特集:アジア大洋州で加速する電気自動車の普及の取り組みEVに優しい街づくりから製造拠点の誘致まで、政府主導で普及拡大へ(シンガポール)

2022年3月29日

シンガポールで2021年に新規登録された電気自動車(EV)は、前年と比較して17倍に増加し、街の中ではEVを目にすることが増えている。政府は2040年までにガソリン車やディーゼル燃料車を段階的に廃止する一方、EVに代表されるような環境に優しい車の普及を拡大していく方針だ。そのために、EV購入のインセンティブの導入や、EVメーカーの製造拠点の誘致、公団住宅の駐車場へのEV充電スタンドの設置など、EVの普及拡大のための環境整備を進めている。

テスラが牽引、2021年のEV新規登録

シンガポール陸運庁(LTA)の統計(2022年1月発表)によると、2021年に新規登録されたEVは1,740台と、2020年の100台から大きく増加した。このEVの増加を牽引したのが、米国のEVメーカー、テスラだ(表参照)。テスラは、2021年2月にシンガポールのオンライン販売サイトを開設し、同年7月から購入者への納車を開始した。EVだけでなく、ガソリン車を含めた2021年のメーカー別新車登録台数で、テスラは上位10位入りを果たした。国内を走るEVは、2021年時点で合計2,942台(ハイブリッド車を除く)と、シンガポールの全乗用車台数(64万5,150台)の1%未満にとどまっているが、顕著な伸びがみられる。

表:2020 ~21年のメーカー・ブランド別EV新規登録車台数 (単位:台、倍)
メーカー/ブランド 2020年 2021年 前年比
(倍)
テスラ 20 924 46.2
ポルシェ 3 129 43.0
MG 34 129 3.8
BMW 4 121 30.3
現代自動車 7 108 15.4
BYD(比亜迪汽車) 3 89 29.7
アウディ 4 65 16.3
MINI 6 39 6.5
ブルーカー 0 30 全増
日産自動車 5 22 4.4
ホンダ 0 19 全増
メルセデスベンツ 0 17 全増
起亜自動車 1 13 13.0
トヨタ自動車 0 10 全増
ポールスター(ボルボ) 0 10 全増
ジャガー 10 8 0.8
フォルクスワーゲン 0 5 全増
ルノー 3 2 0.7
合計 100 1,740 17.4

出所:陸運庁(LTA)、ストレーツ・タイムズ2月18日付

環境に優しい技術として最も有望なEVを促進

政府は、2021年2月に発表した環境行動計画「シンガポール・グリーンプラン2030」で、2040年までにガソリンやディーゼル燃料の内燃機関車(ICE)を段階的に廃止して、環境に優しい車に転換する方針を打ち出した(2021年4月28日付地域・分析レポート参照)。LTAは、シンガポールの火力発電に用いられる化石燃料の大半が、原油よりクリーンな天然ガスであることから、シンガポールの軽乗用車を全てEV化した場合、同国の二酸化炭素(CO2)排出総量の約4%(150万~200万トン)を削減できるとしている。さらに、同庁はホームページの中で、「(シンガポールの)電力の大半が天然ガスで発電されていることから、ICEからEVへと転換することにより(環境の負荷がなく)持続可能だ」と指摘している。

テスラの人気EVモデル「モデル3[総電力量50キロワット時(kWh)]」の自動車所有権証書(COE、注1)を含まない販売価格は、11万3,245シンガポール・ドル(約951万円、Sドル、1Sドル=約84円)だが、EVは現段階では、ガソリン車と比べて高価格なのが実態だ。例えば、ドイツの自動車メーカー、BMWのEV「iEX」の場合、29万1,888Sドル(COEを含まず、注2)で、同サイズのガソリン車BMW「X1」の22万1,888Sドルと比べると割高である。

一方で、政府はEV普及拡大に向けて、購入を促すためのインセンティブを矢継ぎ早に打ち出しており、ガソリン車とEVの価格差が縮小されつつある。2021年1月に、EVを対象に追加登録料(ARF、注3)の45%(2万Sドルを上限)を払い戻す「EV早期採用インセンティブ(EEAI、期限:2023年末まで)」を導入した。また、2018年から導入された「乗用車排出スキーム(VES)」による、低排出ガス車の購入に対する払い戻し額の増額(VESの強化版、2万5,000Sドルを上限)も同時に開始した。EEAIとVESの強化版を適用すれば、最大4万5,000Sドルが購入費から差し引かれる。さらに、政府は2022年1月1日から、EVに対する道路税を改定した。シンガポールEV協会(EVAS)によると、この改定により、総電力量90~230キロワットのEVに課される道路税が最大34%削減されることになる。

現代自動車のEV実験プラント、2022年末までに完成へ

一方、EVの製造も、シンガポールで計画されている。現代自動車は2020年10月13日、ジュロン・イノベーション地区(JID)に建設する「現代自動車イノベーションセンター・シンガポール(HMGICS)」の着工式を、リー・シェンロン首相を招いて行った。同センターの敷地(約4万4,000平方メートル)では、人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)などの最新の技術を活用する、EVの小型工場となる(2022年2月24日時点)。この小型工場では、消費者の要望に応じてEVを生産する、新たな製造モデルの実証実験が計画されている。HMGICSは2022年末までに完成する予定で、2025年までに3万台のEVを生産する計画だ。EV製造拠点としては、英国家電大手のダイソンが2018年10月に、いったんシンガポールでの生産計画を発表したが、2019年10月に計画の停止を発表した経緯もある(2019年10月25日付ビジネス短信参照)。

HMGICSでのEVの生産が本格軌道に乗れば、1980年以降初めて、シンガポールで自動車の生産が行われることになる。現代自動車は2021年9月25日、同社のシンガポール販売店のコモコ・モーターズや地場電力会社SPグループと共同で、EVに関する実証プログラムを開始すると発表した。実証プログラムには、現代自動車のEVを所有する50人が参加する。参加者は、SPグループが運営するEVの高速充電スタンドを定額で利用できるほか、車両のメンテナンスなども利用できる。このプログラムを通じて、現代自動車は、シンガポールにおけるEVの新たな販売モデルや、利用にあたっての課題を見いだしていく考えだ。


建設中の現代自動車イノベーションセンター・シンガポール(HMGICS)
(ジェトロ撮影 2022年2月19日)

この他、政府は上掲のシンガポール・グリーンプランで、EV充電スタンドを2030年までに6万カ所設置する目標も設定した。2021年末時点のシンガポールの充電スタンドは、2,200カ所にとどまる(2022年2月10日付ビジネス短信参照)。ローレンス・ウォン財務相は2022年度の政府予算案(2022年2月18日発表)の説明の中で、「われわれが住んでいる場所により近い場所に充電スタンドを設置して、EVの普及を促していきたい」と述べた。同国では、国民の8割以上が公団住宅(HDBフラット)に居住することから、公団住宅の駐車場での充電スタンドの整備拡大が求められている。政府は2025年までに、全ての公団住宅区の約2,000カ所の駐車場に充電スタンドを設置して、「EV対応タウン(EV-Ready Town)」とする計画だ。政府は、EVが利用しやすい街づくりを推進することで、EVの普及拡大に取り組んでいる。


注1:
シンガポールでは、自動車購入の際に自動車所有権証書(COE)の取得を義務付けている。COE価格は毎月2回の入札で決定される。COEの有効期限は10年間。
注2:
シンガポールの自動車情報サイト「SGCARMART.COM」掲載の価格(2022年2月24日時点)。
注3:
追加登録税(ARF)は、車両を新規登録する際にCOEや道路税などと併せて課す車両関連の税金の1つ。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。