特集:変わりゆく中東とビジネスの可能性サウジアラビア人女性の労働参加が進展するも専門人材不足が課題に

2023年8月22日

サウジアラビアでは、新型コロナ禍後に経済活動が順調に回復した結果、失業率が大きく低下するなど雇用環境が改善した。女性の労働参加率の上昇も目立つ。一方、それに伴い、専門人材や就業経験のある人材の不足、若年層の失業率の高さが問題化している。政府は、サウジアラビア人雇用促進策(サウダイゼーション)と外国人材の就労条件を随時見直しつつ、最適化に腐心する。政府のかじ取りの成否は、今後の経済成長の持続性を占う重要なカギの1つとなりそうだ。

雇用環境が大きく改善

サウジアラビア総合統計庁は6月29日、2023年第1四半期の雇用統計を発表した。人口の約6割を占めるサウジアラビア人の失業率は前年同期比1.6ポイント減の8.5%、非サウジアラビア人を含めた全体では同0.9ポイント減の5.1%だった(図1参照)。前期比ではそれぞれ0.5ポイントと0.3ポイント微増しているものの、新型コロナ禍前の水準を下回っている。サウジアラビアの国内経済は、2022年の経済成長率が8.7%と好調で、雇用環境にも好影響が及んでいる。

図1 失業率の変化(2018~2023年第1四半期)
サウジアラビア人の失業率の変化:2018年第1四半期12.9%、第2四半期12.9%、第3四半期12.8%、第4四半期12.7%、2019年第1四半期12.5%、第2四半期12.4%、第3四半期12.0%、第4四半期12.0%、2020年第1四半期11.8%、第2四半期15.4%、第3四半期14.9%、第4四半期12.6%、2021年第1四半期11.7%、第2四半期11.3%、第3四半期11.3%、第4四半期11.0%、2022年第1四半期10.1%、第2四半期9.7%、第3四半期9.9%、第4四半期8.0%、2021年第1四半期8.5%。 非サウジアラビア人の失業率の変化:2018年第1四半期0.9%、第2四半期0.7%、第3四半期0.9%、第4四半期1.0%、2019年第1四半期0.6%、第2四半期0.3%、第3四半期0.3%、第4四半期0.4%、2020年第1四半期0.5%、第2四半期3.1%、第3四半期2.7%、第4四半期2.6%、2021年第1四半期1.9%、第2四半期2.4%、第3四半期2.4%、第4四半期2.9%、2022年第1四半期2.2%、第2四半期1.9%、第3四半期1.6%、第4四半期1.5%、2021年第1四半期1.7%。 全体の失業率の変化:2018年第1四半期6.1%、第2四半期6.0%、第3四半期6.0%、第4四半期6.0%、2019年第1四半期5.7%、第2四半期5.6%、第3四半期5.5%、第4四半期5.7%、2020年第1四半期5.7%、第2四半期9.0%、第3四半期8.5%、第4四半期7.4%、2021年第1四半期6.5%、第2四半期6.6%、第3四半期6.6%、第4四半期6.9%、2022年第1四半期6.0%、第2四半期5.8%、第3四半期5.8%、第4四半期4.8%、2021年第1四半期5.1%。

出所:サウジアラビア総合統計庁からジェトロ作成

失業率の低下は、コロナ禍前に2桁台が続いていたサウジアラビア人の失業率が、2022年に入り1桁台に低下したことが大きく寄与した。その要因となったのが、サウジアラビア人女性の失業率の低下だ。コロナ禍前まで30%前後が続いていたが、コロナ禍以降も減少が続き、わずか2年間で半減した(図2参照)。現在のサルマン・ビン・アブドゥルアジーズ国王とムハンマド・ビン・サルマン皇太子は2016年4月に国家改革案「ビジョン2030」を発表し、2030年までに女性の労働参加率を30%に引き上げることを盛り込んだ。これを受け、官民双方で女性の採用が進んでいる。分野別でみると、男性と異なり、公共部門より民間部門で就業する比率が高いのが特徴だ。業種では、保健・健康(10.1%)、教育(14.8%)の学位を持つサウジアラビア人女性は失業率が低い。

図2 サウジアラビア人女性の失業率と労働参加率の変化(2018~2023年第1四半期)
サウジアラビア人女性の失業率の変化:2018年第1四半期30.9%、第2四半期31.1%、第3四半期30.9%、第4四半期32.5%、2019年第1四半期31.7%、第2四半期31.1%、第3四半期30.8%、第4四半期30.8%、2020年第1四半期28.2%、第2四半期31.4%、第3四半期30.2%、第4四半期24.4%、2021年第1四半期21.2%、第2四半期22.3%、第3四半期21.9%、第4四半期22.5%、2022年第1四半期20.2%、第2四半期19.3%、第3四半期20.5%、第4四半期15.4%、2021年第1四半期16.1%。 サウジアラビア人女性の労働参加率の変化:2018年第1四半期19.5%、第2四半期19.6%、第3四半期19.7%、第4四半期20.2%、2019年第1四半期20.5%、第2四半期23.2%、第3四半期23.2%、第4四半期26.0%、2020年第1四半期25.9%、第2四半期31.4%、第3四半期31.3%、第4四半期33.2%、2021年第1四半期32.3%、第2四半期32.4%、第3四半期34.1%、第4四半期35.6%、2022年第1四半期33.6%、第2四半期35.6%、第3四半期37.0%、第4四半期36.0%、2021年第1四半期36.0%。

出所:サウジアラビア総合統計庁からジェトロ作成

女性の労働参加の進捗は順調だ。「ビジョン2030」の発表後間もない2017年第1四半期に17.4%だったサウジアラビア人女性の労働参加率は、2023年第1四半期に36.0%まで上昇し、既に目標値である30%を上回っている。目標達成には、政府によるサウジアラビア人雇用促進策(サウダイゼーション)が大きな役割を果たした。従来から同政策を通じてサウジアラビア人の雇用を義務付けてきたが、2011年に追加で導入されたニタカート(Nitaqat)と呼ばれるシステムにより、業種別にサウジアラビア人の採用比率の基準が規定され、企業は基準の達成状況に応じて外国人職員のビザ取得・更新で便益を得られるようになった。「ビジョン2030」の発表後、このニタカートを改定して、女性の労働参加が促されている。例えば、政府は2021年8月以降、ショッピングモールでは一部を除き、サウジアラビア人のみを雇用することを義務付けた結果、今ではサウジアラビア人女性が販売員の大半を占める。

また、2018年6月から女性の自動車運転免許の取得が認められ、就業可能地域が飛躍的に拡大したことも、女性の労働参加を後押しした。この他、「観光業など発展途上にある産業が提供する新たな雇用機会が、より多くの女性の労働市場への参加を促している」(地場系大手投資銀行関係者)との見方もある。

とは言え、依然として男女間で失業率の差は大きい。複数の政府関係者や大手企業関係者にその理由を尋ねると、女性の執務環境の整備が不十分なことを指摘する声が多い。「ビジョン2030」が始まる以前、サウジアラビアでは女性を雇用する際、女性用の独立した執務室を設けることが求められていた。女性の社会進出の増加に伴い、独立執務室などを求める声は以前に比べて減っているものの、オフィスレイアウト、更衣室、トイレなどの面で整備が不十分な場合があるという。

専門人材や経験者が不足

雇用環境が改善する一方、新たな問題が生じている。その1つは、専門人材や経験者の不足と、それに伴う労働需給不均衡が売り手(労働者)有利の状況をもたらし、人件費が上昇していることだ。特に、プロジェクトマネジメント経験のある中間管理職、専門技術を有するエンジニアや技術労働者が不足している。リヤド市内では、専門人材、経験者の不足は企業国籍を問わず共通した課題となりつつあり、進出日系企業も例外ではない。2023年に入り、各国の商工会議所の会合やビジネスイベントなどで、雇用環境への理解促進や対処方法がテーマとして頻繁に扱われている。米系大手人材コンサルティング会社幹部は「官民とも即戦力人材を雇用する傾向がある中、経験を有するエンジニアやプロジェクトマネージャーなど需要の高い職種のスタッフは国籍を問わず圧倒的に不足。その結果、採用時の給与水準は過去1年間で、物価上昇率をはるかに上回る上昇を見せている」と状況を説明する。人件費の上昇は国籍を問わず生じている。英国のECAインターナショナルの最新調査(2023年7月)(注1)によると、サウジアラビアの外国人中間管理職の給与は世界で最も高額との結果もある。在リヤド市内の外資系企業からは「管理職を任せられる人材が見つからない」「苦労して採用した幹部候補が短期間で他社に転職してしまい、事業計画の変更を余儀なくされた」といった話を耳にする機会も多い。人材不足は人件費の上昇を通じて事業コストを引き上げる結果を招いており、ビジネス環境にも負の影響を及ぼしつつある。

就業経験者の需要増は、雇用統計上にも表れている。2021年第1四半期時点でサウジアラビア人失業者に占める就業経験者の比率は全体の37.1%で、男性に限ってみれば50.1%に及んだ。しかし、2023年第1四半期にはそれぞれ24.5%、38.1%まで減少しており、労働市場では経験者が優先されている。

もう1つの課題は、若年層の失業率の高さだ。15~24歳のサウジアラビア人の失業率は16.3%と全体平均のおよそ2倍の高さで、男性(12.6%)、女性(24.2%)ともに高い。上述したように、官民とも即戦人材を求める傾向が強いのが最大の理由だ。若年層の失業率は、国内にOJTを通じた人材育成の素地が不足していることも示しており、国全体における技能実習、人材育成の視点からも看過できない問題を内包している。多くの若者がインターンなどを通じて実務経験の積み上げに熱心に取り組んでいるが、そのポストも十分とは言えない状況だ。

政府は外国技術者の就業条件を見直し

政府は、技術者などの専門人材の不足によって労働市場が逼迫している状況を問題視している。とりわけ、専門性の高いエンジニアや建設現場の熟練ワーカーなどの不足は、政府が経済成長の目玉として掲げる多くの大型プロジェクトの成否に関係するため、看過できないことが理由だ。他方、安易な外国人労働者への依存は、サウダイゼーションに逆行するものとして受け入れられるものではない。

政府はこうした状況を最適化する手段の1つとして、外国人技術者の質の向上・維持に力を注ぐ。人材・社会開発省(MHRSD)は2021年以降、主要な人材受け入れ相手国との間で技能確認プログラム(Skill Verification Program:SVP)を通じて、外国人労働者の技能を確認し、専門的業務の質を向上させる取り組みを進めてきた。

同省はSVP証明書の取得について、SVPポータルへの登録、理論・実技試験の日程調整、受験前の試験監督官との詳細確認など、詳細な手順を示しており、専門技術を必要とする23職種(注2)を対象としている。審査に合格すると、専門職労働者にはSVP証明書が発行され、これは採用プロセスにおける追加要件として扱われる。

直近では、スリランカとの間で2023年7月16日に、配管、電気、自動車電気系統、自動車整備、冷凍空調の5分野におけるプログラムが発表(注3)された。経済移民が多い、パキスタン、インド、バングラデシュとの間でも既に同様の枠組みが導入されている。

一方、技術者以外の分野における人材不足に対する新たな処方箋はまだ講じられておらず、政府の対応が注目されている。


注1:
ECAインターナショナル「UK is the Most Expensive Country in the World to Relocate Employees外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」参照
注2:
23職種の内訳については、次の17職種のみが既に公表されており、残り6職種については未発表。
左官、自動車電気技師、大工、配管工、溶接工、通信技術者、型枠大工、タイル貼り職人、機械技師、鍛冶、塗装、自動車一般修理工、自動車整備士、建設および建築、電気技師、暖房換気および空調技師、車体修理工。
注3:
サウジアラビア国営通信(2023年7月16日付)「Launching of Skill Verification Program in Sri Lanka to Ensure Quality Professional Workforce in Saudi Arabia外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」参照
執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所長
秋山 士郎(あきやま しろう)
1995年、ジェトロ入構。ジェトロ・アビジャン事務所長、日欧産業協力センター・ブリュッセル事務所代表、対日投資部対日投資課(調査・政策提言担当)、海外調査部欧州課、国際経済課、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長(調査担当)、海外調査部米州課長、海外調査企画課長などを経て2021年11月から現職。

この特集の記事

随時記事を追加していきます。

総論

コンテンツ

ヘルスケア

女性向けビジネス

スタートアップ

日本食

グリーン

(参考)特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向