特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境生産移管の受け皿として注目も、物流遅延や現地調達が課題(カンボジア)
2022年11月15日
カンボジアでは、政府の早急な新型コロナウイルス対策が功を奏し、他国のサプライチェーンの一部を担う動きがみられた。また、カンボジア国内での新型コロナウイルス感染拡大以降は、都市封鎖(ロックダウン)を経験したが、経済活動を基本的に止めないことを念頭に、政府が早期にニューノーマルを宣言したことから、経済への影響を比較的抑えつつ、新型コロナ禍を乗り切ることができた。
一方、国際物流はコンテナ不足や原油高騰などの要因により、減便やルート変更、運賃の高騰が発生。運賃は一時、2019年の水準から10倍に上がったとの声もある。2022年末には落ち着きをみせるとの予測もあるが、依然として国際情勢に左右される状況だ。また、ベトナムを経由しカンボジアへ輸入されるトランジット貨物の遅延が発生し、現在も引き続き、数週間~1カ月程度の遅延が起きている。
また、製造拠点としてのカンボジアにおけるサプライチェーンの変化は、米中貿易摩擦に起因するものとして、カンボジアへの縫製関連業やソーラーパネル製造業の進出と、それに伴う完成品の輸出増加が引き続き期待されている。さらに、周辺国での賃金上昇や労働人口の逼迫などにより、新天地の候補としてカンボジアを見る動きも進んでいる。しかし、カンボジアが周辺国のサプライチェーンの一役を担うためには、盤石な物流網の構築と原材料の現地調達率向上が課題となる。こうした状況を踏まえ、以下、分野別で詳細に説明する。
新型コロナ禍、カンボジアが他国のサプライチェーンをカバー
まず、カンボジアにおける新型コロナの感染拡大状況や政府の対策、また企業への影響を振り返ろう。カンボジアの新型コロナ感染者数は2021年2月まで低水準で推移していた。そのため、他国での新型コロナ感染拡大によって滞った生産が、カンボジアに一時的に移管されるなどの動きがみられた。実際、電気電子部品を生産する在カンボジア企業では、生産移管に伴い、受注が増加したという。その結果、2020年は電気電子部品などを中心に、輸出も好調に推移した。
しかし、カンボジアでも2021年2月以降、市中感染が急速に拡大。同年4月には首都圏でロックダウンが行われ、生活必需品の物流と販売を除き、移動を要する経済活動が原則全て停止された。サプライチェーンへの影響が懸念される製造工場や物流企業は、条件付きの稼働が認められたものの、都市封鎖解除後も引き続き出勤人員の制限や、感染者発生時の14日間の工場封鎖などの措置が講じられた。ただし、2021年下半期には国民へのワクチン接種が進み、11月以降、営業制限、渡航制限、隔離措置などが原則撤廃され、新型コロナ対策と経済活動の維持を両立させるニューノーマルに向けて動き出した。
こうした新型コロナの感染拡大による影響を受け、製造業を中心にサプライチェーンの見直しが進んでいる。特に、カンボジアの外資企業では、同国での生産ライン拡張や生産ラインアップの再検討が行われている。また、サプライチェーンにおけるリスクを回避する目的で、タイプラスワンやベトナムプラスワンの候補先としてカンボジアをみる動きもある。ただし、日系企業の間では、こうしたカンボジアでの生産増強について、調査を開始し始めようとしている動きはあるが、他の外資企業ほどは進んでいないとみられる。実際の投資決定に至るのはまだ先となる見込みだ。
物流コスト高騰、新型コロナによる混乱は落ち着くも、原油高で高止まり
次に、物流面について説明する。カンボジア公共事業運輸省の国際海上貨物輸送費に関する調査によると、新型コロナ禍、海上貨物の主要な輸送ルートの運賃は、2019年から2021年にかけて大幅に上昇した(表1参照)。特に上げ幅が大きかったのは、欧米向けの路線だ。20フィートコンテナの運賃をみると、カンボジアから米国のロサンゼルスへは5.7倍に上がり、カンボジアからオランダのロッテルダムへは7.4倍に上がった。
輸送ルート | 20フィートコンテナ | 40フィートコンテナ | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2019年 | 2020年 | 2021年 |
2019年比 増加率 |
2019年 | 2020年 | 2021年 |
2019年比 増加率 |
|
カンボジア‐ シンガポール |
161 | 230 | 301 | 87 | 253 | 318 | 479 | 89 |
カンボジア‐ 横浜 |
319 | 556 | 790 | 148 | 541 | 685 | 1,274 | 135 |
カンボジア‐ 上海 |
308 | 492 | 588 | 91 | 483 | 694 | 844 | 75 |
カンボジア‐ ロサンゼルス |
1,910 | 2,072 | 10,971 | 474 | 2,795 | 2,680 | 13,921 | 398 |
カンボジア‐ ロッテルダム |
1,270 | 1,710 | 9,367 | 638 | 2,291 | 1,845 | 13,600 | 494 |
出所:カンボジア公共事業運輸省の国際海上貨物輸送費に関する調査を基にジェトロ作成
背景には、新型コロナ禍のロックダウンや感染拡大による人員不足などから、貨物量が多い米国や中国の港にコンテナが滞留したことを受け、カンボジアでもコンテナ不足が生じたことがある。その結果、需要に対応し得る物流手段が限定され、運賃が上昇した。ただし、カンボジアは中国が輸入相手国1位(2021年は輸入額全体の33.7%を占める)で、中国からのコンテナ流入が一定程度あった。そのため、在カンボジア物流業者によると、運賃上昇は見られたものの、コンテナ不足による直接的な影響は他国と比べると限定的だったという。
今後のカンボジアにおける物流について、カンボジアロジスティック協会(CLA:Cambodia Logistic Association)のスン・チャンティー会長は「新型コロナによる影響で、海上運賃が、2019年比で最大10倍となった時期もあったが、2022年9月現在は輸送費が高止まりしているルートであっても5倍から6倍で推移している。中国でのロックダウンを除き、新型コロナによる物流網の混乱は回復途上にあるが、原油価格の高騰が運賃価格の高止まりをもたらしている。年末までに原油価格の上昇は一服すると予想しており、それに伴って輸送費も下落し、落ち着きをみせるだろう」と話した。
ベトナム経由のトランジット貨物遅延問題はいまだ解決のめどが立たず
サプライチェーンを検討する上で、原材料の調達は重要な要素の1つだ。ジェトロの2021年度日系企業実態調査によると、カンボジアの日系企業は9割以上の原材料を国外からの調達に頼っている。プノンペンにある工場が日本から原材料を調達する場合、使用するルートは大きく分けて4つある(表2参照)。中でも、ベトナムのカトライ港経由でバージ船を使う経路(ルート1)は比較的安価で発着便数が多く、利用率が高い。しかし、本ルートはベトナム税関によるトランジット貨物の検査を理由に、しばしば遅延が発生している。さらに、新型コロナの影響が深刻だった期間は、貨物の消毒などの工程が加わり、1~2カ月程度を要した。トランジット貨物の全量が検査対象となるわけではないが、2022年7月にカンボジア日本人商工会(JBAC)が実施した日系物流業者へのアンケート調査では、新型コロナの影響が落ち着き始めた2022年以降も、頻繁に数週間~1カ月程度の遅延が発生しているという。また、同時期にジェトロがCLAに聞き取り調査をしたところ、一部企業の貨物は3カ月留め置かれているという。
No | ルート | 所要期間目安 | 料金目安 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 |
日本出航後 ベトナム・カトライ港経由 バージ船利用でプノンペン港荷揚げ 陸送で工場へ |
約21日 | 本ルートの料金を1とした場合 | カトライ港行きのバージ便数が多く(5社、週20便程度)、積み替えの船便の待ち時間が最も短い。 |
2 |
日本出航後 ベトナム・カトライ港荷揚げ 陸送で工場へ |
約18日 | 1.4~1.6倍 | カトライ港からの陸送ルートもあるが、陸送にかかるコスト負担が大きい。また、荷揚げ時の貨物検査に経由貨物と同等またはそれ以上の時間がかかる。 |
3 |
日本出航後 シアヌークビル港荷揚げ 陸送で工場へ |
約23日 | 1.2~1.4倍 | 日本からの直行便はなく、上海、シンガポールなどを経由する。船便が少なく、シンガポール経由の場合は週に1便程度。 |
4 |
日本出航後 タイ・レムチャバン港荷揚げ 陸送で工場へ |
約14日 | 1.9~2.1倍 | 陸送距離が長く、コスト負担が大きい。 |
出所:在カンボジア物流企業へのヒアリングを基にジェトロ作成
カトライ港経由のトランジット貨物の遅延は、新型コロナ流行以前からたびたび発生している問題だ。これまでもカンボジア商業省(MOC)、カンボジア関税総局(GDCE)からベトナム当局への働きかけを行ってきたが、大きな改善はみられていない。なお、ベトナム商工省とカンボジア商業省は2013年にトランジット貨物に関する契約を締結しており、検査対象となる貨物や費用などを取り決めている。ベトナムの関税法23条によると、貨物の検査は8営業時間内、検査期間の延長は2営業日までと記載されているが、実際は検査にさらなる時間がかかっている状況だ。ジェトロは、JBAC、CLA、カンボジア政府などと協力し、ベトナム当局への働きかけを行っているが、解決のめどは立っていない。
そのため、代替ルートとしては、次に運賃が安価なシアヌークビル港荷揚げの陸送(ルート3)があるが、カトライ港経由と比べて発着便数が少ない点が課題だ。シアヌークビル港へは、日本からの貨物の場合、主に上海やシンガポールを経由地として運ばれる。しかし、経由地への到着便が遅延すると、積み替えに間に合わないリスクが大きい。その場合、先述のとおり、経由地からの接続便数が少ないため、5~10日後の便まで待つ必要が発生する。企業にとっては、原材料調達のタイミングが読みづらくなる。
こうした状況から、物流のリードタイムを短縮するため、イオンモールロジプラスが運営する多目的保税物流倉庫(2022年5月24日付ビジネス短信参照)の利用に期待が寄せられている。同倉庫は、シアヌークビル港に隣接する経済特区内で2023年第2四半期に開業する予定で、保税状態で所有権を移転せずに貨物の保管ができる。必要になったタイミングで必要な量だけ通関の上、国内配送ができるカンボジアで初めてのパイロットプロジェクトだ。
米国での輸入関税の免除、カンボジアへの生産移管を後押し
続いて、周辺国からカンボジアへの生産移管にかかる動きについて説明する。まず、中国での人件費高騰や米中貿易摩擦の影響を受け、中国からの縫製品、電気製品・部品の生産移管(生産委託、製造拠点新設を含む)が進んだ。2020年は新型コロナの影響により、世界的に縫製関連品の需要落ち込みがみられたが、同製品のカンボジアから米国向け輸出額は前年と同じく高水準を保った(図参照)。
近年は、特に旅行用かばん・革製品の需要が増え、米国向け輸出を見越して中国からカンボジアへの生産移管が進んでいる。2022年8月に発足したカンボジア旅行用品革製品協会によると、カンボジアに進出している旅行用かばん・革製品の製造業者は2022年7月末現在120社程度だが、今後6年で2倍の240社程度に増える見込みだという。2021年は旅行用かばん・革製品の8割が米国向けに輸出されており、その額は12億6,355万ドルで前年比63.3%増加した。なお、2016年6月に米国がカンボジアからの旅行用かばん・革製品に対する輸入関税を免除すると発表したことも、生産を加速させる要因になっている(注1)。
また、米国は2022年6月、カンボジアを含むASEANの4カ国で製造されたソーラーパネルの輸入関税を24カ月間免除すると発表した(2022年6月7日付ビジネス短信参照)。現地報道によると、2022年7月現在、カンボジアでは21件のソーラーパネルの製造(組み立てのみを含む)工場が稼働している。旅行用かばん・革製品では、米国向け輸入関税が免除されて以降、中国などからの生産移管および米国向けの輸出が拡大した。カンボジア政府やビジネス関係者は、ソーラーパネル分野でも、今回の輸入関税免除措置を踏まえ、同様の事象が発生することを期待している。
マレーシアやベトナムの企業も生産拠点としてカンボジアに注目
中国に限らず、他のASEAN地域からも、カンボジアへの生産移管に関心が寄せられている。具体的には、マレーシア企業の中には、マレーシアにおける賃金上昇や新型コロナ禍で適用されたような活動制限を懸念し、国外に生産拠点を移す動きが見られる。在カンボジアマレーシア商工会のタン・キーメン会長によると、2022年初めに製造業を中心としたマレーシア企業をカンボジアに招く投資ミッションを開催したところ、約60社が参加したという。反響があったため、再度、食品製造に絞って参加者を募ったところ、さらに約60社が参加。上半期で合計約120社が、カンボジアでのビジネスを想定して視察に訪れたことになる。マレーシア企業は、カンボジアのほか、ラオスも拠点の候補地として見ており、今後、マレーシア企業の進出の加速が見込まれると予想している。
また、在ベトナムの縫製・製靴企業も、カンボジアを含む第三国への展開を模索しているようだ。カンボジア製靴業協会(CFA)のベン・カオ事務局長によると、ベトナムは製靴業、縫製業の集積が進んでいるが、労働者の確保が困難になってきており、特に生産難易度が低い定番商品を中心に、カンボジアやインドネシア(中部ジャワ)への生産移管を検討する動きがあるという。中国やベトナムから原材料を調達することを想定した場合、カンボジアは地の利を生かすことができる。
グローバルサプライチェーンを担う上での課題は物流と現地調達
前述の通り、カンボジアがグローバルサプライチェーンの一端を担う潮流が出てきた一方、裾野産業の進出が遅れており、原材料調達を輸入に頼る構図は足かせになりかねない。ジェトロの2021年度海外進出日系企業実態調査によると、在カンボジア日系製造業の原材料現地調達率は7.9%であり、ASEANの中で最下位だった。政府は、投資適格案件(QIP)認可(注2)を受けた製造業の原材料輸入を免税にするなど、原材料調達コストを削減する策を講じている。それでも、新型コロナや原油価格高騰など、自国でコントロールできない事象が発生した場合、その影響を大きく受けることとなる。現地調達率上昇は時間を要する課題であり、それまでの間、他国からの供給に頼らざるを得ない。そのような中で、カトライ港経由のトランジット貨物の遅延をはじめとする物流コストの上昇も、早急に対応が必要な課題だと考える。
- 注1:
- 2020年から一般特恵関税の適用が停止しているが、再開すれば、過去に訴求して支払った関税の払い戻し手続きができる。なお、CFAによる会員企業へのヒアリングによると、一般特恵関税の停止によるオーダー減少は起きていないという。
- 注2:
- Qualified Investment Project(QIP)は、投資適格案件として政府が承認したプロジェクト。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・プノンペン事務所長
春田 麻里沙(はるた まりさ) - 2006年、ジェトロ入構。貿易投資相談センター人材開発支援課、ジェトロ神戸、ジェトロ・ジャカルタ事務所、市場開拓・展示事業部海外市場開拓課を経て現職。