特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向ブラジルにおける気候変動対策を巡る動向
隠れた再生エネルギー大国ブラジルの底力に着目!

2021年5月17日

ブラジル・アマゾン地域の森林破壊問題。森林火災の映像や写真がメディアで大きく取り上げられることも多く、ブラジルは地球温暖化対策や環境対策の面で「後ろ向きの国」という印象が強い。この問題を巡ってブラジルは、欧米諸国を中心とした環境意識の高い国々から強い非難を受けた。そして、このことは単なる非難だけにとどまらず、既に政治合意されているEUメルコスール通商協定(2019年8月30日付地域・分析レポート参照)の批准への反発をいくつかのEU加盟国から招くなど、ブラジルの政治経済や外交面にまで悪影響を及ぼすことにもなった。

一方で、ブラジルでは、豊富な水力資源があることを背景として発電比率の85%が再生可能エネルギー由来であるなど、古くからの再生可能エネルギー大国であるほか、サトウキビ由来のバイオエタノールを燃料として活用するフレックス自動車が広く普及しており、これは電気自動車よりも二酸化炭素(CO2)削減効果が高いとされている。しかし、このような事実は必ずしも広く認知されているわけではなく、センセーショナルな森林破壊の映像をもって、環境保護や気候変動対策に後ろ向きの国であるとの印象操作がなされるのは、必ずしも適切でないと思われる。

本稿では、ブラジルの基本的なエネルギー政策の方向性や気候変動対策の目標について概観したうえで、現在、萌芽(ほうが)を見せているカーボンニュートラル(二酸化炭素の排出と吸収を同量にすること)に関連するビジネス動向について紹介する。

長期エネルギー需給政策の改定で重点投資分野を設定

2020年12月16日、鉱山エネルギー省は長期的なエネルギー需給政策の在り方を定めた「国家エネルギー計画2050(PNE2050)」を新たに公表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます した。同計画は、エネルギーの生産や消費に関する横断的課題、電源構成に関する方針、エネルギー輸送に関連するインフラ整備、技術開発などの多岐な事項について触れたもので、5年に一度の頻度で見直しがなされているものである。

今般改定された国家エネルギー計画2050(PNE2050)では、計画の終期である2050年は2015年との対比で、エネルギー消費量が2.2倍、電力消費量が3.3倍になると想定しており、これに対応するための手段として、エネルギー源の多角化と十分量の確保を基本方針としている。電力確保の方向性としては、現状の過度の水力発電依存を下げ、水力以外の再生可能エネルギー比率を向上させるほか、原子力の活用を進めるとともに、安定的なベースロードエネルギー源(注1)としてガス火力発電の活用を目指すものである。また、計画中には重点投資分野として、(1)再生可能エネルギー(2)バイオ燃料(3)原子力エネルギー(4)石油ガスの4分野を掲げている。

再生可能エネルギーは、ブラジルのエネルギー構成の44%、発電構成の85%となっており、世界でも非常に高い水準となっている。発電量のうち約66%は水力発電であり、太陽光発電と風力発電が合わせて10%を構成している。しかし、過度な水力依存は、渇水期に電力不足を来すリスクがあることや、社会環境的に巨大ダム建設が困難になっていること、大型水力は大消費地に遠く送電コストがかさむことなどから、過剰な水力依存から脱却し、太陽光発電と風力発電を拡充する方針としている。また、再生可能エネルギーの貯蔵のための技術開発を推進することとしている。

バイオ燃料(注2)の活用は、温室効果ガス削減のための中心的な役割として位置づけ、2019年から実施されているヘノバビオ(Renovabio)計画外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (注3)を通じて、市場メカニズムを活用しつつ燃料消費におけるバイオ燃料の割合を拡大することとしている。

ブラジルにおける原子力発電は、現在のところ、発電量ベースでは全電源の中で3%程度、発電能力は2つの原子力発電所で計2ギガワット(GW)となっているが、今後30年間に能力を8〜10ギガワットに拡大することが計画されている。また、世界第7位のウラン埋蔵国であることに鑑み、ウラン資源の開発を進め、ウラン資源市場における有力プレイヤーになることを目標として掲げている。

石油に関しては、豊富な埋蔵量を有するプレソル油田の採掘量を2040年までに倍増させ、世界で五指に入る産油国となることを目指している。また、ガスについては、現在進行中のガス新市場プログラム(Programa Novos Mercado de Gas)を進めるとともに、ガス火力発電をベースロードエネルギー源と位置付け、発電源におけるガス火力発電の比率を少々上げることとしている。

パリ協定の下でのブラジルの温室効果ガス削減目標(NDC)数値は野心的か

前述の長期的なエネルギー需給政策のほか、ブラジル政府の気候変動対策である温室効果ガス削減目標(NDC)についても紹介する。ブラジル政府は、2020年12月9日にNDCの改訂版を国連の気候変動枠組み条約(UNFCCC)事務局に提出した。これは2016年のブラジルのパリ協定批准を受けて提出した初版のNDCの改訂版に当たるものである。

温室効果ガスの排出削減目標については、2016 年版のNDCと同様、2005年を基準年とし、2025年までに温室効果ガス排出量を37%減、2030年までに43%減を目指すこととしており、文言上は目標が維持されている。この37%減や43%減という数字は、世界でも有数の野心的なものとブラジル政府は自賛しているが、2020年版のNDCにおいては、基準年である2005年の温室効果ガス排出量の見積もり値を変更できるとしていることに留意が必要である。2016年版のNDCでは2005年時点のブラジルの二酸化炭素排出量を21億トンと見積もっているのに対して、2020年版NDCでは28億トンとしており、実質的に後退した目標となっている。

また、2020年版のNDCでは、資金的移転を受けられることを条件としながらも、2060年までの「気候変動ニュートラル(climate neutrality)」の達成を長期目標として新規に盛り込んでおり、この点では前版にないポジティブな材料として受け止められている。

前述のように、ブラジルの提出したNDCに対する評価は難しい。前向きに対応している姿勢を示しつつも実質的には控えめな数値目標となっており、世界的な批判をかわしつつも現実的な折り合いを付けていこうとする苦肉の策のようにも見受けられる。

気候変動対策に対応した新ビジネスの萌芽

世界的なカーボンニュートラルの流れに対応していく動きは、ブラジルにおいては官民ともに大きく目立つものはないように見受けられるが、その萌芽は出始めている。ここでは、カーボンニュートラルな事業への取り組みを開始した以下2つの現地企業の事例を紹介する。

1つ目は、カーボンニュートラル牛肉だ。2020年8月27日、ブラジル農務省はカーボンニュートラルとなる飼育方法で生育された肉牛の認証制度の創設を公表し、併せて同制度の下で認証された肉製品が市販されることを公表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます した。

ブラジル農務省傘下のブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)は、2012年からカーボンニュートラルとなる飼育手法や認証手法について研究してきており、生産者には温室効果ガスを相殺するための植林が義務付けられるとしている。EMBRAPAによれば、牛11頭が1年間に排出するメタンガスを相殺するには、1ヘクタールあたり200本の木が必要だという。

カーボンニュートラルとなる牛肉を生産する事業者は、認証を受けることによりCCN (Carne Carbono Neutro)マークを付した製品を出荷することができる。現在のところ、ブラジル国内では、認証を受けている唯一の畜産事業者のカーボンニュートラル牛肉が、大手食肉加工事業者のMarfrig社を通じ、2020年8月からサンパウロ市内の主要なスーパーマーケットで販売されている。


サンパウロ市内で販売されているカーボンニュートラル牛肉製品
出所:ブラジルの大手スーパーチェーン「ポン・ジ・アスーカル」のウェブサイトより

2つ目は、ブラジルを拠点とする大手食品デリバリー企業「iFood」の取り組みだ。同社は2021年3月25日、環境影響軽減のための取り組みを発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます した。取り組みの内容は主として2つあり、1つは、プラスチック汚染防止と廃棄物の削減である。もう1つは、2025年までに事業活動におけるカーボンニュートラルの達成を目指すというものである。

廃棄物削減について同社は、半自動のリサイクル工場をサンパウロに建設し、容器リサイクル率の向上を図るほか、将来的にはサプライチェーン全体をプラスチックフリー包装に変革したいとしている。また、ほかにも、顧客がフードデリバリーを依頼する際に、プラスチック製カトラリーを不要とできるオプションをアプリ内に設けることとした。同社によれば、90%の消費者がこのオプションを利用したことで、何万本ものプラスチック製カトラリーが削減されたという。

カーボンニュートラルの観点では、排出量取引制度を活用していくほか、同社の配送車両を、内燃エンジンのバイクから電動バイクや電動自転車へと移行していく予定である。同社は既に、サンパウロとリオデジャネイロで1,000台の電動自転車を共有しているが、ブラジルの電動バイクメーカーであるVoltz Motors外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 社と提携し、今後1年間で1万台以上の電動バイクも導入することを目指しているという。

とかく環境対策や地球温暖化対策に後ろ向きの国として名指しで非難されることの多いブラジルであるが、ブラジルの現状はそれほど悪くないにもかかわらず、悪い印象だけが先行してしまっているのである。

米国バイデン政権の誕生(2021年1月)を受けて、ブラジルは、ジャイール・ボルソナーロ大統領からジョー・バイデン大統領に宛てて、アマゾンの持続的開発のための環境対話の継続やエネルギー分野での対話の深化を呼びかけるなど、環境保護への取り組みを積極化する姿勢を示しており、今後のブラジル政府の環境政策や気候変動対策について注視していきたい。ブラジルにも更生の可能性はあると期待したい。


注1:
発電(運転)コストが低廉で、安定的に発電することができ、昼夜を問わず継続的に稼働できる電源のこと。
注2:
バイオマス(生物資源)を原料とする燃料のこと。
注3:
パリ協定履行への貢献や、バイオ燃料の拡大の促進、バイオ燃料の生産・使用におけるエネルギー効率の向上と温室効果ガス排出量の削減、燃料市場の見通しを立てることなどを目的とした計画。
執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所 次長
岩瀬 恵一(いわせ けいいち)
1993年通商産業省(現経済産業省)入省、貿易経済協力局特殊関税等調査室長、資源エネルギー庁長官官房総合政策課企画調査官、東北経済産業局地域経済部長などを経て、2017年現職に就任。

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