特集:中小企業の海外ビジネス、成功の秘訣衛星データ×AIで世界の農業課題に挑む/サグリ(兵庫県)
独自ビジネスモデルで農家の経営改善に貢献

2022年6月3日

「人類と地球の共存を実現する」。衛星データや人工知能(AI)を用いた農地の解析技術を武器に、壮大なビジョンを掲げ、確かな成長性とスピード感を持って世界の農業課題解決に挑むサグリ(本社:兵庫県丹波市)。最初の海外進出先は、インドだった。そのインドでは、各種パートナーと連携して技術の恩恵を個々の農家にもたらすビジネスモデルを構築した。同社の取り組みについて、代表取締役CEO(最高経営責任者)の坪井俊輔氏に聞いた(2022年4月13日)。


丹波本社にて(ジェトロ撮影)

農業課題と豊富な人材を有するインドへ進出

サグリは、衛星データとAIを活用したサービスを提供する企業だ。起業アワードなどでの受賞歴豊富な坪井氏が、2018年に設立した。大学在学中のことだった。強みは、農業分野への応用にある。日本国内では、衛星データを活用した農地の耕作状況解析技術をもとに耕作状況分析アプリケーションを展開。主な顧客は、自治体や農業委員会など。目視や手動に頼っていた農地管理業務の効率化を支援している。また現況の農地も、高解像度の衛星データからAIで区画化できる。その農地区画技術は、日本で特許取得済みだ。

他方で、坪井氏は、途上国の農業事情を改善するという目標を秘めていた。きっかけは、2016年にルワンダで経験した教育活動。「子供たちの多くが、小学校卒業後は夢を諦め、実家の農業を継がざるを得ない現実」を目の当たりにした。進出国を検討した結果、選んだのはインド。農業課題が山積し、改善余地のある大きな市場だったからだ。「大学に籍を置き、研究を進めながら展開先を模索する中で、時間的、距離的制約も考慮し、インドに絞った」という。その上で、エンジニアを必要としていたこともあり、特に技術系人材が豊富なベンガル―ルに注目。ジェトロ・ベンガル―ル事務所が提供する日印スタートアップ・ハブなどのサービスを活用し、2019年9月にインド法人を設立した。

事業推進のカギはビジネスモデルとパートナー

インドでのビジネスモデルの特徴の1つは、「農家には課金せず、農地情報を与信情報として金融機関などへ販売する」という点だ。サグリは、対象となる農地の区画面積や作物の予測収穫量・収穫最適時期などを衛星データから分析・算出。農家に資金を貸し付けるマイクロファイナンス企業(注1)などの金融機関にレポートとして販売する。金融機関にしてみると、サグリと取引することで、貸し付け先農家の経営見通しを把握し、営農支援に応用できる有用な情報を入手できる。また、与信管理し、円滑な資金の貸し付け・回収にもつながる。一方で農家は、情報を利活用するリテラシーを有しなくとも、農業資材などの購入資金を金融機関から調達しやすくなる。経営の安定につなげるメリットを享受できそうだ。このビジネスモデルにより、サグリのインド法人は既に収益の安定化を実現しているという。


インドで提供している衛星データ画面(サグリ提供)

このビジネスをインドで更に推進する上でのカギは、パートナーの広がりだ。坪井氏は、「マイクロファイナンス企業など金融機関に加え、農家と強いネットワークを有し、現場の課題を理解している農業協同組合のような組織との連携が重要だった」と話す。2022年4月には、農家向けに営農指導・資材提供するインドの農業大手企業が、サグリの現地パートナーとして同社サービスを導入した。これにより、より多くのインドの農家や金融機関に対してアプローチできるようになった。サグリのソリューションとパートナー企業のネットワークを生かしたかたちだ。坪井氏は「このパートナーを通し、ビジネスが急速に拡大中。更なる連携に注力したい」と語り、一層の展開に意欲を見せる。

他方で、坪井氏は「農家自体には『いつどんなタイミングでどの作物を育成するのが最適か』『肥料をどう最適化するか』といった情報が乏しい。これらは日々の農作業の中に隠れがちで、情報を利活用するノウハウを有しているわけでもない」「自社の技術を通じてこれら情報を可視化するだけでなく、パートナーの持つネットワークを介して、より多くの農家へ経営の安定化につながる情報を提供することで、広く農家の発展につながっていると実感している」と話す。必ずしもITや情報の利活用に慣れているわけではない個々の農家に対し、自社技術をもっていかに貢献するか。アグリテックや農業支援の海外展開を検討する日本企業にとって、示唆に富むビジネスモデルと言えるだろう。

タイでは、異なるアプローチで関係構築

とはいえ、2019年9月のインド法人設立以来、順風満帆というわけではなかった。新型コロナウイルス感染拡大により事業環境が急速に悪化し、マイクロファイナンス事業は一時中断。8人でスタートしたインド法人では、変化に戸惑った社員の退職が相次いだ。一時期は2人にまで減少。インドに足を運ぶこともできず、「チームが崩壊したといっても過言ではない」と振り返る。しかし坪井氏は、こうした状況をサグリとして力を蓄える好機ととらえた。既存技術の強化や新規技術開発、実証にいそしんだのだ。このゆるまぬ努力が、技術の特許化や前述のパートナーとの事業提携として実を結んだ。周囲から撤退を勧められたこともあったという。しかし坪井氏は「簡単な市場ではないからこそ、『ここでやっていく』という強い意思や現場に対する深い理解が重要。インドという国が、そしてパートナーとなるインド企業や農家が、何に対して価値判断をしていくかがおのずと理解できるようになる。迷わず突き進めたことがとても良かった」と話す。

このように、インド事業が自走し始めた同社が次に進出したのは、タイ。タイ政府は産業高度化を目的とした長期的な国家戦略「タイランド4.0政策」を掲げ、スマート農業政策に注力する。一方で、区画形成や土壌管理ではアナログな手法が一般的だ。このことから、自社技術が貢献できると坪井氏はみる。しかしここでは、インドとは異なるアプローチを採る。「タイにはインドの農業協同組合のような農家との強いネットワークを持つ組織がない。そのため、既存のビジネスモデルをそのまま持ち込むことはできない。政府や財閥を現地パートナーとして考え、関係を構築している」という。具体的には、タイの農業協同組合省(MOAC)などと協力して実証実験を実施。その結果、タイ特有の細かく流線形の農地でも正確な区画化を実現。MOACや農家から高い評価を得たという。「タイの農地も正確に区画化できると実証できたことは、当社の技術がグローバルに活用可能であるということの証拠だ」と坪井氏は語り、今後は東南アジアや中南米、アフリカでの展開も視野に入れる。

カーボン・オフセットを農家の新たな収入源に

同社は、新たにカーボン・オフセット(注2)の取引市場に着目している。農家の新たな収入源になり得ると考えたことがきっかけだ。「農作業では伝統的に、もみ殻などの生物資源を肥料として土壌にまいてきた。それが温室効果ガス(GHG)削減への貢献と見なされ、農家の収入につながる可能性がある。日々の農作業の中に収益増のヒントがあり、環境にも良いとなると、農家にとって大きなインセンティブとなり得る」と語る。衛星データから農地土壌の化学性評価を行う技術などを確立。現在、ビジネス化を目指し積極的な動きを見せている。


注1:
マイクロファイナンスとは、個人向けに小口融資する事業のこと。
注2:
GHGは、日常生活や経済活動を通じて排出される。カーボン・オフセットは、その排出量に見合うだけGHG削減活動に投資することなどで、排出が埋め合わされたとみなす考え方。
執筆者紹介
ジェトロビジネス展開・人材支援部新興国ビジネス開発課
金子 優(かねこ ゆう)
2019年、ジェトロ入構。総務部総務課を経て、2021年5月から現職。

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