特集:アジアで深化する生産ネットワークと新たな潮流産業競争力の強化に向けて(カンボジア、ラオス、ミャンマー)

2018年3月15日

日本企業の進出が続くASEAN地域において、カンボジア、ラオス、ミャンマーは「タイ・プラス・ワン」や「チャイナ・プラス・ワン」の受け皿として、企業の拡大意欲が強いエリアだ。一方で労務管理の難しさや未整備なインフラのため、進出企業は多くの問題を抱える。今後CLMの産業競争力を高めていくには何が必要か考察する。

徐々に多様化が進むCLMの輸出品

ASEANは1967年に発足し、2017年に設立50周年を迎えたが、カンボジア、ラオス、ミャンマー(以下CLMという)はいずれも1990年代後半に加盟した後発組だ。他のASEAN諸国に比べ産業集積が遅れており、経済基盤はぜい弱だ。

CLMの貿易構造をみても、カンボジアは輸出全体のうちアパレル品(ニット製品、布帛(ふはく)製品)が65.8%(2016年)を占める。ラオス、ミャンマーは資源国のため、ラオスは輸出全体のうち鉱物・電力が52.6%(2016年)、ミャンマーは天然ガスが同27.2%(2016年)を占める。このように、CLMの輸出は一次産品や軽工業分野のアパレル品に依存する割合が総じて高い。

しかしこうした中にも、カンボジアでは2012年辺りからワイヤハーネス、通信機器などの輸出が増加している。日系企業を中心にいわゆる「チャイナ・プラス・ワン」や「タイ・プラス・ワン」としてカンボジアへの工場移転が進んだことによるものだ。タイ向けが中心だが、香港、中国、日本などにも出荷されている。こうした動きはラオスにおいてもみられ、輸出に占める割合はまだ小さいものの、テレビ、ラジオ、レーダーなどの部品がタイを中心に輸出されている。また、ミャンマーでは2015年9月に同国初の経済特区であるティラワSEZが開業したが、2017年12月現在、建設資材(14社)、包装・容器(10社)、縫製(8社)、食品・飲料(7社)、自動車(6社)などさまざまな業種の企業が進出し、35社が操業を開始している。今後、ASEAN諸国や日本などに多岐に亘る商品が輸出されることが期待される。

こうした背景もあり、ジェトロが2017年度に実施した「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(以下、「ジェトロ調査」)によると、「今後1~2年の事業展開の方向性」で「拡大」と回答した企業の割合は、ミャンマー70.7%、ラオス66.7%、カンボジア58.5%と、総数(20カ国・地域)平均の53.7%をいずれも上回る。製造業ではチャイナ・プラス・ワンやタイ・プラス・ワンのさらなる投資増に期待が高まるが、非製造業においても、将来的に拡大が見込まれる中間層を取り込むべく、サービス業への投資が増加傾向にある。例えば、プノンペンには2014年にイオンモール1号店がオープンしたが、現在2店舗目の立ち上げ準備中だ。ヤンゴンでも2017年4月に日本のラーメン・チェーンである一風堂が開業するなど、サービス産業分野への日系企業の進出は勢いを増している。

このように、日系企業によるCLMでのビジネス拡大意欲は旺盛である一方、現地のビジネス環境には課題も多い。


ヤンゴンにオープンした一風堂(ジェトロ撮影)

労務管理に腐心

現地で日系企業にヒアリングをすると、CLMで共通の問題点として上がってくるのが人材に関するものだ。ミャンマー初のティラワSEZに工場を構える日本企業A社は「定着率が低く、離職率も高い」と語る。同日系企業B社は「ティラワ経済特区の周辺ではこれまで外国企業による工場進出がほとんどなかったため、近隣住民は工場などでの職務経験が乏しい」と指摘する。CLMではこれまで外資による企業進出が限られていたため、スタッフの人材育成が大幅に遅れている。実際、ジェトロ調査でも経営上の問題点で「従業員の質」を挙げた企業は、ラオス70.4%、カンボジア60.9%、ミャンマー51.9%と、総数(20カ国・地域)平均の46.9%をいずれも上回る。現地での労務管理については、社会で働く倫理観の醸成をはじめ、基礎的な教育にも相応の時間を費やす必要があるなど、注意が必要だ。

未整備なインフラ

同じくジェトロ調査によると、「投資環境面でのリスク」で「インフラの未整備」と回答した企業の割合は、カンボジア67.2%、ラオス55.6%、ミャンマー87.5%と、総数(20カ国・地域)平均の36.4%をいずれも大きく上回った。特に電力、道路の未整備を指摘する割合が高い。先述のティラワSEZに工場を構える日本企業A社は「開業当時(2015年9月)に比べると停電は減ったが、今でもよく発生する。自家発電機を導入しなかった企業は相当苦労しているのではないか」とのコメントがあった。また、ラオスは内陸国のため高額な輸送費が問題点として指摘されることが多いが、ジェトロが実施した投資コスト比較調査(2017年5月)によると、ラオスのビエンチャンから横浜港までの輸送費(40ftコンテナ)は1,950ドルと、カンボジア(700ドル)やミャンマー(1,050ドル)と比べても高額だ。タイのクロントイ港を経由し横浜港まで運ぶが、1,950ドルのうち陸上輸送費が1,400ドル(保険料別)と、陸送にかかる運賃が圧倒的に高い。陸送時の不透明な費用徴収の存在などが指摘されることが多いが、このように高額な輸送費はラオスの低廉な人件費のコストメリットを大きく低減させる結果となっている。

こうした高額な輸送コスト(時間・費用)を低減させ、周辺国との連結性を高めるため、メコン地域では経済回廊が指定され、橋や道路の整備が行われてきた。しかし、依然としてインフラ面の課題は多い。特に、ラオスを横切る東西経済回廊は、煩雑な通関手続き、過積載トラックによる道路表面の損傷などから利用率は高くない。そのため、タイ・ラオス・ベトナム三国間物流を担う企業は、ラオス国内を通過する際、東西経済回廊(国道9号線)ではなく、より距離の短い国道12号線を多く利用するという。また、ベトナム(ハノイ)からラオス国内に貨物を輸送する際は、ラオスの首都ビエンチャンへの近接性から、国道8号線(ラオス国内)を利用するとの声が聞かれる。このように、企業はより効率的な物流網を開拓しようとしている。官民連携を通じて、国境税関の24時間化、通関手続きの簡素化、物流拠点の設置などを着実に実施し、引き続き域内物流の円滑化を図ることが求められる。

CLMの産業競争力を高めるには

さまざまな問題を有するCLMであるが、「投資環境上のメリット」として「市場規模/将来性」を挙げる企業の割合は、カンボジア48.3%、ミャンマー73.7%(ジェトロ調査)と、将来的な市場拡大に対する期待値は全体的に高い。

タイや中国における人件費高騰や労働集約的な産業に対する採用難は今後も続くことが予想されるため、両国からCLMへの生産移管は引き続き進むことが期待される。今後CLMが周辺国からの分散投資や工程間分業の一端を担う存在になり続けるには、外国企業に対するビジネス環境改善が欠かせない。長期的には産業人材育成や裾野産業の育成、短期的にはサービス・リンク・コスト低減のためのハードインフラ整備の改善やガバナンス体制の強化が重要といえよう。

また、現在タイでは数百万人に上るCLMからの出稼ぎ労働者が働いているが、工場によってはCLM出身のスタッフが要職に就いているケースも見受けられる。海外でさまざまな知識や経験を積んだ人材を自国の産業発展のために有効に活用し、CLMの産業競争力を高めていくことが重要となろう。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課 課長代理
水谷 俊博(みずたに としひろ)
2000年、ブラザー工業入社。2006年、ジェトロ入構。ジェトロ・ヤンゴン事務所勤務(2011~2014年)。ジェトロ海外調査部アジア大洋州課(2014~2018年)を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。海外産業人材育成協会(AOTS)バンコク事務所出向(2014~2017年)、アジア大洋州課(2017~2018年)。2018年より現職。