特集:中小企業の海外ビジネス、成功の秘訣海外に向けて試行錯誤した「あん」の製造/木下製餡(埼玉県)
苦労と成功要因

2022年6月30日

1931年創業の老舗あんこメーカー、木下製餡(本社:埼玉県さいたま市)。自社のあんこやようかんの、アジア、欧州向け輸出に成功している。その裏には、創業当時からの理念を大切にしつつ、現地の味覚に合わせ試行錯誤を重ねた日々があった。日本の伝統的な食材である、あんこを海外に輸出しようとしたきっかけは何か、そして、どのようにして現地に受け入れられたのか。同社専務の木下大輔氏に話を聞いた(2022年4月18日)。


あんこの海外輸出に取り組む木下大輔専務(木下製餡提供)

あんこ、ようかんを海外へ

質問:
貴社の概要と海外ビジネスに取り組んだきっかけ、背景は。
答え:
創業から「お客様の暖簾(のれん)を預かっている」という考え方を大切にしてきた。例えば、こしあんを作る時には、小豆を煮て、皮を取り除き、中の呉(ご)を取り出した「生あん」に砂糖などを加える。この生あんを作る工程が手間と時間が掛かることから、生あんはあんこ屋から仕入れる和菓子屋さんが多かった。そこから各店で生あんに砂糖などを加えて独自の味を作ることから、原料の生あんが安心安全でおいしくなくては、和菓子屋さんの信用が落ちてしまう。だからこそ、その日の豆の状況、気温、湿度に応じて、職人が最適な炊き具合を決め、当然、機械も使用するが、機械ではだせない、職人の細かなひと手間を加えることで、よりおいしいあんこを作っている。また、素材も重要で、良い原材料を日々探し求めながら、厳選している。これらの努力を積み重ねることで、お客様である和菓子屋の信用が落ちないよう、お客様の暖簾を預かっているという意識であんを作ることを大事にしている。

原材料のこだわりと職人の技によって作られるあんこ(木下製餡提供)
昔は、冠婚葬祭でお饅頭(まんじゅう)が配られていたことなどもあって、あんこの需要が高く、あんこ屋は地域に根付いて各所にあった。以前は全国で400軒以上あったあんこ屋も、各種スウィーツの拡充により和菓子の消費量が減少したことや後継者不足などにより、現在は200軒程度だ。一方で、国内市場は縮小しているものの、考え方を変えれば、さまざまな形であんこの可能性を追求するチャンスでもあり、新たな活路を見いだすべく、海外輸出に取り組んだ。もとより「海外おもしろそう!」という好奇心が、実際に取り組む上で後押しとなった。
質問:
取り扱い製品や輸出先は。
答え:
主にあんこと、ようかんを製造している。あんこは砂糖が入っていない生あん、砂糖や副原料を加えた練あんがある。練あんは用途(団子用、饅頭用)によって砂糖の種類や甘さ・硬さが異なる。芋あんやゆずあんなど、季節ごとの旬の味覚に合わせた商品開発にも力を入れている。さらに、埼玉県産の狭山茶、越生(おごせ)のゆず、川越のさつまいもといった地場の名産品を使ったものや、よもぎ、レモン、チョコ味の練あんやようかんも作っている。主な海外輸出先は、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オーストラリア、香港、シンガポール。輸出する製品は日持ちするようかんがメインだ。ようかんは製造から1年、練あんは90日、それぞれ日持ちする。船で輸送する場合、欧州向けには3カ月以上かかってしまうため、練あんの輸出は課題が多い。

さまざまな種類のようかんを製造(木下製餡提供)
直近では、2021年度にジェトロ埼玉で開催したシンガポール食品バイヤーとの商談会や、フランス向けの販路開拓を目的に、実際に食材を扱うパティシエやシェフ向けにサンプル提供をして食材の理解を深めるプロモーションにも参加した。

海外での苦労と成功要因

質問:
海外ビジネスでの苦労はあったか。また、海外販売にあたり食品・原材料規制など苦労する点はないか?
答え:
初めて海外ビジネスに取り組んだのは、2018年に開催された埼玉県産業振興公社主催の香港百貨店での「埼玉県フェア」への参加だった。当初出品した商品は甘すぎる、と評価が芳しくなかった。日本ではあんこに対して、このように評価されることはほとんどないが、海外では食文化の違いにより、厳しい評価だった。ここから原因を分析し、改良につなげていった。その後、ジェトロの新輸出大国コンソーシアムのハンズオン支援に採択され、専門家と共に研究と改良を重ねた戦略を策定した結果、今は香港の高級ホテルで作られる月餅のあんに採用されたり、香港に進出した日系洋菓子店に当社のあんが使われたりするようになった。
また、JFS-B規格(注1)を取得して、工場の設備が基準を満たすなど環境も整備。食品原材料の規制などについては、当社の商品は小豆、砂糖などシンプルな原料で、極力添加物を加えないで作っているため、規制に抵触するものがあまり入っていない。
質問:
海外で貴社の製品が受け入れられた理由は何だと思うか。
答え:
例えば、中国の伝統的なお菓子である月餅に当社の日本のあんが採用された際、現地バイヤーからは味が決め手だったと言われた。味がおいしければ採用されるという、シンプルかつ最も重要な理由だった。また、小ロットでオリジナルの味を作ることができた点も評価いただいた。製造においては、原材料にこだわるのはもちろん、いつ作っても同じ味になるようにする必要がある。あんは、気温や湿度の影響を受けやすく、調整が難しい。それでも、製造においてはマニュアル化、言語化、数値化をして、基本の味からプラス・マイナス1.5%くらいの調整を基準として品質を一定に保つようにしている。
質問:
ほかの輸出先でも、それぞれ味を現地に合うようにカスタマイズしているのか。
答え:
現地に合うようにカスタマイズしているが、全てがそうとは限らない。例えば、フランス向けのようかんは日本と同じものを輸出している。フランスはあんこを受け入れる市場環境が整ってきたと感じる。日本の老舗和菓子店がパリに進出してから長い期間をかけてパリの人々に和菓子を浸透させてきたことや、映画「あん」がきっかけとなり、フランスであんこを食べる人が増えた。フランスの国民性として、食に対する意識が強く、商品に対していろいろな質問を現地から受ける。それらの質問や要望に応えることができれば、お客様の心をつかむことができると考えている。
質問:
海外バイヤーとの商談の際に心がけていることなどはあるか。
答え:
海外の商談では、事前準備を心がけている。ハンズオン支援でアドバイザーに商談資料を何度も添削してもらって、商談に臨んだ。また、コロナ禍でのオンライン商談ということもあり、ジェトロ埼玉の支援でプロモーション動画を作成した。商談前に動画を見てもらうことで、当社の理解を深めてもらうようにした。これら事前準備をしっかりと行ったことで、その後の成約率も上がった。

広がるあんの可能性

質問:
今後の海外ビジネスにおける展望は何か。
答え:
欧州を中心に輸出を増やしていきたい。当社は「よい製品はよい原料から」の考えのもと、生産者と直接やり取りして、こだわりや想(おも)いなどに耳を傾けている。こうしたことを味作りに生かしたり、生産者の物語なども商品と一緒にPRしたりすることで、海外のお客様にも想いや価値を届けたい。また、小回り良く小ロットからオリジナルの味を作ることができるため、この強みを生かした、その国ごとの、お客様ごとのユーザーの要望に合った商品を作りたいと思う。
さらに、甘いあんだけがあんこではないので、そういう意味ではいろいろな可能性を秘めている。あんの歴史は古く、遣隋使の時代に中国から渡ってきたとされ、当時は肉が食べられない僧侶の精進料理として、肉の代わりに甘くない小豆が用いられたことが発祥とされている。これを現代で考えると、高たんぱくで低カロリーの食べ物として捉えることができ、例えば、フムス(注2)のように、甘くないあんこを健康志向の高い海外の人たちに売り込むというのも一案だ。これからも、あんこの可能性を広げ、海外市場に挑んでいきたい。

注1:
食品安全規格の1つ。マネジメントシステム(FSM)、ハザード制御(HACCP)、適正製造規範(Good Manufacturing Practice:GMP)で構成される。
注2:
フムスとは、主に中東や地中海地域で食べられている、ひよこ豆などから作られるペースト状の料理。
執筆者紹介
ジェトロ埼玉 係長
清水 美香(しみず みか)
2010年、ジェトロ入構。産業技術部産業技術課/機械・環境産業部機械・環境産業企画課(当時)、海外調査部中東アフリカ課、海外調査企画課を経て、2021年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロお客様サポート部お客様サポート課
加藤 亮太郎(かとう りょうたろう)
2022年、ジェトロ入構。同年4月から現職。
執筆者紹介
ジェトロビジネス展開・人材支援部ビジネス展開支援課
角岸 右京(かどぎし うきょう)
2022年、ジェトロ入構。同年4月から現職。

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