特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向グリーン経済の進展にビジネス機会(アジア大洋州(総論))

2021年4月28日

近年、カーボンニュートラルを目指す動きが活発化している。欧州、米国、日本など主要国・地域を含め2050年までのカーボンニュートラルに賛同したのは123カ国・1地域に上る(2020年12月12日時点、経済産業省)。これには、バングラデシュ、パキスタン、ミャンマー、カンボジア、ラオスなどアジア大洋州地域の国・地域が含まれる。それ以外の域内諸国も、2015年12月の第21回締約国会議で採択されたパリ協定合意にあたって約束草案(INDC)を提出することで、2030年および2030年以降の排出削減目標を設定している。ただし、アジア大洋州においては、目標設定の内容や度合いは国によって多岐にわたっており、その野心の度合いや実現可能性は国によって大きな違いがあるのも実態だ。本稿はアジア大洋州地域(14カ国)における気候変動・環境対応の状況、主要国の政策、新たなビジネス機会などについて概観を紹介したい。

エネルギー需要の増加に伴いアジア大洋州地域の排出量は増加傾向

世界の温室効果ガス(GHG)排出量の推移、およびアジア大洋州の各国・地域(14カ国)における特徴はどのようなものか。世界のGHG総排出量の最新値(2018年値)は、約489億4,000万トンだった〔CO2(二酸化炭素)換算〕。この水準は1990年比で1.5倍だ。国・地域別に構成比をみると、中国が最も高く23.9%を占め、米国(11.8%)、インド(6.8%)、EU27カ国(6.8%)、ロシア(4.1%)、インドネシア(3.5%)と続いた。本稿で対象とする国・地域では、とりわけ、インド、インドネシアが占める割合の高さが目立つ。

表1は、アジア大洋州地域の主要14カ国における国別、セクター別のGHG排出量(2018年)をみたものである。アジア大洋州主要国(14カ国)が世界全体に占める割合は16.7%。1990年の12.0%から増加基調にある。産業発展やエネルギー需要の増加などに伴い、GHG排出量は過去最高の水準となった。セクター別にみると、「電力」はGHG全体の27.5%を占めた。当該地域における電力部門が排出するGHGの多くは石炭発電に由来する。次に、「製造/建設」と「産業プロセス」は合わせて16.8%を占める。中国における同セクターの割合と比較すると相対的に低い構成比だが、アジア大洋州地域では今後も工業化が進展することが見込まれ、生産プロセスなどにおける低炭素化・脱炭素化の取り組みが求められる。

アジア大洋州地域におけるGHG排出量の3割強を構成する「農業」と「土地利用、土地利用変化および林業分野」は、世界全体でも同地域(14カ国)の占める割合がそれぞれ3割弱、7割強と高い。とりわけ、後者に関してはインドネシアが占める割合が世界合計の5割を超えており、森林再生、農業・林業改革、食料産業の保護などの必要性が指摘される。最後に、「運輸」および「建築物」は、セクター別で1割強とまだ低い。ただし、域内では、後述するように電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)などの低炭素化・脱炭素化技術による排出量削減の可能性がある。

表1:アジア大洋州主要国における温室効果ガス(GHG)の年間総排出量(2018年)〔単位:100万トン(CO2換算)、%〕(△はマイナス値)
国・地域名 GHG
合計
産業別
電力 製造/
建設
産業プロセス 農業 土地利用、土地利用変化および林業分野 運輸 建築物 その他
世界合計 48,940 15,591 6,158 2,903 5,818 1,388 8,258 2,883 5,942
インド 3,347 1,241 571 149 719 △ 28 305 119 271
インドネシア 1,704 243 114 37 200 734 154 25 195
オーストラリア 619 221 39 17 160 4 100 15 63
パキスタン 438 60 56 25 186 7 57 21 27
タイ 431 106 44 72 69 14 76 7 44
マレーシア 388 125 35 20 14 81 61 3 48
ベトナム 364 109 64 37 71 △ 12 36 16 43
フィリピン 235 70 15 19 61 2 36 10 21
ミャンマー 232 10 9 1 78 112 6 1 14
バングラデシュ 221 39 18 4 89 22 12 10 28
カンボジア 69 3 1 1 21 32 6 1 4
シンガポール 67 26 14 15 0 0 7 1 5
ラオス 39 14 1 1 10 9 3 0 1
スリランカ 37 8 1 2 6 2 10 1 7
14カ国合計
(構成比)
8191
100.0%
2276
27.8%
982
12.0%
400
4.9%
1684
20.6%
980
12.0%
869
10.6%
229
2.8%
771
9.4%
世界合計に占める割合 16.7% 14.6% 15.9% 13.8% 28.9% 70.6% 10.5% 8.0% 13.0%
(参考)中国 11,706 5,214 2,667 1,166 673 △ 649 917 542 1,175
(参考)日本 1,155 562 192 68 22 △ 32 205 106 33

出所:世界資源研究所 Climate Analysis Indicators Tool (CAIT) よりジェトロ作成

「グリーン・リカバリー」に向けた姿勢を見せるアジア大洋州地域の国々

新型コロナウイルスは、各国の低炭素化・脱炭素化に向けた動きを後押ししている。アジア大洋州地域でも、グリーン社会への移行を好機と捉え、環境投資を通じて経済回復を目指す「グリーン・リカバリー」への姿勢を見せる国もある。

タイは2021年1月、「バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済」を国家戦略に据えると表明した。これは、新型コロナウイルスで打撃を受けた経済の回復と、バイオ技術や再生資源・エネルギーなどの環境配慮型技術の進展や生産効率性の向上を同時に進め、新たな持続的成長の牽引役にするという構想である。2021年から2026年の中期的な計画による国家戦略として進め、農業や公衆衛生、観光など強みを持つ分野を生かし、タイ経済・社会の発展を目指す。

シンガポールは2021年2月、「グリーンプラン2030年」を発表した。同プランは、持続可能な社会づくりとともに、新たな環境ビジネス機会創出を目指すもので、貿易産業省、運輸省、国家開発省、持続可能性・環境省、教育省の5省が共同で発表した。5つの取り組むべき課題として「都市の中の自然環境の創出」「持続可能な生活の推進」「クリーンエネルギーの活用」「グリーン経済の発展」「回復力のある未来の構築」をあげ、温室効果ガス低減や環境に優しい車両の導入などを促進する。

インドでは2019年9月、ナレンドラ・モディ首相が、国連気候行動サミット(米国ニューヨーク開催)で、同国発電設備容量における自然エネルギーを拡大する新たな目標を発表した。同目標により、政府が自然エネルギーを野心的に拡大させていることが改めて示された。同首相は2020年11月、再生可能エネルギー投資に係る会議において、インドでのエネルギー需要が拡大する中、再生可能エネルギー産業に年200億ドル(約2兆1,600億円、1ドル=約108円)の投資が必要との見通しを示した。

アジア大洋州では化石燃料が基幹電源として地位を維持

カーボンニュートラル達成に向けた具体的な取り組みについては、エネルギーの供給・需要の両面で可能性を秘めている。供給サイドでは、石炭火力発電を天然ガス、再生可能エネルギー(太陽光、風力、バイオマス、バイオ燃料など)へ転換する方針が注目される。前述したように、アジア大洋州地域におけるGHG排出量をセクター別にみると、電力部門が最大で、そのうち石炭が最大の電源となっている。今後、同地域では、さらなる経済発展、人口拡大、気候変動に伴うエアコン需要の高まりなどにより、エネルギー需要の増大が見込まれるなか、化石燃料への依存度を下げることが課題である。国際エネルギー機関(IEA)によれば、現在、最大の電源となっている石炭の構成比は今後、緩やかに低下することが予想されているものの、インドやASEANでは、2050年もそれぞれ55%、39%を占めるなど基幹電源を維持することが見込まれる。

天然ガスについては、ASEANでは2050年の発電構成の34%を占めると予想され、2018年の35%と同水準にとどまる。再生可能エネルギーは、ASEANでは2018年の6%から2050年の15%まで拡大する。ただし、再生可能エネルギー移行にあたっては、莫大(ばくだい)な初期投資コストが必要である点が課題だ。再生可能エネルギー発電が、安価な石炭火力発電にとって代わることは容易ではなく、政府による財政的な支援やインセンティブが不可欠であろう。アジア大洋州の各国・地域では、安定供給可能な石炭を重要な資源とみる傾向にあり、石炭比率を大きく減らしにくい傾向にある。

グリーン経済は日本の技術・イノベーションを生かす好機

エネルギーの需要面からみると、米国の調査会社ベイン・アンド・カンパニーが2020年11月に発表した報告書において、東南アジアにおけるグリーン経済の進展は大きなポテンシャルがあるとされている。グリーン経済がもたらす効果は、2030年までに年間で最大1兆ドルにのぼると推計された(表2参照)。内訳をみると、「エネルギー・資源」では、省エネの取り組みや再エネ・代替燃料への転換などにより2,700億ドル、「食料・農業」は、代替プロテイン・機能食品、養殖・都市農業などにより2,050億ドルの経済効果を生む。「産業・物流」では、デジタル物流マネジメントや効率的な製造システム構築などにより2,000億ドル、「都市」は、モビリティ2.0(電気自動車、ハイブリッド車など)、廃棄物・グリーン素材導入などにより1,850億ドルがもたらされるほか、「ヘルスケア・教育・小売り」「グリーン金融」が経済効果を与えると推計した。

表2:グリーン経済がもたらす経済効果の推計(ASEAN)(単位:億ドル)
項目・小計 主な項目
エネルギー・資源
2,700
省エネ
950
再エネ・代替燃料の利用
1,000
資源開発における自動化・電化等
300
資源インフラの関係者間共有
250
バイオ燃料
200
食料・農業
2,050
代替プロテイン、機能食品
750
養殖・都市農業
500
バリューチェーンを通じたトレーサビリティ構築
150
持続可能な農業による生産性向上
400
食品ロス削減
250
産業・物流
2,000
デジタル物流マネジメント
800
効率的な製造システム構築
900
サプライチェーンにおけるルール標準化
150
物流のクリーン燃料利用・エネルギー効率の高い倉庫
100
持続可能な包装
50
都市
1,850
IoT活用
450
次世代住宅・建築物
200
モビリティ2.0(電気自動車、ハイブリッド車等)
500
廃棄物・グリーン素材
500
公共機関・スマート都市計画
200
その他 「ヘルスケア・教育・小売り」「グリーン金融」など

出所:ベイン・アンド・カンパニーよりジェトロ作成

温室効果ガスの排出削減を進めるにあたっては、企業、物流、一般家庭などサプライチェーン全体での対応が求められる。産業にとっては、コスト増などが生じるリスクであると同時に、大きなビジネス機会にもなりうる。グリーン関連分野における課題先進国として、日本企業が持つさまざまな技術・イノベーションを活用することで、上記のようなさまざまな事業機会を獲得する可能性が高まっているといえる。

域内のEVハブを目指すタイ、インドネシア

このうち、世界的な潮流である電気自動車(EV)化の流れは、アジア大洋州地域の自動車業界でも見られている。ASEANでは、自動車生産において電動化・ゼロエミッション化に係る政策を進めており、とりわけ、タイとインドネシアは、域内のEVハブを目指し、電動化政策を発表している。タイでは、2030年までに新車生産台数の30%をEVとする目標を掲げていたが、2021年3月現在では50%へ引き上げることを検討している。2017年にEVやバッテリー生産に係る投資優遇制度を開始し、法人税免除、生産に係る機械の関税免除などの恩典を付与している。2021年2月には、新たな新税務恩典を公表した。インドネシアでは、2019年8月、EV促進に係る政令を発表し、2022年からEV生産本格化、2025年までに生産台数の20%をEV(ハイブリッド車を含む)にするという目標が示された。同国では、コバルト、マンガンなどバッテリーに使用される資源が豊富であることから、完成車のみならず部品産業の育成も見据える。そのほか、マレーシアでは、EVを含む次世代自動車の生産のため、技術開発や誘致に取り組む。インドも、EVの普及・製造に向けた補助金スキーム「FAME(Faster Adoption & Manufacturing of Hybrid and Electric Vehicles)インディア」フェーズ2を実施するなど、EV普及に注力している。フィリピンでは、バッテリーや充電器などのEV関連部品・製品の製造拠点となることを目指している。

生産にかかる企業動向では、タイでは、トヨタ、日産、三菱自動車がEVやプラグインハイブリッド車(PHV)の生産を、メルセデス・ベンツやBMWがバッテリー生産を予定する。加えて、地場企業のエネジー・アブソルートが国産EVの生産を発表した。中国企業もEV生産への投資を拡大しており、上海汽車が出資するMGがEVの生産販売を2019年から開始しているほか、長城汽車もタイでEVを中心とした生産準備を進める。インドネシアでは、韓国の現代自動車がEVの生産工場を建設中で2022年をめどに開業する。また、中国CATL(寧徳時代新能源科技)、韓国LGがリチウムイオン電池工場をインドネシアに建設予定であることが報じられた。

自動車の低炭素化・脱炭素化にあっては、電力不足などインフラ整備の遅れから課題は多い。とりわけ、長距離を走る自動車に必要な充電ステーションは急速充電できるものが不可欠で、こうしたインフラ整備については大規模な投資が必要である。また、高価なリチウムイオン電池により車体価格が高価となり、庶民の手に届く価格帯になるかという点も指摘される。

このように、アジア大洋州地域の各国・地域では、経済成長や産業発展が見込まれるなか、グリーン経済のポテンシャルは大きく、各国政府や企業は社会の到来を見据え、気候変動・環境対応に向けた動きに少しずつ着手し始めている。ただし、欧州、米国、日本などと比較すると、グリーン経済への移行に向けた取り組みは進んでいるとはいえない。また多様性のある国・地域から構成されるため、その対応についてはまだら模様でもある。一方、アジア大洋州では、携帯電話やスマートフォンが急速に普及した経験があるように、グリーン分野においても、スピード感をもってデジタル化や最先端技術が導入される日が到来するかもしれない。先端・デジタル技術を有する日本企業は、これまでの経験を強みとし、事業機会の高まるグリーン分野への参入余地や新たな機会も見いだせそうだ。


変更履歴
表1に誤りがありましたので、訂正いたしました。(2021年8月2日)
(訂正箇所)
  • シンガポールの数値
  • 14カ国合計(構成比)の数値
  • 世界合計に占める割合の数値
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所次長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき)
2003年、ジェトロ入構。インドネシア大学での語学研修(2009~2010年)、ジェトロ・ジャカルタ事務所(2010~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2018年)を経て現職。現在、ASEAN地域のマクロ経済・市場・制度調査を担当。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。

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