特集:変わりゆく中東とビジネスの可能性日系企業の業績が回復、湾岸産油国のグリーン推進策に期待感
2022年3月2日
中東地域では、2021年も情勢に変化を及ぼすさまざまな動きがあった。新型コロナウイルスの影響や原油価格の上昇、イスラエルとパレスチナの紛争、イランの核合意再建をめぐる交渉再開などが、その一例だ。また新型コロナの影響が続いた。ただし、ワクチン接種の進展により、厳しかった外出制限の緩和など経済再開の動きもみられた。これは、進出日系企業の業績は前年比で大きく改善する結果につながった。
経済再開の機運に伴って、中東でも2022年以降、新たなビジネスの成長に関心が高まっている。特に、再生可能エネルギー(再エネ)や水素、アンモニアなどの脱炭素化をめぐる分野が、日本企業からも高い関心を集めている。世界の潮流に沿って、湾岸産油国がいち早く「グリーン成長」を目指す戦略を発表したことが、その背景にある。
本稿は、「序文:変わりゆく中東、厳しいビジネス環境下で新たな可能性を探る」の続編となる。2021年の中東経済を振り返り、湾岸産油国のグリーン推進策を中心とする2022年以降の新たな注目分野について概観する。グリーンをめぐる動向では、特にアラブ首長国連邦(UAE)とサウジアラビアを取り上げた。
経済再開した2021年、黒字企業も増加
中東経済は、2020年3月の新型コロナ感染拡大と油価急落というダブルショックを受けた。その影響が大きく、同年の進出日系企業の業績は悪化していた(本特集「序文:変わりゆく中東、厳しいビジネス環境下で新たな可能性を探る」参照)。しかし、2021年に入ると、デルタ型変異株による感染再拡大などを経ながらも、ワクチン接種の進展によって航空便や観光客受け入れを再開。新型コロナ禍からの回復の動きがみられた。油価についても、2020年3月の1バレル10ドル台(ブレント価格)という低迷から、1年後の2021年3月には60ドル台まで上昇した。世界の需要回復や産油国の減産調整などの影響があったとみられる。IMFの経済予測によると、中東諸国のほとんどで2021年は軒並み回復基調となっている。マイナス成長となった2020年とは対照的だ(表参照)。
国・地域名 | 2020年 | 2021年 | 2022年 |
---|---|---|---|
中東・北アフリカ(MENA) | △ 3.2 | 4.1 | 4.1 |
サウジアラビア | △ 4.1 | 2.8 | 4.8 |
イラン | 3.4 | 2.5 | 2.0 |
アラブ首長国連邦(UAE) | △ 6.1 | 2.2 | 3.0 |
イラク | △ 15.7 | 3.6 | 10.5 |
カタール | △ 3.6 | 1.9 | 4.0 |
クウェート | △ 8.9 | 0.9 | 4.3 |
バーレーン | △ 5.1 | 2.4 | 3.1 |
オマーン | △ 2.8 | 2.5 | 2.9 |
エジプト | 3.6 | 3.3 | 5.2 |
モロッコ | △ 6.3 | 5.7 | 3.1 |
ヨルダン | △ 1.6 | 2.0 | 2.7 |
レバノン | △ 25.0 | — | — |
イスラエル | △ 2.2 | 7.1 | 4.1 |
トルコ | 1.8 | 9.0 | 3.3 |
注:2021年以降は全て予測値。
出所:IMF(2021年10月)からジェトロ作成
ジェトロが中東進出日系企業を対象に実施したアンケート調査「2021年度海外進出日系企業実態調査(中東編)」(以下、「実態調査」)でも、2021年は大きな業績改善が確認できる。回答企業のうち65.2%が黒字との回答で、前年比で20.1ポイント増と大きな伸びだった。国別の黒字割合は、制裁問題を抱えるイランを除く全ての国で5割以上だった(図1参照)。前年比でも軒並み増加し、サウジ、カタール、クウェートでは30ポイント以上の大幅増となった。この黒字化の背景について、現地企業のコメントからは「需要の回復」「油価の回復」を挙げる声が多かった。
サプライチェーンの混乱や新制度対応などの課題も
景気回復の一方で、現地ではさまざまなビジネス上の課題も現れている。 新型コロナの拡大に端を発し、サプライチェーンが世界的に混乱した。人手不足による米国西海岸などの港湾の混雑や、コロナ発生による中国の港湾閉鎖などがもたらされた。中東でもこの影響が続き、国際物流の遅延と輸送費の高騰が、いまだに収束する様相を見せていない。その一方で、サウジでは地域統括拠点(RHQ)制度(2021年10月29日付ビジネス短信参照)が講じられ、UAEでも新たな法人税導入計画(2022年2月2日付ビジネス短信参照)が持ち上がるなど、各国で新たな法制度への対応が求められるケースも生じている。
さらに「実態調査」では「投資環境の課題」として、「不安定な政治・社会情勢」の回答がイランとイスラエルで1位、トルコで2位になった。このうちイランについては、米国との制裁解除協議がなかなか進展しなかったことが背景となった。イスラエルでは、同国政府とパレスチナのイスラム原理主義政党ハマスとの軍事衝突が影響したとみられる。トルコでは、通貨リラの急落や物価の高騰が進んでいるが、その中でエルドアン政権が低金利政策を継続するなど、経済の混乱が今後も懸念される状況にある。
産油国が脱炭素化を推進、日系企業にも参画事例
「実態調査」では、進出日系企業が考える中東での「今後の有望ビジネス分野」についても尋ねている。全体的には、中東の地域性を反映して、最多の53.0%の企業が「資源・エネルギー」と回答。「インフラ」や「消費市場」などを上回った。その個別の内容として、石油(36.0%)や天然ガス(41.4%)以上に、再エネ(74.8%)、水素(65.8%)、燃料アンモニア(56.8%)などが挙げられた。脱炭素分野への関心が高い結果と言える(図2参照)。国別に見ても、UAE、サウジアラビア、トルコの3カ国で、再エネがトップだった。「今後の注目国」の設問では、サウジアラビアとUAEが1位、2位となったが、その注目する理由を「脱炭素化戦略」とする回答が多かった。
中東では、2021年に英国で開かれた国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)を前に、湾岸産油国が積極的に脱炭素化の推進を掲げた。UAEが2050年、サウジアラビアは2060年にネットゼロという目標を表明している。また、2022年のCOP27開催国がエジプト、翌2023年のCOP28がUAEに決定されており、今後もMENA(中東・北アフリカ)の動きに注目が集まるとみられる。
各国が当面目標に据えるのは、化石燃料による火力主体の発電を再エネ発電に切り替えていく戦略となる。中東地域は全体的に、太陽光発電を営む上で好立地だ。プロジェクトも多く先行しており、ドバイのMBRソーラーパークのように、太陽光主体の再エネ発電が中心になるとみられる。一方で、風力も有望だ。立地に好適な場所は、サウジ北西部、オマーン南部、北アフリカ(エジプト、モロッコ)などと偏りがあるが、太陽光と同様に、日本と比べてかなり安価という優位性がある。水素も可能性を秘めている。将来的には、サウジのNEOM(注1)などがグリーン水素(注2)の生産拠点として期待されている。他方で、中東では原料となる豊富な天然ガスを生かせるため、アブダビのTA’ZIZなどの例のように、輸出向けのブルー水素(注3)製造でも優位性を有している。
政府が積極的な施策を取る一方で、企業にとっては実ビジネスへの参入機会が重要になる。太陽光は既にUAEやサウジで多くのプロジェクトが進み、日本企業も一部で参画している。例えばUAEでは、日本の石油会社や商社がブルー水素からのアンモニア生成や、ブルーアンモニアの調達という案件に関わっている。
日本企業の参入の課題として、厳しい競合関係が挙げられる。太陽光などは安価なため、単純な入札だと現地企業や中国企業との価格勝負となる。欧州企業には、既に大規模プロジェクトに関与している例も多い。さらに、新領域であるがための課題もある。例えば、日本企業がいかに早めに現地で適切なパートナーと組めるかは重要だ。NOC(国営石油会社、National Oil Company)などとうまく組めるか、リスクを取って大きく投資できるかという姿勢も問われている状況にある。
日本食やイノベーションなど他の分野の可能性も
グリーンに注目が集まる一方で、その他の分野でも新たな動きがみられる。
UAEでは2021年9月から2022年3月末までドバイ万博が開催され、日本館も設置された。これを契機に、現地では日本の技術や商材への関心が高まっている。特に万博会場が中東初出店となったスシローの回転ずしは、人気を集めている。このように、日本食への関心が高まっている様子だ。
新型コロナ禍を機に、デジタルやイノベーション分野の動きも加速している。UAEでは、2021年10月のスタートアップ見本市「GITEX Future Stars」に日本企業19社が参加した(バーチャル参加の5社を含む)。その結果、植物カーボンバッテリー製造のPJP Eyeがピッチコンテストで入賞した。宇宙分野では、ispaceがUAE政府と月面探査ローバーの輸送パートナー契約を締結。日本企業との協力が進んでいる。
サウジアラビアでは、ビジョン2030でも重要プロジェクトとされる娯楽(エンタメ)分野の動きが目立っている。国を挙げての観光促進イベント「リヤド・シーズン」は盛況となっている。エンタメ分野では、制裁問題で新規ビジネスが難しいイランでも、欧米などから評価されるアニメ制作を受注するなどの企業事例がみられる。
こうした動きの全てがビジネスに直結するわけではないが、変わりゆく中東社会の中で、将来につながるビジネスの芽を現地で積極的に見いだす姿勢が求められると言えるだろう。
- 注1:
- NEOMは、サウジアラビアがスマートシティーとして北西部で開発している大規模な新産業都市。その計画には、グリーン水素の生産拠点する計画も盛り込まれた。
- 注2:
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グリーン水素は、水を電気分解し、水素と酸素に還元することで生産される。副産物の酸素は大気に放出しても、環境に悪影響はない。ただし、別途に二酸化炭素を排出しないためには、再エネの利用が求められる。現状では、まだコスト高が余儀なくされる。
ブルー水素は、化石燃料を水素と二酸化炭素に分解することで生産される。二酸化炭素を大気排出する前に回収できると、温室効果は生じない。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部中東アフリカ課課長代理
米倉 大輔(よねくら だいすけ) - 2000年、ジェトロ入構。貿易開発部、経済分析部、ジェトロ盛岡、ジェトロ・リヤド事務所(サウジアラビア)等の勤務を経て、2014年7月より現職。現在は中東諸国のビジネス動向の調査・情報発信を担当。