特集:中小企業の海外ビジネス、成功の秘訣生姜焼酎は「マーケットイン」で海を渡る/落合酒造場(宮崎県)

2022年11月9日

海外展開を考える際に重要な視点の1つに「マーケットイン」と呼ばれるアプローチがある。これは、展開を目指す海外市場のマーケットニーズを最優先とし、ニーズに適合する商品開発・マーケティングを行うもので、多くの海外市場が飽和状態にある昨今、競合企業や商品との差別化を図るにあたって基本的なアプローチと言える。

このマーケットインの視点を重視し、海外市場で独自のポジションを築くことに成功したのが、宮崎県宮崎市に本社を置き、単式蒸留焼酎の製造・販売を行う落合酒造場だ。同社は、焼酎を米国市場に売り込むに当たって、消費者ニーズに合わせた商品開発・マーケティング施策を展開することで、米国に向けた安定的な輸出に成功している。落合酒造場が取ったマーケットイン視点の戦略とはどのようなものだったのか。同社4代目の落合亮平代表取締役社長に話を聞いた。


落合亮平代表取締役。
良質な仕込み水を生む鏡洲(かがみず)川に近い同社蒸留所で(ジェトロ撮影)
事業内容 酒類(単式蒸留焼酎)の製造・販売
従業員数 8人
創業 1909年
主な進出市場 米国、オーストラリアなど8カ国

海外市場調査で見えた、焼酎輸出の問題点

落合氏が海外市場への展開を本格的に検討し始めたのは2016年。世界的に中間層以上の消費者層が厚く、経済も右肩上がりの米国を進出候補地として設定した。ところが、市場調査を初めてまもなく、大きな壁に直面することとなる。米国では、食中酒としてはビールやワインなど、アルコールが5~15%程度の醸造酒を飲む文化が定着しており、焼酎のような蒸留酒を食中酒として飲むことは少ない。また、食後酒としてはウィスキーなどのハードリカーが広く飲まれているものの、焼酎のアルコール度数は20~25%と、一般的なハードリカーと比して低く、既製の焼酎を米国市場に売り込むことには困難が見られた。

この課題を解決すべく、落合氏が最初にとった戦略は、「米国市場のニーズに合わせた新商品を開発する」というものだ。

原料・ボトルまで「テーラーメイド」の商品を開発

落合氏は第一手として、米国の消費者の趣向を知るべく、宮崎県内のほかの酒蔵と協同で、焼酎の試飲会をニューヨークで開催した。そこで提供した自社の既製商品のうち、現地消費者からの評価が最も高かったのは、日本国内での落合酒造場の主力商品の1つである、生姜(しょうが)を原料とした焼酎。落合氏はこれを米国市場向けにアレンジし、新商品とすることに決めた。落合氏がまず手掛けたのが、アルコール度数の引き上げだ。ジェトロの「新輸出大国コンソーシアム」専門家や、ジェトロ米国各地事務所の意見も参考にしつつ、日本国内で販売する生姜焼酎を原酒のまま、米国向けの商品とすることにした。落合酒造場が日本国内向けに販売する生姜焼酎は、原酒に加水の上、アルコール度数を25度に調整している。加水前の原酒はアルコール度数が38度であり、米国の市場調査で見えた、ハードリカーとしての焼酎の弱点を十分補うものだった。

また、落合氏がこだわったのは焼酎の原料や度数のみではない。「多くのスピリッツのボトルが並ぶ中でも存在感を発揮し、現地の消費者の感性に視覚で訴える商品を作ることが必要」との考えから、デザイナーによるコンペを実施のうえ、新たなボトルデザインを採用したのだ。また、採用したボトルデザインは、米国在住の複数のデザイナーからの意見も取り入れながら、日本的な意匠を凝らしつつ、米国市場で受け入れられるよう、徹底的にブラッシュアップを重ねた。デザインのこだわりは細部にまで及んだ。例えば、通常は酒類のボトルに貼付される紙製の表ラベルは、「ボトルそのものの見栄えを損ねる」というデザイナーの意見をもとに排した。代わりに、当時の焼酎としては珍しい印字瓶を採用し、表ラベルに記載する事項を直接、瓶に印字することで、デザインへの干渉を極限まで抑えた。最終的なボトルデザインの完成に要した月日は、約1年にもおよんだ。

こうして2018年、米国市場向けにテーラーメイドした高アルコール生姜焼酎「利平GINGER」が完成した。商品名に冠した「利平」は、落合酒造場初代の名前だ。「輸出を本格化することで、焼酎蔵としての伝統を守りつつ、創業以来の新たなスタートを切りたい」との思いを込めた。


完成した「利平GINGER」のボトル(落合酒造場提供)

営業先のバイヤー層を絞り込む

「利平GINGER」の完成後、落合氏は米国全土への本格的な営業活動を開始した。とはいえ、やみくもな売り込み施策をとったわけではない。落合氏は、商品開発の段階からすでに、メインターゲットになり得るバイヤー層を明確にしていた。すなわち、ローカル向けのバーや、そこに卸売りを行うバイヤーである。

「米国において焼酎はまだ認知度が低く、米国の一般消費者が受け入れるのには時間がかかる。一方で、常に珍しさや品質の良さを兼ねそろえたスピリッツを探しているバーテンダーがいるバーであれば、『利平GINGER』の需要があると判断した。また、高いアルコール度数や生姜の風味といった特徴は、通常の飲み方のほかに、カクテルベースとしても利用できるだろうと考えた」。落合氏は、バイヤーや有名バーテンダーなどに対し積極的なマーケティングを実施した。バイヤーの中には、「利平GINGER」を用いたオリジナルカクテルのレシピを考案し、プロモーションに利用するものも現れ始め、取り扱いを希望するバイヤーが増えていった。

米国という1つの市場であっても、全てのバイヤーが一様な方針や趣向で仕入れを行うわけではない。多様なバイヤーの中から、自社商品への確実な需要がある層を選定し、集中的な営業活動を行う。商品の営業活動に当たっても、マーケットインの視点が生きた。

継続輸出が結実、市場は世界各国へ


欧州から訪れたバイヤーが蔵見学を実施した際の様子。
試飲では「それぞれの焼酎の個性が際立っている」との賛辞が飛び交う(ジェトロ撮影)

「利平GINGER」は2018年、米国に向け600本の初輸出に成功した。以降、イリノイ州シカゴを最大の輸出先としながら、販売は米国各地に及んだ。コロナ禍にあっても米国向け輸出は定期的に続いており、今ではバーだけでなく、一般消費者向けのリカーショップでの取り扱いも増えている。

当初のターゲット市場である米国で成功を収めた落合酒造場だが、販売は次第に他国の市場にも広がっていく。米国での流通実績に関心を示したドイツなどの欧州や、アジア各国からも、「利平GINGER」への新規の引き合いが相次いだ。直近ではオーストラリアのバイヤーから、6,000本の新規注文を受けた。「テスト的に少量を納品した直後に、数千本の追加発注があったので驚いている」とはにかむ。

マーケット目線の商品開発でも、焼酎の伝統は守る

落合氏は米国進出を決意した当時を、「『利平GINGER』ではなく、伝統的な芋焼酎で勝負に出るべきでは、という葛藤もあった」と述懐する。しかし、最終的には、「作り手の独りよがりになってはいけない」と、市場ニーズに合わせた柔軟な商品開発をすることに決めた。「焼酎蔵として、絶対に譲れないのは米麹(こめこうじ)の使用と、蒸留を一回のみにとどめること。それがなければ焼酎ではなくなってしまう。裏を返せば、その2つを最低限守れば、海外市場のニーズに合わせつつ、焼酎の伝統を守ることができると考えた」。落合氏にとって、新たなスタートを切る際に大事なのは、伝統を捨て去ることではなく、それを柔軟に「ほぐす」ことだという。そのような蒸留哲学が結実したものが、「利平GINGER」という商品だったといえるだろう。

また、海外バイヤーの中には「利平GINGER」をきっかけとして、落合酒造場が日本国内市場向けに製造する、伝統的な芋・麦焼酎の仕入れに関心を示すものも現れるようになり、少しずつ輸出につながるようになった。

市場ニーズに合わせて開発され、米国へと海を渡った「利平GINGER」は、確かに、従来の焼酎像とは一線を画す「異端」の焼酎であったかもしれない。しかし、それゆえに同商品は米国市場に広く受け入れられ、かつ、海外市場が伝統的な焼酎に興味を抱くきっかけにもなった。落合氏が「利平GINGER」の名に込めた思いは、着実に実りつつある。

執筆者紹介
ジェトロ宮崎
岡田 脩太郎(おかだ しゅうたろう)
2018年、ジェトロ入構。ジェトロ・ビエンチャン事務所などを経て、2021年10月から現職。

この特集の記事

※随時記事を追加していきます。