特集:アフリカにおける医療機器ビジネスの可能性医療観光を牽引役に成長する私立病院(チュニジア)
地域単位で進出戦略を立てる外国企業との提携視野に

2021年9月9日

マグレブ・デンタル・ケア(MDC)は、チュニジアの矯正歯科用機器ディストリビューターだ。6月初めにジェトロが主催したアフリカオンライン商談会(医療機器)にバイヤーとして参加。日本の医療機器メーカー8社と面談した。ハディジャ・メゼニ社長とアハメド・クバイエール営業部長に、同社のビジネス展開とチュニジアの医療機器市場の現状と展望について聞いた(2021年6月30日、7月8日)。


MDC社 ハディジャ・メゼニ社長(本人提供)

MDC社 アハメド・クバイエール営業部長
(本人提供)

専門分野のディストリビューターから医療機器全般へ展開

質問:
MDCの設立経緯とビジネス概況は。
答え:
30年近く医学バイオ関連企業のメディビオ(Medibio)のCEO(最高経営責任者)を務めた。その間、日本の大手血液分析・止血機器メーカーの製品を25年間輸入販売。同社のチュニジア子会社とフランス語圏のマグレブ諸国向け研修センターの立ち上げを手掛けた経験もある。2014年に米国の歯列矯正機器メーカー・オルムコ(Ormco)の代理店としてMDCを設立した。現在はオルコムを含む米国の歯科・矯正歯科関連製品メーカー3社とドイツのUV(紫外線)使用の消毒機器メーカーの代理店を担っている。
矯正歯科分野はニッチ市場だ。チュニジアでは120人の矯正歯科医に対し5社の競合相手がひしめき合う。各分野の専門医は数が少なく、ビジネスを特定分野に限定すると成長性は限られたものとなる。そのため、当社は医療機器全体に活動の幅を広げた。歯科だけでなく、眼科や心臓外科などの医療機器総合ディストリビューターとして成長させる計画だ。チュニジアでは医療の各分野で人材が豊富なことから、専門知識を備えた営業スタッフを育てることができると考えた。
質問:
MDCのターゲットと販路は。
答え:
当社は販路を公立病院ではなく、私立の病院・医院に絞っている。公立病院は財源不足で当社が取り扱うハイテク商品購入の可能性が少ない。また、注文や支払いの手続きに非常に時間を要する。
チュニジアは医療観光が発達している。その担い手が私立病院と全国に散在する私立の専門医院だ。政府も後押ししているチュニジアの医療観光は、医療の中でも美容整形や植毛、歯科、矯正歯科、皮膚科などのニッチな分野を得意としている。治療レベルが高い上に、価格的にも競争力がある。医療観光の対象分野は徐々に拡大傾向にあり、商機があると考えている。
もう1つの顧客がチュニスにある軍病院だ。一般の公立病院と異なり、予算規模が大きい。そのため、高品質の機器へのニーズが高く、支払いもスムーズだ。軍病院では基本的には軍関係者が診療の対象なる。しかし、ハイレベルの機器をそろえていることから、必要な場合は一般市民も治療を受けられる。
質問:
MDCの展望と日本企業に期待することは。
答え:
チュニジアは1,100万人の人口で国内市場は小規模だ。一方、マグレブ地域という単位でアプローチすれば、市場が広がる。最近では、当社は歯列矯正専門の米国メーカーの代理店として、リビアとアルジェリアの市場を任されるようになった。この2カ国への販売と技術研修を担当している。新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、オンラインによる研修を活用し、チュニジア支店をハブとしてマグレブ地域に展開する戦略だ。
チュニジアは医療分野ではマグレブ地域、その他のフランス語圏アフリカ諸国の先進国だ。これらの国々からチュニジアに治療に来る旅行者も多い。その需要に応えることで、医療レベルの一層の向上にも貢献したいと考えている。
これまでの経験から、日本製品は高品質で、日本企業とは長期的な視点でビジネスを積み上げていくことができることを認識した。日本企業との関係構築は、初めは時間がかかる。しかし一度ビジネスを始めると、一緒に歩んでくれる。ディストリビューターから子会社へと発展し、研修センターに至る展開こそ、当社が企業経営のモットーとする「能力の向上」の好例だ。そのため、日本製品に対する期待は大きい。日本企業とのパートナーシップを強く望んでいる。

公立病院の購買力、医療観光を担う私立病院とは大きな格差

質問:
チュニジアにはどのような外国企業が進出しているか。また、公立病院と私立病院の違いは。
答え:
私が長年携わってきた医学バイオロジーの分野では、日本をはじめ主な外国大手企業がほとんどチュニジアに進出している。そのため、チュニジアでは欧州と同様のレベルの分析機器を備えている。他の医療分野でもチュニジアにはあらゆる医療機器が導入されている。もっとも、スキャナーは私立病院に2台あるだけで、公立病院にはない。公立病院による高価な設備購入は国家予算が底をついているため難しく、国際機関や銀行などの資金調達がある場合だけ可能となる。一方、私立病院の医療機器は非常にハイレベルで、医療観光を糧としているだけに、インフラも高級ホテル並みだ。それが外国からの医療観光客を満足させている。
質問:
医療機器販売上のライセンスなどはあるか。また、外国企業が輸出する際の留意点は。
答え:
注射器や一般用医薬品などは、国内でも製造されている。そうした製品の輸入にあたっては商業省の許可が必要だ。しかし、それ以外は自由に輸入販売できる。
一方で、輸入製品の通関には、管轄省による技術検査(テクニカル・コントロール)がある。医療機器の場合、厚生省と国立医薬品検査研究所(LNCM)による検査となる。ジェトロのオンライン商談会の際も、商談相手に証明書があるかということを重ねて聞いた。これは、製品に関する証明書などがあれば技術検査がスムーズに行われ、通関所要時間の短縮につながるからだ。通常、新規の取引の際は通関に1カ月ほどを要する。2回目以降は既存の検査ファイルがあるため、所要時間は短縮される。必要書類は多いが、全てをそろえれば、通関に想定以上の時間がかかることはない。その場合、技術検査が終了してから、通関や銀行による支払い許可の発行を経て、注文先に到着するのは平均約2週間程度だ。
質問:
支払い上の注意事項は。
答え:
当社の場合、現在の取引先とは入荷から3カ月以内の支払いとなっている。チュニジアでは法律上、貿易取引で前払いが認められていない。中央銀行の監視の下、貨物が到着し、通関が確認された時点で取引銀行が書類を作成し、支払額を確保する。このような支払い方法の場合、信用関係が最も重要になってくる。そのため、取引先が所在する国とチュニジアの間の商工会議所などの支援を柱にして信用を得るようにしている。

マグレブ地域でハブ機能担うチュニジア市場

質問:
新型コロナウイルス感染拡大によるビジネスへの影響と新たなニーズは。
答え:
新型コロナウイルスの世界的まん延は、医療観光を含めたチュニジアの観光業に多大な打撃を及ぼした。しかし当社は、(感染が拡大した)2020年以降も成長している。現在のような状況でも、歯科や外科の私立専門病院などの医師と意見交換を行って現場のニーズを把握し、ビジネスを進めている。例えば、ドイツ企業の消毒機器導入を手配した例などがある。この機器は診察室の消毒にUVを使い、化学物質の使用を避けることができる。新型コロナウイルス感染拡大以降、2カ月以上のビジネス計画を立てるのは不可能で、そういった柔軟な対応が必須だ。健康関連の業界は打撃が最小限に抑えられていて、全国的な完全ロックダウンがない限り地方間の移動ができるので、ビジネスは可能だ。
現時点では、地域単位でビジネスを考える外国企業は限られる。これまでは、国ごとに支店を開設する戦略を取るのが一般的だった。しかし、新型コロナウイルス感染拡大以降、そうした考え方が変わってきた。国ごとではなく、ゾーンごとにビジネス戦略を考え出すようになっている。地域類似性(言語・文化・メンタリティー)を生かし、時差なしという利点もあるゾーンを1つの単位として市場を捉えるということだ。医療分野では、人口比で病院の数、医師の数、研究所の数で、チュニジアはマグレブ地域最多だ。そういうチュニジアが当ゾーンのハブ機能を担うことを切に望んでいる。
質問:
チュニジアが実際にハブ機能を果たし得ることは現実的か。
答え:
現実的と考える。まず、マグレブ地域の大型市場でありながらアクセスが容易でないリビアやアルジェリアが隣にあるという地理的優位性を有している。加えて、どこの国とも正常な外交関係を維持していることや、民主国家であることなども、外国企業がチュニジアにハブの役割を果たす拠点を設置するメリットになるだろう。チュニジアでは、アルジェリアやリビアとの二国間協定による「一時的トランジット制度」を利用し、チュニジアに輸入した製品をそのままアルジェリアとリビアに無税で再輸出することができる。しかし、まだまだ十分に活用されていないのが実態だ。
オンライン商談会で商談を行ったうちの1社は、簡単な組み立てや包装をチュニジアで行うことを提案していた。日本で組み立てるより安価なため、製品価格をアフリカ市場のレベルに設定しやすくなる。チュニジア側にとっても、現地雇用につながるという利点がある。さらに、チュニジア革命後、内陸部の開発支援のため、外国企業が進出する際の免税などのインセンティブも多い。チュニジアで組み立て、経済協定などを利用してアフリカ諸国に輸出することで、販売価格が大きく抑えられる。
執筆者紹介
ジェトロ ・パリ事務所
渡辺レスパード智子(わたなべ・レスパード・ともこ)
ジェトロ・パリ事務所に2000年から勤務。アフリカデスク調査担当としてフランス及びフランス語圏アフリカ・マグレブ諸国に関する各種調査・情報発信を行う。