特集 欧州市場に挑む
中堅・中小企業等の欧州ビジネス事例から
伝統・文化を含めた高付加価値を評価する欧州市場の魅力を探る
企業のグローバル化が進展し、国際競争が激しさを増す中、新興国企業との価格競争に陥ることなく、高付加価値製品を相応の価格で販売することが企業競争力確保の点からも一層重要になってきている。本特集では、日本の伝統的な文化を含めた価値を評価してくれる欧州市場に着目し、発効が間近に迫る日EU経済連携協定(EPA)の活用も視野に入れながら、中堅・中小企業を中心に、欧州でのビジネスに挑む日本企業の課題やアプローチの事例を随時紹介していく。
2019年10月4日更新
ローマ条約発効から60周年を迎え成熟するEU市場
EUは今年、ローマ条約発効から60周年を迎えた。ローマ条約とは1957年3月25日に調印された「欧州経済共同体(EEC)設立条約」と「欧州原子力共同体(EAEC、通称:ユーラトム)設立条約」の二つの条約を意味する。これらの条約は1958年1月に発効したが、特に前者のEEC設立条約は欧州市場統合の基礎をなすものだ。EEC設立条約は、共同体を構築する基礎に共同市場を設置し、物の自由移動を達成するための関税同盟を形成したほか、人、サービス、資本の自由移動を保障するという画期的なものであった。その後、1987年7月に発効した単一欧州議定書はEEC設立条約を改正し、各国間に残る障壁の除去、制度面の調整などを進めながら、単一市場成立の目標期限を1992年と定めた。そして、欧州単一市場誕生後の1993年11月に発効したマーストリヒト条約により、新しい統合体である欧州連合(EU)を創設し、単一通貨「ユーロ」導入までの道筋を明らかにした。さらに、その後のアムステルダム条約、ニース条約、リスボン条約によるEU基本条約の改正を通じて、EUの市場統合が深まり、加盟国数は28カ国まで拡大、「規模の経済」を追求する先進国市場として米国を上回る人口規模まで成長した。
欧州市場開拓の意義
EUは現在、28カ国で構成され、5億人を超える市場規模となった。そのうち、19カ国が単一通貨「ユーロ」を導入し、ユーロ圏の市場規模は3.4億人に達している。そのうちの2.6億人を占める西欧9カ国(ルクセンブルク、アイルランド、オランダ、オーストリア、フィンランド、ドイツ、ベルギー、フランス、イタリア)は1人当たりのGDPが3万ドル以上で、日本や米国と同様に所得水準が高く、購買力がある市場だと言える(表1参照)。ルクセンブルクに至っては10万ドル、アイルランドは7万ドルと、特にこの2カ国の1人当たりのGDPは群を抜いている。
国名 | 2016年 | 2017年 |
---|---|---|
ルクセンブルク※ | 101,797 | ※※105,803 |
スイス | 80,311 | 80,591 |
ノルウェー | 70,652 | 74,941 |
アイルランド※ | 64,793 | 70,638 |
アイスランド | 60,393 | 70,332 |
米国 | 57,559 | 59,501 |
デンマーク | 53,774 | 56,444 |
スウェーデン | 51,471 | 53,218 |
オランダ※ | 45,658 | ※※48,346 |
オーストリア※ | 44,733 | ※※47,290 |
フィンランド※ | 43,514 | 46,017 |
ドイツ※ | 42,250 | 44,550 |
ベルギー※ | 41,388 | ※※43,582 |
フランス※ | 38,205 | 39,869 |
英国 | 40,530 | ※※39,735 |
日本 | 38,983 | 38,440 |
イタリア※ | 30,662 | ※※31,984 |
スペイン※ | 26,677 | 28,359 |
マルタ※ | 25,040 | 27,250 |
キプロス※ | 23,640 | ※※24,976 |
スロベニア※ | 21,668 | 23,654 |
ポルトガル※ | 19,880 | 21,161 |
チェコ | 18,506 | 20,152 |
エストニア※ | 17,799 | 19,840 |
ギリシャ※ | 17,876 | ※※18,637 |
スロバキア※ | 16,550 | 17,664 |
リトアニア※ | 14,919 | 16,730 |
ラトビア※ | 14,009 | 15,547 |
ハンガリー | 13,137 | 15,531 |
ポーランド | 12,411 | 13,823 |
クロアチア | 12,313 | ※※13,138 |
ルーマニア | 9,504 | ※※10,757 |
ブルガリア | 7,496 | ※※8,064 |
- 注:
- ※はユーロ圏19カ国、※※は推定値
- 出所:
- IMF, World Economic Outlook Database, April 2018
ジェトロが2017年11~12月に実施した「2017年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」によれば、英国を除く西欧市場に輸出する日本の大企業は、回答企業の5割を超え、中堅企業を除くとこの比率は6割を超える。他方、中堅企業では、5割弱、中小企業になると3割へと低下し、アジアや米国と比べても、割合が低く、取引経験の薄い地域となっている(表2参照)。その要因としては、日本からの地理的な距離の遠さや、各種規制の難しさが背景にあるとみられる。EUは他地域に先行して、環境基準や安全基準などの先進的な標準を導入する特徴があり、こうした規制対応には労力とコストを要する。しかし、欧州市場に適応した製品の輸出に一度成功すれば、ブランド価値が高まり、他地域での販売も有利になるといった効果がみられる。他方で、敷居が高く、アクセスがし難い市場と見ている未経験企業が多く存在していることも否定できない。しかし、欧州、特に西欧では日本食や漫画など日本文化の浸透が見られ、日本の製品だけでなく、文化やサービスへの関心も高まってきており、変化がみられるのも事実だ。
表2:地域別輸出先の所在(全体、企業規模別)
国・地域 | 全体 (n=2,310) | 大企業 | ||
---|---|---|---|---|
全体 (n=417) | 大企業 (中堅企業を除く) (n=99) | 中堅企業 (n=318) | ||
欧州・ロシア | 43.4 | 60.4 | 68.7 | 57.9 |
西欧(英国を除く) | 35.0 | 52.3 | 64.6 | 48.4 |
英国 | 22.2 | 39.8 | 54.5 | 35.2 |
米国 | 47.4 | 68.1 | 77.8 | 65.1 |
中国 | 59.1 | 80.3 | 82.8 | 79.6 |
ASEAN | 69.4 | 83.0 | 89.9 | 80.8 |
- 注:
- 母数は、現在輸出を行っている企業。
- 出所:
- ジェトロ「2017年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2017年11~12月実施)
国・地域 | 中小企業 | ||
---|---|---|---|
全体 (n=1,893) | 中小企業 (小規模企業者を除く) (n=774) | 小規模企業者 (n=1,119) | |
欧州・ロシア | 39.6 | 42.4 | 37.6 |
西欧(英国を除く) | 31.2 | 34.5 | 28.9 |
英国 | 18.3 | 20.8 | 16.6 |
米国 | 42.8 | 47.4 | 39.7 |
中国 | 54.5 | 64.7 | 88.9 |
ASEAN | 66.5 | 76.0 | 59.9 |
- 注:
- 母数は、現在輸出を行っている企業。
- 出所:
- ジェトロ「2017年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2017年11~12月実施)
日本に近づくフランス、工業製品の重要市場となるドイツ
前述のジェトロのアンケート調査によれば、海外ビジネスを行っている、または検討している国・地域の魅力・調査に関する設問で、フランスを挙げた日本企業の半分は、「親日的な国民感情」を指摘しており、この割合は、台湾とスリランカが9割を超えて別格だったが、6割を超えたラオス、ブラジル、5割強のタイに次いで高かった。フランスでは、日本の伝統や文化といった価値や、そうした価値を伴った製品に対する好感度が高く、こうした高付加価値を購入できる所得層が存在する国であることに留意する必要がある。EUにおけるもう一つの大国、ドイツについては、「安定した政治・社会情勢」を挙げる回答企業が5割を超え、日本と同じ工業国として、「関連産業の集積(現地調達が容易)」や「顧客(納入先)企業の集積」を挙げる回答企業の割合が他の地域と比べて高かった。欧州では、自動車部品や一般機械など進出日系企業向けだけでは、販売量が十分でないため、日本企業は欧州企業向け、進出外国企業向けの販路開拓に積極的に取り組んでおり、当該分野でドイツは最も重要な市場だと見ることできる。
企業事例でみる欧州市場の特徴
ジェトロはこれまで欧州ビジネスに取り組む中小企業の事例を取り上げてきた〔「日EU経済連携協定(EPA)について」の「日本企業の欧州ビジネス事例 ‐ 日刊「ビジネス短信」より」参照〕。その中で共通して指摘があった欧州ビジネスの特徴を以下に紹介する。
(1)欧州市場の特徴
- 信頼できると分かると、人にも商品にも強い信頼感を寄せる特徴がある。ビジネスでも信頼を得られれば、付加価値の高い日本の技術を欧州で販売することが可能になる。ただし、信頼獲得までは時として時間を要する。欧州の展示会に毎年出展することで、徐々に信頼を獲得し、ビジネスが広がっていくのは、信頼の獲得が一朝一夕ではできないことを意味している。他方、欧州の一つの国で高評価を得ると、欧州全体で真価が認められる傾向がある。
- 日本製品の背景にある日本の文化・歴史などの文化的価値を評価してくれるのが欧州市場。その結果、日本酒の升をレストランの壁材代わりに内装材として利用するなど、販売時には想定していなかった販売事例も生まれている。
(2)日本文化とのコンビネーション
- お茶やお酒などの飲料は、単品での販促だけでなく、日本のティーセレモニー(茶道)のような伝統文化とのパッケージでみせることや、日本酒の場合、食事とのマリアージュ(組み合わせ)で示すことで、欧州人の心により刺さる場合がある。総合的な伝統や文化とのコーディネートが有効である。
(3)デザイン性
- 欧州ではデザインが優れていることも重要だ。機能性、清潔感、使いやすさだけではなく、仕上がりの「美しさ」につながるデザインを追求することが求められる。
- 素材を供給する企業においては、その素材を利用するデザイナーが集まる展示会への継続的な出展や、定期的な訪問営業など、デザイナーとのコネクション維持が不可欠だ。
(4)安全基準や食品衛生基準への対応
- 代表的な安全基準はCEマークで、特に新製品を投入する際に、準備に手間と費用がかかるが、不可欠。他方、バイヤーから安全性や機能性に関する国際的な認証の取得を求められることがあり、こうした国際認証の取得は必須ではないが、自社製品の付加価値を高めるには重要な課題となる。
- 食品ではHACCP認証などの衛生基準や、容器に使用される化学物質の規制など国レベルで、EU全体より厳しい規制を導入している加盟国もあるため、注意が必要だ。また、食品添加物が含まれているかどうかは特に厳しくみられる。他方で、こうした衛生基準に適合した製品を欧州市場に一度投入することに成功し、当該製品が受け入れられれば、その後の輸出が円滑に進む。
(5)保存期間
- 日本から輸送に時間のかかる欧州の小売店からは、特に食品において、保存期間が長いことが喜ばれる。そのための急速冷凍技術や缶詰などの加工技術は高く評価される。
今回の「日本企業の欧州ビジネス事例」特集では、発効が間近に迫る日EU・EPAの活用も視野に入れながら、中小企業を中心に、欧州でのビジネスに挑む日本企業の課題やアプローチの事例を随時掲載していく。
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- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課長
田中 晋(たなか すすむ) - 1990年、ジェトロ入構。ジェトロ・パリ事務所(1995~1998年)、海外調査部欧州課長代理(2000~2001年)、ジェトロ・ブリュッセル事務所(2002~2004年)、同次長(2004~2007年)、欧州課長(2008~2010年)、欧州ロシアCIS課長(2010年)、ジェトロ・ブリュッセル事務所次長(2010~2015年)を経て現職。著書は「欧州経済の基礎知識」(編著)など。