特集:欧州で先行するSDGs達成に寄与する政策と経営欧州で活発、SDGsを経済政策・企業経営に取り入れる動き(総論)

2021年12月6日

2015年に国連持続可能な開発サミットで、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指すための国際的指標として、17の目標と169のターゲット外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますから成る「持続可能な開発目標(SDGs)」が記載された「持続可能な開発のための2030アジェンダPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.02MB)」が採択された。これを受けて、世界の持続可能性の重要性への認識が高まり、高い企業価値や収益性の実現、環境・社会・ガバナンスへの企業の取り組みを評価するESG投資が急拡大している。また、各国政府が経済政策に、また内外の企業が本業の経営に、それぞれSDGsを関連付ける動きが活発になっているが、欧州はその先駆けである。欧州での取り組みの実態と、取り組みが進んでいる理由、取り組みによるメリットを概説する。

SDGs関連ランキングでは、欧州諸国が上位を独占

2012年に国連事務総長が後援して設立した国際的な専門家ネットワーク「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」は、2021年6月に「持続可能な開発レポート2021外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を発表。同レポートは、国連、世界銀行、研究機関、NGOなどの利用可能な最新データに基づき、SDGsに関する165カ国の総合的なパフォーマンスを、最高のアウトカムを100%とした場合に何%まで達成できているかを「SDG指数総合点(SDG Index scores)」として数値化している(達成率と同じであるため、以下「達成率」と記載)。達成率が高い上位20カ国は、日本(18位)を除きすべて欧州諸国である(表参照)。

表:2021年のSDGsの達成率に関する国別ランキング
順位 国名 達成率(%)
1 フィンランド 85.9
2 スウェーデン 85.6
3 デンマーク 84.9
4 ドイツ 82.5
5 ベルギー 82.2
6 オーストリア 82.1
7 ノルウェー 82.0
8 フランス 81.7
9 スロベニア 81.6
10 エストニア 81.6
11 オランダ 81.6
12 チェコ 81.4
13 アイルランド 81.0
14 クロアチア 80.4
15 ポーランド 80.2
16 スイス 80.1
17 英国 80.0
18 日本 79.8
19 スロバキア 79.6
20 スペイン 79.5

出所:持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)「持続可能な開発レポート2021」(2021年6月14日発表)を基に、ジェトロ作成

企業単位のSDGsの取り組みでも、欧州が世界を牽引している。カナダでのメディア・調査会社であるコーポレート・ナイツは、世界の8,080社の分析を経て選出した「世界で最も持続可能な100社外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を2021年1月に発表。100社のうち半数近い46社が欧州企業であり(続いて北米企業が33社、アジア企業が16社)、上位10社のうち5社(注1)、かつ上位20社のうち10社を、欧州企業が占めた。

EUにおいて2015~2020年に、2014~2019年と比較して大きな進捗がみられたSDGsの具体的な目標は、欧州統計局(ユーロスタット)が2021年6月に発表した「EUにおけるSDGsに向けた進捗状況に関するモニタリングレポート2021年版外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によれば、「16 平和と公正をすべての人に」「1 貧困をなくそう」「3 すべての人に健康と福祉を」であった。ただし、目標1と3については、データのタイムラグにより2019年までの期間で分析しているため、新型コロナウイルスの感染拡大は考慮されていないとした。中程度の進捗という評価を受けたのは、「13 気候変動に具体的な対策を」のみ。わずかに遅延気味との否定的評価が、2014~2019年のEUのエネルギー消費増を反映した「7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、および「15 陸の豊かさも守ろう」の2項目についてされた。そのほかの全ての目標は、大きな進捗と中程度の進捗の間に位置付けられた。

一朝一夕ではない取り組みの歴史が、SDGs達成のための社会的素地を形成

なぜ、欧州地域ではSDGsへの官民の取り組みが進んでいるのか。前提としてまず、欧州諸国の多くが、世界銀行の「高所得国外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」リストに分類されており、「先進国クラブ」と呼ばれるOECD(経済開発協力機構)加盟国外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますであることがある。SDSNは上述のレポートの中で、SDGsが目標1~9において、極度の貧困を終わらせ、すべての人に基本的なサービスとインフラを提供することに焦点を当てているため、低所得国における達成率が低くなる傾向があると分析している。裏を返せば、高所得国が有利ということであり、実際にSDSNの2021年のSDGsの達成率に関する国別ランキングの上位20カ国は、クロアチアを除きすべてOECD加盟国であった(表参照)。また、2020年の同達成率を地域別にみても、OECD加盟国、東欧、中央アジア、南米・カリブ、東南アジア、サブサハラ・アフリカ、オセアニアの順に高く、OECD加盟国の達成率は世界の平均(東南アジアの達成率に近い)を上回った。

しかし最大の要因は、2015年に国連でSDGsが採択される以前から、欧州諸国は世界を牽引する形でSDGsに深く関係する人権や環境の保護に取り組んできており、時間をかけて市民の理解や関心が深まり、SDGsに寄与する政策や企業が誕生する社会的素地が形成されてきたことである。

世界人権宣言に基づき、欧州評議会が欧州人権条約(European Convention on Human Rights)を採択したのは1950年のこと。1979年にはEUの鳥類保護指令が発効し、1980年代には絶滅危惧種の保護が呼びかけられた。1980年代後半には、世界の科学者らが温暖化対策の必要性を訴えた会議(注2)や、温暖化問題へ取り組むための国際会議(注3)が、欧州で開催された。1990年代初頭には北欧諸国が世界の先陣を切って炭素税を導入した。持続可能な開発外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、1997年に調印されたアムステルダム条約に盛り込まれて以降、EUの基本目標となっており、2001年にはEU初の持続可能な開発戦略が打ち出されていた。

2019年以降の欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長の体制下でも、SDGsは「欧州グリーン・ディール」をはじめとする欧州委の優先課題の中に組み込まれている。また直近では、ESG投資に直結する、持続可能性に関する投資・情報開示に関する規制の整備と、それに伴う企業の対応が進んでいる。2020年7月には持続可能な投資活動の類型を示すEU独自のタクソノミー規則が施行され(2020年6月30日付ビジネス短信参照)、英国も2021年10月、企業や投資家の意思決定の際に環境への影響を明確に把握できるようにすべく、持続可能性の定義を共通化したグリーンタクソノミーに関する方針を発表した(2021年10月25日付ビジネス短信参照)。2021年4月には欧州委員会が、2017年に適用が開始された非財務情報開示指令の改正案を発表し、非財務情報の開示義務の対象を全ての大企業と一部の中小企業に拡大することを提案しており(2021年4月23日付ビジネス短信参照)、企業によるSDGsへの取り組みやその情報開示は、資金調達面でますます重要性を増すと思われる。

前述した欧州市民のSDGs、とりわけ気候変動への関心の高さは、2021年9月のドイツの連邦議会選挙で気候変動対策が焦点の1つとなったこと(2021年9月17日付ビジネス短信参照)や、2020年のクレディスイスの調査によれば、スイスでは「気候変動」が「新型コロナウイルス感染症」「老後」「失業」に次いで4番目に大きな関心事であったことにも表れている。

SDGsへの寄与は慈善ではなく強み

欧州各国レベルでのSDGs関連の政策の歴史や内容は、本特集における各国のレポートが示すように様々だ。しかし、各国政府が示すSDGsに取り組む動機は総じて、気候変動の危機への早急の対応が不可避であるといったことや「不作為は倫理上許されない」といった消極的なものにとどまらず、むしろ積極的にSDGsを主要経済政策にうまく連関させながら、経済成長や外資誘致を目指していているように見受けられる。例えばイタリアでは、SDGsと相関するEU復興基金を活用した投資計画を推進している。さらに、英国やスイスの金融(サステナブルファイナンス)やチェコの製造業、エストニアのデジタルなど、自国が強みとする産業分野でSDGsを推進し、国内外へアピールする例も見られる。

SDGsへの貢献が、慈善や単なる社会的責務ではなく、差別化をはかる切り札となることは、企業においても同様だ。本業の経営にSDGsを関連付ける企業には、高い企業価値や収益性の実現、環境・社会・ガバナンスへの企業の取り組みを評価するESG投資が急拡大する中での資金調達の優位性、新たな商機の獲得、共通の関心を持つパートナーを探しやすいといったメリットを享受し得る。本特集では、国内外のSDGsに寄与する事業を、本業として収益を上げながら経営し、高い信頼と評価を得ている欧州の中小企業などの示唆に富む例も紹介する。

日本では、SDGsの浸透度は昨今、高まりつつある。帝国データバンクが2021年7月に発表した「SDGsに関する企業の意識調査(2021年)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」の結果によると、SDGsに積極的な(意味および重要性を理解し、取り組んでいるまたは取り組みたいと思っている)企業は39.7%で、2020年6月の調査結果から6.3ポイント増となった。しかし、企業規模別にみると、SDGsに積極的な企業の割合は、大企業では55.1%と半数を超えるが、依然として中小企業では36.6%、小規模企業では31.6%に過ぎない。経済産業省や各地の経済産業局が公表している「SDGs経営ガイド外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」「中小企業のためのSDGs活用ガイドブック外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」、「SDGsに取り組む中小企業等の先進事例外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に加えて、本特集が、日本の中小企業などによる国内外でのSDGs経営の後押しとなれば幸いである。


注1:
1位:フランスのシュナイダーエレクトリック、2位:デンマークの環境エネルギー企業オルステッド、4位:フィンランドの石油会社オステ、7位:フランスのファッション・宝飾品大手ケリング、8位:フィンランドの工業機械メーカーであるメッツォ・アウトテック。
注2:
1985年にオーストリアのフィラハで国連環境計画(UNEP)が主催した、「二酸化炭素およびその他温室効果ガスの、気候変化とその影響における役割のアセスメントに関する国際会議」。
注3:
1989年、オランダのハーグで、地球温暖化に対する国際的取り組みのあり方を論議するための首脳会議を、フランス、フランス、ノルウェ-の首相が共催し、制度的権限の整備を検討するなどの内容を含むハーグ宣言を採択。同年、英国政府とUNEPがフロン及びオゾン層に関する閣僚級会議」を共催、先進国に20世紀末までに規制対象フロンなどの著しい削減の達成を期待するとの議長メッセージがとりまとめられた。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課 課長代理
上田 暁子(うえだ あきこ)
2003年、ジェトロ入構。経済分析部知的財産課、企画部企画課、農林水産・食品部農林水産・食品事業課、ジェトロ・パリ事務所、企画部企画課、対日投資部対日投資課などを経て、2019年5月から現職。