特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州天然ガスなどロシア産エネルギーへの依存低減が喫緊の課題(ドイツ)
2022年9月27日
環境立国として知られるドイツは、国としての気候中立達成を2045年とする目標を掲げている。2021年12月に立ち上がった新政権には、社会民主党(SPD)と自由民主党(FDP)に加え、環境政党の緑の党も名を連ね、気候中立へ向けた取り組みを一層加速させる機運があった。一方で、ロシアのウクライナ侵攻により、ドイツはエネルギー政策の大きな方向転換を強いられている。本稿では、ドイツの電力と一次エネルギー供給の現状や、ウクライナ侵攻によるエネルギー事情の急変の影響を受ける企業の動きを紹介する(2022年9月8日時点の情報で執筆)。
高い再エネ比率だが、化石燃料の割合も多い電力事情
ドイツでは2021年7月に気候保護法を改正し、2045年までの気候中立達成や、産業分野別に排出する温室効果ガス(GHG)の上限に法的拘束力を持たせている(2021年7月6日付ビジネス短信参照)。2022年4月6日には、同法を含む複数のエネルギー政策関連法の改正をまとめた「イースターパッケージ」を閣議決定した。同パッケージには再生可能エネルギー法(EEG)の改正も含まれ、改正により、2030年までに電力消費量の80%(現行:65%)を再生可能エネルギー由来の電力とし、2035年以降は国内で発電・消費する電力はほぼ気候中立とすると、目標を厳格化した(同パッケージに含まれる一連の改正法案は7月に成立)。
こうした野心的な目標を掲げる一方で、実現にはまだ課題が残っている。2021年の電源別の発電量で再エネの割合は39.7%を占める(表参照)。内訳をみると、陸上風力が15.2%で、太陽光8.5%、バイオマス7.6%、洋上風力4.1%と続く。一方で褐炭、石炭、天然ガス、石油といった化石燃料や原子力に頼る部分も大きい。2021年の化石燃料による発電量は全体の44.1%を占めた。原子力は11.7%だった。
電源 | 発電量 | 構成比 | ||||
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2017年 | 2018年 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | 2021年 | |
化石燃料 | 332,800 | 314,900 | 266,300 | 233,900 | 259,400 | 44.1 |
褐炭 | 148,400 | 145,600 | 114,000 | 91,700 | 110,300 | 18.8 |
石炭 | 92,900 | 82,600 | 57,500 | 42,800 | 54,700 | 9.3 |
天然ガス | 86,000 | 81,600 | 90,000 | 94,700 | 89,700 | 15.3 |
石油 | 5,500 | 5,100 | 4,800 | 4,700 | 4,700 | 0.8 |
原子力 | 76,300 | 76,000 | 75,100 | 64,400 | 69,100 | 11.7 |
再生可能エネルギー | 216,300 | 222,400 | 241,200 | 251,100 | 233,600 | 39.7 |
陸上風力 | 88,000 | 90,500 | 101,200 | 104,800 | 89,500 | 15.2 |
太陽光 | 39,400 | 44,300 | 45,200 | 49,500 | 50,000 | 8.5 |
バイオマス | 45,000 | 44,600 | 44,300 | 45,100 | 44,800 | 7.6 |
洋上風力 | 17,700 | 19,500 | 24,700 | 27,300 | 24,400 | 4.1 |
水力 | 20,200 | 17,200 | 19,700 | 18,300 | 19,100 | 3.2 |
廃棄物 | 6,000 | 6,200 | 5,800 | 5,800 | 5,600 | 1.0 |
地熱 | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 | 0.0 |
その他 | 27,500 | 27,300 | 25,400 | 24,800 | 26,000 | 4.4 |
合計 | 652,900 | 640,600 | 608,000 | 574,200 | 588,100 | 100 |
注:端数処理上、合計は必ずしも一致しない。
出所:エネルギーバランスに関するワーキンググループの発表資料を基にジェトロ作成
ドイツは脱炭素を目指す一環として、2020年8月には脱石炭法を施行。遅くとも2038年までに石炭・褐炭火力発電所を全廃するとして、補償や廃止のための入札を行い、段階的な脱却を図っているところだ(2021年7月19日付地域・分析レポート参照)。なお、現政権は2021年11月に発表した連立協定書の中で、全廃の時期を「理想的には2030年」と前倒しを表明している。また、原子力発電所は国内で3基が稼働中だ(図参照)。この3基については、2022年末までに停止することが原子力法で定められており、3基が停止すれば国内で稼働する原子力発電所はゼロとなる。
石炭・褐炭火力発電所と原子力発電所の扱い変更に注目が集まる
一方で、ウクライナ侵攻の影響で国内では新たな動きがみられる。発電分野での天然ガスの消費節約のため、停止中の石炭火力発電所と褐炭火力発電所の再稼働のための法改正を進めた。石炭火力発電は2022年7月14日から2023年4月末まで稼働することを政令で定め、褐炭火力発電は10月1日以降の再稼働で調整中だ。例えば、石炭火力発電所については、8月1日および8月29日から、停止していた石炭火力発電所2基が第1弾として再稼働している。
原子力発電については、経済・気候保護省が9月5日、2022年末に停止予定の3基のうち「ネッカーベストハイム2」と「イーザル2」の2基を2023年4月中旬まで緊急時の予備電源として活用する方針を示した。2022年内には廃止せず、期間限定で必要に応じて稼働させる構えだ。ドイツの複数メディアは、「イーザル2」の運営事業者であるエネルギー大手エーオンと同社子会社のプロイセン・エレクトラは、同省が想定している稼働は不可能だとしたと報道している。当面は関係者間で調整を要しそうだ。なお、公共放送ARDが8月4日に発表したアンケート調査結果(回答者1,313人)によると、41%が原子力発電の数カ月間の短期的な稼働延長を、41%が長期的な利用を支持した。
一次エネルギーをロシアに頼る現状があらわに
ドイツの2021年のエネルギー自給率は29.0%。1990年の41.8%から低下している。理由としては、過去30年間で一次エネルギー生産量のうち、再エネは増えたが、それ以上に石炭や褐炭が減少したことが考えられる。国内で消費するエネルギーの約7割を輸入に頼るドイツだが、輸入に頼らない国内生産の一次エネルギーは主に褐炭と再エネだ。他の主な化石燃料の輸入依存度は、2021年時点で原油95%以上、天然ガス89%。石炭については100%だ。これらの資源をロシアからの輸入に頼る割合が大きい。2021年のエネルギー輸入量は約1万2,500ペタジュールで、内訳は、天然ガスが44%(うちロシア産が55%)、原油が27%(同34%)、石炭が9%(同50%)だった。
経済・気候保護省は2022年3月以降、エネルギー安全保障の進捗報告書を発表し、ロシア産エネルギー依存度の引き下げの進捗を発表している。同報告書ではロシア産エネルギーの依存度について、石炭は2022年秋までに、石油は2022年末までに0%にするとしている。天然ガスは2022年末までに30%、2024年の夏までに10%まで下げるとしている。
天然ガスをめぐる課題と政府が実施した対応措置
天然ガスの備蓄と節約
ロシア依存からの脱却に時間を要する天然ガスは、2021年の発電量の15.3%を占めている。また、天然ガスは産業界での製造工程や家庭・小売店などの暖房で必要不可欠だ。このような状況の中、2022年6月以降、ロシアからのガス供給の主要パイプライン「ノルドストリーム1」からの供給量が最大供給可能容量の40%まで減少。7月11日から21日までは定期検査のため供給が止まり、再開後は20%にとどまる状況が続いた。8月31日から9月2日まで再検査のために供給が再び止まり、9月2日以降も供給は止まったままだ。一方、ドイツ国内のガス貯蔵率は例年よりも多く、9月6日時点で86%超だ。7月29日に施行した改正ガス貯蔵法により、10月1日までに85%、11月1日までに95%の貯蔵率の目標達成が義務づけられており、10月の目標は9月2日に前倒しで達成した。
また、エネルギーの安定供給の確保などに向け、8月24日には省エネに関する政令を閣議決定、今冬の暖房用ガス消費の節約を図る。9月1日から、一般住宅で賃貸借契約上で定めた一定の室温維持の義務付けが一時的に免除された。このほか、これまでオフィスの最低室温の推奨温度を20度にしていたが、19度とした。建築物やモニュメントのライトアップは禁止、電光看板の広告は午後10時~翌日午後4時まで禁止になった。
天然ガス価格高騰の影響で経営悪化の企業を救済
ロシアからの天然ガス供給削減により大きく影響を受けるエネルギー企業も存在する。エネルギー大手ユニパーは7月8日、連邦政府に救済措置を申請した。ロシアからのガス輸入減に伴い、代替ガスの調達に追加費用がかかり、財務状況が悪化していたことが要因だ。同社からの救済措置申請を受け、政府は7月22日、同社への支援内容を発表した。ドイツ復興金融公庫(KfW)の与信枠をそれまでの20億ユーロから90億ユーロに引き上げ、約2億6,700万ユーロを投じ同社の株式の30%を購入する。また、政府が同社の監査役会に監査役として加わり、同社取締役への報酬の制限や株主への配当禁止も行う。一方、天然ガスの調達費用は過去1年間で6倍以上に上昇し、ここにきて1メガワット時(MWh)300ユーロを超えたこともあった。ユニパーの1日当たりの損失は1億ユーロをはるかに超えるという。加えて、同社は8月29日、90億ユーロのKfWの与信枠を完全に使い切ったため、追加で40億ユーロの引き上げを申請した。
ガス価格への賦課金導入
ユニパーなど一部のガス輸入事業者の業績悪化や、経営破綻によるガス供給の停止や倒産の連鎖の原因となる可能性を踏まえ、政府は8月8日、ガス価格へ賦課金制度を10月1日から導入する政令を公布、翌9日から施行した(2022年8月24日付ビジネス短信参照)。ガス供給の逼迫により影響を受けている12社のガス輸入事業者は、追加でかかっている調達費用の総額の90%が340億ユーロだとした。これを基に、トレーディング・ハブ・ヨーロッパ(THE、注1)が賦課金額を算出、ガス1キロワット時(kWh)当たり0.02419ユーロになるとしている。一方、12社の中には倒産する恐れのない企業も存在し、ロベルト・ハーベック経済・気候保護相は多くの批判にさらされている。これを受け、同大臣はガス輸入事業者からの請求条件を変更する予定だと表明した。
ロシア産ガス依存脱却に向け、LNG調達とインフラ整備を加速
このような状況の中で、喫緊かつ長期的な対応が必要な最大の課題は、ガスの調達先の多様化だ。調達先の多様化に向けては、ドイツの天然ガス輸入はパイプライン経由が主なため、液化天然ガス(LNG)の輸入を進めるべく、インフラ整備を進めている。国内にはこれまでLNGを輸入し再ガス化するLNGターミナルといった設備がなかった。そのため、政府は合計5隻の浮体式LNG貯蔵・再ガス化設備(FSRU、注2)を北部に設置、民間コンソーシアムが主体となってFSRU1隻を設置することも決めた。FSRUは2022年末以降、順次稼働予定だ(2022年9月13日付ビジネス短信参照)。供給元との調整については、例えば、2022年3月20日にはハーベック経済・気候保護相自らアラブ首長国連邦(UAE)とカタールを訪問し、5月20日にはカタールとLNG供給を含むエネルギーパートナーシップに調印した。民間レベルでも進捗があり、エネルギー大手RWE子会社のRWEサプライ・アンド・トレーディングは5月25日、米国のセンプラ・インフラストラクチャーと15年間にわたるLNG購入(年間225万トン)の基本合意書を締結したと発表した。さらに、エネルギー大手EnBWは6月21日、米国のベンチャー・グローバルLNGとの長期売買契約締結を発表。2026年以降20年間にわたり年間150万トンのLNGを購入する。
これまではロシア産エネルギーに頼ってきたドイツだが、ウクライナ侵攻の影響により大きく方向転換をしている。脱炭素のスケジュールの変更はまだないが、気候保護の目標達成、産業界の競争力維持、負担が増える消費者への軽減策、有望な次世代エネルギーである水素の活用(2020年9月9日付地域・分析レポート参照)など、ショルツ政権の手腕が問われる状況が続く。
- 注1:
- ドイツ国内の全てのガスパイプライン事業者11社が2021年6月に共同で設立した法人。
- 注2:
- Floating Storage and Regasification Unitの略。陸上にLNG基地をつくらず、貯蔵・再ガス化設備を加えた専用船を洋上に係留する。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・デュッセルドルフ事務所 ディレクター
作山 直樹(さくやま なおき) - 2011年、ジェトロ入構。国内事務所運営課、ジェトロ金沢、ジェトロ・ワルシャワ事務所、企画課、新産業開発課を経て現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
ベアナデット・マイヤー - 2017年よりジェトロ・デュッセルドルフ事務所で調査および農水事業を担当。