特集:アジア大洋州で加速する電気自動車の普及の取り組み電気自動車の普及で製造業振興と環境対策を狙うインド

2022年3月25日

電気自動車(EV)の普及政策を積極的に推し進めるインド政府。その背景には、国内製造業の振興や環境対策の推進を図りたいインド政府の思惑があると考えられる。現状、インドにおける電気車両の普及は自動三輪車が中心となっており、乗用車以外のEV需要拡大を狙う日系企業も出てきている。

自動車のEV化にかじを切るインド政府

インドにおいて、国内外の自動車メーカーによる電気自動車を巡る動きが活発化している。地場系では、マヒンドラ&マヒンドラが2020年2月、EV最安値(82万5,000ルピー、約123万7,500円、1ルピー=約1.5円)となる新車種を発表して注目を集めた。タタ・モーターズは2021年10月、EV事業拡大のため、気候変動対策ファンドであるTPGライズ・クライメートなどから最大91億ドルを調達することを明らかにした。また、米国テスラが2021年1月にベンガルールに子会社を設立したことを公表したほか、同年12月に韓国系のヒュンダイ(現代自動車)が2028年までに6車種のEVをインド市場に投入する計画を表明。同じく2021年12月に、起亜も近日中にEV戦略を発表する意向を示した。日系では、国内乗用車市場で約半数のシェアを持つマルチ・スズキが、2025年までにEVをインド市場に投入すると宣言している。

背景にあるのは、インド政府が積極的に推進するEVの普及政策だ。インド政府は2030年までに、乗用車新車販売の3割をEVとする目標を掲げている。目標達成のため、政府は2015年にEV 生産早期普及策FAMEを導入し、2019年4月から第2期(FAME II)のスキームを展開中だ。予算1,000億ルピーが計上されたFAME IIでは、EV購入者に対する補助金給付などを通じた需要喚起のほか、充電ステーション数の拡充や公共バスの電動化支援が図られている。また、EVや燃料電池車(FCEV)の生産工場の新設・拡張計画を策定する企業に対しては、生産連動型優遇策(PLI)の枠組みで、一定の売り上げ増などを要件として補助金を出す政策を打ち出している。

狙いは自動車産業の競争力維持と環境対策

インド政府はなぜ、ここまでEVの推進に力を入れるのだろうか。主な理由としては2つ考えられる。

理由の1つは、インド国内の製造業の中でも重要な位置を占める自動車産業が世界的な転換期を迎えることを見据え、同産業の国際競争力を維持、向上したいためだろう。現在、インドは世界でも5本の指に入る自動車生産国である。2021年は、世界的な半導体不足の影響を受けて生産が計画通り進まなかったものの、年後半の需要の急回復を受けて、乗用車販売台数は前年比26.7%増の308万台(2022年1月22日付ビジネス短信参照)となった。

インド政府は現在、「メイク・イン・インディア」や「自立したインド」のスローガンの下、国内製造業の振興に努めている。インド自動車工業会(SIAM)によれば、国内製造業のGDPの約半分は自動車関連だ。自動車の脱炭素化の動きが世界的な主流となる将来を見据え、その流れに乗り遅れる事態を避けるため、インド政府としてはEVへの投資に先手を打っておきたい思惑がある。前述のPLIでは、既存の自動車メーカー枠とは別に、新規参入枠も設けられており、産業集積を強化したい政府の意向が垣間見える。

もう1つの理由は、インド国内における深刻な環境対策のためだ。インド政府は2070年までのネットゼロの実現を宣言しているが(2021年11月5日付ビジネス短信参照)、特に毎年11月〜翌年2月にかけて、首都ニューデリーを中心とする北部の空気汚染は、世界最悪の水準である。同時期になると、ニューデリーでは空が白濁もしくはやや黄ばんだ色となり、空気の汚染度を示す空気質指数(AQI)が1,000を超える日もある。日本の環境省は、健康を維持する上で望ましいPM2.5の1日平均値を35µg/m3 以下としている。同基準をAQIに換算すると100程度になり、インド北部の空気はこれをはるかに超える基準で汚染されていることになる。


空気汚染のため空が濁る首都ニューデリー(ジェトロ撮影)

例年、当該時期になると、各州政府は学校の閉鎖や建設工事の停止、車両交通規制を一時的に命じるなど、経済、社会活動に支障が出るのが実態だ。空気汚染には複数の要因が絡んでいるといわれるが、都市部で増え続ける自動車からの排気ガスも要因の1つとされ、EVの普及が解決策になり得るのでは、と期待されている。

インド政府は、前述の通り、FAME IIやPLIなどを通じ、生産、販売の両面でEV普及のためのインセンティブを提供している。FAME IIの内容は2021年6月に一部見直され、消費者によるEV購入時の補助額引き上げが図られたほか、対象期間が当初予定から2年間伸び、2024年3月まで延長された。また、2022年2月に発表された2022年度(2022年4月~2023年3月)の国家予算案では、EVや同バッテリーの生産に必要となる材料や部品の関税率引き下げが盛り込まれ、充電ステーションでのバッテリー交換に係る政策を年度内に策定することが宣言された。さらに国内では、州独自のEVの奨励策を発表する州政府も出てきている(2021年6月29日付ビジネス短信2021年7月26日付ビジネス短信参照)。

自動三輪・二輪車中心のEV普及

EVを街中で見かける機会はまだ限定的だが、EV車両の新規登録台数は少しずつ増加傾向にある(図参照)。ただし、このうち普及の中心となっているのは自動三輪・二輪車だ。インド各都市では、自動三輪車は「オートリキシャ」と呼ばれるタクシー用車両として浸透しており、新規登録される自動三輪車はEV全体の約8割を占める。

図:新規EV登録台数の推移
2018年に10万台を、2019年に15万台を、2021年には30万台を超え、少しずつ増加傾向にある。また、全自動車に対する割合も2018年から2020年は0.5~1%であったが2021年は1.5~2%まで増加している。

注:EVには自動三輪・二輪車を含む。
出所:インド道路交通省(MoRTH)の統計を基にジェトロ作成

このため、乗用車以外のEVの需要拡大を狙う日系企業も出現している。日本発ベンチャーであるテラモーターズは2015年9月から、いち早くインドで電動リキシャの販売を開始し、順調に事業を拡大している。また、ホンダは2021年11月、電動リキシャ向けにバッテリーシェアリングサービスを提供するため、新しい現地法人を立ち上げた。電動リキシャを運転するドライバーが、長時間にわたる充電待ちをすることなく、最寄りの電池交換ステーションで着脱式可搬バッテリーを交換できる仕組みを構築する(2021年12月9日付ビジネス短信参照)。他方、三井物産は2019年7月、電動リキシャによるライドシェアサービス「SmartE」を展開するインド発スタートアップに出資した。インドで自動二輪車の生産・販売を展開するヤマハ発動機は、今後の電動アシスト自転車の需要拡大を見込み、2021年10月に地場企業ヒーローモーターズと、新しい合弁企業設立に合意した(2021年11月25日付ビジネス短信参照)。

ただ、EVの普及に向けた課題はまだまだ多い。各種インセンティブが付与されているとはいえ、EVの販売価格は他の車両に比べると高めだ。また、EV向け充電ステーションの数はインド全体でも約1,000カ所(2021年12月時点)に過ぎず、EV車両に何らかのトラブルが生じたときに点検や修理を依頼できるサービスステーションの数も限られている。インド政府が思い描くEV普及の実現には、こうしたインフラの整備も必要不可欠だ。

執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
広木 拓(ひろき たく)
2006年、ジェトロ入構。海外調査部、ジェトロ・ラゴス事務所、ジェトロ・ブリュッセル事務所、企画部、ジェトロ名古屋を経て、2021年8月から現職。