特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向産油国UAEも再生可能エネルギーの活用と水素製造に取り組む
2021年9月1日
産油国のアラブ首長国連邦(UAE)は建国以来、石油・ガスを主たる収入源として成長を遂げてきた。脱炭素やクリーンエネルギーへの転換など、世界の潮流はUAEにとって逆風ともいえる。しかし、UAE政府はパリ協定への参加をはじめとする様々な政策を打ち出し、従来からの脱・石油依存による産業多角化政策と合わせて、世界の流れに乗ろうとする意欲を打ち出している。本稿では、UAE政府が掲げるグリーン関連政策を概観し、同国における太陽光発電などへのエネルギーシフトや、活発化する水素ビジネスへの取り組みについて、進展中のプロジェクトなどを紹介する。
政府は様々な戦略・政策で「グリーン成長」に言及
UAE連邦政府および各首長国政府は、国の将来像を示して成長の指針とするため、各分野における戦略や政策を掲げている。戦略・政策は、経済全体の大きな方針を示すものから、ヘルスケアや観光など産業別に具体的な目標を盛り込んでいるものまで、また連邦レベルや首長国レベルなど、範囲も様々なものが存在するが、中でも目立つのが、グリーン成長をテーマに掲げる戦略だ。
それらにおおむね共通してみられるのが、温室効果ガス(GHG)の削減、太陽光などの再生エネルギーの活用促進、エネルギー消費の削減と、イノベーションの活用となっている(表1参照)。あらゆる戦略・政策の中で「グリーン成長」が言及されており、UAEで将来に向けて重視されていることを示している。
政策名 | 制定年 | 範囲 | 主な目標(グリーン成長に関する言及部分) |
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ドバイ・クリーン・エネルギー戦略2050 | 2015年 | ドバイ | 2050年までにエネルギー需要の75%をクリーン・エネルギーとする。 |
UAEエネルギー戦略2050 | 2017年 | 連邦 | 表2参照 |
国家気候変動プラン(2017-2050) | 2017年 | 連邦 |
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国家先進イノベーション戦略 | 2018年 | 連邦 |
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ドバイ・ペーパーレス戦略 | 2018年 | ドバイ | 政府のペーパーレス化を促進し、年間10億枚以上の紙使用を削減する。 |
先進的産業政策 | 2019年 | 連邦 |
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環境ビジョン2030 | 2019年 | アブダビ | 2030年を目途に気候変動へのインパクト極小化、大気汚染の改善、水資源の保全、生物多様性の保全、廃棄物処理の最適化を目指す。 |
ラスアルハイマ・エネルギー効率・再生エネルギー戦略2040 | 2019年 | ラスアルハイマ |
2040年までのエネルギー効率および再生エネルギーに関する目標を制定。首長国内エネルギー消費を30%、水消費を20%以上削減し、再生エネルギーのエネルギーミックス割合20%を目指す。以下の取り組み等を実施。
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UAE環境政策 | 2020年 | 連邦 |
環境保護を目的とし、以下の目標を達成するために100以上の活動項目を制定。
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パリ協定に対する「国が決定する貢献」(NDC) | 2020年 | 連邦 | 2030年までに温室効果ガス(GHG)排出量を自助努力で23.5%削減。 |
国家水・エネルギー需要マネジメント・プログラム | 2021年 | 連邦 |
2050年までに:
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ドバイ・グリーンモビリティ戦略2030 | 2020年 | ドバイ | 2030年までに、ドバイの道路で走行する自動車の2%、また、ドバイ政府が調達する自動車の30%を電気自動車(EV)またはハイブリッド車とする。 |
米UAE農業イニシアチブ | 2021年 | 連邦 | UAE・米国間で、低炭素排出を促進するための農業および食料システムの革新技術・研究開発について協力する。オーストラリア、ブラジルなど各国からの支援も受ける。 |
ドバイ都市マスタープラン2040 | 2021年 | ドバイ | ドバイ中心地(デイラ、ダウンタウン、マリーナ地区等)の都市計画を制定。環境に配慮し、持続可能なものとする旨が主要目標の中で言及。 |
出所:UAE連邦政府、首長国政府ウェブサイトを基にジェトロ作成
パリ協定へ参加、温室効果ガス削減目標23.5%を掲げる
数ある戦略の中でも着目すべき目標は、パリ協定へのコミットメントと、「UAEエネルギー戦略2050」である。
UAEは、2015年12月の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)のパリ協定に参画しており、2020年12月に発表した2度目の「国が決定する貢献」(NDC:Nationally Determined Contribution)の中で、気候変動対策を実施しなかった場合(注1)と比べて、2030年までの温室効果ガス(GHG)の削減目標を、国内の自助努力で23.5%と設定した。国際社会に対して広く表明したコミットメントとして、政府にとっても重要なマイルストーンとなる。
また、連邦政府が2017年に発表した「UAEエネルギー戦略2050」では、各種エネルギーの有効活用によるコスト削減と持続可能な成長を目指して、国内のエネルギーミックスにおいて、2050年までに国内の発電に占めるクリーンエネルギーの寄与度を50%とすること、発電時の二酸化炭素(CO2)排出量を70%削減することなどの野心的な目標を掲げている(表2参照)。これらの目標はUAEが掲げるゴールの柱として、他の戦略でもたびたび言及されている。
表2:UAEエネルギー戦略2050
- 2050年までに達成する事項
- 発電に占めるクリーンエネルギーの割合(エネルギーミックス)を50%に。
- 発電時の二酸化炭素排出量を70%削減。
- 個人や企業のエネルギー消費効率を40%効率化。
- エネルギーミックスの割合目標は以下の通り定める。
項目 | 割合 |
---|---|
再生エネルギー | 44% |
ガス | 38% |
クリーン・コール | 12% |
原子力 | 6% |
出所:UAE連邦政府ウェブサイトを基にジェトロ作成
世界最大級の太陽光発電所建設など、新たなプロジェクトが進展
ここからは、具体的なプロジェクトの取り組みを見ていく。太陽光をはじめとした再生可能エネルギーの活用が、グリーン成長に向けた取り組みの筆頭だ。現在の国内の発電エネルギーミックスは、ガスが大半を占めているが、近年、太陽光の比率が高まっている。砂漠地帯が多いため、地価が安く、豊富な日射量を最大限に生かすことができる中東は、太陽光発電に適した地域と言える。
脱炭素が世界的な流れとなっているものの、石油・ガスの国際的な需要はしばらく続いていくと予想されるため、国内のエネルギー消費をなるべく再生可能エネルギーで賄い、石油・ガスをできるだけ多く輸出に回すことで、外貨収入を確保するという狙いもある。
UAEでは、2009年にアブダビで稼働したマスダール・ソーラープロジェクトを皮切りに、10件以上の太陽光発電所の建設プロジェクトが既に稼働(または稼働予定)となっている(表3参照)。アブダビで2017年4月に完工したスワイハン太陽光発電所は、丸紅が主導し、自らが20%を出資、日系メガバンクなど8行からの融資を取りまとめた。300万枚の太陽光パネルを擁し、1,117メガワット(MW)の発電容量は、現在稼働中の単一太陽光発電所としては世界最大級の規模だ。
No | 発電事業(場所) | 種類 | 規模(メガワット=MW) | プロジェクト・オーナー | 参画事業者 | 稼働開始予定 |
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1 | マスダール・ソーラープロジェクト(アブダビ) | 太陽光 | 10 | マスダール(UAE) | エンヴィロメナ・パワーシステムズ(UAE) | 2009 |
2 | サー・バニヤス(アブダビ) | 風力 | 0.85 | アブダビ観光開発投資公社(UAE) | マスダール(UAE) | 2012 |
3 | シャムス1(アブダビ) | 太陽光 | 100 |
マスダール(UAE) アベンゴア(スペイン) トタル(フランス) |
アベンゴア(スペイン) アベネール(スペイン) テイマ(ウルグアイ) |
2013 |
4 | ムハンマド・ビン・ラーシド・アル・マクトゥーム・ソーラーパーク(ドバイ) | 太陽光 |
フェーズ1: 13MW |
ドバイ電気水道局(DEWA) | ファースト・ソーラー(米国) | 2013 |
5 |
フェーズ2: 100MW |
ACWAパワー(サウジアラビア) TSK(スペイン) |
2017 | |||
6 |
フェーズ3: 800MW |
グランソーラー(スペイン) アクシオナ(スペイン) ゲッラ(イタリア) マスダール(UAE) EDFグループ(フランス) |
2020 | |||
7 |
フェーズ4: 950MW |
上海電気(中国) ダウ(米国) |
2022 | |||
8 |
フェーズ5: 900MW |
上海電気(中国) ACWAパワー(サウジアラビア) |
2021 | |||
9 | ヌール・アブダビ・ソーラーパワープロジェクト(スワイハン太陽光発電所) | 太陽光 | 1,177 | エミレーツ水電力公社(EWEC) |
丸紅(日本) ジンコソーラー(中国) アブダビ国営エネルギー公社(UAE)など |
2019 |
10 | アル・ダフラ・ソーラープロジェクト(アブダビ) | 太陽光 | 2,000 | エミレーツ水電力公社(EWEC) |
CMEC(中国) アブダビ国営エネルギー公社(UAE) マスダール(UAE) EDF(フランス) ジンコパワー(中国) |
2022 |
11 | (ラスアルハイマ) | 太陽光 | 15 | ラスアルハイマ政庁 | 未定 | 2022 |
12 | ランドフィル・ソーラープロジェクト | 太陽光 | 120 | Emirates Waste to Energy Company(UAE) |
ビーア(UAE) マスダール(UAE) |
2023 |
13 | ハッタ・アル・アワル・ダム(ドバイ) | 水力 | 250 | ドバイ電気水道局(DEWA) |
EDFグループ(フランス) ストラバッグ(オーストリア) アンドリッツ(オーストリア) オズカー(トルコ) |
2024 |
14 | (ウンム・アル・カイワイン) | 太陽光 | 200 | 連邦電気水道局(FEWA)(UAE) | 未定 | 未定 |
15 | (ウンム・アル・カイワイン) | 太陽光 | 500 | 連邦電気水道局(FEWA)(UAE) | 未定 | 未定 |
注記:合計(No.4~8):5,000MV。
出所:各社ウェブサイトなどを基にジェトロ作成
一方、2020年8月にはアブダビでバラカ原子力発電所が稼働、翌2021年4月には営業運転を開始した。これにより、UAEはアラブ諸国で初めて原発を商業化した国となった。韓国電力公社(KEPCO)が受注し、東芝エネルギーシステムズが蒸気タービン・発電機を納入している。稼働した1号機は1,400MWの発電容量を持つ。最終的には、全4基で5,600MWの電力を供給することになり、UAEの電力需要量の約25%を占めることになるという。
水素製造に向けた取り組みも積極的に推進
UAEでは、水素の製造に向けた動きも進展しつつある。ブルー水素の製造に必要な天然ガスは国内に豊富に存在するため、他国に比べて価格競争力がある。一方で、太陽光発電の容量も増加しており、グリーン水素の製造ポテンシャルも徐々に広がりつつある。ブルー・グリーンの両輪で水素ビジネスに参画する狙いで、プロジェクトが相次いで発表されている。
ドバイのムハンマド・ビン・ラーシド・アル・マクトゥーム・ソーラーパーク(MBRソーラーパーク)は2021年5月、太陽光エネルギーを活用したグリーン水素の製造プラントを、中東・北アフリカ(MENA)地域で初めて稼働させた。 プラントはドイツ・シーメンスが受注しており、製造した水素は2021年10月から開幕するドバイ万博でもデモンストレーションされるという。
アブダビでは、さらに多くの動きがみられる。2021年1月に、アブダビ政府系ファンドのムバダラ・インベストメント、同じく政府系持ち株会社のADQ、アブダビ国営石油会社(ADNOC)の3社が「アブダビ水素アライアンス」の設立を発表。アブダビをブルー・グリーン水素の国際ハブにすることを目指している。続いて同月、ムバダラ・インベストメントはシーメンスとグリーン水素、化合燃料の協力に関する覚書(MoU)に署名した。さらに同じタイミングで、アブダビの再生エネルギー関連プロジェクトを手掛けるマスダールが、シーメンスや丸紅と共にグリーン水素エコノミーの開発に取り組むMoUを締結。MoUにはアブダビ・エネルギー省、UAEのエティハド航空、ドイツのルフトハンザ航空、アブダビのハリーファ科学技術大学も参画し、産官学一体で進める予定だ。同年5月には同枠組みの中で、持続可能な航空燃料(SAF)への活用を見据え、グリーン水素プラントを2022年までに建設すると発表されている。同じく5月、ADNOCはアブダビのルワイス工業地区で世界最大級のブルー・アンモニアプロジェクトを、アブダビ・ハリーファ工業地区(KIZAD)はグリーン・アンモニア製造工場の建設を開始すると発表した。アンモニアは、水素から簡易に生成でき、用途も広く、輸送および貯蔵技術が既に確立されているなどの利点がある。ADNOCは、8月にブルー・アンモニアの初輸出を早々と発表し、日本の伊藤忠商事が1番目の顧客となった。
各国と技術協力、市場はアジアを見据える
水素の製造技術については外国からの導入が必要だが、UAEやサウジアラビアの中東産油国とのアライアンスは、欧州や米国、中国が先行している。とりわけドイツは、複数のプロジェクトでシーメンスが参画しているほか、2021年1月に「UAEおよびドイツのエネルギー転換における水素の役割」と題したUAEとの共同スタディを発表。これからのUAEの水素活用プランについて提言し、水素分野での結びつき強化を進めている。同文書では、UAEは(1)グレー水素(注2)からブルー、そしてグリーンへシフトする、(2)水素を重要な輸出品目として捉える、(3)グリーン水素は、国内では製鉄および化学品製造に用いることを想定する、(4)純水素の適切な輸送法を確立する必要性がある、などの方向性を示している。
国内で最大の水素製造者になるとみられるADNOCグループCEO(最高経営責任者)のスルタン・アル・ジャベル博士は、「ブルー水素・アジア市場の重視」に言及している。インドとの水素に関するハイレベル会合で、「インド市場をブルー水素の輸出先として重要視し、グリーン水素に取り組みつつも、ブルー水素にまずは重点を置く」と発言している(4月15日付国営エミレーツ通信(WAM))。前述のアンモニア製造プロジェクトのプレスリリースでも、有力な輸出先として日本と韓国が挙げられており、ブルー水素市場をアジアに見いだしていることがうかがえる。
「ブルー」に注力する理由は、豊富な天然ガスを活用できる利点を重視した点や、風況が弱いため、発電コストの安い風力発電を活用する隣国のサウジアラビアのNEOMや、オマーンのドゥクムには競争力で劣る点などが考えられる。また、欧州市場が既に「グリーン」重視を表明しており、ブルー水素の市場としては見込めない点も、アジアに活路を見いだす背景にあるとみられる。
日本との提携も、官民で進んでいる。日本の経済産業省は2021年1月、ADNOCと協力覚書(MoC)を締結し、燃料アンモニアおよびカーボンリサイクル分野での2国間協力を加速させるとした。あわせて、同年4月には、経済産業省とUAE連邦エネルギー・インフラ省の間で水素分野におけるMoCを締結。水素政策の全般的な情報交換、水素製造と日本への輸送を含むサプライチェーンの構築などについて協力を深めるとした。同年7月には、ADNOCと日本のINPEX、JERA、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の4社が、ブルー水素からアンモニアを製造するサプライチェーンの共同調査開始を発表。JERAのプレスリリースによると、「アブダビにおいて、天然ガスを改質して製造した水素を基にアンモニアを合成し、同時に排出される二酸化炭素(CO2)を、INPEXが参画するアブダビ陸上油田にて、CO2を用いた原油回収促進(CO2 EOR)(注3)に利用することで、CO2排出量を大幅に抑制したクリーン・アンモニアを、日本に輸送する事業の事業化可能性を調査」するとしている。
最後に、新たなエネルギーの活用に向けて、異なるアプローチをとっている事例も挙げたい。国内アルミニウム製造最大手のエミレーツ・グローバル・アルミニウムは、「グリーン・アルミニウム」でドイツ自動車大手BMWのCO2排出量削減に貢献する。太陽光由来の電気で製造したアルミを世界で初めて商業化し、BMWに供給する。
ドバイでは、廃棄物からの発電にも取り組む。伊藤忠商事、日立造船イノバなど6社のコンソーシアムは、一般廃棄物を焼却する際に発生する熱を利用し、発電を行う。発電容量は約200MWで、ドバイ政庁に35年間の契約で電力を供給する。
1971年の建国以来、産油国として富を築いてきたUAEは、建国50年を迎える今、大きな転換点に立たされており、グリーン成長に向けて、クリーンエネルギーなど各種エネルギーの有効活用への取り組みを加速させている。
- 注1:
- BAU(Business As Usual)シナリオのこと。UAEはSecond NDCにおいて、2016年を基準年として作成。
- 注2:
- 化石燃料由来の水素で、二酸化炭素(CO2)の排出を伴う。
- 注3:
- CO2を地下に圧入することで、原油回収率を向上させ、生産量を増加させる技術。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ドバイ事務所
山村 千晴(やまむら ちはる) - 2013年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ岡山、ジェトロ・ラゴス事務所を経て、2019年12月から現職。執筆書籍に「飛躍するアフリカ!-イノベーションとスタートアップの最新動向」(部分執筆、ジェトロ、2020年)。