特集:半導体競争、技術覇権を制するのは米国の輸出管理に新戦略、グローバル企業に配慮(世界)
2023年5月17日
米国の輸出管理が新たな次元に入った。これまで受け身で予防手段に過ぎなかった制度から、重要技術で米国の優位を保つべく、戦略的な管理を行う方針をバイデン政権が打ち出した。その第一手が先端半導体に向けられ、産業界はその対応に揺れている。厳しいルールの影響が早くも顕在化する一方、政策担当者の証言からは多国籍企業への配慮が垣間見える。
半導体サプライチェーンは動くのか。貿易動向や有識者への取材結果を交えて、考察する。
ホワイトハウス主導で秘密裏に規制策定
半導体産業に衝撃を与えたのが、米国政府が2022年10月7日に発表した先端半導体に関する輸出管理規則の導入だ(2022年10月11日付ビジネス短信参照)。この新規則の特徴は、エンドユース(最終用途)規制を敷いたところにある。すなわち、中国の施設で先端半導体(注1)が製造・開発されていることなどが明らかな場合、あらゆる輸出が原則禁止になる。既存制度のエンティティー・リスト(EL)などで輸出制限を課す場合、エンドユーザー(最終需要者)を個別に指定する必要があった。用途を示すだけで広く網をかけられる新制度は、需要者ごとに規制する仕組みとは一線を画すことになる。
特定の品目を管理するリスト規制も、拡充された。そこへ、先端半導体、同半導体を内蔵したスーパーコンピュータ、関連する製造装置が、追加された。対象品を中国に輸出する場合、商務省に事前申請し許可を受けておく必要がある。しかも、申請しても原則不許可(presumption of denial)の扱いだ。
さらに、外国直接製品(FDP)ルールを追加した。このルールにより、特定の米国製の技術・ソフトウエアを用いて、米国外で先端半導体やスーパーコンピュータを製造する場合についても、許可申請を要する(注2)。この申請についても、原則不許可になる。
関係筋は、「規制を主導したのは、ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)が率いる国家安全保障会議(NSC)」と語る。サリバン補佐官は、規制導入前の2022年9月、輸出管理は「新たな戦略的資産になる」と述べた(表参照)。数世代分の技術優位を保てば十分との前提を改め、半導体分野で最大限リードする必要性を強調した。米国の産業関係者や有識者の間では、サリバン補佐官が示した方針が輸出管理の指針になる、との見方が多い。
閣僚 | 発言要旨 |
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ジェイク・サリバン大統領補佐官(安全保障担当) (2022年9月16日) |
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ジーナ・レモンド商務長官 (2022年11月30日) |
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ジャネット・イエレン財務長官 (2023年4月20日) |
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キャサリン・タイ通商代表(USTR) (2023年4月19日) |
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出所:米政府発表や報道を基にジェトロ作成
輸出管理制度の責任者であるジーナ・レモンド商務長官も、これまでの受け身な輸出管理から、戦略的な制度設計に変更したと説明する。商務省産業安全保障局(BIS)のテア・ケンドラー次官補は規制発表時の会見で、中国の軍民融合(civil-military fusion)戦略が契機と説明した。中国が軍事と民間の境界線を取り払おうとする中、従来的な大量破壊兵器(WMD)に対する技術制限とは異なるアプローチが必要になったとしている。
なお、バイデン政権の目的が、米中経済のデカップリング(分離)にあるという指摘には、主要閣僚が一貫して否定している。例えばジャネット・イエレン財務長官は、安全保障措置による経済への影響の可能性を認めつつ、「政策動機は安全保障」と強調した。
サプライチェーンを阻害しない工夫
輸出管理の内容は、事前に外部に漏れず、産業界を驚かせた。元商務次官補で現在エイキン・ガンプ法律事務所のパートナーを務めるケビン・ウルフ氏は、「(中国企業が)あらかじめ在庫を積み増すことを防止する目的があった」と語る。規制を施行できるまでに猶予を与えると、その間に先端半導体や関連する製造装置などの調達を許してしまう。これを防ぐため、バイデン政権は、かなり前から規制案を検討しつつ、水面下で注意深く策定を進めたという。この狙いが奏功し、米国から中国向けの半導体装置輸出は規制発表後に落ち込んだ(本特集原稿「2023~24年の世界半導体市場の見通しと米国の戦略」参照)。
このように、産業界に相当な反響をもたらした半導体規制だが、サプライチェーンへの悪影響を回避するため、一定の配慮も講じられている。
第1に、規制対象はあくまで先端半導体、その製造に関わる装置や技術などに限定された。軍事転用のリスクが低いパワー半導体やイメージセンサーなどの、技術的に幅広く普及するレガシー半導体は、輸出管理の対象には含まれていない。
レガシー半導体の分野では、すでに米中間の相互依存が進展している事情もある。米国の半導体輸出先に占める中国の占める割合は、この20年で約5倍に伸びた(図1参照)。2022年でこそ、新型コロナ禍に伴う中国のロックダウンの影響で、対中輸出も低迷した。しかし、そのような事情のなかった2021年は、実に4分の1に近い割合だった。米国製半導体を輸出する上で、受け皿になっていたわけだ。米国半導体産業協会(SIA)によると、中国は世界中で生産される電子機器の35%を組み立てている。また、半導体を含む製品〔パソコン(PC)やスマートフォンなど〕の輸出シェアでは、3~7割を占める。こうした供給を制限することは、米国のサプライチェーンにとっても得策とは言い難い。輸出管理によってサプライチェーンを途絶させる意図がないことは、規制当局BISの政策担当者が強調するところだ(ジェトロが2023年3月14日に取材)。
第2に、米国または米国の同盟国に本籍を置く多国籍企業が輸出先の施設を中国に保有する場合、ケースバイケースで審査される。BISの審査担当官は、ジェトロの取材に対して、「供給先が日本企業や韓国企業で、そこ(施設)で製造される半導体が米国に納品されることを想定すると、(中国企業への輸出とは)区別する必要がある」と答えた。具体例として、担当官は、「先端半導体の製造装置またはその部分品(輸出管理分類番号ECCN 3B090)」を挙げる。ECCN 3B090はエッチングや酸化プロセスなどで必須となる品目で、今回新たにリスト規制に追加された。中国の技術発展に寄与するリスクがあると同時に、中国内の多国籍企業の製造工程に必要な装置でもある。こうした品目を念頭に、担当官は「個別の用途に応じた審査を行っている。規制の趣旨から外れる利用を取り締まる意図はない」と補足した。半導体調査を専門とするKnometa Researchによると、中国は世界の半導体生産の18.2%を占める。同時に、中国企業による生産シェアは、その半分強の9.9%にとどまる。中国での半導体生産は、多国籍企業に依るところが大きいということを意味する。BISが柔軟さを維持する方針を示すのは、この点を考慮した結果だろう。
多国籍企業への配慮の表れとして、BISは複数企業(インテル、サムスン電子、SKハイニックス、TSMC、UMC)に1年間の適用除外措置を与えたと報じられている。これら企業は、中国以外に最終納品するメモリー半導体を中国で生産している。生産するための装置を調達できなければ、世界的な半導体不足や価格上昇が懸念される。米国のシンクタンク、新米国安全保障センター(CNAS)のマーティン・ラサール上席研究員は、「中国は外国製の装置に完全に依存している」と指摘する。中国が輸入する半導体装置および検査機器は、2022年時点で400億ドルを超える(図2参照)。日本や米国をはじめ、主要な装置メーカーが所在する国からの輸入は長期的に増加傾向にある。
また、「この適用除外は延長される」との観測が出ている。中国で操業する多国籍企業が中国外に生産を移管するには、一定の期間を要する。前出のウルフ氏は、「多国籍企業の生産移管には3~5年が必要。適用除外は延長される可能性が高い」と予想する。SEMI(半導体国際業界団体、注3)のジョン・クーニー副会長も、「米国政府が延長しない選択肢をとるとは考えにくい」と同調する。その一方、超党派で対中強硬を志向する米国連邦議会から、延長反対論が出る可能性を警戒する。
技術発展を遅延させる戦略としては有効
米国の有識者は、今回の対中輸出管理の強化が、先端半導体をめぐる中国の技術開発スピードを遅らせると評価する。たとえば、ラサール上席研究員は「中国が独自に技術開発によって最先端半導体の量産技術を獲得するには、多額の資金を費やしても何十年を要する」との見方を示した。前述のとおり、中国は半導体の製造に必要な装置の多くを輸入に頼っている。中国が先端分野の製造開発を国内で完結させるとなると、実現は容易でない。半導体の経済史に詳しいタフツ大学のクリス・ミラー准教授は、「中国政府は莫大(ばくだい)な補助金で半導体産業を支援した。しかし、実を結んでいない」として、過去10年における中国の半導体分野の投資回収率の低さを挙げた。Knometa Researchも、(1)中国政府は、メモリー半導体の現地調達に向けて、自国企業支援を長年講じてきた、(2)しかし、長江メモリ(YMTC、長江存儲科技)によるNAND型フラッシュメモリー案件などの成功事例を除き、多くのプロジェクトが立ち上げに至っていない、と指摘している(注4)。
一方で、ウルフ氏は、冷戦期の対共産圏輸出統制委員会(ココム)での経験から、「技術革新は輸出管理の外で起きる」と語る。その上で、輸出管理により(懸念国の)技術開発スピードを遅らせることが可能だとしても、発展そのものを最終的に止めることは不可能と述べた。ミラー准教授は、中国が技術発展する可能性について「中国の半導体投資の回収率が改善し、国内メーカーが装置や材料の現地調達を増やせるかがカギを握る」と指摘した。
最先端は引き続き参入難に、先端でもシェア縮小か
米国の動きを踏まえ、半導体のサプライチェーンは変化するのか。
SEMIによると、(1)最先端技術とされる10ナノメートル(nm)未満の半導体は、台湾が約半分のシェアを有し、米国(22%)と韓国(16%)が続く(図3参照)。最先端に関して、中国は現在、生産能力を有していない。一方、(2) 10nm~33nm(ある程度は先端とされる)や(3) 34nm~130nm(レガシー半導体)の技術分野では、それぞれ2割台のシェアを有する。(2)については、米国の輸出管理の対象に重なる部分がある。そのため、米国に由来する装置などが調達できないと、今後、中国での生産が難しくなる可能性がある。
中国がこのシェアを失う場合、代わってどの国・地域がシェアを伸ばすのか、という点も注目に値する。
- 注1:
- 16nmまたは14nm以下のロジック半導体(FinFETまたはGAAFET)、18nmハーフピッチ以下のDRAMメモリー、128層以上のNAND型フラッシュメモリーが該当。
- 注2:
- 対中半導体輸出管理の詳細については、2022年10月11日付ビジネス短信を参照。
- 注3:
- SEMIは、世界の主な半導体関連企業を会員として擁する。
- 注4:
- Knometa Research “Global Wafer Capacity 2023: Detailed chip fab analysis and capacity forecast through 2027” (January 2023)
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課 リサーチ・マネージャー
藪 恭兵(やぶ きょうへい) - 2013年、ジェトロ入構。海外調査部調査企画課、欧州ロシアCIS課、米州課を経て、2017~2019年に経済産業省通商政策局経済連携課に出向。日本のEPA/FTA交渉に従事。その後、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員を務め、2022年1月から現職。