特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向2030年に向けたエネルギー戦略を追う(イタリア)

2021年5月17日

2050年のカーボンニュートラル達成に向け、環境への負荷を減らす動きが世界的にも先行する欧州だが、イタリアもEUの方針に準じるかたちで国内の取り組みを進めている。脱炭素化に向けた方針を示すものとして、イタリアでは2017年11月に「国家エネルギー戦略(SEN2017)」を発表。その後継として、2020年1月には「エネルギーと気候に関する国家統合計画(PNIEC)」を策定している。いずれも、欧州委員会が2016年に発表した「欧州市民のためのクリーンエネルギーパッケージ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」と2019年発表の「欧州グリーン・ディール」(2019年12月12日付ビジネス短信参照)の内容を踏まえたもので、2050年に向けた中間地点である2030年までのエネルギー分野の方針を明記した。本稿では、これらの政策に焦点を当てながら、イタリアの気候中立対応に関する動きを紹介する。

「国家エネルギー戦略(SEN2017)」を発表、2030年までの目標設定

イタリア経済開発省は2017年11月、2030年に向けたエネルギー戦略「国家エネルギー戦略(SEN2017)」を発表した。同計画は、欧州委員会が発表した「EUエネルギーロードマップ2050外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」で示している長期的なシナリオを踏まえ、イタリアとしての2030年までの目標を定めたもので、策定に当たっては産官学の250を超えるステークホルダーが関わったとされている。SEN2017の目的は大きく3点だ。国家のエネルギーシステムの(1)競争力の向上、(2)持続可能性の強化、(3)供給安定性の改善が挙げられる。(1)については、イタリアのエネルギー価格がEU平均と比較しても高止まりになっている中、価格差を是正し、企業や消費者にメリットを還元すること、(2)に関しては、再生可能エネルギーの活用やエネルギー効率の向上などを通じて、低炭素社会の構築を進めること、(3)は、エネルギー源の外部依存率を下げることなどが意図されている。

これらを達成するための具体的な数値目標として、SEN2017では例えば、以下のような項目を明記している。

  • 最終エネルギー消費量を2030年までに10Mtoe(注1)削減する。
  • 2030年までにエネルギー消費量全体に占める再生可能エネルギーの割合を28%、電力消費量に占める再生可能エネルギーの割合を55%まで引き上げる。
  • 2025年に向けて石炭火力発電所の閉鎖を加速させる。

新エネルギー戦略を発表、目標をより野心的に設定

2017年のSEN2017策定後、イタリア政府は2020年1月、SEN2017を発展させた新たなエネルギー戦略「エネルギーと気候に関する国家統合計画(PNIEC)」を発表した。PNIECはSEN2017の流れを酌みつつも、2030年までの目標をより野心的に設定した戦略となっている。

PNIECの目的は大きく以下の10項目に集約される(参考参照)。SEN2017から引き続き、再生可能エネルギーの活用拡大とエネルギー効率の向上などに重点を置きながら、気候変動対応の推進を目指す。

参考:「エネルギーと気候に関する国家統合計画(PNIEC)」における主な目的

  1. 2050年のカーボンニュートラルに向けて、2030年を1つの中間点と捉え、脱炭素化のプロセスを加速させる
  2. エネルギー転換において市民と企業(特に中小企業)をキープレイヤーとし、かつ、受益者となるよう重点を置く
  3. 再生可能エネルギーに重点を置きつつ、分散型エネルギー転換を進める
  4. 再生可能エネルギーの容量を向上させるための施策を実施し、(電力の)供給安定性を高める
  5. 既存のエネルギー源の十分な供給を引き続き確保する(ただし、再生可能エネルギーの活用やエネルギー効率の向上により、これらのエネルギー源への需要は低下していることを考慮に入れる)
  6. あらゆる部門でエネルギー効率を向上させ、個人と企業に対するエネルギーコスト減とエネルギー供給安定性の確保を目指す
  7. 大気汚染を改善させる手段として、特に市民生活や運輸部門の電力化を進める
  8. 研究開発を通じてエネルギーシステムの改革をリードする
  9. エネルギー転換が空気や水資源などに与え得る負の影響を減ずるための措置を講じる
  10. 国家のエネルギーシステムをEUのシステムに統合させるプロセスを続ける

出所:エネルギーと気候に関する国家統合計画(PNIEC)

前述(参考参照)の目的を達成するため、具体的には以下のような数値目標を設定している(表参照)。なお、EUは2050年の気候中立を目指し、2030年に温室効果ガス排出を1990年比で40%減とする中間目標を2020年9月に引き上げる方針を打ち出し(2020年10月9日付ビジネス短信参照)、同年12月には1990年比で「少なくとも55%」の削減で政治合意した(2020年12月15日付ビジネス短信参照)。しかし、PNIECはこの引き上げ方針が出る前に策定されたため、40%減を前提としたものとなっている。

まず、脱炭素化に向けて1つのカギとなる再生可能エネルギーの利用拡大については、最終エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合を、EUは2030年に少なくとも32%とすることを目標とする一方、イタリアでは30%を目指すとしている。SEN2017で設定した目標値から、2ポイント引き上げたかたちとなる。セクター別にみると、電力部門の再生可能エネルギーの利用が特に重要だとし、同部門単体では、2030年に55%のシェアに達することを目標としている。加えて、再生可能エネルギーのうち特に成長が見込まれるのは風力と太陽光発電としており、具体的な発電容量の目標値として、風力が2016年の9,410メガワット(MW)に対し2030年に1万9,300MW(注2)、太陽光が2016年の1万9,269MWに対し30年に5万2,000MWへと大幅な拡大を目指している。他方、地熱・水力は限定的な成長を見込むほか、バイオ燃料発電(注3)の目標値はわずかに減少させている。

また、エネルギー効率の向上に関しては、EUは一次エネルギー消費量で、2030年までに少なくとも32.5%向上させることを目標として定めている一方、イタリアでは43%と設定している。

その他、エネルギーの輸入依存度が従来高いイタリアにとって、エネルギーの安定供給も重要な項目となるが、(1)輸入依存を緩和させるべく、欧州域外からのエネルギー供給ルートを多様化させること、(2)より柔軟な国内の電力システムを実現させること、(3)国・地域レベルのエネルギーシステムの弾力性を改善すべく、限定的あるいは断続的となっているエネルギー供給を是正することなどを通じて、安定的な供給ができるシステム整備を目指す。国外へのエネルギー依存については、自国で生産できる再生可能エネルギーの生産量の増加とエネルギー効率の向上などを通じて、輸入依存率を2016年の77.7%から、2030年には68%に引き下げることを目標としている。

表:エネルギーと気候に関する国家統合計画(PNIEC)で掲げる主な数値目標(PNIEC発表時点)

再生可能エネルギー
達成項目 2030年に向けた目標
EU イタリア
最終エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合 32% 30%
階層レベル2の項目運輸部門 14% 22%
階層レベル2の項目温冷熱部門 各年1.3%増 各年1.3%増
エネルギー効率
達成項目 2030年に向けた目標
EU イタリア
一次エネルギー消費量の削減率(注1) 32.5%減 43%減
エネルギー効率化装置義務化による最終消費削減率(運輸部門含む) 各年0.8%減 各年0.8%減
温室効果ガス排出
達成項目 2030年に向けた目標
EU イタリア
ETS部門(注2)における温室効果ガス削減率(2005年比) 43%減 n.a.
非ETS部門における温室効果ガス削減率(2005年比) 30%減 33%減
全体における温室効果ガス排出削減率(1990年比) 40%減 n.a.
電力網の相互接続
達成項目 2030年に向けた目標
EU イタリア
電力網の相互接続度合 15% 10%
電力の相互接続容量(MW) n.a. 14,375

注1:PRIMES 2007(エネルギーの需要と供給をシミュレーションするEUの均衡モデル)におけるエネルギー消費量を母数とする。
注2:欧州排出権取引制度(EU-ETS)の対象となっている部門で、発電、石油精製、鉄鋼・金属、化学・セメントなどが含まれる。
出所:エネルギーと気候に関する国家統合計画(PNIEC)

新政権は気候変動対策に注力、今後の取り組みに注目

2021年2月に新たに誕生したマリオ・ドラギ政権は、気候変動対策に注力する姿勢を鮮明に打ち出している。政権の誕生とともに、かつての環境・国土・海洋保全省は「エコロジー変遷省」と改名。大臣に就任したロベルト・チンゴラーニ氏は「エネルギー、(温室効果ガス)排出、持続可能な成長、グリーンモビリティー、気候変動対策など、(エコロジー変遷とその構築に関わる)全ての政策に同省は関与する」と意気込みをみせている。

しかし、道のりは容易でない。例えば、2025年までに石炭発電所を段階的に廃止する目標は、SEN2017で明記した後、PNIECでも引き継いでいるが、現地有力紙「Il Sole 24 Ore」紙は3月9日、「目標の達成は難しい見込み」と伝えている。イタリアには現在8カ所の石炭火力発電所があるが、代替となる太陽光・風力発電所などの建設の認可が出ていないことなどから、計画は停滞しており、再生可能エネルギー利用への移行も依然として課題が残る。気候変動への取り組みが世界的に加速する中、施策に対する今後の進捗に引き続き注目が集まる。


注1:
toeは1トンの原油を燃焼させた際に発生するエネルギーを1とした単位。Mtoeは100万toe。
注2:
風力発電全体のうち、洋上風力発電は2016年の0MWに対し、2030年には900MWを目指すとしている。
注3:
固形バイオマスやバイオガス、持続性があると認められるバイオリキッドなどを主に指す。
執筆者紹介
ジェトロ・ミラノ事務所
山崎 杏奈(やまざき あんな)
2016年、ジェトロ入構。ビジネス展開支援部ビジネス展開支援課・途上国ビジネス開発課、ジェトロ金沢を経て、2019年7月より現職。

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