特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向水素など低排出技術開発による温室効果ガス排出削減を目指す(オーストラリア)
グリーン成長めぐる世界のビジネス動向
2021年5月21日
オーストラリアで近年発生した干ばつや山火事は、温暖化が原因ともいわれている。その対策は急務だ。州政府や産業界は、温室効果ガス排出削減への取り組みを加速する。その一方で、連邦政府はカーボンニュートラルの達成に向けた具体的な目標について、いまだコミットしていない状況だ。
そんな中、オーストラリアでは低排出技術の開発を目指す動きがある。特に水素は国内外からの注目を集めている。本稿では、気候変動にまつわるオーストラリアの動向や取り組みを紹介する。
自然災害による甚大な被害、温暖化対策が急務
オーストラリアではここ数年、深刻な干ばつが続いていた。また、2019年9月から2020年2月にかけて発生した大規模な山火事は、国内各地に甚大な被害をもたらした。オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)は2020年11月に発表した報告書の中で、オーストラリアの気温は1910年から平均1.44度上昇していることを明らかにした。CSIROは、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの増加によってオーストラリアの温暖化が進み、山火事や干ばつ、海洋熱波などの極端な事象の発生頻度が高まっていると説明している。また、2016年の国民1人当たりのCO2排出量は、OECD加盟国の中でオーストラリアが1位という。
連邦政府が2021年2月に発表したCO2排出量に関する最新の報告書によると、2019年10月~2020年9月の排出量は前年同期比で4.4%減少した(表1参照)。部門別にみると、発電所などのエネルギー転換部門が最も多い。全体の33.4%を占めた。次いで、産業部門が20.0%、運輸部門が17.6%、農業が14.1%と続いた。
部門 |
2018年10月~ 2019年9月 排出量 |
2019年10月~2020年9月 | ||
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排出量 | 構成比 | 前年同期比 | ||
エネルギー転換部門 | 177.5 | 170.4 | 33.4 | △ 4.0 |
産業部門 | 100.4 | 101.8 | 20.0 | 1.4 |
運輸部門 | 100.1 | 89.8 | 17.6 | △ 10.3 |
農業 | 73.9 | 72.0 | 14.1 | △ 2.6 |
燃料からの漏出 | 55.3 | 51.2 | 10.0 | △ 7.4 |
工業プロセスおよび製品の使用 | 32.2 | 30.3 | 5.9 | △ 5.9 |
廃棄物 | 13.6 | 13.3 | 2.6 | △ 2.2 |
土地利用、土地利用変化および林業部門 | △ 19.6 | △ 18.8 | △ 3.7 | 4.1 |
合計 | 533.4 | 510.1 | 100.0 | △ 4.4 |
出所:産業・科学・エネルギー資源省
CO2排出量が最も多いエネルギー転換部門についてみる。オーストラリアの電源構成に占める2019年の再生可能エネルギーの比率は20.9%。同エネルギーの発電量は前年比11.5%増になった(表2参照)。特に太陽光発電の増加が顕著で、前年比46.2%増を記録した。対照的に、石炭は前年比4.5%減だった。しかし、非再生可能エネルギーの比率は全体の約8割を占めている。化石燃料への依存度はなおも高いのが実情だ。
項目 |
2015年 電力量 |
2016年 電力量 |
2017年 電力量 |
2018年 電力量 |
2019年 | ||
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電力量 | 構成比 | 前年比 | |||||
非再生可能エネルギー | 219,222.4 | 216,409.4 | 219,696.3 | 213,340.6 | 209,636.1 | 79.1 | △ 1.7 |
石炭(褐炭含む) | 162,176.2 | 162,322.4 | 159,141.3 | 156,544.5 | 149,495.8 | 56.4 | △ 4.5 |
天然ガス | 50,883.1 | 48,533.1 | 55,329.1 | 51,373.8 | 54,357.5 | 20.5 | 5.8 |
石油など | 6,163.1 | 5,553.8 | 5,226.0 | 5,422.2 | 5,782.8 | 2.2 | 6.6 |
再生可能エネルギー | 35,929.3 | 42,082.2 | 39,433.4 | 49,737.0 | 55,481.0 | 20.9 | 11.5 |
風力 | 11,838.5 | 13,026.4 | 13,195.2 | 16,411.5 | 19,524.5 | 7.4 | 19.0 |
太陽光 | 6,206.5 | 7,474.8 | 8,957.4 | 12,279.2 | 17,950.7 | 6.8 | 46.2 |
水力 | 14,206.3 | 17,927.8 | 13,750.2 | 17,491.9 | 14,429.9 | 5.4 | △ 17.5 |
バイオマス | 3,677.6 | 3,652.9 | 3,530.4 | 3,554.3 | 3,575.9 | 1.3 | 0.6 |
地熱 | 0.4 | 0.4 | 0.3 | 0.0 | 0.0 | 0 | — |
合計 | 255,151.7 | 258,491.6 | 259,129.7 | 263,077.6 | 265,117.1 | 100 | 0.8 |
注:2019年は予測値。
出所:産業・科学・エネルギー資源省
低排出技術の開発を目指す連邦政府
オーストラリアはパリ協定を批准済みだ。2030年までに温室効果ガス排出量を2005年比で26~28%削減するとの目標を定めている。ただし、連邦政府はカーボンニュートラル達成に向けた具体的な目標について正式にコミットしていない。スコット・モリソン首相は「可能な限り早く、できれば2050年までに排出実質ゼロを目指したい」と述べるにとどまっている。また「課税などによる削減ではなく、低排出技術への投資によって達成されるべき」との見解を示している。
連邦政府は2020年5月、低排出技術に関する戦略を示す「技術投資ロードマップ」の策定を発表。同年9月にはロードマップに基づく声明文で、水素や電力貯蔵、低排出の素材製造(鉄鋼、アルミニウム)、CO2回収・貯留(CCS)、土壌炭素貯留を5つの優先分野とした。これらの低排出技術が既存の技術と同程度の費用対効果をもたらすことができるよう、達成すべき数値目標を設定。例えば水素については、1キログラム当たり2オーストラリア・ドル(約168円、豪ドル、1豪ドル=約84円)未満を目指すとしている。連邦政府は19億豪ドルを拠出し、オーストラリア初となる水素輸出ハブを設置するほか、農業や製造業、輸送業などで排出削減や生産性向上に資する技術への投資、CCSの実証事業の実施、電気自動車や燃料電池自動車の活用促進などに取り組む。また、政府機関の再生可能エネルギー庁(ARENA)やクリーンエネルギー金融公社(CEFC)による支援対象をCCSや土壌炭素貯留などの優先分野に拡大し、低排出技術への投資を促進するとしている(2020年9月25日付ビジネス短信参照)。
連邦政府は、技術投資ロードマップに沿ったシナリオで、2030年に2005年比で29%の排出削減が可能と見込んでいる。なお、2019年10月~2020年9月の排出量は、2004年7月~2005年6月の排出量を19%下回る水準だったという。
州政府は2050年カーボンニュートラルを宣言、産業界も追随
2050年までに排出実質ゼロを目指す方針は、既に全ての州・準州政府が打ち出している。また、再生可能エネルギーへの投資や蓄電施設の設置などが盛んに行われている。オーストラリア南海岸沖の離島、タスマニア(TAS)州は2020年11月、オーストラリアで初めて再生可能エネルギー比率100%を実現した。TAS州はまた、2040年までに現在の電力需要量の2倍相当となる再生可能エネルギーの生産を目標としている。オーストラリアの最大都市シドニーを州都とするニューサウスウェールズ(NSW)州政府は2021年3月、クリーンな産業革命の実現に向けて7億5,000万豪ドルを拠出すると発表した。NSW州のCO2排出量の約30%を占める既存の産業施設などを対象に、低排出の機器や設備の導入を促進するほか、グリーン水素などの低排出産業の育成や、低排出技術の研究開発を支援するとしている。
産業界もまた、排出実質ゼロに向けた取り組みを加速している。エネルギー大手AGLエナジーは2050年までの排出実質ゼロ達成を目標に掲げる。オーストラリア・エネルギー評議会(注1)もこの目標を支持している。また、オーストラリアの小売り大手ウールワースやコールズは、2025年までに事業活動で使用する電力を100%再生可能エネルギーにすることを目指し、電力購入契約の見直しや太陽光パネルの設置を進めている。鉄鉱石採掘大手フォーテスキュー・メタルズ・グループ(FMG)は2021年3月、排出実質ゼロの達成目標について、当初の計画から10年前倒しして2030年にすると発表した。FMGは子会社の再生可能エネルギー投資会社フォーテスキュー・フューチャー・インダストリーズを通じて、カーボンニュートラルへの取り組みを加速化する計画を打ち出している。そのほか、財界を代表するオーストラリア産業グループ(Aiグループ)やオーストラリア・ビジネス評議会(BCA)も、2050年までの排出実質ゼロ達成を支持している。
水素産業の確立目指す
低排出技術の中でも、オーストラリアで特に注目を集めているのが水素だ(注2)。連邦政府は2019年11月、世界的な水素大国となることを目指して「国家水素戦略」を策定した。この戦略では、2030年までに「クリーンで革新的で競争力があり安全な水素産業」を創出し、2040年までに水素輸出額を100億豪ドルとすることを目標に掲げている。連邦政府は2020年4月、再生可能エネルギーを利用した水電解によって水素を生産する実証事業を支援するため、再生可能エネルギー庁(ARENA)を通じて7,000万豪ドルを提供すると発表した。2020年5月には、新たに3億豪ドルのファンドを設立。クリーンエネルギー金融公社(CEFC)を通じて、水素の生産・輸出や国内サプライチェーンの開発、水素ハブの設置、水素の国内需要創出などの分野で実施されるプロジェクトを支援すると発表した(2020年5月8日付ビジネス短信参照)。連邦政府はさらに、前述の技術投資ロードマップで水素を優先分野の1つに設定して取り組みを強化している。
各州・準州政府もまた、水素産業の確立に力を入れる。例えば、北東部に位置するクイーンズランド州では、豊富な再生可能エネルギー資源を活用して、産官学によるさまざまなプロジェクトが進行している。国際的な技術交流や投資誘致にも力を入れる。日本との間では2019年に石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)との覚書を締結した。このほか、東京大学先端科学技術研究センター(RCAST)と連携して研究開発などを行っている。南オーストラリア州では、2017年に同州の水素戦略を策定して以降、4,000万豪ドル以上を水素技術開発に投じた。また、国内外からの投資を呼び込むため、クリーン水素の輸出に関するサプライチェーンのモデリングツールを無償公開している。
オーストラリアでの水素技術の開発には、海外からの関心も集めている。連邦政府はこれまでに、日本や韓国、シンガポール、ドイツ、カナダとパートナーシップに署名した。民間レベルでも、さまざまな企業がオーストラリアでの技術開発に可能性を見いだし、実証などに取り組んでいる。水素関連のプロジェクトをまとめたCSIROのウェブサイト「HyResource 」によると、2021年4月時点で研究プロジェクト31件、商業プロジェクト65件の登録がある。水素の製造や貯留、ガス供給網への混合などによる水素の利用や、燃料電池車の普及促進など、研究開発段階から商業化を目指すものまで、多数のプロジェクトが進行している。
その中でも大きな注目を集めているのが、日豪両政府も支援する水素エネルギーサプライチェーン(HESC)プロジェクトだ。これは世界初の実証事業だ。ビクトリア州ラトロブバレーで産出される褐炭から水素を製造、同州ヘイスティングス港で液化・積荷して、日本の神戸にある液化水素荷役実証ターミナルへ輸送する。日本からは、川崎重工業、電源開発、岩谷産業、丸紅、住友商事が参画。既に褐炭ガス化・水素精製設備と水素液化・積荷基地が運転を開始している(2021年3月15日付ビジネス短信参照)。HESCプロジェクトに参画する企業以外にも、三菱重工業やIHI、千代田化工建設、トヨタ自動車オーストラリアなどの日本企業が携わるプロジェクトは年々増加している。
オーストラリアはこれまで、石炭をはじめとする鉱物資源の輸出に支えられ、経済成長を続けてきた。しかし、主要貿易相手国の中国や日本、韓国が2020年に相次いでカーボンニュートラルの実現を目指すと宣言。オーストラリアは今まさに岐路に立たされている。オーストラリアが志向する水素や電力貯蔵、CCSなどの低排出技術の開発に当たっては、連邦政府も国際連携の必要性を認識している。このことから、今後、日本企業のさらなる参入が期待される。
- 注1:
- オーストラリア・エネルギー評議会は、AGLを含む主要な電力・天然ガス事業者24社で構成される。
- 注2:
- 水素産業に関するオーストラリアの政策やプロジェクトの概要については、調査レポート「オーストラリアにおける水素産業に関する調査」を参照。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・シドニー事務所
住 裕美(すみ ひろみ) - 2006年経済産業省入省。2019年よりジェトロ・シドニー事務所勤務(出向) 。