特集:中小企業の海外ビジネス、成功の秘訣和紙製品の価値の表現は、現地消費者の目線で/家田紙工(岐阜県)

2021年9月9日

家田紙工(本社:岐阜県岐阜市)は、ちょうちん用和紙の加工販売を生業とする。岐阜県の中でも屈指の輸出経験を誇る企業で、輸出先は欧米を中心に世界30カ国以上にのぼる。「最初は赤字続きだった」という輸出事業が成功に至ったポイントは何か。同社代表取締役の家田学氏と営業部長の見城英雄氏に話を聞いた(2021年7月27日)。


家田学代表取締役(家田紙工提供)

失敗の連続の中で生まれた「SNOWFLAKE」

質問:
事業概要と現在の輸出状況、海外ビジネスに取り組んだきっかけ、背景は。
答え:
当社が輸出に本格的に取り組み始めたのは、岐阜県紙業連合会に2002年に加盟してからだ。ジェトロから同連合会に海外展示会への出展案内が届くので、当社もドイツや米国で開催される展示会に参加するようになった。だが、最初は全く成果が出なかった。出展していた照明器具を欧米で販売するにはCEマークやUL規格に対応する必要があることも知らなかった。市場にマッチしない商品に対するバイヤーの反応は芳しくなかった。グリーティングカードは多少の引き合いがあったものの、十分な発注量には至らなかった。現地専門店で売られているカードは東南アジア製や機械すき製だけで、手すき和紙製とは質も値段も全く異なるものだったのだ。2007年から3年間は、展示会に出るたびに赤字が続いた。
時を同じくして、紙業連合会は新興市場の1つとしてロシアに着目していた。そこで、当社も同業者と一緒にロシアで開催された展示会を事前視察した。「サンクトペテルブルクの雰囲気はパリに近しいものがある」と感じた一方、小売店のどのスペースで和紙製品を売ることになるのかイメージが湧かなかった。岐阜に戻って知り合いのロシア人にこの話をすると、「クリスマスシーズンには特別な売り場が市中にたくさん設けられる」と教えてくれた。「なるほど、クリスマス用品か」と思い至り、製品開発を進めていった。
クリスマスツリーのオーナメントとして、和紙でできた小さなボールを作ってみたが、いざツリーと合わせてみると、まるでゴミが丸まっているようで全く見栄えが良くない。これではダメだ、やはり和紙製品は透過光があって初めてその良さが際立つ。だが、照明器具では失敗した経験がある。試行錯誤を繰り返す中でふと、ボールの展開図をガラスに貼ってみると、ガラスから差し込む光と調和してきれいに映った。ただ、形がヒトデのようで「いまいち」だなと考えていると、知り合いのロシア人がその展開図にはさみで切れ込みを入れて見せてくれた(ちなみにそのロシア人は、後に同社にデザイナーとして入社した)。これが「SNOWFLAKE(スノーフレーク)」の誕生だ。雪の結晶を模した紙を窓ガラスに貼ってデコレーションする、この文化があるロシアや欧州市場に向いている製品ができたと確信した。「SNOWFLAKE」は、親交のある企業からも高い評判を受けた。その後、ジェトロが出展支援していたフランスの展示会「メゾン・エ・オブジェ」に数年にわたり出展し、ドイツやスイス、カナダのディストリビューターと取引が広がっていった。

水だけでガラスに貼るデコレーション「WASHI dECO」シリーズとして
「SNOWFLAKE」は販売されている(家田紙工提供)

現地消費者になじみのある商品・素材との比較優位を

質問:
SNOWFLAKEをはじめとする商品の販売方法の工夫は。
答え:
和紙製品は決して安価ではない。海外で「SNOWFLAKE」を販売するに当たってまず調べたのは、競合製品の価格だ。用途が似ている日系企業の製品は、フランスでは18ユーロで当時販売されていた。これなら十分に戦う余地はある。次は「紙製品だが値段が高い理由」、その妥当性をアピールしなければならない。これは当社だけでなく、取り扱いに関心を示してくれたディストリビューターと一緒に考えた。
ポイントは、現地の消費者が製品の良さ、価値を理解できるかどうかという点だ。そこで、欧米の消費者に身近なフェルト生地と比較した付加価値として、「リユーザブル」「ハンドメード」といった価値をアピールすることにした。手すき和紙製の「SNOWFLAKE」は水を吹きかけるだけでガラスに貼ることができ、はがすのも簡単だ。しっかり乾燥させて保存すれば、5年や10年使い続けることができる。ワンシーズンだけで使い捨ての機械すき製品とは、大きく異なる。ハンドメードで丁寧に作られていることは、高品質なことを連想させる。画像や動画を駆使し、生産過程の手すきの様子や原料となるコウゾの下処理の様子をバイヤーや販売先に見せることで、手すき和紙ならではの良さを表現できる。
また、細かい点だが、郵送時のコスト体系が国によって異なるため、パッケージサイズは各国のサイズ規格に合うように調整している。送料は現地の販売価格に乗ってしまうので、取引先が販売しやすいように努力している。
質問:
デジタル化と海外販路拡大について。
答え:
インターネット上に流す情報やコンテンツ量を増やすことが重要というのは、今では当たり前だ。当社が海外展示会に出展し始めたころは、どの出展者も立派なカタログをつくり、バイヤーはトローリーを引いて会場を歩き、展示会が終わればそれをクーリエで発送していた。今はQRコード1つで電子カタログにアクセスできる。当然ながら、商品だけでなく、電子カタログや商品アピールの動画を持っていないと、受注にはつながらない。バイヤーによっては展示会場で発注してくれるが、吟味する時間を設ける人もいるからだ。感覚として、展示会後にメールでバイヤーと連絡をとることが近年は増えている。
また、当社はアクセサリー製品の国内外広告の手段として、フェイスブックやインスタグラムを用いている。一般消費者向けに日本語と英語で広告を打っているが、出稿のたびに注文が毎回入ってくる。宣伝材料の写真は、プロに外注して撮ってもらっている。一方で、広告出稿は代理店を使わずに当社が直接行っている。フェイスブックやインスタグラムの広告はAI(人工知能)が広告先を自動で設定してくれるので、お任せで出稿することもできる。慣れてくれば、目的に応じて国やその他の条件を指定することで、より効果的な広告を打つことができるようになる。今の若者たちの消費行動を考えると、SNSをはじめとするインターネット上の広告戦略は、今後も重要性を増していくだろう。

ものづくり段階から海外の価値観を反映させる

質問:
海外市場の販路拡大のポイントは。これから輸出に取り組む企業へのアドバイスを。
答え:
当社の輸出事業にとっての転機は、間違いなくSNOWFLAKEだ。成功した要因は、日本視点ではないものづくりをしたところだろう。そもそも、メーカーが「これは絶対に売れる」と思って作っても、実際は鳴かず飛ばずに終わることが珍しくない。SNOWFLAKEに関しては、現地の人の目線とアイデアで、現地の文化の中に溶け込むことのできる製品を作ったから売れたのだと思っている。和紙製品は、その美しさだけでは海外では売れない。販売先の暮らしや文化に沿うことがポイントだと思う。
また、当社は海外展示会への出展のほかに、さまざまなジェトロ事業に参加することで、海外販路が拡大していった。例えば、イタリアの百貨店のジャパンフェアに参加したことがきっかけで、イタリアやスイス、米国の新規取引先を見つけることができた。もちろん、こうした事業に参加するたびに成果が出たわけではない。それでも、賃金が低い国は「ハンドメード」の価値が評価されにくく、紙幣ではなく「金」で資産を保有する国では紙製品は受け入れられにくい、といった見方や価値観を知り得た。こうしたことで、どこで商売できる可能性があるのかという判断力が上がっていった。直接的な売り上げにつながらなくても、無駄ではなかった。
輸出初心者のころは、取引先選定で間違うことも多々あった。展示会で声をかけられても、逆営業と気が付かなかったこともある。どういった人が声をかけてくれるのか、その想定がなかったからだ。だが、これも経験がものをいう。今は嗅覚が鍛えられ、すぐに良い話かどうか見極められるようになった。
初めて輸出に取り組む際には、おそらく最初はどこかしらの支援機関に相談するのが通例だろう。その際は、素直に支援機関のアドバイスを受け入れることを勧めたい。既成概念や思い込みで動きを止めることはしない方が良い。世界の市場動向やトレンドは日々変わっていく。「○年前に現地を訪問した時の……」といったイメージを引きずったままだと、商機を逃してしまうかもしれない。自分の知識だけで判断せず、積極的に情報収集をするとともに、支援機関にアドバイスをもらう。その上で、どう展開していくかを自社で判断していくことが肝要だ。
執筆者紹介
ジェトロ岐阜
渡邉 敬士(わたなべ たかし)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2017年~2019年)にて東南アジア・南西アジアの調査業務に従事。
専門はフィリピン・スリランカ。 2019年7月より現職。

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