特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境経済回復も、供給網混乱の影響続く(オーストラリア)
2022年12月21日
オーストラリアでは近年、国際的供給網や物流の混乱が続いている。2020年に入ってからは、新型コロナウイルス感染が拡大。入国制限や外出制限などが実施され、経済活動もその影響を受けることになった。また、2019年以降に国内で発生した自然災害(山火事や洪水など)も重なった。オーストラリア統計局(ABS)によると、オーストラリア企業の8割以上が何らか対応する必要性に迫られた。当地産業界では、2022年もサプライチェーン(商品等供給網)混乱の影響が続くという見立てが主流だ。
そうした混乱が及ぼす影響や対応などについて、ABSの企業景況感調査(注1)を中心に、データから紹介する。
29年ぶりの景気後退から回復
オーストラリア経済では、新型コロナ禍を受け、2020年の実質GDP成長率がマイナス2.1%。前年の1.9%から大きく落ち込み、29年ぶりに景気後退を経験した。感染拡大防止のため、2020年3月からオーストラリア国民の海外渡航を禁止。外国人の入国も制限した。あわせて、飲食店などの営業を制限し、外出制限にも踏み込んだ。5月にいったんは、制限措置を段階的に緩和する計画を示した。しかし、その後クラスターが発生した地域では、州や地域単位で厳格な外出制限を課し、隣接する州は州境を閉鎖するなど、移動を制限した。こうした市中感染の抑制策や感染拡大を受けた賃金補助・減税措置などの政府支援策自体は奏功。制限措置が段階的に緩和されるに至った。
こうしたことから、2020年第3四半期(7~9月)以降は、経済活動が次第に回復。2021年はデルタ型変異株感染拡大で一時落ち込んだものの、第4四半期で経済活動が回復し、2021年の実質GDP成長率は4.9%。前年のマイナス成長から大きく持ち直したかたちだ(表1参照)。2022年の経済についてオーストラリア準備銀行(RBA、中央銀行)は、実質GDP成長率を3.25%と予測している。この予測に当たっては、ビジネス・投資の拡大傾向が継続し、記録的な貿易増加によって国民所得が増加する、などの要因を挙げた。
項目 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | |||||
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通年 | Q1 | Q2 | Q3 | Q4 | Q1 | Q2 | ||
実質GDP成長率 | △ 2.1 | 4.9 | 1.5 | 9.8 | 4.1 | 4.5 | 3.3 | 3.6 |
民間最終消費支出 | △ 5.8 | 4.9 | 0.1 | 15.1 | 1.9 | 3.7 | 4.8 | 6.0 |
政府最終消費支出 | 7.3 | 5.3 | 5.2 | 4.1 | 5.8 | 6.0 | 8.9 | 6.3 |
国内総固定資本形成 | △ 2.9 | 9.7 | 4.6 | 14.2 | 12.7 | 7.7 | 3.3 | 0.3 |
財貨・サービスの輸出 | △ 9.8 | △ 1.8 | △ 5.0 | △ 1.9 | 2.9 | △ 2.6 | △ 4.9 | 4.9 |
財貨・サービスの輸入 | △ 13.0 | 6.3 | 0.2 | 16.5 | 7.2 | 2.7 | 10.7 | 10.0 |
注:四半期の伸び率は前年同期比。季節調整値。
出所:オーストラリア統計局(ABS)
小売、製造、卸売で、供給網混乱の影響大きく
ABSは2022年2月の企業景況感調査の中で、サプライチェーン寸断の影響について取り上げた。その影響を受けていると回答した企業の割合が半数を超えたのは、小売業(65%)、製造業(58%)、卸売業(57%)だった(図1参照)。また、影響を受けていると回答した企業が挙げた問題点(複数回答)としては、「国内・国際配達両方の遅れ」が最も多かった(88%)。これに、「既存の供給先が製品を供給できなくなった」(80%)、「輸送費などの高騰」(75%)、「製品の代替供給先が見つからない」(50%)が続いた。
ABSは2022年4月に実施した企業景況感調査でも、オーストラリア企業に影響を及ぼしたサプライチェーン混乱の要因を探った。そこで、多くの企業が「物流や輸送面での制約」「国内サプライチェーンの混乱」「供給の制約」「国際的なサプライチェーンの混乱」「新型コロナウイルス感染症拡大による制限(従業員の感染や隔離による影響)」などを挙げた。また、オーストラリアでは2019年以降、山火事や洪水が度々発生している。そうした自然災害を要因として示した企業もあった。そのほか、人手不足、コスト増加なども指摘された。
8割以上の豪州企業が事業運営上の改善に動く
一方、サプライチェーンの混乱を受けて、企業はどのように対応してきたのだろうか。ABSが2022年1月に実施した企業景況感調査によると、サプライチェーンの混乱に対応するため事業運営上の改善を少なくとも1つ実行したと回答した企業は、86%に及ぶ。
また、具体的な改善措置として最も多かった回答は、「発注プロセスの変更」(50%)。次いで「物品・サービスの価格の引き上げ」(42%)だった(図2参照)。
では、オーストラリア企業はこうしたサプライチェーンの混乱の中で、調達面でどのように対応したのだろうか。ABSが2022年4月に実施した企業景況感調査では、混乱を経験したと回答した者のうち、約4割(39%)のオーストラリア企業が「調達先を変更した」と回答している。このうち、既存の国内調達先から「国内の他の調達先に変更した」と回答した割合が約6割だった(表2参照)。ただし、より深刻な影響を受けている製造業にとっては、調達先を国内に変更することは高コストにつながること、場合によっては国内で供給先が見つけられないことなどもあり難しいことが想定される。
調達先変更の内容 | 割合 |
---|---|
代替の国内調達先に変更した(元々国内から調達) | 63% |
代替の海外調達先に変更した(元々海外から調達) | 33% |
海外調達先から国内調達先に変更した | 24% |
国内調達先から海外調達先に変更した | 15% |
注:当該調査で何らかのかたちで「調達先を変更した」企業数を分母として計上。複数回答。
出所:オーストラリア統計局(ABS)
供給網混乱の影響は継続
オーストラリア経済は、2021年の後半から回復してきている。しかし、サプライチェーン混乱の影響はまだ続いているのが実情だ。ABSが2022年6月に実施した企業景況感調査によると、約4割(41%)の企業がサプライチェーン寸断の影響を「現在も受けている」と回答した。2021年4月時点で「影響を受けた」と回答した企業は31%だったので、むしろ増加したことになる。
2022年6月調査で影響の度合いについての設問回答をみると、影響を「受けている」企業の40%が「大きく影響を受けた」とした(図3参照)。「大きく影響を受けた」企業からは具体的な影響として、「供給の遅れ」や「物が届かない」ことで収益に甚大な影響があったことが挙げられた。「少し影響があった」と回答した企業も、59%あった(注2)。
オーストラリアン・インダストリー・グループ(AIG、オーストラリアを代表する産業団体の1つ)がオーストラリア企業の最高経営責任者(CEO)に対して実施した調査(2022年6月)によると、2022年も引き続きサプライチェーンが混乱すると予想する回答が79%に及んだ。逆に「2022年に改善する」としたのは、わずか17%だった。
移民減による労働力不足、コスト増加にも直面
だとしても、経済自体は回復局面にある。そういうオーストラリアにとって、目下の懸念材料は人材不足と物価上昇だ。
- 人材不足問題
2020年以降、新型コロナ感染抑制策として、入国制限や外出制限などの措置が講じられた。その結果、移民数が激減。これによって、企業は労働者の確保が困難になっている。
AIGは、「労働者不足こそオーストラリアの産業界が直面する最優先課題」と位置付ける。その上で、「高スキル、低スキル、専門職、技術職、すべての職位において、雇用者は労働者の雇用や確保ができていない」と分析した。また、AIGの調査によると、2022年までの2年間で、国境の閉鎖によって約40万人の移民が失われてしまった。
また、ABSが2022年6月に実施した企業景況感調査では、約3分の1(31%)の企業が「募集した職にふさわしい従業員を見つけるのに苦労している」と回答した。そのうち、大企業(66%)と中規模企業(62%)が、小規模企業(29%)以上に従業員確保に苦労しているという。
- 物価上昇
インフレが加速しているのは、オーストラリアでも同様だ。ガソリン価格の上昇など、コスト増が企業経営に影響を与えている(2022年8月2日付ビジネス短信参照)。
ABSの2022年6月調査によると、約半数(46%)の企業が前月比で業務運営費が増加したと回答した。その回答比率は、前年同期と比べて倍増だ(21%)。業務運営費が増加している要因として、一般的なコストの増加に加えて、製品や素材、燃料、賃金に関する費用の増加があげられた。
オーストラリアの日系企業も、やはりコストの増加や人手不足に課題を抱える。ジェトロが実施した「2021年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」でも、経営上の問題点として「従業員の賃金上昇」(55.3%)が1番に挙がった。「人材(一般スタッフ・事務員)の採用難」(29.1%)の回答も目立っている。なお、日系企業の中でも製造業に限ると、「従業員の賃金上昇」(75%)、「調達コストの上昇」(63.6%)が多かった。
供給網上の人権確保に向け、在豪日系企業に高い意識
一方、近年では、サプライチェーン上の人権保護、環境、気候変動など社会価値への対応を求める声も拡大している。
オーストラリアでは2019年1月1日、「2018年現代奴隷法(Modern Slavery Act 2018)」が施行された。同法では、自社のサプライチェーンとそのオペレーション上の人権侵害リスクを評価・分析し、報告することが義務付けられている(注3)。日系企業も、法が規定する要件に該当する場合は対象になり得る(2021年6月30日付地域・分析レポート参照)。
ジェトロの「2021年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」では、サプライチェーン上の労働・安全衛生など、人権問題を経営課題として認識する割合は全体で54.1%だった。アジア・オセアニア地域の中では、オーストラリアが最も高かった(75%)。この比率は、世界全地域の中でも最高水準に当たる。現代奴隷法に対応する動きの結果と言えるだろう。また、オーストラリアでは一般的に、企業の人権問題に対する取り組みに向ける視線が厳しくなっている。政府、消費者、取引相手、地域社会、投資家、場合によっては従業員といったステークホルダーから、企業規模にかかわらず、しっかり見られているからだ。
- 注1:
- ABSの企業景況感調査は、新型コロナ感染拡大による影響を分析するため期間限定で不定期に実施された調査。2022年6月をもって終了。サプライチェーン混乱による影響に関する設問は、各回、異なる構成で発表された。
- 注2:
- 「少し影響があった」と回答した企業の「影響」とは、例えば、収益に影響のない程度の供給の遅れ。
- 注3:
- 現代奴隷法の対象になるのは、オーストラリア国内で事業し、傘下の事業体を含む年間収益が1億オーストラリア・ドル(約92億円、1オーストラリア・ドル=約92円)を超える企業など
- 執筆者紹介
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ジェトロ・シドニー事務所
青島 春枝(あおしま はるえ) - 2022年6月からジェトロ・シドニー事務所勤務(経済産業省より出向) 。