特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境製造業企業の調達方針は「ジャスト・イン・ケース」に(インド)

2022年11月15日

インドにおいて、新型コロナウイルス感染症拡大以降の、グローバルサプライチェーンの混乱の影響はひとまず収まっている。今回の混乱は、特に製造業企業にとって、安全在庫や小ロット輸送の重要性を見直すきっかけとなった。また、生産連動型優遇策(PLI)を導入し、国内製造業振興を図るインド政府は、自動車分野などに欠かせない半導体工場を、本格的に誘致しようとする方針にかじを切っている。

混乱が落ち着き現場は正常化へ

新型コロナの感染拡大を機に始まった世界規模のサプライチェーンの混乱は、インド国内産業にも大きな影響を及ぼした。2020年は、政府が課した厳格なロックダウンにより内需が停滞し、輸入が減少した結果、国内で使用できるコンテナが不足する事態に陥った(2020年12月15日付ビジネス短信参照)。内需が回復傾向に転じた2021年は、スエズ運河事故や世界的な半導体不足などの外的要因を受けて輸送コストが急上昇しただけでなく、調達が見込み通りに進まず、生産調整を余儀なくされた国内企業が数多く出現した。

しかし、2022年10月現在、状況は落ち着きつつある。国内主要港における総取扱貨物量は、2020年4月以降、国内需要の回復や世界的なコンテナ不足などによって激しい増減を繰り返してきたが、2022年に入ってから安定化の兆しがみられる(図参照)。2022年3月以降の総貨物取扱量は、コロナ前の水準を超える月間6,000万トン以上で推移している。また、2020年後半から高騰し始めた海上運賃は現在高止まりしているが、ピークは脱した状況である。

図:インド国内主要港での総貨物取扱量(単位:100万トン)
2020年4月以降、国内需要の回復や世界的なコンテナ不足などにより4,500万トンから6,900万トンの間で、激しい増減を繰り返してきた。しかし、2022年に入ってから安定化の兆しがみられる。2022年3月以降の総貨物取扱量は、コロナ前の水準を超える月6,000万トン以上で推移している。

出所:インド経済監視センター(CMIE)のデータを基にジェトロ作成

製造業企業は安全在庫確保と小ロット調達で備え

グローバルサプライチェーンの混乱は、インド国内企業が調達戦略を見直すきっかけとなった。中でも大きな影響を受けたのは、世界的な半導体の不足が生産調整に直結した自動車分野を始めとする製造業だ。同分野の企業は、需要が伸びても、部品がそろわず生産を抑制せざるを得なかったためである。

NXグループインドの小林克人代表によると(2022年9月21日ヒアリング)、2021年後半以降、自動車分野などの製造業関連荷主企業の物流ニーズに、これまでと異なる2つの傾向がより顕著に見られるようになった。1つは工場生産に関わる材料・部品の保管倉庫ニーズの増加である。国際物流の混乱によって発生する生産計画の変更に対応するため、多くの荷主企業が材料・部品の安全在庫量を増やすようになったことに起因することが推察されるという。もう1つは、緊急品の小ロット航空輸送ニーズの増加である。半導体不足やロックダウンによる生産停止により、サプライチェーンが混乱した一部の材料・部品などは、航空貨物などの小口緊急輸送を利用してでも調達しようとする荷主企業が増えているという。

多くの製造業企業は、一時的にでも生産が停止するリスクを軽減させるため、調達方針を「ジャスト・イン・タイム」ではなく「ジャスト・イン・ケース」に切り替えているのだ。

また、材料・部品の現地調達化が、コスト削減だけでなく調達の安定化を図る手段になり得る点も、今回の混乱で明らかになった。とは言え、「製造業関連荷主企業のグローバルサプライチェーンが見直されるには、もう少し時間がかかるのではないかと予測」(NXグループインドの小林代表)されるように、短期間で調達先を変更することは現実的ではなさそうだ。このため、各企業がグローバル単位での調達から、リージョナル・国内単位での調達に切り替えるのは、中長期的な取り組みとなると考えられる。

サプライチェーンでも「自立」を目指すインド

実は、製造業における調達戦略を見直そうとしているのは、企業だけではない。インド政府もまた、今回のグローバルサプライチェーンの混乱を機に、対策を打つ必要性を認識した。

ナレンドラ・モディ首相は2014年5月の就任以降、スローガン「メーク・イン・インディア」の下で国内製造業の振興を図ってきた。インドは恒常的に輸入が輸出を上回る貿易赤字国だが、「自立したインド」(2020年5月14日付ビジネス短信参照)を掲げるモディ首相にとって、輸入に依存する経済構造からの脱却は最優先事項の1つだ。インド政府は2020年度(2020年4月~2021年3月)に、重点分野における新規工場建設などの投資で、一定の条件を満たした企業に補助金を付与するインセンティブ、PLIを導入(2021年11月17日付ビジネス短信参照)。製造業GDPの25%を占める自動車・同部品を始めとする計14分野で、国内外企業による新規投資を誘致することにした。

グローバルサプライチェーンの混乱が訪れたのは、まさにそんな時だったのだ。インド準備銀行(中央銀行、RBI)によると、インドの輸入の65%は原料や中間財である。輸入調達をしている国内の製造業は、当然、今回の混乱にも巻き込まれた。中でも影響が顕著だったのは、国内に産業集積がなく、全面的に輸入に頼っている半導体部品の不足だった。

インド政府はこの経験から、国内製造業の振興のためにはPLIの対象分野だけでなく、半導体部品の安定供給が不可欠と判断。インドで半導体部品の生産を実現化させるため、2021年12月に同産業に特化した過去最大級規模のインセンティブを発表した(2021年12月22日付ビジネス短信参照)。半導体工場を新設しようとする企業に対し、投資コストの最大5割をインド政府が負担するといった奨励策などが含まれている。

2022年9月には西部のグジャラート州政府が、英国系鉱業・天然資源大手ベダンタ・グループと台湾系の電子機器受託生産(EMS)世界最大手の鴻海(ホンハイ)精密工業傘下のフォックスコンとの合弁会社(JV)との間で、同州内の半導体製造工場設立に係る覚書を締結(2022年9月21日付ビジネス短信参照)。インドで初となる半導体分野での大型投資案件として注目を集めている。

現在、インド政府は個別に有望企業と接触するなど、半導体工場の誘致に奔走中だ。モディ首相が掲げる「自立したインド」の概念は、今やサプライチェーンの構想にも広げられているのである。

執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
広木 拓(ひろき たく)
2006年、ジェトロ入構。海外調査部、ジェトロ・ラゴス事務所、ジェトロ・ブリュッセル事務所、企画部、ジェトロ名古屋を経て、2021年8月から現職。