特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境生産継続のため、逆風に立ち向かう日本企業(インドネシア)
自動車産業における対応事例

2022年12月12日

インドネシアの中心的な産業の一つである自動車産業は、新型コロナウイルス感染拡大に端を発する操業制限、物流網の混乱、原材料費の高騰、半導体の不足など、サプライチェーンの混乱をもたらす様々な要因に対して、在庫の積み増しや調達先の多様化、価格の調整などの対応を実施し、現地生産を継続してきた。本稿では、現地日系企業に対するヒアリングをもとに、東南アジアの主要な自動車販売マーケットであるインドネシアにおける、自動車の生産安定化に向けた取り組み事例を示すとともに、今後サプライチェーンに影響しうる要因を展望する。

新型コロナを契機に進んだ在庫確保・代替調達

まず、サプライチェーン安定化に向けて、企業が取り組むようになった契機として、新型コロナウイルスの感染拡大が挙げられる。感染の波が来るたびに繰り返される操業制限は、取引先を含む産業全体の生産活動に大きな影響を及してきた。

インドネシアにおける新型コロナウイルスの感染拡大状況を振り返ると、2020年3月2日に初の新型コロナウイルス感染例が発表されて以降、2020年から翌年初めにかけて徐々に全国に拡大していった。その後、2021年7月にはデルタ型変異株、2022年2月にはオミクロン型変異株により、爆発的な感染拡大が発生した(図1参照)。日系企業でも多数の従業員に感染が広がるなどの影響があった(2021年7月9日付ビジネス短信参照)。

図1:インドネシアにおける新型コロナウイルスの新規感染者の推移
2020年3月に最初の感染者が確認されて以降、同年12月ごろまで、1日当たりの感染者数は1万人を下回った。しかし、2021年1月から2月にかけて1万人を超える水準となった。その後、同年5月までに5000人程度となったが、6月に感染が急拡大し、7月には6万人近くまで上昇した。同年9月には再び1万人以下まで低下し、12月までに1000人を下回る水準となった。2022年1月には再び急拡大し、6万人を超えた。4月には感染の波が収まり、5月には再び1000人未満となった。7月から9月にやや上昇したが、1万人を下回った。

出所:世界保健機関(WHO)のデータから作成

このうち、生産活動が最も混乱したのは、東南アジア各国でロックダウンなどの措置が取られた新型コロナウイルス感染拡大の初頭である。インドネシアでも2020年4月から数カ月にわたり「大規模社会制限(PSBB)」という操業規制が実施された。PSBBは、各地方政府が中央政府に申請し、保健相の了承を得て、申請内容に沿った大規模な社会制限を実施するものだ。例えばジャカルタ特別州は、2020年4月10日から6月4日までPSBBを実施し、一部業種(注1)を除く民間企業に在宅勤務を義務付けた。この間、製造業は工業省の許認可システムに申請し、操業許可を得る必要があった。また、一時的にジャカルタへの入出境を原則禁止とする措置も取られた。出入域を許可されるのは許可証を保有する場合に限られた。

上記措置が日系企業の生産活動に与えた影響は深刻だった。ジェトロが2020年6月8~16日に実施した「在インドネシア日系企業の新型コロナウイルスに関わる緊急アンケートPDFファイル(1.52MB)」によると、2020年5月の生産状況(生産量ベース)は、「通常比で3割未満」と回答した企業が約4割にも達した。生産・稼働規模が通常より低迷する原因として、97%もの企業が「国内供給先/顧客からの注文量留保・減少・キャンセル」を挙げた。また、日本やASEAN域内から原材料調達を行っている企業も多く、「海外供給先/顧客からの注文量留保・減少・キャンセル」と回答した企業も43%にのぼった。

今回、複数の日系自動車製造業に当時の状況をヒアリングしたところ、自動車メーカーA社は「2020年4月末に一時的に生産が停止したが、原因は社内の感染拡大ではなく、供給先からの部品の供給が止まったことにある」とした上で、「特定の車種は、部品をタイや日本から輸入しており、特にタイからの調達が顕著に遅れた」という声が聞かれた。自動車メーカーB社は、国内外のサプライヤーからの供給断絶に加え、自動車の需要減少を操業制限の影響として指摘した。同社は「新型コロナの感染拡大が2020年3月から始まり、4月から国内需要が一気に低下した」と指摘する。その後も、一部の国の規制がサプライチェーンに影響した。マレーシアや日本からアルミニウムのインゴットを輸入しアルミニウム鋳造を行う二輪・四輪エンジン部品メーカーC社は、2021年2月ごろの操業状況につき、「マレーシアにおけるロックダウンの影響でアルミニウムのインゴットが輸入できなくなった」と明かす。また、日本からのアルミニウムが海上輸送の遅れのため在庫切れとなり、「フォース・マジュール(不可抗力)条項」(注2)を宣言せざるを得なかったと、深刻な状況を語った。

こうした状況に対し、企業はどのように対応したのか。まずは代替調達先の確保が挙げられる。自動車メーカーB社は「新型コロナウイルス禍では、中国からの供給が止まり、代替としてインドのサプライヤーから調達した」とした。一方で、インドも新型コロナウイルスの感染爆発が起こり、さらなる代替としてインドネシアのサプライヤーからも調達を行ったとした。二輪・四輪エンジン部品メーカーC社は、マレーシアから従来輸入していたアルミニウムのインゴットを急きょタイからの調達に切り替えたが、「16%コストが上昇した」と影響を述べた。

また、在庫を積み増し、不測の事態に備える企業も見られた。自動車メーカーA社は「海外からの部品調達ができない場合に備え、サプライヤーには材料などの在庫の積み増しを依頼していた」とする。自動車メーカーB社は、取引先の情報を随時確認できるツールを作成した上で、取引先には輸入品の原材料1カ月分の在庫を確保するよう依頼したとする。

「生産は止められない」物流混乱に代替輸送や生産調整で対応

次に、新型コロナは、世界的なコンテナ不足や海上輸送費の急激な上昇のきっかけとなり、サプライチェーンの混乱にさらなる打撃を与えた。企業は原材料の調達を急きょ航空便に切り替える、スケジュールの遅れを見込んだ発注を行うなど、対応に追われた。

フォワーダーD社は「船腹スペースの確保は、2021年が非常に厳しかった」とする。「フォワーダーは仕向け地ごとに強みが異なるため、顧客は複数のフォワーダーに照会し、価格を抑えるよりも、何とかスペースを確保しようとする動きが顕著だった」と、当時を振り返る。自動車メーカーA社は「新型コロナ以前に比べると、コンテナ価格は3倍、航空便は4倍ほど価格が上昇した」としつつも、「当社にとっては、生産停止する方が大きな損失になるので、部品は空輸を使ってでも輸入し、生産が止まらないようにした」と対策を明かした。また、「取引先でも航空便を利用する割合が増えている」とも指摘した。自動車メーカーB社は「今までは特定の船会社1社と取引していたが、現在はフォワーダー含め7、8社から見積りをもらっている」とした。

シンガポールなど、寄港地でのロックダウンなどにより、スケジュールも大幅に遅れた。四輪エンジン部品メーカーのE社は「船腹スペースの予約も難しく、船のスケジュールも遅れがちなので、生産計画を2~3週間前倒しにしている」(2022年2月時点)と話した。四輪エンジン部品メーカーのF社は「日本からの原材料輸入が遅延し、2021年後半から1回当たりの発注量を増やしながら、在庫切れが起きないように対応している」とした。

一方、物流網の回復を指摘する声も聞かれた。フォワーダーD社は「新型コロナウイルス禍が落ち着く中で、航空便が増え、スペースは改善されてきた」とする。さらに、「上海におけるロックダウン(2022年3月末~6月)により、中国からの輸出量が少なくなり、世界的にコンテナに余裕が出るようになった」とも指摘する。

原材料高や半導体不足は引き続き主要課題

物流網の混乱が徐々に落ち着きつつある一方、製造現場を一層悩ませる課題として、原材料価格の高騰が挙げられる。企業は、製造コスト上昇分を、価格に転嫁するかどうか、難しい判断となっている。さらに、現在も続く半導体の不足は、インドネシアでも自動車業界の主要課題の一つとなっている。

自動車用内装部品メーカーのG社は、原油価格上昇に伴う製造コストの高騰に頭を悩ませている。「製造コスト上昇に合わせて、当社と取引先で応分の負担を求めることは簡単ではない」と、厳しい現状を説明した。一方、四輪エンジン部品メーカーのE社は「当社製品は替えのきかない部品のため、多少の価格転嫁は認めてもらっている」とした。二輪・四輪エンジン部品メーカーC社は、原材料にアルミニウムを使用するため、ロンドン金属取引所(LME)の市場価格を参照に価格交渉を行うとする。輸送費の上昇も相まって、製造コストは新型コロナウイルス禍以前と比べて3~14%上昇したとするが、「アルミニウムに関してはLMEという国際的な市場価格が存在するため、交渉は行いやすい」と話す。

他方、世界的な半導体不足による完成車の減産は、サプライヤーにも影響した。自動車メーカーB社は「半導体の調達は厳しい状況が1年以上続いており、今でも毎週、社内会議の議題となる」と明かした。四輪エンジン部品メーカーのE社も、納入先の減産により、日本向け輸出が滞ったと指摘する。二輪・四輪エンジン部品メーカーC社は、半導体不足により減産指示が入ったこともあったが、取引先を多様化させたことが功を奏し、大きな損失にはならなかったとする。

複雑化する輸入規制にも一層留意を

このようにグローバルな環境変化が大きな影響を与える一方、今後は自国の輸入制度・規制なども、インドネシアの自動車産業のサプライチェーンに影響を与える可能性が高い。その代表例が鉄鋼の輸入規制だ。

インドネシアでは、鉄鋼を輸入するにあたり、商業省の承認を必要とする。同省は、輸入者が申請した商品の収支に基づき承認を与えるが、承認の具体的な基準は明らかにされていない。2020年以来、同省からの承認には時間がかかる、申請数量が大幅にカットされて承認される、というケースが、当地の日系企業から聞かれている(2021年11月24日付ビジネス短信参照)。自動車メーカーA社は「現時点では鉄鋼輸入規制が理由で減産に追い込まれているという状況ではないが、重要事項として注視している」とする。自動車メーカーH社は「生産ラインを止める状況にはなっていないが、鋼板とボルトなどはどちらも綱渡りの状況だ」と指摘する。フォワーダーD社も「ボルト、スクリュー、ワッシャーを扱う商社は、鉄鋼輸入規制で影響を受けている」とした上で、「商業省はインドネシア地場のサプライヤーから調達を行うように勧めてくるが、メーカーによっては、サプライヤー指定があるので、簡単に国内調達に切り替えることはできない」と指摘した。

さらに、「商品バランスシステム」と呼ばれる、需要と供給のバランスを決定し、事業者に輸出入量の許可を発行する制度も導入されようとしている(2022年9月27日付ビジネス短信参照)。さらなる国産化の推進と輸入量の削減が、本システム導入の目的の1つだとみられるが、輸入規制強化につながるのではと懸念する声も聞かれる。こうした輸入規制には一層の目配りが必要な状況だ。

企業努力もあり、生産台数は回復

自動車関連産業のサプライチェーンの混乱の実態について、著者が企業にヒアリングをする中で共通して聞かれたのは、サプライヤーの操業停止に伴う生産活動の混乱や、コンテナ不足・輸送費高騰などの物流網の混乱、さらには原材料価格の高騰と半導体不足による減産などの声だった。他方で、そうした状況の中でも企業は、在庫の積み増しや複数調達化、価格の調整などでサプライチェーンの混乱に対応した。

自動車の生産台数は一時的に落ち込んだものの、実は2021年第3四半期以降、新型コロナ前の水準まで回復しつつある(図2参照)。この一因として、国内市場の回復もさることながら、本稿に示したような生産を止めないための様々な対応も奏功したと考えられる。

図2:インドネシアにおける自動車生産台数(完成車)
インドネシアの自動車生産台数は、2020年3月の約11万台から、4月に約2万台まで急減、5月には2,000台となった。しかし、その後は徐々に回復し、2021年3月には再び10万台を超えた。2022年3月まで上下しつつも増加し、3月には約14万台となった。しかし、再び減少し、5月には約7万台まで落ち込んだ。6月には約12万台まで回復し、8月には14万台を超えた。

出所:インドネシア自動車製造業協会のデータからジェトロ作成

今回のヒアリング調査では、インドネシアの生産拠点や調達先を根本的に見直すような動きは見られなかった。東南アジアにおける主要な自動車市場であり、今後も成長性が大きいことから、同国を生産・輸出拠点として位置付ける方向性は、少なくとも新型コロナ以降、現在まで揺るがなかったのではないか。自動車メーカーA社からは「インドネシアでは国内調達が比較的可能で、輸出拠点にはなりうると考えている」とした上で、「タイとインドネシアが日本の製造業にとって重要な拠点だが、当社はタイよりもインドネシアのシェアが高く、かつインドネシアの内需ポテンシャルはASEAN随一だ」という前向きな声も聞かれた。

実際にジェトロが行った「2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)PDFファイル(2.23MB)」では、在インドネシア日系企業に原材料の現地調達率を尋ねると、「輸送機器(自動車、二輪車など)」で60.9%となっており、同国の製造業全体(45.5%)と比較すると、高い数値となっている。こうしたインドネシアが有する優位性は、企業努力をおこなう各社の姿勢によるものでもあると考えられる。

今後もサプライチェーンの混乱が続く中で、現地の日系企業が競争力を保っていくことが重要だ。そのためには、各社の対応事例をもとに、今後取りうる対応を検討していくことや、さらには、インドネシアの輸入規制など国内動向にも十分に留意していく姿勢が求められそうだ。


注1:
(1)保健衛生、(2)食料・食品・飲料、(3)エネルギー、(4)通信・情報技術、(5)金融、(6)物流、(7)ホテル、(8)建設、(9)戦略産業、(10)国家重要・特定物に指定された基礎サービス、公共ユーティリティおよび産業、(11)生活必需品などが挙げられる。
注2:
人為を超えた予測困難で制御不可能な外的要因により、契約上の義務が不履行となる場合に免責を求めること。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
上野 渉(うえの わたる)
2012年、ジェトロ入構。総務課、ジェトロ・ムンバイ事務所、企画部企画課海外地域戦略班(ASEAN)、ジェトロ・ジャカルタ事務所を経て現職。