特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向持続可能な未来に向け環境行動計画を発表(シンガポール)
2021年4月28日
シンガポール政府は2021年2月10日、環境行動計画「シンガポール・グリーンプラン2030」を発表した。同プランは、2030年までに国を挙げて取り組むべき環境政策の包括的なプランだ。政府は同プランで、持続可能な環境を整備して国民の暮らしを守ると同時に、環境に優しいエネルギー源を確保し、クリーンな燃料車の普及を後押しする方針を示した。また、環境プロジェクトに必要な資金を調達するためのグリーンファイナンスなど、新たなビジネス機会の創出も目指す。
街路樹の植樹からCO2削減、新規産業創出など環境目標を策定
シンガポール・グリーンプラン2030は 、(1)太陽光発電など環境に優しいエネルギー利用、(2)環境に関連した新たな産業(グリーンエコノミー)、雇用の創出、(3)街路樹の植樹拡大など都市の自然環境の改善、(4)二酸化炭素(CO2)の排出削減など持続可能な生活環境の整備、(5)未来の気候変動への対応、という5つのテーマの下、政府環境関連の幅広い取り組みを包括したものだ。同プランではこれら5つのテーマに基づき、国家として取り組むべき2030年までの環境目標が設定されている(表参照)。同プランは、環境持続省を筆頭に、貿易産業省、運輸省、教育省と国家開発省の5省が実行する。
政府が環境関連の包括的行動計画や目標を発表するのは、今回が初めてではない。同国は2009年4月に、2030年までの包括的環境長期計画「持続可能なシンガポールのブループリント」を発表した(2009年5月19日付ビジネス短信参照)。また、政府は2012年6月、温室効果ガスの削減に向けた国家としての取り組みをまとめた「環境変化への国家戦略2012」を公表し、2020年までに温室効果ガスを、特別な対策を講じなかった場合の予測排出量(BAU)に比べ7〜11%削減するとの目標を示した(2012年8月1日付ビジネス短信参照)。さらに、2014年には、2009年に発表した同ブループリントを一部改定、アップデートした「持続可能なシンガポールのためのブループリント2015年」を明らかにしている。同ブループリントには、環境に優しい省エネ・ビルの認証制度「グリーン・マーク」の普及や、リサイクル、太陽光発電から公共輸送の利用拡大、公園の整備などの目標が設定されていた。2020年2月、国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定に基づく長期低排出発展戦略として、2050年までに国内のCO2排出量を2030年の半分、年間3,300トンへと削減し、21世紀後半のできるだけ早い時期にCO2排出量を実質ゼロとする目標を発表している。
今回発表されたグリーンプランは、これまでに発表された長期計画で示された目標を改定したものや、2019年3月に発表された食糧自給率目標など最近の政策も反映されており、新旧の環境目標を包括したものとの見方もある。しかし、グレース・フー環境持続相は2021年3月4日、国会での予算審議で、同プランが既存のイニシアティブを単にまとめたものとの見方を否定した。同相によると、「グリーンプランは、長期的、かつ生きている計画であり、新しい技術やソリューションが登場すればその都度目標と戦略をアップデートしていく」方針だ。同相は、同国が世界のCO2排出の約0.1%を占めるに過ぎないと指摘した上で、「小国でも厳しい障害の中で野心的な行動を実行に移せることを世界に示すことができれば、他の国々に対して新たなソリューションを採用する見本にもなる」と強調した。
分野 | 主な目標 |
---|---|
環境に優しいエネルギーの利用 |
|
グリーンエコノミー |
|
都市の自然環境 |
|
持続可能な生活環境 |
|
未来の気候変動への対応 |
|
出所:グリーンプラン2030(詳細はウェブサイト 参照)
太陽光発電を拡大、電力輸入や水素発電も視野に
政府は同グリーンプランについて、「国民の生活環境を改善し、新しいビジネスや雇用の機会をもたらすもの」と述べ、環境分野のビジネス機会の創出も追求している。タン・シーレン第2貿易産業相は3月4日、同プランを受けた国会での予算審議で、発電燃料をより環境に優しいものとするために、天然ガス、太陽光、近隣諸国を結ぶ電力網、水素など代替燃料の4つの「供給スイッチ」を開発していく方針を示した。同国はこれまでに発電燃料を石油から天然ガスへの切り替えを進めている。2020年第1四半期時点で発電燃料の95.3%が天然ガス、残りのうち3.3%がバイオマスや太陽光発電などで、1.1%が石炭である。太陽光発電については、公団住宅の屋上や貯水池の水上など太陽光パネルの設置を進めており、電力網に接続された太陽電池発電設備容量は2013年末の15.3メガワットピーク(MWp)から、2020年第1四半期末に384.1MWpまで拡大した。グリーンプランでは、太陽電池発電設備容量を2030年までに2ギガワットピーク(GWp)以上への拡大を目標としている。タン第2貿易産業相によると、太陽光発電の増加に呼応する形でエネルギー貯蔵システム(ESS)の設置を進める計画で、2025年以降に合計出力200メガワット(MW)のESSを設置する目標だ。
また、タン第2貿易産業相は域内の電力網設置について、エネルギー市場監督庁(EMA)が2021年3月に、マレーシアから100MWの電力を2年間にわたり実験的に輸入する提案依頼書(RFP)を公募することを明らかにした。このほか同相は、ラオス・タイ・マレーシア・シンガポール相互電力統合プロジェクト(LTMS-PIP)に基づく最大100MWの電力取引も開始する計画だと述べた。さらに、政府は代替燃料として水素の導入も計画している。水素の導入をにらみ、三菱商事、千代田化工建設、シンガポールの都市ガス会社シティ・ガス、同国の港湾運営会社PSAコーポレーションおよびジュロン・ポート、都市開発・エネルギー会社セムコープ・インダストリーズ、LNG(液化天然ガス)ターミナル運営会社シンガポールLNG(SLNG)コーポレーションの7社は2020年3月、水素経済の実現に向けた相互協力の覚書を締結した。発表によると、水素導入において千代田化工の水素貯蔵・輸送システムの貢献が期待されているという。
2040年までにガソリン、ディーゼル燃料車を段階的廃止
さらに政府はグリーンプランで、ガソリンやディーゼル燃料の内燃機関車を2040年までに段階的に廃止し、環境に優しい燃料車へと転換するとの目標を設定した。オン・イエクン運輸相は2021年3月4日、国会での予算審議で、同目標達成のため2030年から新規登録する新規乗用車とタクシーがすべて、よりクリーンな燃料車となると発表した。オン運輸相によると、よりクリーンな燃料車とは、ハイブリッド車、電気自動車(EV)、水素燃料車だとしている。また、2025年からディーゼル燃料の新規乗用車およびタクシー車の登録を廃止する計画だ。
政府はEVの普及を後押しするため、さまざまなインセンティブの導入に加え、充電スポットなどのインフラの整備を進めている。2021年1月から、EVを対象に追加登録料(ARF)の45%を払い戻す、EV早期採用インセンティブ(期限:2023年末まで)を導入するとともに、道路税を引き下げた。また、2021年1月から低排出ガス車の購入について払い戻しを行う、乗用車排出スキーム(VES)の強化版(2020年末まで)も始まった。また、EVのインフラ整備の一環として、ヘン・スイキャット副首相兼財務相は2020年2月16日、2020年度予算演説で、EVの充電スポットを1,600カ所から2030年までに2万8,000カ所に増やす計画を明らかにしていた。グリーンプランでは、充電スポットの設置個所を2030年までにさらに6万カ所へと、目標値を引き上げている。2021年度政府予算では、充電スポットの設置費用などEV関連のイニシアティブに向こう5年間で3,000万シンガポール・ドル(約24億円、Sドル、1Sドル=約80円)の予算枠が設けられた。一方、同予算では、クリーンな燃料車の普及促進の一環として、ガソリン税を2021年2月16日付で1リットル当たり0.10~0.15Sドル引き上げている。
環境プロジェクトの資金調達アジア一大拠点を目指す
このほか、シンガポールは金融センターとしての優位性を基盤に、環境プロジェクトに特化した資金提供を行う、グリーンファイナンスのアジアの一大拠点となることを目指している。このためにも2021年度政府予算で、政府が先駆けてグリーンボンド(債券)発行の計画を明らかにした。債券発行の対象として、同国初の水処理施設とごみ処理施設を併設する総合処理施設「トゥアス・ネキサス(2020年9月着工、2025年以降に段階的に完成予定)」を含む総額190億Sドル相当の公共プロジェクトを選定している。
また、政府は、クリーンエネルギーや水処理、ごみの資源化などで差別化できる環境技術を持った地場企業を育成する方針だ。このため、産業・貿易振興機関エンタープライズ・シンガポール(ESG)は地場企業が競争力のある環境技術を取得するのを支援する「環境技術法人プログラム(ESP)」を導入する。同プログラムの詳細は、2021年内にも発表する予定。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ) - 総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。