と同時期を境に、顕著な減少傾向が見られる。これは、米国の輸出管理措置の域外適用リスクなどのリスクを踏まえ、日本企業が自ら対中輸出や現地での中国企業向け販売の抑制に動いたことが背景にあると考えられる。日本国内においても2023年3月31日、経済産業省が高性能な半導体製造装置など23品目の輸出管理を強化し、規制対象に加える規則案を発表(注6)。同日よりパブリックコメントの募集を開始し、5月の公布、7月の施行を予定している。同規則が施行されれば、友好国など42カ国・地域向けを除いて個別許可が必要になり、対象品目の中国への輸出は難しくなるとみられる(本特集「従来の輸出管理から脱却へ、企業はどう対応すべきか(世界、日本)」参照)。他方、日本の輸出管理規則の有無にかかわらず、すでに日本企業の間では、米国の輸出管理規則と足並みをそろえた輸出抑制の動きが一定程度広がっているものと推察できる。
多国籍企業の投資戦略を左右しうるCHIPSプラス法のガードレール条項
多国籍企業の対中投資を躊躇させる米国発の政策は、前出の対中輸出管理強化措置だけにはとどまらない。もう1つ、CHIPSプラス法に基づく資金援助プログラムに関連し、受益者が順守すべき安全保障上のガードレール条項案の存在は、とりわけ米中両国に生産拠点を有する企業にとって、今後の中長期的な対中投資戦略を左右するものと考えられる。
2023年3月21日に発表された同規則案は、パブリックコメント募集を経て、最終規則が2023年後半に公示される予定である。規則案によると、受益者は資金受領日から10年間、中国を含む懸念国での投資を著しく制限される。制限の内容は、先端半導体施設への投資のみならず、レガシー半導体施設への投資、さらには特定技術や製品に関する懸念国団体との共同研究や技術ライセンス供与も対象に含むものとなっている(本特集「始動したCHIPSプログラム、サプライチェーンに与える影響は(米国)」参照)。 米国商務省でCHIPSプラス法の細則を含めた策定・施行、運用を担うCHIPS Program Office (CPO)の担当ダイレクター、フランシス・チャン氏は2023年3月28日、ジェトロのインタビュー(注7)に対し、同ガードレール条項の目的を次のように説明する。「補助金を受けて米国へ投資する企業が、将来的にさらに自社の半導体の供給能力を高める場合には、懸念国ではないいずれかの国・地域への投資を促すことを意図している。必ずしも米国への追加投資を要請するものではない」
また、その背景事情について、チャン氏は「CHIPSプラス法に基づく補助金は米国民の税金から賄われており、それを米国の安全保障政策に反する用途で使うことは許容できない。ガードレール条項は、補助金の受益企業のみに限定して適用するものであり、あらゆる輸出企業を対象とした輸出管理とは性質が異なる点は理解してほしい」と話す。さらに、生産能力の大きい多国籍企業が中国での追加投資を抑制することが、世界の半導体サプライチェーンの混乱を招くのではないかという懸念に対しては、「ガードレール条項は遡及(そきゅう)適用しない点で、サプライチェーンを混乱させないよう配慮している。中国内では、先端半導体に関して既存設備の5%以内の拡張、レガシー半導体については10%以内の拡張を認めており、稼働を維持継続することは可能」とした。
- 注1:
- TechInsights, The McClean Report Research Bulletin
- 注2:
- 2023年3月15日付SEMIプレスリリース
- 注3:
- SEMIレポートがカバーする全世界の半導体関連企業1,470施設(2023年以降に量産開始を見込む142施設を含む)による機械設備向け支出額の合計。
- 注4:
- SKハイニックスによるインテルNAND事業の買収については、2021年12月31日付同社プレスリリースを参照 。
- 注5:
- アプライドマテリアルズの2022年10月12日付プレスリリース、ラムリサーチ2022年第3四半期決算報告資料(10月19日付)、2022年10月20日付ロイター通信報道、同10月27日付NIKKEI Asia報道情報などに基づく
- 注6:
- 経済産業省(2023年3月31日)、「輸出貿易管理令別表第一及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令の一部を改正する省令案等に対する意見募集について」
- 注7:
- 先方訪日時の筆者による直接インタビューにて聴取した内容に基づく。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし) - 1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。