特集:新型コロナによるアジア・ビジネスの変化を読み解く新型コロナ禍を奇貨にEC取引が伸長(インドネシア)
ASEAN最大の人口を有する市場でデジタル化進展
2021年4月26日
新型コロナウイルス感染拡大と長引く流行により、インドネシア政府は社会制限を完全に解除することができずにいる。これが企業活動や消費行動に影響を与える影響は大きい。現在も内需は停滞したままで、旅行業をはじめ多くの産業が苦戦を強いられている。
一方、消費者の購買がオンライン上により移ったことで、Eコマース(EC)のユーザー数や取扱高は右肩上がりだ。今後も成長を続け、ASEANの市場を牽引するとみられるインドネシアのECの現状と、それを支える物流事情についてレポートする。
長引く新型コロナ感染拡大、多くの産業は苦戦
インドネシアでは、2020年3月から新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、中央政府や州政府は大規模社会制限(PSBB)と呼ばれる感染封じ込め策を実施。経済・社会活動を制限した。2021年3月現在も、首都ジャカルタ特別州や隣接する西ジャワ州、バンテン州をはじめ各州で出社制限や営業時間の制限などが続いている(2021年3月2日ビジネス短信参照)。3月1日から1週間の1日当たり平均感染者数は5,863人だ〔世界保健機関(WHO)〕。2021年1月の急激な感染者増加からは一服し、2020年12月中旬程度の感染状況に落ち着きつつあることになる。ただ、5月には長期休暇が予定される。その後の感染者の急拡大に警戒せざるを得ない。
長引く感染拡大は、インドネシアのビジネス環境にも影響を与えている。ジェトロが行った2020年度海外進出日系企業調査では、前年度比の営業利益の見込みについて、75%の企業が「悪化」と回答した。社会活動の制限とそれに伴う内需の減少は深刻だ。
業種別では、自動車の2020年通年の新車販売台数が前年比で半減した(2021年3月15日ビジネス短信参照)。このほか、インドネシア中央統計庁のデータによると、2020年の外国人観光客数が2月以降急減。4月からは前年比で約9割減少という状態が継続した結果、通年で前年比75%減に落ち込んだ。このように、観光業も大きなダメージを受けている(図1)。
新型コロナが変えた消費行動、デジタル経済が大きく伸長
新型コロナ対策の社会制限に伴う内需縮小で、経済の低迷が続くインドネシア。だが、インターネット経済は好調といってもいいだろう。当該分野の複数事業者が共同で公開したレポート「e-Conomy SEA 2020」レポート(注1)では、デジタル経済を、ECと、オンライン旅行(航空券やホテルなどのオンライン予約など)、輸送・食品、オンラインメディアで分けて捉えて分析。ASEANのうち6カ国について、現状(2020年時点)と将来(2025年時点)の市場規模・成長を予測している。
このレポートによると、2020年にはインドネシア全体のデジタル経済は前年比で11%成長。440億ドルに達すると予測した。6カ国全体のデジタル経済は1,050億ドルと予想され、インドネシアはそのうち約37%を占めることになる。ベトナムには成長率で劣るものの、域内最大の市場といっていい。2025年の市場規模予測でも、6カ国全体の3,030億ドルに対し、インドネシアは1,240億ドル。やはり全体の約4割を占めるという予測だ。
デジタル経済の中でも成長を牽引するのがECだ。同レポートによると、インドネシアの2020年のECでの流通総取引額は320億ドルで、前年比54%成長している。一方、オンライン旅行や輸送・食品分野はそれぞれ2桁のマイナス成長だ。新型コロナの感染拡大を受けた社会制限で人の往来が少なくなり、消費者の購買がオンラインに移ったことを色濃く反映している。
ECの市場規模について、インサイダー・インテリジェンス(Insider Intelligence)社のデータをさらにみる(図2)。2020年のEC小売総額(注2)は約169億ドルで、前年比27.0%の成長率だった。2024年にかけて284億ドルに成長すると予測されている。一方、全小売総額に占める比率はいまだ6.1%にとどまっている。また、同じくインサイダー・インテリジェンスのデータによると、中国では2020年、小売総額の44.8%をECが占めていた。インドネシアには、成長の余地がまだ大いに残されているといえる。
ユーザー数も確実に増加
EC成長の背景にあるのが、インターネット普及率の着実な上昇だ。インドネシアインターネットプロバイダー協会(APJII)が2019年から2020年第2四半期(4~6月)まで実施した調査によると、インドネシアのインターネットユーザー数は、2018年の1億7,100万人から1億9,600万人に増加。インターネット普及率も前年比8.9ポイント上昇して73.7%となった。
また、インサイダー・インテリジェンス社の情報によると、2020年のインドネシアのデジタルバイヤー(注3)数は6,767万人で、2015年時点と比較して3.7倍だ。2019年と比べても、20%増加していることになる。また同社は、2024年に9,100万人超がデジタルバイヤーになると予測している(図3)。
プラットフォーム2強の競争も顕著に
拡大するEC市場を牽引するのが、トコペディア(Tokopedia、インドネシア地場企業)と、ショッピー〔Shopee、シンガポールの大手IT企業シー(SEA)が運営〕という2つのECプラットフォームだ。世界各国のウェブ解析を行うシミラー・ウェブ(SimilarWeb)のデータによると、2020年12月から2021年1月までの月間ユニークユーザー(注4)数はトコペディアが4,231万人、ショッピーが4,141万人。トコペディアがわずかに上回っている。一方で同じ期間の月間訪問数では、ショッピーが1億2,980万回なのに対し、トコペディアは1億2,930万回。非常に拮抗(きっこう)している(表1)。新型コロナが流行し始めた2020年3~5月の月間ユニークユーザー数は、トコペディアが2,970万人、ショッピーが3,078万人だった。両プラットフォームとも、ユーザーを1,000万人以上増加させたことになる。新型コロナ禍を背景に進んだ購買のオンライン化を反映した結果といえよう。
項目 | トコペディア | ショッピー | ブカラパック | ラザダ | JD |
---|---|---|---|---|---|
月間訪問数(万回) | 12,930 | 12,980 | 3,537 | 3,219 | 421 |
月間ユニークビジター (万人) |
4,231 | 4,141 | 1,517 | 1,317 | 208 |
訪問・滞在時間 | 6分17秒 | 6分18秒 | 3分52秒 | 6分2秒 | 3分35秒 |
出所:シミラー・ウェブからジェトロ作成
新型コロナ禍の中、両社はサービス規模を拡大する方向で積極的な動きをみせている。トコペディアは、同じくインドネシア生まれのオンライン配車・配送サービス大手ゴジェック(Gojek)との合併が2021年初めから報道などでたびたび取り上げられた。2021年3月上旬には、条件付き売買合意を締結したとみられている(3月9日Tech in Asia)。対するショッピーは、顧客の囲い込みに動いている。例えば、同社が提供するペイメント「ショッピー・ペイ(Shopee Pay)」を軸とした割引や、キャッシュバックなどのプロモーションを積極的に進めてきた(3月16日「ジャカルタ・ポスト」紙)。
物流発展が今後の成長のカギか
これまでみた通り、EC市場は成長を続けてきた。その一方で、課題もある。
世界銀行が発表する物流効率性指数(Logistics Performance Index)によると、その2018年版で、インドネシアは6.0ポイント中の3.2ポイントだった。同レポートでは、インドネシアが抱える問題点として、複雑な規制と輸送インフラの欠如を挙げた。その結果として物流セクターが高コストになっているという。インドネシアの物流セクターは競争力と効率性の点で、マレーシアやタイ、ベトナムなどの近隣諸国に後れを取っていることになる。
国名 |
総合 順位 |
スコア | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
総合 スコア |
通関 |
イン フラ |
国際 輸送 |
物流 競争力 |
貨物 追跡 |
適時性 | ||
シンガポール | 7 | 4.0 | 3.9 | 4.1 | 3.6 | 4.1 | 4.1 | 4.3 |
タイ | 32 | 3.4 | 3.1 | 3.1 | 3.5 | 3.4 | 3.5 | 3.8 |
ベトナム | 39 | 3.3 | 3.0 | 3.0 | 3.2 | 3.4 | 3.4 | 3.7 |
マレーシア | 41 | 3.2 | 2.9 | 3.1 | 3.3 | 3.3 | 3.1 | 3.5 |
インドネシア | 46 | 3.2 | 2.7 | 2.9 | 3.2 | 3.1 | 3.3 | 3.7 |
フィリピン | 60 | 2.9 | 2.5 | 2.7 | 3.3 | 2.8 | 3.1 | 3.0 |
出所:世界銀行資料からジェトロ作成
一方で、こうした物流面の課題を解決しようとする企業やスタートアップも多い。ゴジェックや、シチュパット(SiCepat)、カーゴ(Kargo)、シッパー(Shipper)などがその例だ。ジェトロがインタビューしたECプラットフォームX社は、インドネシアの物流産業について「国内の物流は問題ない。国内には多くの物流新興企業があり、連携を強化している」と回答した。新興物流企業Y社は「EC経由の取引が収益の70%だ。今後、ジャワ島に大型投資を予定している」と回答するなど、両産業は切り離せない関係にある。
新型コロナの影響により、多くの市民が在宅でオンライン購入するようになった。そうした今、消費者の需要の幅も拡大している。ECプラットフォームX社は「顧客の需要が生鮮品や食料品などにシフトした」と回答した。例えば、生鮮品に対する消費者の要求がさらに高まれば、コールドチェーン物流など、より高度な物流サービスが必要になる可能性もある。今後も拡大するEC市場が物流分野の開発を促していくのか注目される。
- 注1:
- 「e-Conomy SEA 2020」は、米国のグーグル、シンガポール政府系投資会社のテマセク・ホールディングス、グローバルコンサルティング企業のベイン・アンド・カンパニーが共同で実施した調査を反映している。
- 注2:
- 支払いや履行の方法に関係なく、任意のデバイスを介してインターネットを使用して注文された製品またはサービスが含まれる。旅行やイベントのチケットを除く。
- 注3:
- デスクトップまたはラップトップPC、モバイル、タブレットでの購入など、任意のデジタルチャネルを介して、1年以内に少なくとも1回購入したインターネットユーザー。
- 注4:
- 決まった集計期間内にウェブサイトに訪問したユーザー数。同じウェブサイトに同じユーザーが複数回訪問した場合でも、1ユニークユーザーとしてカウントされる。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ジャカルタ事務所
尾崎 航(おざき こう) - 2014年、ジェトロ入構。生活文化産業企画課、サービス産業課、商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部 EC・流通ビジネス課を経て、2020年9月から現職。