特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の現状と今後経済危機による経営への打撃、長期化も(スリランカ)
2023年3月20日
スリランカは、2022年春以降、深刻な経済危機を迎えている。IMF(国際通貨基金)は、スリランカの2023年の実質GDP成長率をマイナス3.0%と見込んでいる。これは、測定不可能とされている国を除けば、赤道ギニアのマイナス3.1%に次ぐ低い水準である。2023年も、厳しい経済運営が予想されている。
そうした状況の中で、現地に進出している日系企業の事業展開にはどのような影響や課題が生じているのか。また、今後のビジネス環境をどのようにとらえるべきだろうか。「進出日系企業調査結果」をもとに、これらの点について考察する。本稿では、「営業見通し」「今後の事業展開」「サプライチェーンにおける人権に関する方針」「ビジネス環境」「原材料・部品の調達」「輸出入の状況」を取り上げる。
大半の企業が、スリランカでの事業拡大を控える
スリランカに進出する日系企業は、厳しい事業環境におかれている。2022年の営業利益見込み(2022年8~9月時点での見通し)について、回答企業20社のうち45.0%の企業が「赤字」の見込みだと回答している。2021年の調査結果の38.9%から悪化しており、アジア・オセアニア地域ではミャンマー(46.0%)に次ぐ高さである。また、2022年の営業利益が前年と比べて「改善」するという回答は、回答企業21社のうち23.8%にとどまる。これは、アジア・オセアニア地域で最も低い水準である。
こうした事業環境の回復には、時間がかかるという見方が強い。2023年の営業利益見込み(同上)が改善されるという企業は19.1%にとどまり、8割以上の企業が「横ばい」または「悪化」という見方を示している。
このため、今後の現地における事業展開については、控えめにみる企業が大半を占める。今後1〜2年で事業の拡大を図る企業は回答企業21社のうち9.5%にとどまり、およそ9割の企業が現状維持または縮小の予定である。
短期的のみならず長期的にも課題を抱える、スリランカ
経営上の問題点に関しては、「電力不足・停電」(73.3%)、「従業員の賃金上昇」(71.4%)、「通関等諸手続きが煩雑」(70.0%)、「原材料・部品の現地調達の難しさ」(66.7%)、「発注量の減少」(57.1%)などを上位として様々な回答が集まった。そうした課題を集約すると、次のようになる。
1. 増大化する経費
経済危機により、各社は企業活動に関連した様々な経費の膨張に悩まされることになった。2022年春から夏にかけて、深刻な外貨不足により、スリランカは燃料の輸入が滞った結果、電力が不足し、一日数時間に及ぶ停電が頻発するようになった。停電は2023年2月現在でも発生している。企業活動において電力の確保は極めて重要であるため、各社が自発的にディーゼル燃料を確保した上で発電機を回さざるを得なくなっている。加えて、物価の上昇に伴い、生活が困窮化する従業員に対する賃金や手当も上昇している。燃料不足が深刻な時期には、従業員の通勤において、バスなど交通手段の確保にも新たな費用がかかるようになった。
2. 困難な将来の予測
様々な要因により、事業活動において重要な将来の見通しが困難になっている。2022年春から夏にかけて、現地では政府に対する抗議活動が先鋭化し、政治情勢が不安定になった。スリランカ政府による突然の政策変更も相次いだ。日常生活に不可欠な外出の規制が突如出される事態も少なくなかった。こうした事態は、実際に発注量の減少をももたらしている。スリランカのイメージ低下により、取引先から発注がキャンセルされた、という事例が発生している。また、外貨不足に起因し、決済や送金、輸入品目に関する規制も相次いで導入されている。資材の輸入などに関する手続きの煩雑化も生じている。こうした変化は、当初予定していた納期を適切に確保するうえで障害となっている。そのほか、契約が十分に順守されないという点に対する懸念もある。数年前には、スリランカ政府側が、日本に対して軽量高架鉄道(LRT)プロジェクトを一方的に破棄するという事態も発生した。
3. 乏しい成長土壌
スリランカにおいてさらに深刻な問題は、今後の大きな成長が見込めない、という点である。スリランカの市場の成長性を評価する企業はゼロであった。これは、アジア・オセアニア地域では唯一である。スリランカは、経済危機によって国際的な注目を集めるようになったが、そもそも構造的に課題を抱える地域であることがわかる。人口規模は2,200万人弱で、隣国のインドと比較すると非常に少ない。成長の限界性の理由としては、製品の製造環境が十分に整っていない、という問題もある。スリランカ国内での調達には課題も多く、原料・部品の調達先としては、回答企業のうち44.7%が日本を挙げている。これは、日本と近接している韓国に次ぐ水準である。
スリランカには、人件費の安さや、インド洋の戦略的要衝にあるという地理的重要性、英語によるコミュニケーションの取りやすさ、といったメリットもある。ただ、これらの魅力が市場の成長へとつながる、と評価されるには至っていない。
ビジネス環境の回復への道筋は
それでは、今後のスリランカのビジネス環境をどのように捉えるべきか。
まず、スリランカ自身が経済危機からの脱却をどのように道筋を立てていくのか、に大きく左右されることになる。2022年春に、スリランカは国際金融市場で債務不履行(デフォルト)に陥った。自国通貨であるスリランカ・ルピーの為替レートは大きく下落したままである。その後、IMFからの金融支援を求めて、債権国との交渉や国内での構造改革に取り組んでいる。国際的な信用が回復しなければ、今後の新たな投資の呼び込みは難航するだろう。当面は、現地に進出する日系企業にとって厳しい事業環境が継続することが予想される。
そのうえで、スリランカの小規模な国内市場よりも、欧米への輸出を念頭に置いた製造拠点という性格が今後も維持されていくことが予想される。現在も、売り上げの過半を輸出が占める企業が6割を超えている。輸出先としては、米国を筆頭として、次いで欧州に展開する企業が多い。そうした欧米の顧客の要望に応じ、人権分野での取り組みも求められることになる。サプライチェーンにおける人権の問題を経営課題として認識する企業は、回答企業18社のうち83.3%にも及んだ。これは、他のアジア・オセアニア地域の国と比較しても、高い水準である。
また、スリランカ政府は以下の分野において投資の呼び込みを期待している(表参照)。
産業 | 分野 |
---|---|
製造業 | 製薬、アパレル、テキスタイル・アクセサリー、自動車部品、ゴム製品、電気・電子製品、医療機器、機械、付加価値を付けた鉱物 |
社会インフラ | 再生可能エネルギー、物流センター、複合施設、産業廃棄物処理、病院 |
サービス業 | 情報技術、ホスピタリティ・観光、教育 |
農林水産業 | 食品加工、漁業 |
出所:スリランカ政府資料からジェトロ作成
1. 再生可能エネルギー
スリランカは、将来的に再生可能エネルギーによる発電割合の引き上げを目標として掲げている(2022年11月17日付ビジネス短信参照)。燃料不足が深刻な課題となっていることもあり、国内でのエネルギーの確保は急務である。
2. 物流
スリランカは、国際物流の中心へと発展していくことを目指している(2022年11月30日付ビジネス短信参照)。南西アジアから、中東やアフリカなどの地域との結びつきを強化するという構想だ。こうした目標の実現に向けた、港湾施設の拡充を期待している。
3. 観光
観光は、現在スリランカにおいて貴重な外貨の獲得源となっている。2023年には、観光客の倍増を図るとともに、観光施設のインフラ整備への投資を求めている(2022年12月14日付ビジネス短信参照)。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき) - 2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。