特集:COP27に向けて注目される中東・アフリカのグリーンビジネス2060年のCO2排出量ゼロを目標に(ナイジェリア)

2022年10月31日

気候変動がナイジェリアに与える影響を考えたとき、最初に思い浮かぶのが農業への影響だ。農業は、GDPの約4分の1を占める。現在約2億人の人口は、2040年代には4億人に達すると予想されている。それを見据えると、主食穀物(ヤムイモやキャッサバ、コメなど)の安定生産と供給は死活問題になる。気候変動によってこれら作物の生育に影響が出た場合、他の問題が顕在化して負のスパイラルに陥ることが予想されるからだ(図参照)。英国の民間調査会社ベリック・メープルソフトの気候変動脆弱(ぜいじゃく)性インデックスでも、ナイジェリアは気候変動に対して「ハイリスクの国」と位置付けられている。

図:気候変動がもたらすナイジェリア社会への影響
気候変動の進行は、食糧の自給率低下を招き、貧困問題や治安悪化を引き起こす。政府はこれら諸問題に優先して対応せざるを得なくなり、農業の衰退や自給率低下に歯止めがかからなくなる。

出所:ジェトロ作成

政府目標で「ゼロエミッション」を打ち出す

ナイジェリアは2016年に気候変動への取り組みに関するパリ協定に署名。2017年に批准している。同協定では、2030年までに気候変動対策を実施しなかった場合に想定される通常時(BAU/Business as Usual)排出量を無条件で20%削減するという目標が掲げられた。

さらに進んで、ナイジェリア政府は実質排出量ゼロに言及するようになった。そのきっかけは、2021年3月、二国間投資協定をめぐってEU代表団と協議した際だった。会議でイェミ・オシンバジョ副大統領は、ゼロエミッション達成に向けてEUの協力を要請した。その後、同年11月の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26、注2)では、ムハンマド・ブハリ大統領が演説。「ゼロエミッションを2060年までに実現する」と発言した。

2021年11月18日には、気候変動法(Climate Change Act 2021)が発効した。並行して、環境省が中心となって、2050年に向けた長期排出量削減計画(2050 Long-Term Vision for Nigeria)を策定。同月発表された。この計画に基づき、長期的に取り組むべき対気候変動政策として、以下に注力する。

  • 他国の技術支援などを受け、国が主導して温室効果ガス(GHG)削減を推進する。
  • 持続可能な開発目標(SDGs)と整合性を図る。その取り組みを通じて、弾力性のある経済・社会開発を構築する。
  • 政府が民間企業や市民社会を通して、市民が参加しやすい環境施策を提供する。
  • 低炭素化エネルギー(注2)の活用を推進する。
  • 線形経済(化石燃料の生産、流通、消費)から循環経済への移行を推進する。自然エネルギーの活用を推進する。
  • 政府が透明性、説明責任、公平性を担保し、社会の全構成員がコストを負担し利益を享受する。
  • 政府は気候変動をモニタリングして、評価。その結果を、国民に報告する。
  • 二国間・多国間の協力を推進。グリーン気候基金をはじめとした国際社会の支援を強化する。
  • 各省庁や政府機関の利害を調整し、効率的に政策を実行する。
  • 持続可能な政治・経済・環境の基盤につながる良好なガバナンスを実行する。

ナイジェリアの目標をいち早く後押しする姿勢を見せたのが、旧宗主国・英国だ。在ナイジェリア英国大使館は2022年2月、政府の目標達成のため、総額1,000万ポンド(約16億9,000万円、1ポンド=約169円)の財政的支援を提供すると発表した。この支援対象としては、オフグリッドや低炭素調理器具などのプロジェクトが挙げられた。

移行期の天然ガス活用も課題

天然ガスは、原油とならんでナイジェリアに豊富な資源だ。その埋蔵量は206兆立方フィートと推定される。また、原油と天然ガスが輸出に占める割合は約9割に上る。しかし、原油は盗難や設備のメンテナンス不足のため、産油量が大幅に落ち込んでいる。こうしたこともあって、脱炭素化への移行期間の中で天然ガスこそが重要エネルギーという点を、政府は強調している。その認識の下、EUに対してガス開発プロジェクトへのファイナンス強化を訴えている。原油と双璧をなす外貨獲得手段として、天然ガスを活用したい意向がここから読み取れる。

また、世界銀行によると、ナイジェリアのガスフレア排出量は年間約70億立方メートル。これは、世界第7位の規模に当たる。その利活用は、かねて課題となってきた。実際、政府は2016年にナイジェリアガスフレア商業化プログラム(Nigerian Gas Flare Commercialization Programme)を立ち上げていた。しかし、現在に至るまで、これといって目立った活動実績がないのが実状だ。

企業や市民意識に変化の兆し

環境問題に向けたナイジェリアの意識は従来、決して高いとは言えなかった。ほかのアフリカ諸国と比べても、だ。しかし、ここまで見てきたとおり、最近になって徐々に動きが出始めている。

シェル(石油メジャー)のナイジェリア子会社は2022年9月、ソーラー発電事業を手掛けるデイスター・パワーを買収した(2022年10月6日付2022年10月6日付ビジネス短信参照)。ナイジェリアでは、2022年に入って7回も全土の送電量がほぼゼロとなる状態、いわゆる送電網の崩壊が発生している。各企業や家庭はディーゼル燃料による発電機の利用を余儀なくされている(注3)。そのため、世界情勢や外的要因に影響を受けにくい自然エネルギーへの代替に、人々の関心がこれまでになく集まるようになっている。石油メジャー企業までもが再エネ強化や電力事業への参入に動く背景には、そうした状況の変化がある。

一般庶民の生活により近いところでは、燃焼効率の良い調理用ストーブの需要も高まっている。ナイジェリアの街角では、路上で調理した食べ物を販売する移動式の店舗をよく見かける。そうした店舗の運営者に話を聞くと、以前は石などでかまどを組んでいたとのこと。しかし現在利用している調理用ストーブは、かまどに比べ「圧倒的に燃焼力が強く、火起こしが早い」。また、「発生する煙の量が少ないことも大きな利点」とも言及した。このような動きは、ゼロエミッションなどという大目標に直接つながるものではないのかもしれない。ただ、一般庶民の「小さな一歩」ではある。

いずれにせよ、政府の低炭素化計画には、国民もその一端を担うことが大切だ。国民自らが自らの利益を享受しながら参画を進めていくことで、ゼロエミッション実現に近づいていけるとは言えそうだ。


道端で調理用ストーブを利用する店舗。ストーブは3年前に5,500ナイラ
(当時の価格/現在の為替レートで約1,600円相当)で購入したという(ジェトロ撮影)

注1:
COP26は2021年11月、英国グラスゴーで開催された。
注2:
ここで言う低炭素化エネルギーとは、欧州でも受け入れられているガスや原子力など。
注3:
世界的な原油高と、発電機用燃料の需要が急増した結果、ディーゼルの価格は2022年のみで約3倍に跳ね上がった。
執筆者紹介
ジェトロ・ラゴス事務所
谷波 拓真(たになみ たくま)
2013年、ジェトロ入構。知的財産課、ジェトロ金沢、ジェトロ・アジア経済研究所を経て、2019年12月から現職。

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