特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州エネルギー価格高騰、政府は世帯・企業向け支援を投入(チェコ)
2022年11月21日
チェコの電源構成は石炭と原子力が中心であるが、将来的には原子力と再生可能エネルギーを拡大する意向だ。エネルギー自給率は、石炭の採掘縮小に伴い年々低下している。一方で原油や天然ガスの輸入依存度が高く、原油は50%、ガスは100%をロシアに依存している。政府はロシア産エネルギーへの依存度の低下を図る一方で、足元のエネルギー価格高騰への支援を打ち出している。なお、本レポートの内容は、2022年8月19日時点の情報に基づく(注)。
2020年の電源構成は石炭40%、原子力37%
チェコでは2021年10月の下院選挙の結果、市民民主党を筆頭とする中道右派の5党連立政権が成立した。ペトル・フィアラ首相が率いる新内閣は2022年1月、2023年末までに国家エネルギー政策をEUの政策目標を踏まえたものに更新するとした。
現行の国家エネルギー政策(チェコ語) は、2015年に当時の中道左派政権が作成したもので、温室効果ガス(GHG)の排出を2030年までに1990年比で40%削減することを目標にしており、EUが2021年に発表した、最低55%の削減達成のための政策パッケージ「Fit for 55」は反映されていない。なお、現行の政策では、2040年までにエネルギー自給率を80%に引き上げることを目標に掲げており、電源構成については以下を目指すとしている。
2040年の電源構成目標(総発電量に対する割合)
- 原子力:46~58%
- 再生可能エネルギー源:18~25%
- 天然ガス:5~15%
- 褐炭・石炭:11~21%
国際エネルギー機関(IEA)のデータによると、電源構成の近年における実績は表のとおりとなっている。主な電源は石炭(2020年の構成比40.1%)、原子力(同36.9%)で、発電量・構成比ともに、石炭は減少傾向、原子力は拡大傾向にある。再生可能エネルギーの割合も徐々に高まりつつあるが、構成比は10%程度にとどまっている。
電源 | 発電量 | 構成比 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
2017年 | 2018年 | 2019年 | 2020年 | 2020年 | ||
化石エネルギー | 天然ガス | 3,679 | 3,750 | 5,791 | 6,834 | 8.4 |
石炭 | 43,925 | 43,571 | 39,449 | 32,686 | 40.1 | |
石油 | 119 | 108 | 118 | 84 | 0.1 | |
その他 | 103 | 125 | 124 | 118 | 0.1 | |
原子力 | 28,340 | 29,921 | 30,246 | 30,043 | 36.9 | |
水力 | 3,040 | 2,679 | 3,175 | 3,437 | 4.2 | |
再生可能エネルギー | 太陽光 | 2,193 | 2,359 | 2,312 | 2,235 | 2.7 |
陸上風力 | 591 | 609 | 700 | 699 | 0.9 | |
洋上風力 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.0 | |
バイオ燃料・廃棄物 | 5,059 | 4,909 | 5,117 | 5,307 | 6.5 | |
合計 | 87,049 | 88,031 | 87,032 | 81,443 | 100.0 |
出所:国際エネルギー機関(IEA)ウェブページ「Electricity」(2022年8月1日アクセス)のデータを基にジェトロ作成
チェコのエネルギー自給率をみると、1970年代後半は90%を超えていたが、徐々に低下し、2020年には59%となった(図1参照)。特に2010年(71%)から2020年の間に12ポイントも減少した。これは主として最大のエネルギー源である石炭の採掘が減少し、輸入が増大したためと考えられる。
原油の50%、天然ガスの100%をロシアに依存
2010~2020年におけるチェコの燃料別輸入依存度をみると、最大のエネルギー源である石炭は、輸入依存度が2010年のマイナス15.4%から2020年には13.1%へと増加した(図2参照)。
各燃料の輸入先(2020年)をみると、石炭のうち最も発電利用量の多い褐炭は、ポーランドが69.88%、ドイツが30.10%を占めた(図3参照)。
原油に関しては、ロシアが約5割、アゼルバイジャンが約2割、米国とカザフスタンが各1割前後を占めた(図4参照)。そのほか、ノルウェー、サウジアラビア、ナイジェリア、アルジェリアからも輸入している。内陸国であるチェコは原油をパイプライン経由で輸入。ロシアを起点としてベラルーシ・ウクライナ・スロバキアを経由するパイプライン「ドルージュバ」と、イタリアを起点とするパイプライン「TAL」にドイツで接続しているパイプライン「IKL」を介して輸入している。
天然ガスに関しては、2020年は全量をロシアからの輸入に依存している状態だ。ノルウェーから輸入する年もあるが、2015年以降その割合は1%未満にとどまっている。
価格高騰により電気・ガス会社の経営破綻も
これまでチェコのエネルギー価格は比較的安定しており、価格上昇率(前年同月比)は2021年12月まで低い水準を保っていた。2021年下半期におけるチェコの世帯向け平均電気代[年間使用料が2,500~5,000キロワット時(kWh)の場合、諸税込み]は、1kWh当たり0.1883ユーロで、EU平均を2割下回っていた。しかし2022年1月以降は同価格が高騰し、6月には40.0%に達して、EUと同程度の上昇率を記録した(図5参照)。
エネルギー価格高騰の影響は、すでに2021年第4四半期に表面化していた。同年10月には、電力・ガス小売りのボヘミア・エネジーが、エネルギーの卸売り価格急騰のため経営破綻に陥った。同社の顧客数は世帯、企業合わせて約90万で、これに前後して経営破綻した同業企業の中では最大規模であった。チェコではエネルギー法に従って、エネルギー供給企業が破綻した場合、エネルギー供給が途切れることのないよう顧客が別の会社と契約を結ぶまでの期間は「サプライヤー・オブ・ラスト・リゾート(Supplier of last resort, dodavatel poslední instance=DPI)」にあらかじめ指定されている最大手会社(電力、ガスそれぞれ3社)が一時的に顧客を引き取る。その際にDPIが設定する電力・ガスの小売価格には制約がなく、DPIの裁量で設定することができるため、DPIとの新規契約を余儀なくされた顧客に対する小売価格が割高に設定され、社会問題となった。そのため、政府はエネルギー法を改正し、必要に応じて国家機関であるエネルギー統制局がDPIの価格に上限を設けることを可能とした。同法は2022年6月27日に施行された。
政府は計7,600億コルナの支援策を実施・準備
政府はこのほか、世帯および企業の負担軽減のため、段階的に減税・免税あるいは補助金支給などの対策を講じてきた。うち減税・免税措置は以下のとおり。
- 自動車燃料(ガソリン、軽油)にかかる物品税を6月1日から9月30日までの期間、1リットル当たり1.5コルナ(約9円、1コルナ=約6.0円)を引き下げ。
- 業務用自動車に課される道路税を、乗用車、および12トン以下の車両につき撤廃(2022年分以降)。
なお、自動車燃料に関しては7月1日付で、バイオ要素の混合義務を撤廃した。これにより政府は、軽油価格1リットル当たり1.5~2コルナを引き下げられると見込んでいる。
また、補助金制度としては、8月に特別児童手当(1人当たり5,000コルナ)の支給を開始した。これは年間世帯収入が100万コルナ以下で、かつ2004年8月2日以降に生まれた子供を持つ世帯が対象である。
この他、住宅補助金、年金の引き上げなどを含め、一連のエネルギーなどの物価上昇対策の国家負担総額は、免税・減税による減収も加味すると、約1,000億コルナにのぼる、と政府は見積もっている。
政府はさらに、6,600億コルナ相当の支援策の枠組みを承認した。どちらも電気料金引き下げを目標としたもので、1つは世帯・企業向けの電気料金にかかる再生可能エネルギー発電促進賦課金の撤廃を定めたもの。フィアラ首相は6月22日の特別演説の中で、秋以降の世帯向け電気料金は1メガワット時(MWh)当たり最大600コルナが引き下げられる、と述べた。もう1つは、世帯の電気とガスの料金に関して特別な「節約料金体系」の導入だ。具体的な料金は、内閣が政令で定める。
こうした政府の支援策に関して、産業界は、企業より世帯を優先しているとして不満を表明している。産業連盟は、エネルギー価格高騰による影響を最も顕著に受けている産業部門を支援する必要があると強調、同連盟のヤロスラフ・ハナーク会長は「何カ月もの交渉、待機の結果、政府が企業を支援しないとのシグナルを発すれば、こうした企業は非常に困難な状況に陥り、ドイツなどEUの短期的な緊急措置(2022年3月11日付ビジネス短信参照)の枠組みにおける支援を導入している近隣諸国の企業に対して競争力の面で不利な立場に立たされる恐れがある」と警告している。
- 注:
- 最新の情報はビジネス短信(2022年11月8日付ビジネス短信参照)で確認できる。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・プラハ事務所
中川 圭子(なかがわ けいこ) - 1995年よりジェトロ・プラハ事務所で調査、総務を担当。