特集:中小企業の海外ビジネス、成功の秘訣カンボジアから世界に通用するサービスを/ラストマイルワークス(東京都)

2020年3月27日

カンボジア人IT技術者の給料アップを目指し、コンピュータ・グラフィックス(CG)や仮想現実(VR)などの最新技術を取り入れ、付加価値の高いサービスを構築・提供しているスタートアップがある。ラストマイルワークス(東京都)は、日本の住宅業界向けのITサービス提供を中心としているが、今後はカンボジアのみならず、周辺諸国や世界への展開を目指す。カンボジアと日本を行き来しながら、ビジネスを構築してきた同社代表取締役CEO(最高経営責任者)の小林雄氏に、カンボジアでの事業、起業の思い、人材育成や課題、これから目指す方向などを聞いた(2020年2月4日)。

日本の住宅業界向けに、カンボジアで開発

質問:
まず会社・事業の概要について。
答え:
当社は、東京の営業・開発拠点と、カンボジアの開発拠点を合わせて60人程度の規模で事業を行っている。日本の住宅業界向けに新築、中古物件のモデルルームのCGやVRをカンボジア拠点で作成、販売することを主力としている。例えば、更地に新築のイメージを作り、その部屋に家具、家電などの生活用品をコーディネートして、新築物件を売りやすくしている。日本の建売メーカーが採用してくれている。また、中古物件で現在利用中の部屋の写真から家具を取り除いた状態を再現し、そこに新しい家具を置いて、住むイメージの湧くコンテンツを作ることで、住宅販売ツールとして活用されている。販売されている住宅物件の8割が、居住中の物件(売り主が居住しながら、買い主を探している物件)であるにもかかわらず、売り主が住んでいるために内部を見せられない居住中の物件は売りにくいという業界の課題にアプローチした。
質問:
東南アジア市場を対象としたビジネスもしているのか。
答え:
東南アジアの高層マンションや都市開発のディベロッパー向けのサービスも行っている。竣工(しゅんこう)前の都市開発やマンションをCGやVRで制作し、バーチャル空間で自由に移動することで、実際に訪れたような体験が可能となるようなインタラクティブなコンテンツを制作している。展示会やショールームなどで、タッチスクリーンで都市を様々な角度から眺めたり、部屋の内部を自由に移動して見学したりすることができる。現在、当社のカンボジア拠点は、古い工場を改装した「ファクトリー・プノンペン」というクリエイティブ系のスタートアップやアーティストなどが集まるオフィス・スペースに入居しているが、そこに入居する東南アジアのディベロッパーにも導入いただいている。

ファクトリーに入居する東南アジアのディベロッパーが、ラストマイルワークスの
インタラクティブコンテンツを導入(左下の画面、ジェトロ撮影)

労働集約的ビジネスを脱して、付加価値の高いビジネスを構築、給料アップへ

質問:
これらの開発をカンボジアで行っているが、その経緯は。
答え:
2012年に大学を卒業し、将来、東南アジアで起業したいという思いがあったことから、カンボジアの日系ITアウトソーシング企業に就職した。タイやベトナムはすでに発展していたことから、何をするにしてもゼロベースで取り組むことができる国として、カンボジアは私にとって魅力的だった。就職先では、日本の住宅の間取り図の製作を行っていた。当時、スマホが流行しはじめたばかりで、スマホでも見やすい間取り図として人気だった。しかし、間取り図をカンボジアの安価な労働力で作成するような労働集約的な作業で、その完成した間取り図を薄利多売するビジネスだと感じた。このような受託サービスではカンボジア人の給料は安いままで、限界があると感じ、いかに給料を上げられるかを考え抜いた。そして、これまでにないような付加価値の高いサービスを提供したいと思い、2015年にカンボジアで独立し、平面の間取り図の作成から、CG、VRを活用した現在のようなビジネスに変えていった(その後、2016年に日本法人を設立し、東京本社とした)。こうした経緯から、当社のKPI(重要業績評価指標)の1つとして、カンボジア人社員の給料をどのくらい上げられたかがある。

カンボジア人社員と開発する小林氏(右、ラストマイルワークス提供)
質問:
一般的には、カンボジアの安価な労働力を活用するという考えの企業が多いと思うが、貴社ではどのようにカンボジア人社員の給料を上げているのか。
答え:
人材育成の点とも関係するが、簡単な仕事から徐々に難しい仕事へ、レベルを上げている。3ヵ月、6カ月など一定の期間ごとに査定があり、クリアしていくと、毎年給与が分かりやすく上昇する仕組みにしている。しかし、頑張れなくて辞めてしまう人が多いのが実態だ。10人育成して5人残り、そのうち1人が突出してレベルが高いイメージだ。結果として、日本で数百万円の開発コストがかかるプロダクトをカンボジア人5人で作れるようになったこともあった。また、カンボジアでは1970年代後半のポルポト時代に知識人が虐殺された影響もあってか、経済・社会的に成功した人物(ロールモデル)が少ないと感じる。当社では、仕事を通して人材育成に取り組み、人材輩出企業としてロールモデルをつくっていきたい。

自社独自のカルチャーブックを作成し、新卒を育成

質問:
すぐに離職してしまうことは課題のようだが、もともと、どのような人材を採用しているのか。離職防止のために、人材育成で工夫をしていることはあるか。
答え:
当社の求めるITや建築分野の人材は、プノンペン大学や工科大学などから比較的採用しやすい。確かに、離職率の高さは課題だ。だからこそ、当社は基本的に大学からの新卒採用を行っている。新卒で他社の色がついていないため、「働くとは何か」から教えられるからだ。当社では、自社独自の「カルチャーブック」を作成し、当社の目指す方向や価値観、仕事の行動指針などを社員に提示している。また、いかに効率的にカンボジア人社員を育成するかを考えている。「カルチャーブック」もそのためにあり、バイブルのように、いつでも戻れるようにしている。加えて、従業員のパフォーマンス、モチベーションを定量化、見える化するため、各自の仕事内容・量・作業時間などが一元的に管理できる「desktime」というツールを利用している。仕事を見える化し、頑張った人には4半期ごとに表彰するなどして、社員の生産性向上、モチベーション向上に取り組んでいる。

ラストマイルワークス・カンボジア拠点の開発スペース(ラストマイルワークス提供)

今後はさらに付加価値の高いサービスを提供、カンボジアから世界へ

質問:
今後のビジネス展開は。
答え:
新たな事業として2020年3月から、ビジネスをする上で必要な空間を仮想空間内で共有することができる、空間版クラウド・ストレージのようなサービスを開始する。今まで以上に付加価値の高いビジネスで、アバターで世界中の人が同一の空間に入って会話ができるサービスだ。日本で基幹システムを作り、カンボジアで空間のモデリングを行っている。例えば、仮想空間上の旅行先でおばあちゃんと孫が会話したり、新築オフィスなどの内見を別の場所にいる人同士が一緒にすることができたりする。この事業では、現在・過去・未来、地球上のあらゆる空間をデジタルアーカイブ化することで、仮想空間上に第2の地球を構築し、新たな経済圏を構築することをミッションと考えている。
質問:
カンボジア以外への進出は考えているか。
答え:
他国への進出では、ベトナム、マレーシアを検討している。ベトナムは販売先兼開発拠点、マレーシアは販売先として検討している。現状、当社の事業の中で売り上げの割合が高いのは日本だが、日本向けのビジネスは、あくまで販売先の1つとしてとらえ、コツコツと仕事を受けている状況だ。このビジネスを通して、カンボジア人IT技術者の技術力を高め、カンボジアを基点に世界へ展開していきたい。
執筆者紹介
ジェトロ・プノンペン事務所長
宮尾 正浩(みやお まさひろ)
1995年ジェトロ入構。ジェトロ神戸、ジェトロ・シドニー事務所、ジェトロ松江、サービス産業部オリンピック・パラリンピック課などを経て、2018年から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課長
小島 英太郎(こじま えいたろう)
1997年、ジェトロ入構。ジェトロ・ヤンゴン事務所長(2007~2011年)、海外調査部アジア大洋州課(ミャンマー、メコン担当:2011~2014年)、ジェトロ・シンガポール事務所次長(2014~2018年)を経て現職。 編著に「ASEAN・南西アジアのビジネス環境」(ジェトロ、2014年)がある。

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