特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州長引く価格高騰の現状(英国)
エネルギー危機、政府の手腕はいかに(1)
2022年10月5日
英国では、2021年9月ごろからエネルギー価格が高騰した。その原因としては、(1)新型コロナウイルス感染がある程度収束し、ガス需要が喚起されたこと、(2)ガスの備蓄が少なくガス市場がタイトとなったこと、(3)新型コロナ禍で重要な保守計画が延期されたこと、などが考えられる。
本稿では、2022年8月下旬時点の情報に基づき、現在の英国のエネルギー供給状況を踏まえ、長引くエネルギー価格高騰、さらに、ロシアのウクライナ侵攻の影響について解説する。
英国のエネルギー供給の現状
英国で、脱炭素の動きが加速している。この背景には、2021年の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の開催国だったこともある。政府が2022年6月14日に更新した統計資料によると、2021年までの主な再生可能エネルギー(以下、再エネ)の設備導入容量は、陸上風力が14.5ギガワット(GW)、太陽光14.0GW、洋上風力11.3GWまで伸びた。
一方で、2021年の年間総発電電力量に占める再エネの割合は、39.6%と低迷した(表参照)。政府の2022年3月31日の発表(4.22MB)によると、天候不順が響いた。具体的には、2月を除くすべての月で風速が平均以下になり、風力の発電電力量が前年比14%減と落ち込んだのが大きい。こうしたことを受けて、再エネによる2021年の発電電力量は、前年比9.3%減。122.2テラワット時(TWh)になった。
同時に、原子力の2021年の発電電力量も、前年比8.7%減の45.9TWh。1982年以来最低の水準だ。これは、2021年6月にタンジネスB発電所が閉鎖されたことを受けた結果だ。
これらの結果、低炭素電源(再エネと原子力)が2021年の総発電電力量に占める割合は、54.5%になった。前年から、4.8ポイント減になる。逆に、2021年の化石燃料による発電電力量は、11.0%増の131.4TWh。より細かく発電源別に見ると、ガス火力が10.5%増、石炭火力が18.6%増だった。
電源 |
2017年 発電量 |
2018年 発電量 |
2019年 発電量 |
2020年 発電量 |
2021年 | ||
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発電量 | 構成比 | ||||||
化石エネルギー | ガス | 136,746 | 131,490 | 131,985 | 111,421 | 123,173 | 39.9 |
石炭 | 22,530 | 16,832 | 6,915 | 5,491 | 6,515 | 2.1 | |
石油 | 1,615 | 1,065 | 1,847 | 1,543 | 1,751 | 0.6 | |
原子力 | 70,336 | 65,064 | 56,184 | 50,278 | 45,904 | 14.9 | |
揚水 | 2,872 | 2,498 | 1,756 | 1,539 | 1,894 | 0.6 | |
再生可能エネルギー | 水力 | 5,882 | 5,443 | 5,933 | 6,865 | 5,496 | 1.8 |
太陽光 | 11,457 | 12,668 | 12,418 | 12,903 | 12,138 | 3.9 | |
陸上風力 | 28,725 | 30,383 | 31,860 | 34,934 | 29,153 | 9.4 | |
洋上風力 | 20,916 | 26,525 | 31,975 | 40,681 | 35,509 | 11.5 | |
バイオエネルギー | 31,894 | 34,967 | 37,382 | 39,347 | 39,877 | 12.9 | |
潮力・波力 | 4 | 9 | 14 | 11 | 5 | 0.0 | |
その他 | 5,220 | 5,779 | 5,593 | 7,247 | 7,244 | 2.3 | |
合 計 | 338,197 | 332,723 | 323,863 | 312,260 | 308,659 | 100.0 |
出所:英国政府資料を基にジェトロ作成
既存の原子力発電所は、閉鎖の動きが目立つ。2021年のタンジネスB発電所閉鎖後も、2022年1月にはハンターストンB発電所を閉鎖した。
残る国内原子力発電所は6カ所(11基)で、その全てを運用するのがEDFエナジーだ。同社によると、今後も老朽化などにより閉鎖が続く。2030年までに5箇所(各2基、計10基)が閉鎖される予定だ。具体的には、2022年7月にヒンクリーポイントB発電所、2024年3月にヘイシャム1発電所とハートプール発電所、2028年にヘイシャム2発電所とトーネス発電所だ(図1参照)。
閉鎖の動きがあるのは原子力だけではない。政府は2021年6月、国内の石炭火力を2024年10月までに廃止する方針を発表した。現時点で残存する石炭火力発電所のうち、北アイルランドにあるキルルート発電所(注1)は2023年中に廃止を予定。また、イングランドにあるラトクリフ・オン・ソア発電所(注2)は、2024年9月までに廃止予定になっている。
一方、ヨークシャー発電所(注3)と、ウエストバートンA発電所(注4)は、当初2022年9月に廃止予定とされていた。しかし、今冬にかけてのエネルギー安全保障強化のため、英国政府の要請を受けて石炭火力の稼働を一時的に延長することで落ち着いた。緊急的措置として、2023年3月まで稼働が延長される。
コロナ禍後の需要増に伴い、エネルギー価格高騰
英国では、2021年夏ごろからガス需要が増加し、その価格が高騰した。(1)新型コロナ禍に伴う制限が緩和され、経済活動が再開したことに加え、(2) 2020年に寒い冬と重なったことでガス備蓄が少なく、ガス市場がタイトとなったこと、(3)新型コロナ禍で2020年に予定されていた重要な保守計画が延期され、2021年の計画と重なったこと、などがその要因だ(2021年11月11日付地域・分析レポート参照)。
また、ガス価格上昇は、電力価格の高騰も引き起こした(図2参照)。
この影響で、国内のエネルギー小売事業者(以下、小売事業者)の経営破綻が相次いだ(2021年11月26日付ビジネス短信参照)。2021年1月から2022年7月までに、一時的に国の管理下で経営を継続しているバルブ・エナジーを含め32社が経営破綻し、約442万軒(非家庭用を含む)の顧客に影響が出た。
ガス価格高騰を受け、クワシ・クワルテング・ビジネス・エネルギー・産業戦略(BEIS)相は2021年9月、議会で声明。その中で、「消費者保護が第一」と表明した上で、次の3原則を強調した。
- 政府が経営危機に陥った企業を救済することはない。
- 消費者、特に最も弱い立場にある人を価格の高騰から保護しなければならない。
- エネルギー市場の競争が失われ、大手数社の寡占状態に戻ることがあってはならない。
一方で、ガス価格高騰を受けて英国のガス・電力市場局(Ofgem)は、2022年4月1日からの「エネルギー価格上限(energy price cap)」を54.3%引き上げた。これにより、家庭でガス・電気を標準的に使用した場合、年間で最大1,971ポンド支払う計算になっていた。8月26日には、10月1日からこれをさらに80.1%も引き上げると発表した。標準的な家庭での年間支払い額は、最大3,549ポンド(約57万8,500円、1ポンド=約163円)に跳ね上がることになる(注5)。
ロシアの侵攻がエネルギー安全保障に及ぼす影響は
これまで見たとおり、英国では2021年9月頃からガス価格上昇が収まらない状況が続いていた。そうした中、2022年2月24日に、ロシアがウクライナを侵攻。世界的な価格高騰を招いた。ガス価格をめぐるこの状況は、長引くと予想されている。政府は2月25日、ロシアのウクライナ侵攻が英国のエネルギー安全保障に与える影響について、ファクトシートを公表した。
この中で、「英国が直面している問題は、ガスの安定供給ではなく、国際的なガス価格の高騰」と指摘。欧州各国と異なり、英国はロシアのガス供給に依存していないことを示した。さらに、以下についても言及した。
- 英国にとって最大のガス供給源は、英国大陸棚。
- 輸入される大部分のガスは、ノルウェーなど、信頼できる国の供給元が相手になっている。
- 英国は、ノルウェーの大陸棚からのガスパイプラインを持つ。加えて、欧州大陸ともガスパイプラインを相互接続し、3つの液化天然ガス(LNG)ターミナルがある。
- 英国は、原油・石油製品の重要な生産国。ディーゼルは、国内生産のほか、オランダ、サウジアラビア、米国など信頼できる多様な供給元からの輸入で充足されている。
- 石油供給が大きく混乱することを想定し、備蓄で備えてきた。
また、価格高騰の長期的な解決策として、(1)ガスからの脱却と(2)新たな原子力発電所の必要性に言及したことも注目に値する。(1)は、ガス価格が再エネよりも高価であるというのが理由だ。また(2)は、天候不順により再エネで発電できない場合の備えのためだ。いずれにせよ、英国では、ここで触れたとおりエネルギー安全保障の方向性が示されたかたちだ。
エネルギーのロシア依存を断ち切る動き
国際エネルギー機関(IEA)によると、英国のエネルギー自給率は、2020年は75%になっている。ここで、英国が自給できないエネルギーの現状を確認するため、輸入について読み取ってみる。まず英国が2021年に輸入したエネルギー資源の国別構成比は、図3の通りだ。
このうち電力については、フランスからが50%以上を占める。近年は、輸入超過になることが多い傾向が見受けられる。ちなみに英国は、フランス、オランダ、アイルランド、ベルギー、ノルウェーとの間で、合計容量6GWの国際連系線を有する。2021年には、フランスとの連系線(IFA2)とノルウェーとの連系線(ノースシーリンク)が新たに運転を開始した。
天然ガスは、ガスパイプラインを経由したノルウェーからの輸入が大きな比重を占めている。なお、オランダ、ベルギーとの間でもパイプラインで接続している。船舶によるLNG輸入を含めたガスの総輸入〔気化体積(立方メートル)で計上〕に占める国別割合として、ロシアの構成比は2021年時点で6.1%だった。
ロシアは2021年時点で、石油・石油製品については第3位、石炭に至っては首位の輸入相手国になっていた。これに対し、ロシアによるウクライナ侵攻後の3月8日、政府はロシアからの石油の輸入を2022年末までに段階的に停止すると発表。さらに4月6日には、(1)ロシアからの石炭の輸入を2022年末までに停止すること、(2)その後できるだけ早い段階で、ガスの輸入も停止すること、を発表した。 脱ロシアの動きは、石油大手企業にもみられる。
- BPは2月27日、ロシア大手のロスネフチの株式(19.75%)を売却予定とした。加えて、同社との合弁事業なども解消する方針を発表している。
- シェルも2月28日、ロシア国営石油大手ガスプロムとの合弁を解消する考えを表明した。また、ロシア極東の石油・天然ガス複合化発プロジェクト「サハリン2」からの撤退も表明。天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」への関与も終了する考えを示した。
さらに、3月8日には、ロシアの原油、石油製品、ガス、LNGへの関与を段階的に終了すると発表。まず、ロシア産原油のスポット購入を停止するほか、ロシアでのガソリンスタンド、航空燃料、潤滑油の業務も閉鎖する。同社は5月25日、ロシアの小売事業と潤滑油事業をロシアの石油大手ルクオイルに売却したことを発表している。また、「サハリン2」については、株式売却のため、インドのエネルギー会社のコンソーシアムと交渉中であると報じられている(5月26日付「ロイター」紙)。
このように、英国では、エネルギー安全保障の観点も踏まえて、エネルギーのロシア依存を払拭(ふっしょく)する動きが進んでいる。
- 注1:
- キルルート発電所は、チェコの企業EPHが運営している。
- 注2:
- ラトクリフ・オン・ソア発電所は、ドイツのユニパ―が運営。
- 注3:
- ヨークシャー発電所は、地場発電大手のドラックスが運営。
- 注4:
- ウエストバートンA発電所は、EDFエナジーが運営している。なお、EDFエナジーは、フランスのエネルギー大手EDFの英子会社。
- 注5:
- その後、9月8日に家庭向けの上限価格を10月以降2年間に渡り引き下げる「エネルギー価格保証( Energy Price Guarantee)」を発表(2022年9月9日付ビジネス短信参照)。
エネルギー危機、政府の手腕はいかに
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所(執筆当時)
宮口 祐貴(みやぐち ゆうき) - 2012年東北電力入社。2019年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て2020年8月からジェトロ・ロンドン事務所勤務。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所
菅野 真(かんの まこと) - 2010年、東北電力入社。2021年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て、2022年6月から現職。